貴族子女の憂鬱

花朝 はな

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第十三話 令嬢としての日々と王子の偽りの言い訳④

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 更にもう一歩、ずいっと第二王子殿下に向け歩を進める義母。

 「それとも何ですか?この母を無視して娘を口説こうとかするおつもり?」

 さも怒ったような表情をしているが、はたして芝居ではないと誰が言えるだろうか。

 「い、いえ、そ、そのようなつもりは」

 よくわかっていないながらも、少々狼狽え気味で返事をする第二王子殿下。芝居に芝居で返しているとしたら、なかなかの演技派かもしれない。

 「ではここでお引き取りくださいますか、優男殿」

 笑顔がにこにこからニヤニヤとなっている我が義母様だった。これは珍しい表情の変化だ・・・かな?

 「いや、私はやさお」

 これは多分優男ではないと言いたかったのだろうが、途中で口を挟まれて最後まで言えなかったところが憐れみを感じさせた。

 「お黙りなさい。そもそも私たちは親子だけで買い物をしようとしているのです。その貴重な時間をなぜ、邪魔しようとするのです?」

 「「・・・」」

 第二王子殿下と私、二人とも黙り込む。

 私が黙り込んだのは、それほどまでに入れ込んでくれている義母に対して何も考えていなかったことが原因だったが、さすがにルンダールではない他国の王子に対して、不敬だとかの抗議とかが、エルベン王国からされれば、義父の立場に何らかの影響が出るかもしれない。私はこの二人の間に割って入ることにする。

 「えーっ・・・、母上、申し訳ないのですが・・・」

 文字通り不機嫌な様子で口を引き結んだままじろりっと見返されて、私もさすがに息を呑む。芝居にしても迫力がある・・・。

 「・・・何か御用?」

 不承不承口を開く義母に、努めて笑顔を保つようにしながら口を開く。

 「時間は気になりますが、少しの間だけ時間をいただければと思います。さほど長くはかからないと思うのですが」

 その言葉に義母は眉間に皴を寄せたまま、しばらく考えて、それからため息をついた。

 「仕方ないですね。・・・本来なら事前に便りを送って、お伺いを立ててから訪問されるべきで、あまつさえこのように街で後ろから声を掛けるなど、男性として許されないでしょう。私は答える義理はないと考えておりますが、」

 ここで言葉を切り、今まで見ていた第二王子殿下より私に視線を移す。

 「あなたが話したいと望むのであれば、特別に許しましょうか」

 当初、これは私が気持ちを未だ決められていない事を推し量って、時間をもう少しとってから話すようにと諭すつもりだったのだろう。

 しかし、もう時間を置くことはできず、作為的かどうかはわからないが、ここで第二王子殿下と出会ってしまった。
 夫人としては、まだ話させるつもりはなかったが、第二王子殿下も私も話すことを望んだ。そのために何を話すつもりかを聞いたのちに判断しようと考えたのだろう。当事者の考え方を知っておくのはこれからの行動を予想することも可能になる。

 「ですが、若いお二人ですし、過ちがあってはいけません。ですので、もちろん私も同席させていただきますので、それが気に入らないと言うのであれば、このまま踵を返して立ち去りなさいな」

 こう言われてしまえば、どうしても二人だけで話したいとか言えないだろう。第三者の存在はどちらか一方的な言い分が流布されることを防ぐことになる。

 そう言っていても、私自身は目の前の王子がこれからどうするつもりなのか、あの婚約を結んだという令嬢をどうするつもりなのか、それを聞いておきたいと思った。

 まあ、話を聞いたからには、早くに答えを出さなければならなくなると思うのだが、第二王子殿下にだけではなく、婚約相手の令嬢に何も聞かないままで、婚約は嘘だと決め付けてしまうのも、令嬢を信じている側の人たちの気分を害するだろうと思う。

 「・・・わかりました。第三者の同席があった方が良いと思います」

 そう第二王子殿下は答えたが、それに義母は少々意地の悪い笑顔になる。

 「第三者と言っても、私は中立ではないわね。私は私の娘の味方だからね」

 「・・・」

 その言葉に顔色を少々悪くする第二王子殿下。

 「あらあらまあまあ、そのお顔、少々嫌がり過ぎではなくて?男性なら、このような時も堂々となさいませ」

 さも楽しそうに笑い声をあげる義母。

 私はさすがに思わず声を上げた。

 「・・・母上・・・」

 「あら、少しだけ嫌味になってしまったかしらねえ・・・。でも男性なら見目好い娘の前では格好つけないとなりませんからね」

 このようにして、私達は近くのカフェに入る事になったのだが、そのカフェまで歩いて行くときに、珍しい人物を見かけることになった。

 その人物は黒髪で碧い瞳の色をしている。建物の陰にもたれかかる様にして立っており、眉を心持ち寄せる様にしながらその碧い瞳を私に向けていた。近寄るでもなく、声を掛けてくるでもない。

 「・・・おや、珍しいこと・・・」

 思わず私の後ろで歩いている義母が呟いた。

 「・・・学内で見かけたことがありますが、同じ学生のようです」

 今私は差し出された手を軽く掴み、第二王子殿下のエスコートを受けている。そのため私は心持ち斜め後ろに顔を向けた。義母の姿を見ることはかなわなかったが、しばらく後に笑う気配が断続的に続く。

 「・・・へえ・・・」

 真後ろの義母の表情は見えなかったが、上機嫌そうに笑っている。
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