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5『冥々たる紅の運命』
5 第四章第六十七話「バトルロイヤルの価値」
しおりを挟む北門を抜けてルーファ達は人数を横に展開していく。多くの人々が集まってくれたと言っても、即席の部隊で陣形も何もあったものではない。見れば身体を震わせている人もいるし、武器ではなく調理器具で戦おうとしている人もいる。
準備に二十分しかなかった。これが今こちらの限界なのである。
晴れ間の先、雲が作った影に隠れるように純白の甲冑が真っすぐに王都ディスペラードへと向かってくる。その足取りは遅く、ふらふらと揺れながらも確かに一歩一歩こちらへ近づいて来ていた。
「あれが、亡者……」
誰かがそう呟いた。
既に全体に説明はしている。相手は王都リバディの兵士であり、彼らの身体は今操られているのだと。そして、どれだけ傷つけても死なない不死身の状態であるのだと。
「と、止められるのかな、あれ……」
言葉に込められていた緊張や恐怖が周りへと伝播しようとする。攻撃しても死なない、動き続ける。そんな異形の者を相手にするのだ、当然の反応だろう。
すると、カルラが皆よりも前に出て、声を張り上げる。
「酷いことを言うようだけど、彼らはもう既に死んでいる。私達が敵の術を解除したところで彼らが生き返ることはない。躊躇はいらないし、四肢を斬り落としてでも止めるんだ」
「……ははっ、君は本当に学生なのかい」
魔防隊の若い男が苦笑気味にカルラへ語り掛ける。
「ルーファ君もだけど、肝が据わり過ぎているよ。淡々と凄いことを言うもんだね」
「必要なことを言っただけだよ。大事なのは、今生きている命を守ることじゃないのかな」
「ごもっとも。でもやっぱり凄いな。どうだい、学園を卒業したら魔防隊にでも――」
「この場面を切り抜けたらまた誘ってよ」
「これまたごもっともだ」
男との会話を終えたカルラはルーファに視線を向けてきた。そのまま顎で何かを指し示してくる。
「……そうね」
その意図を汲んで、ルーファも前へ出てカルラの横に立った。集まってくれた人々の顔を一人一人見つめ、一度深く深呼吸をした後、ルーファは声を発した。
「カルラの言う通り、彼らはもう亡くなっている。……でも、亡くなってもまだ操られている彼らを救いたい。何より、非人道的なこの行為を私は許せない。術者は、必ず私達が倒す! だから――」
腰から短剣を抜き、ルーファは空に掲げた。
「どうか力を貸して! 愛したこの国を守るために! 彼らを救うために! 私達が私達を愛せるように!」
「おおお!」
「この戦い、絶対に勝とう!」
「おおおおおおおおおっっ!」
ルーファの言葉に鼓舞されていく人々。恐怖を拭うように、緊張を押し殺すように声を大にして叫んでいく。
「行くわよっ」
「うんっ」
そしてルーファとカルラが先陣切って亡者達へ飛び出そうとして。
緋色の髪を靡かせながらシャーロットが先に飛び出した。
「シャーロット!?」
思わずルーファとカルラは動きを止めた。まさかシャーロットが誰よりも前線に飛び出すと思っていなかったからだ。シャーロットの身体に《冥具》が埋め込まれているのは知っているが、それでも自由な使用はできず、それどころか暴走必須の力だと聞いている。
非戦闘員だったはずなのに。
彼女達の視線の先でシャーロットが亡者達の第一陣と相対する。
シャーロットは高々と跳躍した。カルラ以上の膂力。
「あなた達に恨みはないし、可哀そうだと思うけど。でも、この王都は襲わせないよ!」
そして、彼女の右手に集まっていく真紅の光。右手だけ爪は鋭利に尖っていた。
エルの、本来の魂が戻ってきたことでシャーロットの身体で魂の代わりを果たしていた《吸命ヴァイア》は役割を終えた。
だが、その身体にはまだ《吸命ヴァイア》が埋め込まれている。疑似的にもエルの魂の代わりをしていた《吸命ヴァイア》と本来の魂は身体を通して親和性を高め、結果《吸命ヴァイア》から《冥力》を引き出すことに成功していた。
《吸命ヴァイア》が原因で確かにシャーロットは以前何度か暴走してしまった。だが、確かに命を繋いでくれたことも間違いはなかった。そして今も、《吸命ヴァイア》はシャーロットに力をくれる。
今のシャーロットは《冥具》を使いこなすことができるのだった。
「痛いけど、我慢してねっ」
亡者達のど真ん中に殺到しながら、シャーロットが拳を勢いよく叩きつける。
瞬間、緋色の波動が一気に周囲を襲い、亡者達を勢いよく吹き飛ばしていた。ガシャガシャと音を立てて亡者が地面を転がっていく。
シャーロットの一撃で第一陣のほとんど半壊していた。
「……っ、シャーロットに続くわよ!」
他の味方と同じように一瞬唖然としていたルーファだったが、声を張り上げて亡者達へと飛び出していった。
この機を逃すわけにはいかない。シャーロットが今自分達に勇気と流れをくれたのだ。
「お、おおおおおおおお!」
シャーロットに、ルーファとカルラに続くようにして大行進が始まる。
そこからは混戦だった。
王都ディスペラードを前に、あちこちで人々と亡者が戦い合う。戦い合うと言っても、どこも人々が優勢だ。何故なら亡者達の動きが緩慢だからである。だが、亡者達は死なない。倒して倒しても、立ち上がり続ける。それはルーファ、カルラ、ザド、シャーロットも同じで、どれだけ圧倒しようと結果は同じであった。
急いで術者だと思われるウェン・グランデロードを倒しに行かなければならない。
「どうだ、シャーロット!」
「むむむむむ……」
混戦の中、桃色の髪を紅く染めたシャーロットは眼を閉じ両手の人差し指を頭に当てて何やら唸っていた。
そこへ襲い掛かってくる亡者をザドが一閃して払う。
シャーロットは今周囲の《冥具》の反応を探っているのである。何故亡者達が王都ディスペラードを襲っているのか、その理由をウェンが自作自演するためだとザド達は結論付けていた。危機に瀕した王都を突如現れたウェンが救う。その描いた未来へたどり着くために、ウェンは亡者達を襲わせているのだと。
ならば、《死斧ヘルメス》を持ったウェンは必ず近くに居るはずだ。近くで様子を窺うないし、魔法で感知できる範囲にいるはずなのだ。
それを今、同じ《冥具》を持つシャーロットが必死に感じ取ろうとしていた。
シャーロットが見つけてくれれば、一気に事態は動く。それまで彼女を守りながら死なない兵士達を倒し続けなければならない。
懸念は、ルーファとカルラ、ザドとシャーロットが居なくなったこの戦場である。主戦力を失った人々が死なない亡者相手にどれだけ食い下がることができるか。動きが緩慢とはいえ、人々にも体力があり、限界がある。ならばと誰かを残していくことも考えられるが、残した分だけウェンを倒すのに時間がかかるだろう。なにせ向こうは《冥具》を持っているのだから。
もし誰かを残すとすればシャーロットの力は必須で、シャーロットが行くのならばザドも絶対に行く。そうなるとルーファかカルラのどちらかに残ってもらう必要があった。
どうしたものかと考えていたザドの耳に見知った声が届いてきた。
「喰らえ、真・爆砕拳っ!!」
作業着姿の男が、掌に集中させた魔力を亡者に向かって解き放っていた。拳が振るわれると同時に爆ぜる魔力を。爆発が起き、重たい甲冑が宙を舞った。
爆風の中から元気に男が現れる。
「がっはっはっはっは、どうよ! 以前は爆発に自分も巻き込まれていたが、遂に克服したぞ!!」
快活に笑う男にザドは見覚えがあった。
バトルロイヤルだ。バトルロイヤルで見た男だ。
バトルロイヤルでは仮面をしているせいで誰なのかは分からない。だが、あの魔法は覚えている。男の言う通り、以前は自分の魔力に巻き込まれて自分も焦げていた記憶があった。
カイは、確かBさんと呼んでいたはずだ。
まさかバトルロイヤルに参加していた人間がこの戦いに参加しているとは……。
ザドは驚いた様子で男を見ていたが、途端視界に映る様々な様子がデジャヴのように過去の記憶と重なっていく。
カイに奇襲をかけていたIは今、亡者の背後から炎剣で斬りつけた後、不死身であることを考慮してすぐに次の動きを展開していた。カイが言った次の行動への意識を高めているに違いない。
コンビネーションが売りのGとHは、二人で亡者を次々と追い詰めていた。以前カイに指摘された互いの動きを意識しすぎるわけではなく、亡者の動きに合わせて二人は動きを展開していた。それが結果として息の合った攻撃に変わっているのだ。
魔法による遠距離攻撃を得意としていたFは、常に一定の距離を亡者から保ちつつ自身にも防御魔法を展開し続けていた。いつ突如として想像もしていなかった範囲から攻撃されるか分からないのだと、カイと戦っていた中で知ったからである。
他にもバトルロイヤルに出ていた人々が多くこの戦場に立っていた。見れば見るほど、間違いなく彼らで、ザドは驚きを隠せない。
バトルロイヤルに参加する人々は、大切な人を生き返らせたいと願った人達であり、その為に他者を犠牲にすることを選んだ人達だ。
それなのに今、彼らは王都を救おうと研鑽してきた力を振るっている。
いや、違う。
カイによって鍛えられた力を振るって王都を守ろうとしている。
生き生きと戦う彼らの姿は、カイの命を狙う時によく似ている。カイを殺すために攻撃しているのに、彼らはカイの言動に自分の成長を実感し、喜んでいたのだから。
ザドは本気でカイを殺そうとしていたからこそ分かる。きっと、あの人達にカイを殺す気などなかった。最初はあったんだろう。でも、最後には無くなっていた。
カイは言っていた。
「このゲームに参加している人って、多分自分に後悔を強く持っているんじゃないかな」
「あの時こうしていればあの人は死ななかったのに、とか。そういう類の後悔。その矛先が自分に向いているんだ。だから、自分の命をかけることで償おうとしているんじゃないかって。自分の最愛の人を救えなかった弱さへの罰でもあるんだ、きっとな」
「自分の弱さを払拭できるように、少しでもその罰が軽くなるように、何よりも賭けた命が容易く失われてしまわないように。俺ができることは鍛えることしかないと思った。それだけだよ。……まぁ、人数多すぎて誰が誰か分かんねえし、適当なあだ名付けてだけどな」
カイの言うように、もしバトルロイヤルに参加していた人々が自分の命をかけることで償おうとしていたのなら。自分の弱さへの罰だったのだとしたら。
今この場所で、自分の命を賭けて、強くなった力で王都を守ろうとする彼らはきっと、きっと少しは報われているんじゃないだろうか。
罪が消えるわけでもない。愛した人が生き返るわけでもない。
でも、きっと。
人を殺すなんて方法より何倍も前を向けているんじゃないだろうか。
「カイ……」
純粋に彼らのこの姿をカイに見せてやりたいとザドは思った。
カイのお陰で、あのバトルロイヤルにも確かな意味が生まれたのだと思う。人を殺すだけの装置だったあのゲームに、救われた人々がいたのだと思う。
そして、俺も。
バトルロイヤルで殺しつくした先に見える景色では決してない。カイがあの時ずっと自分を止めてくれていたからこそ見える景色だった。
既にこの手は血で染まっているけれど。それでもあれ以上罪を重ねなくて良かったと、隣で唸るシャーロットを見て思った。
「見つけた!」
その時、シャーロットが目を開く。そしてザドを見て頷いた。ザドも頷き返してルーファ達を呼ぶ。
「ルーファ、カルラ! シャーロットが見つけた! 倒しに行くぞ!」
「……!」
ザドの言葉に二人は眼を見開くも、ルーファはどこか迷っている様子だった。きっと先程のザドと同じように主戦力のいなくなったこの戦場を気にしているのだろう。
でも、もう大丈夫だ。ここに彼らがいるのなら、大丈夫。
「自慢の国だろう! 心配しなくたって、この国の民達は弱くない!」
「ザド……!」
「行こう! 終わらせに!」
「……ええ!」
迷いを捨て、ルーファとカルラが集まってくる。
そして四人は頷き合った後、平原の奥、森林地帯へと足を進めていった。
※※※※※
王都ディスペラード近郊にある森林地帯、その木々に隠れるようにしてウェン・グランデロードは瞳を閉じていた。目を閉じ、その代わりに使役している蛇の目を通して王都ディスペラードの様子を確認しているのである。
……変じゃな。
既にウェンは何度も想定外が続いている。第一に、イデア達が王都リバディに辿り着くのが早かったということ。もっとたどり着くまでに時間がかかると思っていたのだ。もう少し早ければ密かに進軍させていた亡者達の存在がバレていたかもしれない。
第二に、王都ディスペラードの対応が早すぎること。亡者と言えど恰好は王都リバディの兵士達。甲冑を見ていきなり抗戦の意志を持つことはないはずなのに。何故だか王都ディスペラードの国民達は最初から戦おうという意志を持っており、準備が早かったように思える。
亡者共が操られていると知っていた者がおるのか……?
可能性としてなくはないが、つまりその人物は王都リバディに必ず一度辿り着いているはず。だとすれば、ジョーライン達が足止めしている。
もしや、止めることも敵わなかったか?
「ちっ、役立たずな傭兵共め」
真偽はともかくとして、杜撰な仕事ぶりにウェンは思わず舌打ちをした。
ディスペラードの対応が速いせいで、自分の出る幕がなくなってしまうかもしれない。いや、正確には手助けにこそ出られるだろうが、王都を救った救世主としての立場は弱まってしまうだろう。
それでは意味がない。
もっと王都ディスペラードで死を蔓延させなければ。
「あ、いた!」
「っ!?」
その時だった。木々を間を縫うようにしてシャーロットが姿を見せ、ウェンの姿を確かに捉えた。
「お主は……!」
彼女の登場にウェンは驚きを禁じ得ず、思わず目を開けた。共有していた蛇の目を遮断し、シャーロットを見る。
その背後にルーファとカルラ、ザドが続く。
ルーファはウェンの姿を見た瞬間に、自分たちの仮説が正しかったのだと理解した。
そして、同時に怒りを覚える。
「何を、しているのかしら……!」
一国の女王相手にルーファは怒号を放った。
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