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マメ柴のシバ

ランチ

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『喫茶カトレア』とレトロなフォントで書かれた看板の下の木製ノブをひねると、ギィという軋み音と、チリンというベルが鳴った。

「こんにちわー。」

隣の家を訪問するくらいのトーンでさゆりは店内に声を掛けた。
もう昼時に差し掛かるフロアは半分以上埋まっており、さゆりはカウンターの空いた席にバッグを置く。
そのままカウンターの端に置いてあるコップに水差しで水を注ぎ、おしぼりと箸を掴んで席に持って行った。これがメシ時に来た常連客の、この店の作法だ。

「いらっしゃーい。あら!さゆりちゃん!最近来ないから心配してたのよ。」

人の良い柔和な顔をした女将さんは、他の常連客と話していたにも関わらずさゆりの姿を認めると声を掛けてくれた。

「ちょっと色々あって、最近は家で食べてたんです。」

「そうなの?あら、お料理の勉強?花嫁修行かしら!?良い人できたんでしょ!」

「いやぁ、そういうのではなくて…。」

「そうなの?さゆりちゃんももう28歳でしょ?本当に良い人いないの?」

「あはは…。」

「お母さん!今どきはそういう質問、ガチナンセンスだからね!」

さゆりが適当に誤魔化してから注文しようとすると、厨房からランチの皿をふたつ持った女性が出て来て、女将さんに噛み付いた。
キビキビと窓際のテーブルまで運ぶと、先ほどの剣幕が嘘のようなにこやかさで「お待たせしました。Aランチふたつです。」と言って食事をサーブして行く。

「もーかなったら。さゆりちゃんはあんたと違ってすごく良いお嬢さんだから、早く出会えた方が未来の旦那さんにとって絶対良いじゃないの!ねぇ?佐伯さん?」

責められた女将さんは、そう先ほどまで話していた中年男性に話を振った。
振られた佐伯という男性は、「答え辛いこと聞かないでよ。」と肩を竦め、周りの客がワハハと笑う。
さゆりも一緒に笑ってしまった。

「さゆりさん!笑ってる場合じゃないよ!ちゃんと言い返して。つけあがるから。何頼みます?」

母親の懲りなさに諦めたのか、この店の看板娘のかなはさゆりに矛先を向けた。

「あ、じゃあAランチで。」

先ほど運ばれて来たディッシュにエビフライが乗っていた時点で、さゆりの心は決まっていた。

「はーい。お父さんAランチ!さゆりさんに!」

「あらー、今日はAがよく出るのね。仕込み見てこなきゃ。」

談笑しながらもテーブルの面倒を細かに見てた女将さんは、「かなちゃんフロアよろしくね。」と言って厨房に引き返して行った。
帰り際に、

「さゆりちゃん。本当にお料理の練習がしたくなったらいつでも言ってね。パパといつきをメロメロにしたハンバーグの作り方教えちゃうから。」

とさゆりに告げながら。

さゆりはこの店のこの雰囲気が好きだった。
マスターと女将さんの夫婦に、しっかり者長女のかなと素直な次男のいつき。
優しくて愛嬌のあるおばあちゃん。

家族が睦まじく暮らしている様を、たまに眩しい気持ちで見ていた。
出て来たAランチの味は、別に普通のエビフライ定食だった。でもさゆりは、ここでしか味わえないものだと感じたし、また来ようと今日も思った。
会計の時に女将さんが、さっきはごめんなさいねと言ってコロッケをふたつくれた。
いつもなら冷める前に食べ歩きでパクパクいってしまうが、今日はシバと食べようと思ってまだ暖かい袋をそっとショッピングバッグに入れる。

店を去った後、スーパーに向かいながらスマホをチェックした。
あの店にいると店員や常連と話が弾んでスマホを見る暇がない。
トークアプリにはメッセージが入っていた。えりかからだった。時間はついさっきである。
「午後5時くらいに向かいます。」
そんな簡素な一文と、画像が送られていた。
画像は、ダボダボの服を着てスプーンでカレーをパクつくシバの写真だった。

それを見た瞬間、さゆりは頭をガツンと殴られたような衝撃を感じた。
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