59 / 97
第10章 爆炎の四女と魔術師寄りの薬師
第11話 閑話 消したい
しおりを挟む
「……チッ」
「おい、兄に対してなんだその反応は」
メイシィと別れてから向かった村の入り口で、小奇麗な服を着た男があたしに声をかけてきた。
もう夕日が暗闇にかき消される時間帯。暗い村の入口は炎の灯だけが揺れている。
「せっかく旅立ちの見送りに来てやったと言うのに」
「頼んでねぇ」
「はあ、お前は相変わらずだな」
ユーファステア侯爵家の次期侯爵であり兄のローレンス。
まじめで不器用なところはあるが、姉妹に対するお節介焼きは王子たちにも被害を広げているらしい。
うざったい反面、妙に許されてしまうのはこいつがミリシアばーちゃんから引き継いでしまった特性だろうな。
「食事でもどうだ?払ってやるぞ」
「断る。今日はもう食べた」
「いつだ?」
「ここまでの道中に」
「……不摂生はやめろとあれほど」
「はーーいはいはいはーい」
「おいこら」
また始まった、兄の長い説教が――――と思ったが、言葉は続かなかった。
神妙な表情をしている。
「お前、メリアーシェのことを話したか?」
「……まあ、ちょっと」
「何を話した」
「なんだっていいだろ。まあ、あたしが旅に出るきっかけの話とか、症状とか?」
「……そうか」
「何だよ。話すなってか?別にいいだろ」
「そうだが……」
「そんなにメリアーシェに踏み込まれるのが怖いのかよ?」
うじうじしている兄にはっきりと疑問に出してやると、わかりやすく狼狽《うろた》えやがった。
昔からそうだ。特にメリアーシェを大切にしていたこいつは、誰かに言及されるのを嫌がる。
わからないでもない。あいつはユーファステア侯爵家の真核だ。
あいつがいなかったら、きっとあたしたち兄姉妹《きょうだい》も、両親でさえ、バラバラになっていたかもしれない。
「大丈夫だろ。そんな悩み続けてたら一生独身だぞ」
「……はあ、そうだな。セロエに言われるとそんな気がしてくる」
「はは!だろ?人生は思い通りにならねーんだよ、良い意味でもな」
お前が言うと説得力が違うな、親泣かせめ。
兄はそう言って肩を震わせて笑う。昔から変わらない心から楽しい時の癖だ。
「で、クリードは結局お説教だけで終わりだったのかよ?」
「ああ、いつもより深く反省していたから良しとされたらしい」
「相変わらず甘ぇな」
「そうでもない。今回はあのメイシィに見られた上に、珍しく不機嫌な態度をとられて慌てていたそうだ」
「まじで!?」
「今までのやらかしは説教だけで済んだが、これからはメイシィとの関係に影響が出る。
より慎重になるだろうな。よほど事情がない限り、大事は減るだろう」
いい気味だ。
あたしは周りに響いてしまいそうなほど大きな笑い声が出た。
クリードはこれからも城から出られず生きていくんだろう。
あたしにとって、つまらない人生ほど馬鹿げたことはない。
優しさに包まれた生ぬるい日々の中で、たまには刺激的なことがあっても良いだろう。
生き方を変えることは必ずしも正しいことじゃない。だから、変えないことも正しいと言える。
自分が決断した未来でいかに楽しく過ごすか、それがこの道が正しかったという証明になる。
その手伝いができるってんなら、いつでもやってやるさ。
それがあたしなりの愛情、ってやつ。
「やっぱりメイシィはいいな。また会うのが楽しみで仕方ねえ」
それじゃあ、といってあたしは兄の横を通り過ぎた。
次にメイシィに会ったとき、きっともう人生の道を決断した後だろう。
どの道だって正解だ。あたしと王妃が言うんだから間違いない。
すべての試練が終わったころ、またミリステアに顔を見にいってやろう。
きっとあいつは、嬉しそうに笑ってくれるはずだ。
腰のカバンに勝手に詰め込まれた携帯薬セットが揺れる。
別に薬は困ってねえしぃ?なんて強がりで言った言葉をあいつが覚えていたとは思わなかった。
それに、薬に詳しくないあたしだってよくわかる。この携帯薬セットの奥の方、こっそり入っているのは『ラ・カルネロの万能薬』だ。
……あいつめ、やたら素直に薬を受け取ったと思ったら、はなから2つ調合して無理やり持たせるつもりだったな?
瞼を閉じれば、彼女が生み出す美しい炎や水、雷の多彩な色合いが焼きついている。
白くてふわふわした髪。
丸く輝く赤い視線。
そして、アイツを少なからず想う瞳も。
「余計なことしちまったかなー。あー、初めから素直になりゃよかった」
誰もいない道の真ん中で、賑わいが見える宿屋を見据える。
そこに向かう足取りは妙にふらついて軽い。
「最初っから薬作ってもらってよお!
もっと安全な仕事に連れまわしてよぉ!
クリードが悔しがるくらい街中で遊びまくってよぉ!
くそー!取り消してぇーよーー!
兄貴、ちょっと時間巻き戻す魔法とか使えねえのぉ!?」
できるわけないだろうが!
もうとっくに転移魔法でどこかにいっちまったってのに、そんな声が聞こえた気がした。
「おい、兄に対してなんだその反応は」
メイシィと別れてから向かった村の入り口で、小奇麗な服を着た男があたしに声をかけてきた。
もう夕日が暗闇にかき消される時間帯。暗い村の入口は炎の灯だけが揺れている。
「せっかく旅立ちの見送りに来てやったと言うのに」
「頼んでねぇ」
「はあ、お前は相変わらずだな」
ユーファステア侯爵家の次期侯爵であり兄のローレンス。
まじめで不器用なところはあるが、姉妹に対するお節介焼きは王子たちにも被害を広げているらしい。
うざったい反面、妙に許されてしまうのはこいつがミリシアばーちゃんから引き継いでしまった特性だろうな。
「食事でもどうだ?払ってやるぞ」
「断る。今日はもう食べた」
「いつだ?」
「ここまでの道中に」
「……不摂生はやめろとあれほど」
「はーーいはいはいはーい」
「おいこら」
また始まった、兄の長い説教が――――と思ったが、言葉は続かなかった。
神妙な表情をしている。
「お前、メリアーシェのことを話したか?」
「……まあ、ちょっと」
「何を話した」
「なんだっていいだろ。まあ、あたしが旅に出るきっかけの話とか、症状とか?」
「……そうか」
「何だよ。話すなってか?別にいいだろ」
「そうだが……」
「そんなにメリアーシェに踏み込まれるのが怖いのかよ?」
うじうじしている兄にはっきりと疑問に出してやると、わかりやすく狼狽《うろた》えやがった。
昔からそうだ。特にメリアーシェを大切にしていたこいつは、誰かに言及されるのを嫌がる。
わからないでもない。あいつはユーファステア侯爵家の真核だ。
あいつがいなかったら、きっとあたしたち兄姉妹《きょうだい》も、両親でさえ、バラバラになっていたかもしれない。
「大丈夫だろ。そんな悩み続けてたら一生独身だぞ」
「……はあ、そうだな。セロエに言われるとそんな気がしてくる」
「はは!だろ?人生は思い通りにならねーんだよ、良い意味でもな」
お前が言うと説得力が違うな、親泣かせめ。
兄はそう言って肩を震わせて笑う。昔から変わらない心から楽しい時の癖だ。
「で、クリードは結局お説教だけで終わりだったのかよ?」
「ああ、いつもより深く反省していたから良しとされたらしい」
「相変わらず甘ぇな」
「そうでもない。今回はあのメイシィに見られた上に、珍しく不機嫌な態度をとられて慌てていたそうだ」
「まじで!?」
「今までのやらかしは説教だけで済んだが、これからはメイシィとの関係に影響が出る。
より慎重になるだろうな。よほど事情がない限り、大事は減るだろう」
いい気味だ。
あたしは周りに響いてしまいそうなほど大きな笑い声が出た。
クリードはこれからも城から出られず生きていくんだろう。
あたしにとって、つまらない人生ほど馬鹿げたことはない。
優しさに包まれた生ぬるい日々の中で、たまには刺激的なことがあっても良いだろう。
生き方を変えることは必ずしも正しいことじゃない。だから、変えないことも正しいと言える。
自分が決断した未来でいかに楽しく過ごすか、それがこの道が正しかったという証明になる。
その手伝いができるってんなら、いつでもやってやるさ。
それがあたしなりの愛情、ってやつ。
「やっぱりメイシィはいいな。また会うのが楽しみで仕方ねえ」
それじゃあ、といってあたしは兄の横を通り過ぎた。
次にメイシィに会ったとき、きっともう人生の道を決断した後だろう。
どの道だって正解だ。あたしと王妃が言うんだから間違いない。
すべての試練が終わったころ、またミリステアに顔を見にいってやろう。
きっとあいつは、嬉しそうに笑ってくれるはずだ。
腰のカバンに勝手に詰め込まれた携帯薬セットが揺れる。
別に薬は困ってねえしぃ?なんて強がりで言った言葉をあいつが覚えていたとは思わなかった。
それに、薬に詳しくないあたしだってよくわかる。この携帯薬セットの奥の方、こっそり入っているのは『ラ・カルネロの万能薬』だ。
……あいつめ、やたら素直に薬を受け取ったと思ったら、はなから2つ調合して無理やり持たせるつもりだったな?
瞼を閉じれば、彼女が生み出す美しい炎や水、雷の多彩な色合いが焼きついている。
白くてふわふわした髪。
丸く輝く赤い視線。
そして、アイツを少なからず想う瞳も。
「余計なことしちまったかなー。あー、初めから素直になりゃよかった」
誰もいない道の真ん中で、賑わいが見える宿屋を見据える。
そこに向かう足取りは妙にふらついて軽い。
「最初っから薬作ってもらってよお!
もっと安全な仕事に連れまわしてよぉ!
クリードが悔しがるくらい街中で遊びまくってよぉ!
くそー!取り消してぇーよーー!
兄貴、ちょっと時間巻き戻す魔法とか使えねえのぉ!?」
できるわけないだろうが!
もうとっくに転移魔法でどこかにいっちまったってのに、そんな声が聞こえた気がした。
11
お気に入りに追加
105
あなたにおすすめの小説
【R18】青き竜の溺愛花嫁 ー竜族に生贄として捧げられたと思っていたのに、旦那様が甘すぎるー
夕月
恋愛
聖女の力を持たずに生まれてきたシェイラは、竜族の生贄となるべく育てられた。
成人を迎えたその日、生贄として捧げられたシェイラの前にあらわれたのは、大きく美しい青い竜。
そのまま喰われると思っていたのに、彼は人の姿となり、シェイラを花嫁だと言った――。
虐げられていたヒロイン(本人に自覚無し)が、竜族の国で本当の幸せを掴むまで。
ヒーローは竜の姿になることもありますが、Rシーンは人型のみです。
大人描写のある回には★をつけます。
聖獣の卵を保護するため、騎士団長と契約結婚いたします。仮の妻なのに、なぜか大切にされすぎていて、溺愛されていると勘違いしてしまいそうです
石河 翠
恋愛
騎士団の食堂で働くエリカは、自宅の庭で聖獣の卵を発見する。
聖獣が大好きなエリカは保護を希望するが、領主に卵を預けるようにと言われてしまった。卵の保護主は、魔力や財力、社会的な地位が重要視されるというのだ。
やけになったエリカは場末の酒場で酔っ払ったあげく、通りすがりの騎士団長に契約結婚してほしいと唐突に泣きつく。すると意外にもその場で承諾されてしまった。
女っ気のない堅物な騎士団長だったはずが、妻となったエリカへの態度は甘く優しいもので、彼女は思わずときめいてしまい……。
素直でまっすぐ一生懸命なヒロインと、実はヒロインにずっと片思いしていた真面目な騎士団長の恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID749781)をお借りしております。
モフモフしたいだけなら撫でさせません! え?私に触りたい?!ここここ今回だけ特別に撫でさせてあげなくもないですがー後宮もふもふ事件手帖
高岩唯丑
恋愛
★表紙のようにデレるまでしばらくお付き合いください( ̄ー ̄)ニヤリ★
シャオグーは孤児ではあったが、頭が良いおかげで何とかありついた商家の下働きとして日々を過ごしていた。
しかし、突然犬の耳と尻尾が生えてしまい、獣憑きとなってしまう。
この世界には獣憑きという、普通の人間に突然動物の耳と尻尾が生えてくる現象が起こっていた。そして九尾の狐という獣憑きが帝を惑わし、国を傾けた過去があるため、獣憑きは迫害を受けていたのだ。
シャオグーはすぐさま逃げ出すが、ともに下働きをしていた者に見られており、商家の主に獣憑きになったことが知られてしまう。
若い女性の獣憑きはペットとしても価値があるため、商家の主はシャオグーを売り飛ばす為に、捜索を始める。
しかし、シャオグーは後宮の第二側妃に保護される。第二側妃は獣憑きを保護するために、日頃から市中に情報収集者を送っていたのだ。
そうして、シャオグーは第二側妃の侍女として働くことになる。そこでカイレンというツンツンとした性格の宦官に出会い、後宮内の事件に挑んでいく。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!
芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️
ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。
嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる!
転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。
新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか??
更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
裏切られ婚約破棄した聖女ですが、騎士団長様に求婚されすぎそれどころではありません!
綺咲 潔
恋愛
クリスタ・ウィルキンスは魔導士として、魔塔で働いている。そんなある日、彼女は8000年前に聖女・オフィーリア様のみが成功した、生贄の試練を受けないかと打診される。
本来なら受けようと思わない。しかし、クリスタは身分差を理由に反対されていた魔導士であり婚約者のレアードとの結婚を認めてもらうため、試練を受けることを決意する。
しかし、この試練の裏で、レアードはクリスタの血の繋がっていない妹のアイラととんでもないことを画策していて……。
試練に出発する直前、クリスタは見送りに来てくれた騎士団長の1人から、とあるお守りをもらう。そして、このお守りと試練が後のクリスタの運命を大きく変えることになる。
◇ ◇ ◇
「ずっとお慕いしておりました。どうか私と結婚してください」
「お断りいたします」
恋愛なんてもう懲り懲り……!
そう思っている私が、なぜプロポーズされているの!?
果たして、クリスタの恋の行方は……!?
【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました
藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。
次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる