奇談

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《創作》都合のいい子供たち

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「今日はご協力頂き、ありがとうございます。マダム。」
「いえいえ。おたくのような有名な会社に取材していただいて、私も光栄ですわ。」
ある日の昼下がり、S新聞社の記者たちが1人の婦人にインタビューを行っていた。
 
記者Aは部屋をキョロキョロと見回す。
天井にはキラキラと輝くシャンデリアが吊るされ、壁には数々の剥製が飾られる中、これもまた眩いばかりの金で設えられた時計が架けられていた。テレビ台には人一人収まるんじゃないかというくらいの大型テレビが置かれ、あちらこちらには加湿器やらコーヒーメーカーやら、その他雑多なよく分からない飾り物が置かれていた。そうして自分達はというと、セラミック製のダイニングテーブルを取り囲むように、まるで応接室に置かれているようなフカッフカのソファに座っていた。
「……なんとも、豪勢ですなあ。」
「オホホホ。この度の『プラン』のおかげですわ。ほら、この指輪もこの間買ったんですの。綺麗でしょう?」
「は、はあ……。」
まるで豚のように丸々と肥えた婦人の指には、いくつもの指輪がはめられていた。あるものなどは肉と一体化しているかのように埋まってしまっているものもある。

眉をひそめる記者Aをよそに、記者Bは相槌を打ちながらインタビューを始める。
「いやあ、素晴らしいものですなあ。今回の『プラン』は。これだけの恩恵があるのですか。」
「そう。今回の『プラン』に参加すれば皆贅沢できますわ。あなた方も参加されてはどう?」
「まあ、前向きに検討させていただきます。」
「なるべくお早めに決めたほうがよろしいですわよ。オホホホホ……。」
満足そうに婦人は高笑いする。記者Aは婦人が喋る合間に時折りするフゴフゴという豚のような呼吸音がひどく耳障りに聞こえた。

「……さて、マダム。」
婦人の笑い声を遮るように、記者Bは声を上げる。
「不躾かもしれませんが質問に移らせていただきます。まず今回の『プラン』に参加されたきっかけは?」
「ああ……。」
と、婦人は先ほどの高笑いを止め、今度はオイオイと鳴き始めた。
「きっかけは……私の妊娠です。私たち夫婦はとても仲良くやっていたんです。でも夫は私が妊娠すると分かると、突然人が変わった様になってしまったのです。『子供なんてとても育てられない!僕には関係ない!』とそう言って出て行ってしまったんです……!」
「おお、それはどうも、心中お察しいたします。」
「ああ……。おいおいおいおい……!」

咽び泣く婦人の目を盗み、記者AはBの肩をチョンチョンと叩く。
(……何だ!?)
(先輩。この婦人の発言、矛盾しています。先日、旦那さんは取材の際に奥さんに『この能無しの役立たず!あんたみたいな薄給でどうやって子供なんか育てるのよ!』と婦人に毎日のようにいびられて、それが嫌になって別れたと……。)
(しっ!婦人に聞こえるぞ!ここは調子を合わせるんだ!)

ヒソヒソと話す記者たち。その様子を婦人は怪訝そうに伺う。
「……何かしら?」
「ああ、いえいえ。何でもございません。ちょっとインタビューの細かい段取りを相談していた次第でして。」
「あらそう。ま、いいわ。…ええと、どこまで話したかしら。」
「ええと、ご主人が出ていかれたところまで。」
「ああ、そうでしたわね。そう、それでね、残された私はもう本当に苦しかった!女手一つでこの子を産んで育てないといけないなんて!そんなお金がどこにあるの!と、毎日のように泣いておりました。その時だったんですの!この度の『プラン』を見つけたのは!」
そう言って婦人は一枚のチラシを取り出した。チラシには「ハッピーチャイルドプラン」と書いてある。
「ははあ。これがその……。」
「そう。私に生きる希望を与えてくれた素晴らしい『プラン』ですわ。あなた方も是非ご一考を。」
鼻息荒く推し進める婦人のチラシを受け取り、Bは苦笑する。
「か、考えておきます。」
「ええ、ぜひとも。」

チラシを渡して満足げな婦人は、突然思い立ったように立ち上がった。
「あら、失礼。そう言えばお茶の一つもお出ししておりませんでしたわね。すぐにお持ちしますわ。」
「あ、お構いなく。」
記者Aの言葉を尻目に、婦人は部屋の奥へスゴスゴと消えていった。

婦人の姿が見えなくなったのを確認して、記者Bは渡されたチラシに目を落とす。
「これですか?例の……。」
「ああ。今問題になっているだ。」
記者Bは食い入るようにポスターを見る。そこにはニコニコと笑う母子と共に次のような内容が書かれていた。

《新しい家族で子供たちと明るい未来を!ハッピーチャイルド!》

「Bさん、これが例の……。」
「ああ。革新的な政府主導の少子化対策だよ。」
記者Bは皮肉をこめてそう答えた。

「ハッピーチャイルドプラン」

低迷を続ける少子化問題を改善すべく、政府が民間と合同で取り組んだ対策だった。
その内容はというと、まず母体から受精卵、もしくは胎児を取り出して人口の子宮に移し替える。そして母体から受け取った受精卵、もしくは未成熟の胎児を幾つかに分割し、そこにあらかじめ用意していたクローン細胞を植え付ける。結果、未成熟の子供が一つの受精卵から何十人と産まれる、というものだった。

「実験の参加者には補助金もおりるという話だったが…いやはやこれほどとはな。」
「正直信じられないです。自分の子供を実験台に捧げるなんて……!」
拳をギュッと握りしめるAをBはたしなめる。
「おいおい。下手な正義感なんぞ出すなよ。それだけ婦人から話を聞けなくなるからな。」
「なっ…!先輩は何も感じないんですか!こんな人体実験めいたこと、絶対おかしいですよ!」
声を荒げるA。そこへ婦人がガマガエルのような顔でヌッと顔を出してきた。
Bは慌ててAの口を押さえる。
「何かございましたか?」
「いやいや、何でもありません。ははは…。こいつまだ新米で、こんな上等なお屋敷を間近で見ちゃったから興奮しちゃって。いや、お恥ずかしい。」
「あらあら。宜しいことじゃないですか。家にはいくつか美術品もございます。よろしければ見ていかれては?」
「いやいや。この部屋だけで私どもは満足です。いやあ。眼福、眼福。」
「あら、そうお?ならよいのだけど。」
そう言いながら婦人は盆に載せた3杯の紅茶を一つ一つテーブルに置いた。
「お口に合うとよいのだけど。」
「……いただきます。それで奥様、お子さんのことなんですが……。」
「ああ、そうね。ついでに呼んできたわ。さあ、あなたたち。こっちへいらっしゃい。」
婦人の呼ぶ声と共に、部屋の向こうの暗がりから、ガサガサという音が聞こえ始めた。


ピィ……ピィ……

ピィ……ピィ……


鳥とも虫とも言えない鳴き声ともに足音も大きくなっていく。
「な、何ですか?この音は。」
「あの子たちですよ。初めはびっくりしちゃいますよねぇ。大丈夫ですよ。おとなしい子たちですから。」


ピィ…ピィ…ピィ…

ピィ…ピィ…ピィ…


音はどんどんと増えていく。
一つや二つなどではない。
そのおどろおどろしい物音から、Aは小さい頃に見た、複雑に絡み合ったヤスデの大群を連想した。
と、そこで音の主が姿を現し始めた。

それは人、というには明らかにかけ離れた姿をした何かだ。
頭部は異様に小さく、大きく露出した目は顔の両端につけられてぎょろぎょろと動いている。鼻腔と思われる穴が頭の先端についていて、時折そこから空気が漏れていた。口の中は退化し、まるですり鉢のように歯が円状に並んでいて、その様はミミズのような線形動物を思わせた。
手と足はこれもまた異常に縮んでおり、婦人が「あの子たち」と読んだ彼らは皆這うようにしか動けていなかった。そんな「子供たち」が10人、20人と顔を出してきた。

「こ、これが……。」
「そう、『プラン』でいただけた子供たちよ。かわいいでしょう?」
戦慄するAをよそに、鼻歌を口ずさみながら婦人が「子どもたち」に近寄る。
「いい子ね~。一郎ちゃんに二郎ちゃん。あなたは……何だったかしらね?」
婦人が一人の頭を撫でようとした瞬間、突如一人が婦人の指に噛み付いた。
「あっ…!痛っ…!」
婦人は思わず指を引っ込めると、眼の色を変えてその噛み付いた「子供」を睨みつけた。
「何……しやがるんだ!この野郎……!」
婦人がその「子供」を激しく蹴り上げる。
「グピェ……!ギュブ……!」
「子供」は血反吐を吐きながら苦しげに悲鳴を上げるが、婦人は一向に止めずに「子供」を力一杯踏み続ける。
「お前……!誰のおかげで…産まれたと……思ってんだ……!この、ゴミがっ……!化物が……!」
「ピギュエッ……!パギュッ……!」
婦人は執拗に噛んだ「子供」を蹴り続ける。「子供」の悲鳴と、肉と骨を痛めつける鈍い音が部屋中に響き渡る。他の「子供たち」は、その様をブルブルと怯えた様子で部屋の隅から固まって眺めていた。

もう居た堪れなくなったAは、Bが止めるのも聞かず、口元を押さえながら婦人の家から出て行った。


どれくらい時間が経ったのか。
家の外にまで響いていた悲鳴はいつしか消え、やがて何事か談笑する声に変わっていった。きっとBが取材の続きをしているのだろう。ようやく本仕事だというのに、それでもAは中に入る気にならなかった。
しばらくして、Bが婦人の部屋から出てきて、うずくまるAに声をかけた。
「おい、新人。終わったぞ。立て。」
「せ、先輩……。」
「情けねえ。記者ならあんな現場の一つや二つ、平気な顔して仕事しろってんだ。」
「すみません……。」
「……ったく。」
しょんぼりと項垂れるAにBは自分の手荷物を渡し、タバコに火をつけた。
明らかにイライラとした様子のBに、Aは恐る恐る尋ねた。
「あ、あの、あのイジメられた子、どうなったんですか?」
「あ?死んだよ。」
「死んだ!?」
愕然とするAに、Bは眉ひとつ動かさずに答えた。
「内臓も骨もぐちゃぐちゃになるまで踏みつけられたんだ。あれで生きてる方が無理ってもんだ。」
「そんな!じゃあすぐ警察とか呼ばないと!」
「何で?」
「何でって……!」
ハア、とため息をつきBは吸っていたタバコをぺっと吐き出すと、その火を足で踏みつけて消した。
「お前、あれが人間に見えるのか?あんなおぞましいもんが人間に見えたのか?」
「だ、だって、人間なんでしょう!?人間の遺伝子から産まれた人間なんじゃないんですか!?」
「『そう』だけど『そう』じゃないんだよ。」
「は、はあ……?」
「確かに、遺伝子的にはお前の言う通り『人間』かもしれない。人の受精卵から産み出したんだからな。だが法律的には、あいつらは『人間』じゃないんだ。」
「ど、どういうことですか?」
「ええっと法律のお偉いさんが言うにはだな、『人間』ってのは産まれた時に人権というものが発生するそうなんだ。だがそのってのが肝でな……。」
「と、言いますと?」
「『母体から産まれた』って過程が必要なんだよ。なんでも、『人間の人権はいつから発生するのか?』って論争があったらしくてよ、まあそっからなんやかんやとあって、結局人間は母体から産まれた時点で人権が発生するって事で落ち着いたらしい。誰だって疑わねえよな。『人は母体から産まれる』。当たり前だ。至極当たり前の話だ。」
そう言ってBは一冊の冊子を取り出す。
「ところがその盲点を突いているのがこの『ハッピーチャイルドプラン』だ。こいつは機械で作られた人工子宮で作られたから母体から産まれていない。つまり、『人権を持たずに産まれた』生き物なんだよ。コイツらは。」
Bの言葉にAは戦慄する。
「そ、そんな……!じゃあ、あの子たちは一体何だっていうんですか!?」
「『所有物』だな。」
「『所有物』……!?」
「砕けた言い方をすれば『ペット』だ。ご主人様の言うことを聞く、可愛らしいペットなんだ。だから所有者である親が何をやろうと何の問題もない。痛ぶって喚き散らそうが、人権などないんだから親にはお咎め無しだ。それは国にだっていえる。人権がないのだから彼らを守る必要はない。あいつら『国』が必要としているのは『人口』や『出生率』といった数字だからな。それ以外のことなどどうでもいいのさ。」
「そんな…。だったらあの婦人はどうなんですか?どうしてあの子たちを産もうなんて考えたんですか?」
「金だよ。」
「金?」
「そう。このプランは政府が主導でやってる少子化対策だ。参加者には莫大な補助金が出るんだよ。普通に産もうとしたら育児費用なんて払えない。だけど堕胎するのも世間体や自身の負担を考えればいやだ。大体、子育てなんて面倒で嫌だ。そんな母親にうってつけだったんだ。このプランは。参加者は都合のいい『着せ替え人形』を手に入れてお金だってもらえる。しかもこの『子供』たちは成長もしないし、飯も大して食わない。文句だって言わない。まさに理想的だ。」
淡々と話すBにAは言葉を失う。
「そんな……。そんなの……あんまりじゃないですか……。」
「お?何、お前。同情してんの?あのに。」
「そりゃそうですよ。無茶苦茶じゃないですか。こんな、こんなことが少子化対策だなんて。」
「いいか。A。下手な同情なんかやめろ。政府が悪いだとか、あのババアが悪いだとかどうでもいい。俺たちにとって大事なのは、あの化物のネタで俺たちがどれだけ食えるかだ。変な正義感を振りかざしても一円にもならん。わかったか。わかったらとっとと記事まとめとけ。」
「……はい。」
Bに咎められたAは、ひとまずBの残してきたメモや資料に目を通すことにした。その中に、先程の婦人の家族写真のようなものがあった。
中央に満面の笑みで写る婦人。そしてその婦人を取り囲むようにあの「子供たち」が写っていた。
彼らの感情はその顔から推し測ることはできないが、Aには何か縋るような、助けを求めているような、そんな風に見えた。
(この子達を救ってくれるのは、一体誰なんだろう……。)
内心でそう思いながら、Aはその日の仕事をとっとと終わらせることに気持ちを切り替えることにしたのだった。
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