過去と未来と現在と

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侍とサラリーマン

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「もう…ダメだ…。死のう…。」
ビルの屋上。一人のサラリーマンが、飛び降り自殺を図ろうとしていた。
「どうせ俺なんて…!死んだ方がマシなんだ…!」
屋上の柵に足をかけたその時、サラリーマンの足元からまばゆい光が起こった。
「な、なんだ…?」
光が収縮していくと、その中から死に装束をまとった侍らしき男が現れた。

侍は目を丸くしてあたりを見回す。
「こ、ここは!?どうしたことだ!これは一体…!?」
うろたえる侍はサラリーマンに声をかけた。
「それがし、平手政秀と申す者。ここがどこかお伺いしたい。」
「え…?えーと、A商事のビルの屋上…ですけど…。」
「びるの屋上…?びるとは一体?」

サラリーマンは平手と名乗る侍に、詳しく説明した。

「な、何てことだ…!では、それがしのいるここは、遠い未来だというのか…!」
「はあ、多分そうだと思います。」
「何ということだ…!これでは腹を切る意味がない…!」
侍は、さぞ無念と言わんばかりに唇を噛み、その場でむせび泣いた。
「腹を切るって…、切腹ってことですか?」
「…そうだ。」
「じゃあよかったじゃないですか。死なずに済んで…。」
サラリーマンの言葉に、侍は目を見開いて怒鳴りつけた。

「この、無礼者が!」

突然の怒声にたじろぐサラリーマン。
「な、なぜですか?そもそもなんで切腹しなきゃいけないんですか。」
「それがしが腹を切るのは、殿の奇行を諌めるため。あの方に忠義を誓った以上、これ以上の奇行を見逃すわけにはいかぬ。それ故に、それがしの死を以て奇行を辞めていただくのだ。」
侍の目は真剣である。
「そ、そんな…。殿って、いわば上司のことでしょう?上司の馬鹿な言動のために何でそこまで…。」
「それがしがそう生きると決めたからじゃ。殿と殿の父君に忠義を誓った日から、この命はいつでも捨てる覚悟で生きてきた。」侍は力強い眼差しでそう語る。「お主もそうであろう?」
「いや、俺は…。」
サラリーマンは言葉に詰まった。
自分はつい先ほどまで命を絶とうとしていたが、こんな高尚な覚悟で臨んではいなかった。自分の今の状況から逃げ出すためだ。
何のために生きてきたのか?その問いにも答えが出ない。
家族のため?会社のため?自分のため?
それらしい答えはいくらでも出るが、どれも違う気がする。

(俺は一体今まで何のために生きてきたんだろう…?)

サラリーマンが思案に暮れていると、再び侍がキラキラと光り始めた。
「…む?もしやこの光が元の場所に返してくれるのだろうか。」
光はやがて侍の全身を包みこんだ。
「…どうやら元に戻れるようだ。これで本懐を遂げられる。しばしの間だったが世話になった…。礼を言う。」
やがて侍は光に包まれて消えていった。

一人残ったサラリーマンは、柵にかけた足を下ろした。
「…なんか俺、まだやり残したことがあるんじゃないか?このまま死んで、本当にいいのか?何のために生きたのかわからないまま?」
サラリーマンは振り返ってビルに向かって歩き出した。
「…やり直そう。どうせ一度死のうとしたんだ。何だってできる。今度ははっきりと俺の為に生きるんだ!」
サラリーマンの足取りは力強く活き活きとしていた。



~平手政秀~
織田信秀、信長の二代にわたって仕えた武将。
天文22年閏1月13日(1553年2月25日)に自刃した。享年62。
自刃の理由については諸説あるが、その一つとして、信長の奇行を諌めるためであるという説がある。
信長は彼の死後、沢彦宗恩を開山として春日井郡小木村に政秀寺を建立し、彼の死を弔ったという。
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