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第5章 隣国王子と病み王子とクッキー薬師
第4話 薬には毒にも薬にも甘い夢にも
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翌日の魔王城は、朝早くからいつもと違う雰囲気が全体を包み込んでいた。
そこゆく使用人たちの足取りはどこか緊張気味で、浮かれ気味でもある。
特別仕事に影響の出ないわたしたち薬師でさえも、なんだかそわそわとしてしまうくらいだった。
そう、パスカ龍王国から王太子がミリステア魔王国にいらしたのだ。
「午前中にいらっしゃったんだろ?」
いつもの部屋でアヒドの実を削って薄いクルクルの破片にしているわたしの後ろで、書類仕事をしていたマリウスの声が聞こえた。
振り返ると大きく背伸びをして立ち上がったのが目に入る。
これで机から逃げるのは3回目だけれど、どうやら今回は無事にやりきったらしい。
ミカルガさんが細工した給湯器からコップいっぱいにお湯を入れ、マルクスはその中に丸い草の塊を落とした。
部屋に常備されているミミィ茶の葉だろう。
仄かに甘くて冷えると少し苦い、ミリステア魔王国で一般的なお茶だ。
加工の際に魔力を込めると、ぽろぽろに分解せず丸い塊を保ってくれるので、茶葉が口に入らず飲みやすい。
また、濃度を調整する特性があるから放置して渋くなることもない。
「そうらしいよ。温室から戻ってくるときに歓迎式典の演奏の音が聞こえてきた」
私も欲しいと手を伸ばせば、マリウスは慣れた手つきでわたしのコップにも同じものを用意してくれた。
「クリード殿下、何してんのかなあ」
温かいコップを受け取って、丸い塊がぽつんと沈んでいるのを覗き込む。
そういえば、クリード殿下はこの部屋に来る度にミミィ茶を飲んでいたな。
高級なものばかり飲んで舌が肥えている人にはあまり……素朴な味?だと思うけど。
「何してんのかね、メイシィ」
「……どうしてわたしに聞くの?」
「いや、だって……何か聞いてないの?」
「聞いては…………………」
ない、と言おうとして、私は言葉が止まった。
確かに聞いてはない、聞いてはないんだけど。
「……読んだな」
「読んだ?」
そう、読んだ。
あれは昨日の夜のことだった。
殿下にいただいたバラのハンドクリームをバッグに忍ばせて自室の扉を開けると、
かさり、と足元から音がした。
『あれ』
自分の足を見てみれば、淡いピンクの封筒を踏んでいた。
しゃがんでその封筒を受け取り中へ入って、扉を閉める。
何となくひっくり返して宛名を確認すると、
『愛するメイシィへ』
あ、これ、クリード殿下だ。
絶対殿下だ。
『……踏んじゃったなあ……』
殿下、ごめん。と思いながら手紙を開いてみる。
そこにはそれはそれは綺麗な文字で文字がびっしりと綴られていた。
10枚はあった。
その先は数えるのをやめた。
内容は2種類あった。
1つは私に関すること。
今日も可愛いんだろうな一目見ることすら叶わないのは悲しい。とか。
お菓子を全部食べてしまった、次が待ち遠しくてたまらない。とか。
君がどこで何をしているのかミカルガに毎日報告させようと思ったが止められた、とか。
自分も薬を作ってみたいのだけれど、ほんの少しだけ扇情《せんじょう》効果のある
花の蜜を入れたら君は私を好きになってくれるだろうか。とか。
『やめて』
もう1つはパスカ龍王国の王太子が滞在している間の、殿下の大まかなスケジュールだった。
最終週にはミリステア魔王国主催のダンスパーティが3日間あるらしい。
そういえば殿下が作った『シトリナイト』は魔王陛下と王妃殿下のためだったっけ。
きっととてもお似合いだろう。
「確か明後日に温室の見学が入ってた、とか書いてあった気がする」
「それなら、私も同席する予定だ」
「えっ、ミカルガさんが?珍しいっすねー」
ミカルガさんはあまり華やかな空間が好きではない。
図書館の本の匂いに包まれて、または薬草に包まれてひっそり没頭していたいタイプだ。
そのため、頑として接待に近い場には顔を出したがらないのに。
正直わたしもかなり驚いた。
「……元の肩書が邪魔をしてな。陛下御自身に声をかけられた」
「それは……断れないっすね」
「薬師院の元院長、ですからね」
もう2代は変わっているので、当時を知っている人はだいぶ減ってきたけれど。
私も小さい頃だったしね。
「ちなみにどの温室に向かわれるのですか?」
「第一温室だ。一番種類が多く見ごたえがあるからだそうだ」
「確かにそうですね」
ミミィ茶を一口飲んで、私は相槌をする。
明後日ということは……うーん、またコレクト草を取りに行きたかったんだけど、明日は雨らしいからあんまり行きたくないなあ。
「……メイシィ、コレクト草なら夕方以降に行くといい。訪問は午前中を予定している」
「え、あ、はい」
どうしてわかったんだろう。と思ってすぐ気がついた。
無意識にコレクト草の保管庫をじっと見ていた。
何となく恥ずかしいやら気まずいやらで、ミカルガさんの顔を見る。
「ついでにカカーランの実を頼めるか。10個ほどあれば良い」
「カカーランって……あ、」
カカーランの実はすりおろしてコレクト草と混ぜれば…。
「明後日のためだ、メイシィ。
パスカ龍王国の王族と自国の王族に挟まれば、肩を凝らないわけがないだろう」
「……ふふ、私でよければ作っておきますよ。いつもの配合で、コリに聞く塗り薬、ですよね?」
「ああ、それは有難いな」
羽根がたくさん混じった白髪を振って、老師は微笑んだ。
そこゆく使用人たちの足取りはどこか緊張気味で、浮かれ気味でもある。
特別仕事に影響の出ないわたしたち薬師でさえも、なんだかそわそわとしてしまうくらいだった。
そう、パスカ龍王国から王太子がミリステア魔王国にいらしたのだ。
「午前中にいらっしゃったんだろ?」
いつもの部屋でアヒドの実を削って薄いクルクルの破片にしているわたしの後ろで、書類仕事をしていたマリウスの声が聞こえた。
振り返ると大きく背伸びをして立ち上がったのが目に入る。
これで机から逃げるのは3回目だけれど、どうやら今回は無事にやりきったらしい。
ミカルガさんが細工した給湯器からコップいっぱいにお湯を入れ、マルクスはその中に丸い草の塊を落とした。
部屋に常備されているミミィ茶の葉だろう。
仄かに甘くて冷えると少し苦い、ミリステア魔王国で一般的なお茶だ。
加工の際に魔力を込めると、ぽろぽろに分解せず丸い塊を保ってくれるので、茶葉が口に入らず飲みやすい。
また、濃度を調整する特性があるから放置して渋くなることもない。
「そうらしいよ。温室から戻ってくるときに歓迎式典の演奏の音が聞こえてきた」
私も欲しいと手を伸ばせば、マリウスは慣れた手つきでわたしのコップにも同じものを用意してくれた。
「クリード殿下、何してんのかなあ」
温かいコップを受け取って、丸い塊がぽつんと沈んでいるのを覗き込む。
そういえば、クリード殿下はこの部屋に来る度にミミィ茶を飲んでいたな。
高級なものばかり飲んで舌が肥えている人にはあまり……素朴な味?だと思うけど。
「何してんのかね、メイシィ」
「……どうしてわたしに聞くの?」
「いや、だって……何か聞いてないの?」
「聞いては…………………」
ない、と言おうとして、私は言葉が止まった。
確かに聞いてはない、聞いてはないんだけど。
「……読んだな」
「読んだ?」
そう、読んだ。
あれは昨日の夜のことだった。
殿下にいただいたバラのハンドクリームをバッグに忍ばせて自室の扉を開けると、
かさり、と足元から音がした。
『あれ』
自分の足を見てみれば、淡いピンクの封筒を踏んでいた。
しゃがんでその封筒を受け取り中へ入って、扉を閉める。
何となくひっくり返して宛名を確認すると、
『愛するメイシィへ』
あ、これ、クリード殿下だ。
絶対殿下だ。
『……踏んじゃったなあ……』
殿下、ごめん。と思いながら手紙を開いてみる。
そこにはそれはそれは綺麗な文字で文字がびっしりと綴られていた。
10枚はあった。
その先は数えるのをやめた。
内容は2種類あった。
1つは私に関すること。
今日も可愛いんだろうな一目見ることすら叶わないのは悲しい。とか。
お菓子を全部食べてしまった、次が待ち遠しくてたまらない。とか。
君がどこで何をしているのかミカルガに毎日報告させようと思ったが止められた、とか。
自分も薬を作ってみたいのだけれど、ほんの少しだけ扇情《せんじょう》効果のある
花の蜜を入れたら君は私を好きになってくれるだろうか。とか。
『やめて』
もう1つはパスカ龍王国の王太子が滞在している間の、殿下の大まかなスケジュールだった。
最終週にはミリステア魔王国主催のダンスパーティが3日間あるらしい。
そういえば殿下が作った『シトリナイト』は魔王陛下と王妃殿下のためだったっけ。
きっととてもお似合いだろう。
「確か明後日に温室の見学が入ってた、とか書いてあった気がする」
「それなら、私も同席する予定だ」
「えっ、ミカルガさんが?珍しいっすねー」
ミカルガさんはあまり華やかな空間が好きではない。
図書館の本の匂いに包まれて、または薬草に包まれてひっそり没頭していたいタイプだ。
そのため、頑として接待に近い場には顔を出したがらないのに。
正直わたしもかなり驚いた。
「……元の肩書が邪魔をしてな。陛下御自身に声をかけられた」
「それは……断れないっすね」
「薬師院の元院長、ですからね」
もう2代は変わっているので、当時を知っている人はだいぶ減ってきたけれど。
私も小さい頃だったしね。
「ちなみにどの温室に向かわれるのですか?」
「第一温室だ。一番種類が多く見ごたえがあるからだそうだ」
「確かにそうですね」
ミミィ茶を一口飲んで、私は相槌をする。
明後日ということは……うーん、またコレクト草を取りに行きたかったんだけど、明日は雨らしいからあんまり行きたくないなあ。
「……メイシィ、コレクト草なら夕方以降に行くといい。訪問は午前中を予定している」
「え、あ、はい」
どうしてわかったんだろう。と思ってすぐ気がついた。
無意識にコレクト草の保管庫をじっと見ていた。
何となく恥ずかしいやら気まずいやらで、ミカルガさんの顔を見る。
「ついでにカカーランの実を頼めるか。10個ほどあれば良い」
「カカーランって……あ、」
カカーランの実はすりおろしてコレクト草と混ぜれば…。
「明後日のためだ、メイシィ。
パスカ龍王国の王族と自国の王族に挟まれば、肩を凝らないわけがないだろう」
「……ふふ、私でよければ作っておきますよ。いつもの配合で、コリに聞く塗り薬、ですよね?」
「ああ、それは有難いな」
羽根がたくさん混じった白髪を振って、老師は微笑んだ。
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