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拗ね

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 勇が料理を作り出して約30分。その間も勇と紗夜の間には会話などなく、未だに勇の顔を見ようとしない紗夜は左の二の腕を右手でリズムを刻みながら突き、勇は思考を回転させながら火を止めた。
 そのタイミングで炊飯器から音が鳴り始め、米が炊けたことを4人に知らせた。

「できたぞー」

 勇がそう呟くと、嬉しげにはにかむ千咲が真っ先に声を上げた。

「やった~勇のご飯久しぶりだから楽しみ~」
「マジですか?やっぱ料理はセンスなんですね……」
「あ、そんなこと言ったら――」

 案の定匠海の言葉に反応した紗夜は先程よりも更に頬を膨らませ、勢いよくクッションに顔を押し付けてうつ向きに寝転がってしまった。
 ほら~と匠海の耳元で小声で呟く千咲は、勇に目線と顔の動きだけで「慰めてあげろ」という指示を出す。

「えぇ……どうやってさ」
「頑張れ!お兄ちゃん!」
「……可愛いと思ってんのか?」
「うん!」

 顎の下にグーにした両手を添えて、言わばぶりっ子ポーズで励ます千咲に冷たい目線を送る勇は潔い反応を聞き、
(頑張るだけ頑張ってみるけどさぁ……)
 という気持ちを心に抱えながら紗夜のそばに近寄っていく。

「ご飯、できたぞ?」
「……」

 拗ねた子供かよとツッコミを入れそうになる口をぐっと堪える勇は、クッションに顔を埋める紗夜に見えないのは分かっているものの微笑を浮かべる。

「お前が好きなハヤシライスだぞ?」
「…………別にいらないもん」
「嘘つけ」
「嘘じゃない。素を見せて一日しかしか経ってないのになにがわかるの」
「いや、なにもわからんから対応に困ってるんだが」
「………………それはご――……知らない……」

 一瞬謝りかけた紗夜だったが、すぐにその口を閉ざして別の言葉をクッションに吐き出す。
(ほんとなんなんだ?かなり今更だけど、喜怒哀楽が激しすぎないか?)
 ハヤシライスを作ることを喜び、料理をすることを楽しみ、勇に料理をするなと言われて怒り、そのままクッションに突っ伏して悲しむ。そんな紗夜を見ればどんな状況でもそう思ってしまうのも仕方ないことであり、どう慰めるかを考えるよりもそんな思考が脳裏に浮かんだ。

「本当にいらないのか?俺のご飯は美味いぞ」
「知ってる……けど私作ってない」
「そうだな。作ってないな」
「……だから、いらない……」
「なるほどなるほど。もう我慢できないから言うけど、本当に子供かよ」

 誰もが思うことを代表して言ってくれた勇の顔には微笑はなく、真顔で言うと紗夜の体がピクッと動く。

「知らないだろうから教えてあげる。今までは私の、寛大な、大きな器のおかげで『子供』って言葉は許しいていたけど、流石にもう我慢できない。仮の彼氏だろうが会って一日だろうが知らないからね?」

 起き上がった紗夜は口元をクッションに埋めたまま目だけは勇を睨み、堪忍袋の緒が切れたように言葉を並べる紗夜は片方の手でギュッと勇の服を握る。
 そんな紗夜にうんうん、と子供をあやすかのように頷きだす勇は「そうだね」と言葉を優しく呟き、ソファーから立ち上がすためにそっと紗夜の背中をさすりながら押し出す。

「分かったから一緒にご飯食べよっか。大好きなハヤシライスが冷めるよ?温かいうちにみんなで食べようか」

 こんな一瞬でハヤシライスが冷めるわけがないと、さすがの紗夜も気がついたようで勇によって引き離されそうになるクッションを掴み返しながら子供がゴネるような声音で勇に反抗する。

「なんで私をバカにするの!!なんで子供扱いするの!さっき言ったじゃん!!子供扱いされるのは嫌いだって!!」
「拗ねてるやつに命令される権利はない。さっさと食べるぞ?」
「やーーーだ!!いじわるしてくる人と一緒に食べたくないー!」
「別に意地悪はしてないだろ」

 顔が良くなければ冷めてしまうかもしれない紗夜の行動に、なんの動揺も見せないどころか可愛いとまで思ってしまう勇は自分に対しての呆れ混じりの溜め息を吐きながら言った。

「なんで溜め息吐くの!」

 どうやら自分に対して溜め息を吐かれたと思ったようで、引っ張るクッションの力を倍増させた紗夜は目を閉じて歯を食いしばる。

「ごめんごめん。分かったから一緒にご飯食べような。俺が悪かったから」

 このままでは切りが無いと判断した勇はクッションを掴む手を離した途端、紗夜の体を引き寄せて他の女には通用する頭撫で撫で作戦を行うことにした。

 ……なんと、効かないと思っていた紗夜にその効果は抜群で、あっという間に顔を真っ赤にさせた紗夜は顔を見られないように俯くと、コテッと勇の胸にデコをくっつけた。

「……なんか、気に食わない」
「顔真っ赤にさせてたくせにか?」
「なんか……遅い……」
「コレ待ちだったのかよ」
「……違うくはないけど、そうでもない」

 あっという間に大人しくなった紗夜は何と無しに素直になり、気まずさは出していたものの撫でられる頭に心が安らいでいた。
 完全に勇と紗夜のマイワールドが展開されていることに若干引き気味の匠海と「この場面でハヤシライス三杯は行ける」と呟く千咲がイチャイチャする2人を眺めていた。

「ハヤシライス三杯はもり過ぎじゃないか?」
「いやいや、あんな甘ったい空気をハヤシライス無しで聞けるわけ無いでしょ」
「ハヤシライスがあっても抵抗あるけどな……」

 千咲と匠海の会話が終わるとリビングには謎の静寂が流れる。きっと勇と紗夜が今どんな状況に置かれているのか察しがついたのだろう。勇までもが顔を赤くし、勇の胸に当てている紗夜は耳まで真っ赤にしてこの状況をどう打破するかを考えようとしていた。
(えぇっと?こいつの頭を撫でて、慰めの言葉をかけて。その後どうするんだ?微笑みながら離れる?いや自分の顔を見なくてもわかるぐらい真っ赤だからそんなの無理だ。変に意識してると勘違いされるから絶対に無理。ほんとどうしようか…)
 後先考えずに行動した勇はどうすることもできずに頭を悩ませ、
(どうしよ……これ私のせいよね。私がごねたからよね。だからこいつが私を慰めようとこういう状況にしたんだよね。……あぁどうしよう……。顔を上げて謝って終わらす?いやいや無理無理。今絶対私の顔真っ赤だもん。そんなの見られたら意識してると思われるからなんかやだ。どうしよぉ……)
 お互いの高いプライドのせいで打開策など思いつかず、途方に暮れている勇は未だに頭に手を置き、紗夜は服をギュッと握って胸にデコをくっつけている。
 そんな2人に手を差し伸べてくれる女神――千咲がひょいひょいと手を振りながら軽く言った。

「そこ2人。いつまでもイチャついてないで早くご飯食べな?私達終わるよ?」

 千咲の言葉がチャンスだと思ったのか、二人して勢いよく体を離すと赤くなった顔を見られないように逸しながら同時に言葉を発した。

「すまん」
「ごめん」

 それが誰に対しての謝罪なのかを察するものは妹弟のみ、鈍感な兄姉は気がつくわけもなく赤面のまま勇は二人分のハヤシライスの準備をするためにキッチンに行き、紗夜は先程とは打って変わって静かに千咲の椅子の席に腰を下ろしたのだった。
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