貴族子女の憂鬱

花朝 はな

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第一話 婚約者候補に拒否られました②

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 「・・・私は長子で、家を継がなければならないの。だから私はログネルに帰らなければならないわ」

 私は努めて冷静に言った。私は付き合い始めたときにそう告げたつもりだったのだが、覚えていないのだろうか。

 「そそそんなこと!ログネルには誰かいいるんだろう?いい家を継ぐことができるものが!」

 この王子、興奮すると舌足らずになるみたいね・・・。あっと、意識が逸れちゃった。

 「居ないわ。家の継承権を持つものは私一人よ」

 「ば、ばかな!」

 「・・・知らないの?ログネルには二つの決まりごとがあるの。ログネルはそれを大事に守ってる。ログネルは、だからこそ王国として今も存在できているのよ」

 王子の先ほどの発言に、私の後ろに立つ専属侍女と専属護衛の二人から冷気が噴出しているように思われた。これは、二人とも怒りが強すぎて隠し切れなくなってるわね。

 そしてちらりと先ほどから全員不気味に黙ったままの王子の取り巻きに目をやる。取り巻きのはずなのに王子に賛同をさっきからしていないのが気になる。先ほどから黙ったまま冷めた目つきで王子を見ているのだ。

 「・・・そ、そなたが、ログネルのい、い、因習を変える一番手になればよかろう!」

 まったく何を言い出すんだか。そう私は思った。

 ログネルには二つの特徴があった。

 ログネルは男女の分け隔てなく戦うことができる。

 ログネルは幼いころから武器を持ち、戦い方を教わる。

 さらにログネルは徹底している。それは子供のころから集団で戦うことを教え込まれる。決して一対一の敵と戦わない。私も圧倒的な能力差が感じられる時だけ以外では、一人では戦わないのだった。
 それには少々の理由がある。

 ログネルはアルトマイアー大陸の覇者だったシュタイン帝国とある時敵対し、攻め込まれたことがあった。ログネル王国は国民皆兵士というぐらい国全体が一種の兵器のようなものなのだが、当時のシュタイン帝国には相当苦戦したらしい。古老はそう語るのだが、確かに個人の武芸はシュタイン帝国とログネルは大人と子供の差があるらしい。だがシュタイン帝国にはログネル王国ほどの武芸はなかったが、人が多かった。シュタイン帝国はログネル王国の軍を相当研究したらしい。こうしてログネル一人にシュタイン帝国側は三人で対抗してきた。

 そのため、武芸に優れたログネルも当初は苦戦した。名だたる武人がシュタイン帝国の兵に打ち取られていく。特にログネル王国王都攻防戦と言われた戦いでは籠城で凌ぐしかなくなってしまったほどだった。これは、ログネル王国友好国の背後からのシュタイン帝国侵攻指揮官奇襲により攻防戦は勝利することができたが、王都近辺まで攻め込まれるなど、恥でしかないだろう。

 友好国は数で遥かに勝るシュタイン帝国の指揮官陣地に自分たちの気配を読み取らせないように斥候や見張りを避けて徒歩で近付き、そのまま奇襲に成功した。指揮官陣地は狼狽して我を忘れた兵の混乱により自ら崩れ、指揮官はその混乱のうちに奇襲した一兵士に命を奪われてしまう。
 シュタイン帝国侵略軍は潰走し、ログネル王国軍は城から打って出て帝国兵を多くを打ち取ったが、この追撃戦でもログネルの武芸者は命を落としているものは多い。

 このように帝国と争ううち、ログネルは帝国の戦い方を見習い、集団で戦うようになっていく。そのために必ずログネル王国民は最低の単位三人で行動する者が多いのだった。かくいう私もいつも私付きの侍女と護衛騎士一人、そして私という三人で動くことが多い。これはもう見についた習性とでも呼べるものだろう。

 もう一つの特徴はログネルは長子相続であるということだ。

 長子が男であれ、女であれ、性差に関係なく長子が家を継ぐ。これは無用の兄弟間の争いをなくすためのものだ。長子が家を継ぐと、下の兄弟は家を出る。別に家を建てる者もいれば、軍に入る者もいる。貴族は婿入りや嫁入りをすることが多い。裕福な家は領地を分け、爵位を国王に申請することもあるようだ。私のように王宮の武官をするなどや、王宮の文官をすることもある。

 私がログネルに帰るのは私が長子だからだ。ログネルの家は長子が継ぐ。これは決定事項なのだ。私がこの今居るアリオスト王国のルベルティ大学への留学は、周囲の反対を押し切って私が強引に決めたこと。ただし卒業後は必ずログネルに戻って、家を継ぐこと。それが両親と交わした約束だ。この約束があればこそ、両親は私を留学へ送り出してくれた。その両親の思い、無碍にはできない。

 「・・・ログネルの掟を因習というの?」

 「因習でなくて、な、何なのだ?」

 「・・・他国の人から見れば因習かもしれないわね。でもログネルの者は全員止むを得ない決め事だと思ってる。決して過去に囚われた忌まわしいものだと考えたことはない。兄弟間の争いで一族が争うなどしてはいけないことだからよ」

 「じ、自分の意志で家をつ、継ぐと決められないのなら、い、家など何の意味もなな、なさないだろう?」

 「・・・」

 「・・・」

 私はじっと彼を見つめた。

 彼の名はベルトリオ・メルキオルニ。メルキオルニ侯国の王族の一人で第三王子だ。
 メルキオルニ侯国はもともとはシュタイン帝国下で侯爵という爵位を授けられ、東北地方を領したメルキオルニ家という貴族だった。長年帝国下から独立を考えていたようで、シュタイン帝国がログネルと戦争状態になると同時にログネルとは争わないと宣言をし、シュタイン帝国とログネルから一定の距離を置き、日和見を続けたが、ログネル王国の王都であるフェルトホフを包囲した王都攻防戦でシュタイン帝国が敗退すると、ログネルと誼を通じて帝国から独立を宣言した小国の一つになる。

 彼のご先祖はなかなかの目利きで、シュタイン帝国から独立を果たせたが、今の子孫は少々三藤氏が甘いようだ。実のところ、このアルトマイアー大陸の北東から東部にかけてはほぼバザロフ帝国という国が興って、メルキオルニ侯国の重鎮の政治的手腕もうまくないためか、はたまたバザロフ帝国の手腕のほうが優れているためか、帝国に相当圧迫されているようだ。下手をするとメルキオルニ侯国はバザロフ帝国の属国になってしまうのではないかと、噂がささやかれていた。

 私は一度ため息を漏らす。

 「・・・わかりました」


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