奇談

hyui

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《創作》セミナー

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一大学生であるこの俺、井中は暇を持て余していた。
必要な単位はある程度取れたし、学費や生活費は親の仕送りで賄えるから働く必要もない。かと言って部活なんぞに参加するつもりもない。そんなわけで今俺は猛烈に暇な大学生活を送っていた。

そんなある日、携帯にメールがきた。ゼミ仲間の木橋からだ。
『久しぶり!元気?実は最近すごい人に会ってさ!その人の話聞いて、もう目からウロコ!人生バラ色!毎日ハッピーだよ!井中もこの人のセミナー受けてみなよ!マジで人生変わるからさ!』
……うさんくさい。
あからさまに宗教かなんかの勧誘だ。木橋のやつ、変な事に首を突っ込んでんな。
そのまま無視してやろうかと思ったが、今の俺はとにかく暇だった。冷やかしで参加して適当に相槌でも打って帰ってやろうと思ったのだ。



そうして、俺はそのセミナーとやらを行なっている「すごい人」に会う事になった。
待ち合わせ場所はU駅地下のEの広場。
ボーっとしながら待っていると、2人連れの男に話しかけられた。
「こんにちは!井中さんですね!」
突然話しかけられたので驚いたが、俺は2人とも見覚えがない。
「…ええっと。」
「ああ。いきなりでごめんね!木橋くんから話を聞いて来たんだ。僕はハチベエ。宜しくね!」
「俺はモー君。宜しく!」
ハチベエ、モー君と名乗った2人は満面の笑みで手を差し出してきた。なるほど、木橋の紹介か。とりあえず俺は2人と握手を交わすと、周りを見渡してみる。
「……あの~、木橋は?」
「あー、木橋くんね!今日は先に会場に来てるんだ!また後で会えると思うよ!」
「そ、そっすか……。」
「さ、会場に案内するから、行きながら井中君のこと教えてくれると嬉しいな!」
「はあ……。」
とまあ、流されるままに俺は会場に向かう事になった。
参った。
まさか木橋の奴がいないとは。
おかげで俺は会場に着くまで2人から質問攻めだった。答えるたびに2人は「すごいね!」だの「やるね!」だの大袈裟なリアクションを取るし、終始ニコニコ顔で正直気味が悪かった。

10分程歩いた後、そのセミナー会場とやらに着いた。会場の建物は路地裏の目立たない場所で、正直今回のような用事もなければ気づかないような、ビルというには小さく家というには大きい、そんなイメージの建物だった。
「さあどうぞ。入って入って。」
勧められるがままに中へと入る。会場の部屋はこじんまりとして、ちょっとした会議室のような感じだった。受付から案内を受けて席に座る。参加者はざっと見て30名ほどのようだ。目が虚ろなやつ、隣と楽しげに話してるやつ、熱心に資料に目を通してるやつと、いろんな奴が一様にパイプイスに座ってセミナーの開始を待っている。一通り見回したが木橋のやつはいないようだ。一体どこにいるんだ。あいつは。

そうこうしていると、講師らしき男が前に出てきた。さっきまでザワザワしていた会場がシンと静まり返る。
「え~皆さん!今日は来ていただいてありがとうございます!私、本日講師を務めさせていただきます、小池と申します。どうか宜しくお願いします。」
小池と名乗った男はそうして深々と一礼をした。俺たちもそれに合わせて拍手を送る。
「さて、今日は実にいろんな方がいらっしゃってますね。学生さんに、会社員の方かな?いや結構、結構。皆さま何やらお悩みの顔をされています。人生がうまくいかない。自分の力はこんなものじゃない。皆さまそれぞれそんな経験、おありなんじゃないでしょうか?」
……開始早々だが、もう欠伸が出てきた。
大体、悩みがない奴がここに来るわけがない。俺のような例外を除けば、皆何かしら悩みがあってきてるはずだ。
セミナーの内容に興味の薄れてきた俺は、やがてウトウトし始めた……。



気がつくと、セミナーも後半に差し掛かる頃だった。何やら教祖がどうとか言い始めている。
「……であるからして、我々は尊師様に従って今の境地に辿り着いたのです。皆さんもなってみたいですか?大丈夫。誰にでもなれますよ。」
もう周りの奴らは目の色が変わっている。姿勢も前のめりで食い入るように聞いてやがる。
「さあ、皆さんで尊師様にご挨拶に参りましょう。皆さま一人一人、尊師様のありがたいお話を頂戴するのです。」
「「「はい!!!」」」
俺以外の参加者が一斉に返事をする。洗脳完了ってわけだ。

そうして、講師の話は終わり、今度はその尊師様とやらに会いにいくらしい。別室に移動らしく、案内係が俺たちを一列に並べて移動をする。
2階に上がったところに、その尊師とやらの部屋があった。扉は仰々しくも観音開きで閉じられている。
「この部屋の奥に尊師様がいらっしゃいます。1人ずつ中にお入りください。部屋に入ったらその奥にもう一つ扉があるので、名前を呼ばれてから入ること。宜しいですね?」
「「「「はい!」」」」
……やれやれ。この馬鹿げたセミナーもそろそろおわりだな。あとはその尊師とやらに会って、はいさようならだ。それにしても木橋のやつ、とうとう顔を出さなかったな。
なんて考えていると、1人、また1人と中に入っていき、とうとう俺の番になった。
「さあ、井中くん。どうぞ。」
俺はその部屋の中に入った。

薄暗く、奥に伸びた部屋にポツンと椅子が一つ置かれている。どうやらそこで待っていろという事らしい。壁は小さな穴が一面に開けられていた。あれは確か、小学校の時音楽室で見たな。楽器とかの騒音が外に漏れないようにする壁だ。部屋の最奥には見るからに分厚そうな鉄製の扉がある。中で何を話しているのかは聞き取れそうにない。その尊師とやらは一人一人違う説法を説いているのだろうか。
突然、部屋の向こうからバタバタと何かが暴れるような音が聞こえてきた。そうして扉をあちらから叩く音。ドアノブをガチャガチャと回す音が。中で何か起こったらしい。俺はそっと扉に耳をそば立ててみた。



……た…けて……!
……だ……か……!



助けを呼ぶ声…!なんだ。中で何が起こっている。ひとしきり暴れる声が聞こえたが、じきにその声も止んでしまった。
そのあと聞こえてきたのはなにかを引きずる音。そして時折聞こえる獣のような鳴き声だった。
しばらくして、扉がギギギと重い音を立てて開く。
「次の方、どうぞ。尊師様がお待ちです。」
「…あの、何か叫び声が聞こえたんですが、先に入った人はどうしたんですか?」
「大丈夫です。問題ありません。さあ、どうぞ。」
男は無表情で中に入るよう俺に促す。部屋の中は真っ暗で、外からは中の様子が全く見えない。
……「大丈夫」な訳がない。隙を見て逃げ出そう。
部屋の中は妙に生暖かく、魚の腐ったような妙な匂いが漂っていた。床はネトネトとていて、気持ち悪さをさらに際立たせている。
(何だ。この部屋は……。)
呆気に取られていると、後ろで扉の閉まる音が聞こえる。
しまった。これで逃げ道がなくなってしまった。
「ちょっと!開けてください!誰か!」
必死に扉を叩いて呼びかけるが反応が無い。開けようとしてもロックでもかかっているのかびくともしなかった。
しばらく格闘したが手応えがない。こちらから出るのは諦めることにした。
(そうだ。先に入った人たちは何処へ行ったんだろう。その人達が出て行く為の扉があるはずだ。)
俺は真っ暗闇の部屋を、壁伝いに歩くことにした。こうすれば中が見えずともその内扉に行き着くはずだ。部屋に漂う悪臭で吐きそうになりながら、一歩一歩確かめるようにゆっくりと歩を進める。

次第に目が慣れてくると、段々と部屋の内部が見えてくる。部屋全体はさほど広くない。さっきのセミナー会場と同じくらいか。部屋中央には天井にまで届きそうな何か大きな物が置いてあるくらいで……。
(…ん?)
よく見ると、その大きな物の影が蠢いている。まるで生き物のように。
馬鹿な。こんな都会のビルの中に、ここまででかい生き物がいるはずがない。しかしこれは一体……。

と、その時俺の足首に何か絡みついてきた。
「え。」
気づくと同時に、俺は何者かに強烈な力で引き摺り込まれた。抵抗しようにも、床はネチョネチョとしていて掴みどころがない。あっという間に俺はその馬鹿でかい影の元まで引き寄せられた。
間近で見るとその姿がありありと浮かぶ。
そいつは一言で言えば肉の塊だった。肉腫のような物が部屋の中央で脈打ち、時折異臭のするガスを吐き出している。四方八方に触手を伸ばしていてその一つは俺に絡みついていた。床には部屋全体を覆う程の根が埋め尽くされていて、こちらもあたかも血管のようにドクドクと脈打っている。
「グオオオオ……!」
肉塊から雄叫びが聞こえる。あちらこちらに伸びていた触手は俺の四肢を縛り上げて、そうして一つが目の前まで来てその口を大きく開いた。馬鹿でかいミミズを連想させる口に飲まれながら、俺は内心もう終わったと悟った。



どれだけの時間が経ったのか、俺は薄暗い部屋で目覚めた。どうやら一命は取り留めたらしい。ほっとしたのも束の間、異変に気づく。身動きが取れない。両手両足が変な肉の柱のような物に埋め込まれている。そして頭が何かぼうっとするのを感じていた。
唯一動く顔で部屋を見渡す。部屋は昔見たエイリアンの巣穴と言った感じだった。そこら中が内臓を思わせるようなものばかりで吐き気がする。
とりわけ目についたのは、何本も立てられた肉の柱。そこには俺と同じように柱に埋め込まれている人たちがいた。あの顔立ちには見覚えがある。あのセミナーに参加していた受講生だ。皆四肢を埋め込まれ、そして頭に管のような物が取り付けらていた。管はそれぞれ何かを吸い出すように脈打ち、部屋の外の位置方向に向けられていた。きっとあれがあの部屋にいた肉塊の化物の養分になるんだろうな、となんとなく想像がついた。

……頭がどんどんとぼんやりとする。それでいて何かを流し込まれているような感覚がする。まるで自分が自分でなくなるような……。


そんな時だった。
突然、肉の柱の一つからドサリと男が抜け出した。男はゆっくり立ち上がると、何が起こったのか理解できないのかキョロキョロと辺りを見渡し始めた。
俺はその男に見覚えがあった。
(き、木橋……!)
そう、あいつもここに囚われていたのだ。呼びかけようとしたがうまく言葉が出てこない。
走行するうちに黒服をきた男が数人やってきて、木橋に向けて拍手をする。
「おめでとう。君もこれから私たちの仲間だ。やるべきことはわかっているね?」
「ソンシ……様の……ため…ヒト……集めル。」
「そうだ。」
黒服は木橋の体を丁寧に拭き、自分と同じスーツを着せる。
「これから君には我々と同じように、尊師様の養分を集めないとならない。なるべく大勢がいいな。それだけ私たちの仲間が増えることにもなるのだから。ほら、君の友人が持っていた物だ。これを使うといい。」
そう言って黒服は木橋に携帯を手渡した。あれは、俺の携帯だ。そうか。俺を呼び出したのも木橋じゃない誰かだったのか。
「さあ、君もこれから僕たちと尊師様をお守りしようじゃないか。ひいてはそれが人類の救済になるのだから。」
「…救…済。」
そうして木橋は黒服と共に部屋を出ていった。俺には一瞥もくれずに。


俺もああなるのだろうか。
……いや、もう何も考えられない。
考えるのも億劫だ。それよりも今はむしろ心地よさすら感じる。このまま流されていった方がいいんじゃないか?
俺は、自分が内側から別の生き物に塗り替えられていくのを感じながら、甘美な快感に身を委ねる事にしたのだった。
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