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5『冥々たる紅の運命』

5 第三章第三十一話「カルラの迷推理」

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「私はね、ルーファのことが放っておけなくてね」

 ズズズッと紅茶を啜りながら、カルラが話し始める。

 ここは王都市街にある喫茶店。平日の真昼間だからか、人の入りは少なく、周囲の席に客はいない。お陰で窓際の席に座ることができた。

 とはいえ、ちらちらと店員がこちらを見てくるのは、こちらが学園の制服を着ているからだろう。サボってるの丸わかりじゃないか。

「急に話し出したところ悪いんだが、何の用なんだ」

 こちとらまだ眠くて仕方がないところを無理やり連れだされた形だ。というか、本当にお茶でもどうだいという言葉の後に喫茶店に連れて来られるとは思わなかった。

「ん、だからこうしてルーファの話を始めてるんじゃないか。君にはルーファの件で聞きたいことがあってね」

 昼食を食べていなかったのか、カルラの前にはパンケーキが二枚重なって置かれていた。それを丁寧にナイフで切り分ける姿は、流石四大名家というか、お嬢様なんだなと感じさせられた。

 パンケーキを口に運びながら、カルラが話を続けていく。

「私とルーファは所謂幼馴染でね、小さい頃から彼女とは仲良くしていたんだ。そんな昔から見ていたからこそ、今私はルーファのことが心配でたまらないわけだよ。……ヴァリウス、君から見てルーファはどうだい?」

「どうだいって、そんなアバウトな……」

「率直な感想で構わない、あ、恋愛的な意味でも許すよ」

 恋愛的な意味って。そりゃ美少女だなとは思うが、生憎こちらには心に決めた相手がいるし、特に心を揺さぶられることはない。

 というか、絶対聞きたいのは恋愛的な意味合いじゃないだろ。

 そうだなぁ……。

 今のルーファとは気まずくて全然話していない。向こうにカイ・レイデンフォートだとバレたことと、彼女が俺へ一種の殺意を抱いているっぽいからである。

 そんな状況のせいで、あまり良い感想が出てきそうにないが。それまでの彼女のことを考えると……。

「何というか、必死、って感じかな」

 ルーファは王族になることを夢見ている。その為にいろいろと動いているようだし、こちらにも声をかけてきた。別にそれが駄目とかっていう話じゃないが、余裕があるようには見えなかったかもしれない。

 カイの言葉に、カルラも頷いた。

「その通り。良く分かっているじゃないか。彼女はね、必死なんだ。必死で王族になろうとしている。けれどね、必死過ぎて時に危ないんじゃないかとさえ思うんだ。……君は何か頼まなくて良かったのかい?」

「寝起きで食欲がないんだよ」

「寝すぎもお肌の敵だよ」

「肌を気にしているように見えるかよ……」

「最近は男の人も気をつけないと、女にモテないよ」

 カルラはどちらかと言うとマイペースな部類に入ると思う。最初に会った時も、風紀委員ならシリウスと激突した瞬間に止めてほしかったし、この前の武術の授業の時もどさくさに紛れて戦いを挑んできたし。

 だから、ここに呼ばれたのもその延長だと思うんだが。

「昔はね、それはそれは可愛くて。あ、今もだった。まぁそれは置いといて、楽しそうだったよ。自分の名家としての立場に悩んでいた時期もあったみたいだけど、それでも何というか、幸せそうだった。彼女にとっての幸せが、確かにあったんだ。……ルーファはバレてないつもりだろうけど、あれは恋だね、恋。一緒によくいた私が言うんだ、間違いない、あれは恋だよ」

 別に否定しちゃいないが……。

 自分のいないところで幼馴染に恋をバラされるのは何というか、ルーファさん、ご愁傷さまです。

 とはいえ、ルーファが誰かに恋している様子はあまり想像できなかった。

「でも、今は全然幸せそうじゃない。そうは思わないか」

「……まぁ、楽しそうじゃないかもな」

 あまりルーファの笑顔を見たことないし、頭の中は常にどうやって王族になるか、という思考に行き着いてそうだ。

「ルーファのアルデンティファー家はね、四大名家の中では若干劣っているんだ。だから、ルーファが王族になるためには、周り以上の努力が必要になる。それで必死になっているんだろう。それは分かる。……でもね、私には仮に王族になれたとしても、ルーファは幸せにはなれないんじゃないかと思うんだ」

「……」

「そもそもどうしてルーファはあんなにも自分が王族になることに拘っているのだろう。王族になりたい理由をルーファはあんまり語らないんだ。すぐ煙に巻こうとする。というか、そもそもルーファは王族に『なりたい』のだろうか。もしかしたら、自分の意志ではなく『ならなくてはならない』事情があるんじゃないか」

 パンケーキを一枚食べ終わったところで、紅茶を口へと運んでいくカルラ。

 そう言えば、あの時、授業で一緒のグリフォンに乗った時に言っていたか。どうしてそこまでして王族になりたいんだって質問に。

 あの人の、無念を晴らすためよ。

 そう答えていた。

 あの人って、誰のことを指しているのだろう。でも、無念を晴らすため、というのは何というか理由としては後ろ向きな気がしなくもない。

 なるほど、そういう意味ではカルラの言うように王族になったとして幸せなのかと言われると、素直に頷けないところがあるな。

「まぁ、別にいいんだけどね。ルーファが目指すっていうなら、支えてあげるだけさ。王族になって幸せになれなかったら、その時にまた幸せを一緒に探してあげるだけ」

「……カルラは、王族に興味ないのか」

「ないね。王族って自由がなさそうじゃないか? 生憎私はできるだけ私として生きていたいのさ。何かに縛られるのはごめんだね。って言っても、両親も同じというわけじゃないから、ここ一か月は学園に出て来られなかったんだけど」

「ミューの件か……」

「さて、本題と行こうか」

 すると、持っていたナイフとフォークを置いて、カルラが真っすぐにカイを見た。

「この一か月、私は、正確に言うと私達四大名家は容易く外出は出来ず、今後の動きに追われた。理由は三つ。まず一つ目はミュー・リリットの死。彼女の死は、四大名家を動揺させるには十分だった。四大名家は総じて王族になろうと必死だったからね。それを阻止するためにリリット家の息女が殺されたのでは、と誰もが思った。もしかしたら四大名家のどこかが、自分たちが王族になるためにミューを殺したんじゃと疑心暗鬼まで起きたわけだ」

 その話は知っている。それで、実際にルーファとカルラがシリウスとあの日に戦うことになったのだ。

「そして二つ目。シリウス・セヴァンの消失。彼が行方不明になったことも衝撃的だったよ。ミューに続いてシリウスもだ。私はその直前にシリウスと会っていたからね、まさか彼までも居なくなるとは思っていなかった。幸い、まだ死体とかが見つかったわけじゃないけど、これで疑心暗鬼も佳境さ。要は私のレスロット家か、ルーファのアルデンティファー家のどちらかが王族になるために他者を排斥している、なんて話になっていくんだ」

 そう言えば、シリウスも現在行方不明だった。

 生意気な銀髪ちび助。イデアの可愛さに口説こうとした、カイの敵。……いやまぁ、イデアが可愛いのが悪いのかもしれないが。

 家の奴の部屋が凄く荒れていたって話は聞いたが、どこに行ったのかまるで見当がつかないのである。

 アイツももしかしたら冥界の何かに関わっちまったのか?

 ただ、ここ一か月で彼の存在を夜に感じ取ったことはない。

「そうなると、動くに動けなくてね。外に出たら報復を受ける可能性だってあるし、出たせいで変な噂を立てられてもな。……ま、それらは全て杞憂に終わるわけだけど。リバティの女王スウェルの放送によってね」

「あー、あれか、ディスペラードの血がまだ絶えてないっていう」

「そう、あれが理由の三つ目。あのお陰で王選の必要性が崩壊し、四大名家の王族への道はほぼ断たれたと言ってもいい。勿論あの言葉の信憑性も確かめないとだけれど、わざわざあのタイミングのあの形で言うってことは本当なんだろうね。あの女王は私達で行われていた疑心暗鬼を晴らすために言ったんだろうから。ま、お陰で今後の王選に向けた動きは白紙になって、家としての動きに追われたんだけれど、報復云々はなかった。どこに家もそんな余裕がなかったんだろうね」

 カルラの話で、四大名家周りに動きは良く見えてきた。だから、イデアもつい最近ルーファが学園に戻ってきたと言っていたんだ。ある程度家周りの動きが落ち着いた、ということだろう。

 ……それにしても。

 四大名家周りの動きはよくわかったが、結局カルラは何を話したいんだ。

 ルーファについて聞きたいことが、と言っていたけれど、いまいち要領を得ないというか。

「で、ここからが君に聞きたいことだ」

 真っすぐに、堂々と、ほぼ確信を持っていると言わんばかりの様子で、カルラは言った。





「君が、そのディスペラードの隠し子かい」





 ……。

 …………。

 ………!?

「何でそうなる!?」

 驚きのあまり席から立ち上がってしまう。周囲に客がいないとはいえ、声が店内に響き渡ってしまった。

 だが、そんなことよりも。目の前の彼女は本気でそう言っていた。

 その瞳には、どこかルーファから受けたような殺意が籠っているようにも見えて。

「そう考えた理由もいくつかあるけれど。どうして君はこのタイミングで転校してきたんだろう。君は私たちと同じ高等部二年だ。もう少しで卒業というタイミング。何か事情がないとこのタイミングで転校なんてしてこないだろう」

「それは……!」

「それに、手足の義手義足。隠し子なんて設定なんだ、さぞ苦労したんじゃないか」

「だから、これは悪魔族との戦争のときに――」

「それに私以上の戦闘センス。自分でおかしいと思わないかい、どうしてこれほどの要素を持った者が急に転校してくるんだろうって」

「……!」

 は、傍から聞いていると、た、確かに怪しい……!

 何かしらの目的を持って転校してきた、義手義足の二十歳。おまけに戦うこともできるという。

 それが、このタイミングで来るというのは。

「君の目的は、この国の玉座に座ることなんじゃないのか? 奇しくもタイミングが重なって、隠し子の存在が明かされた。こんなに都合の良いことはない。もしかして、向こうの女王もグルだったりしてね」

 次の瞬間、置いてあったナイフを取り、カルラがカイへと突き付ける。

「悪いけど、君というイレギュラーのせいで、ルーファの目指していた道が断たれているんだよ。君さえいなきゃ、ルーファはまだ王族を目指せるんだ。だから……」

 どこか陰のある笑みで、瞳に一切の光を宿さずに。



「ルーファのために、死んでくれないかな」



 カルラはそう言った。

「っ」

 彼女の言葉にゾクッと背筋が凍る。この目、この感じ、本当にこちらを殺そうという目だ。

 どんだけルーファのこと妄信してんだ……! 心配なのはルーファよりお前だよ!!

 完全に的外れな推理なのに、滅茶苦茶合ってると思っているし。

 こればっかりは冤罪だ。

「あのなぁ……俺は」

 ため息交じりに弁解しようとする。





「なんだ、風紀委員長がこんなところでサボってちゃ駄目じゃないか」





 そこへ聞こえてくる、横からの声。

 カルラと共に視線を向ける。そこに立っているのは黒い装束に身を包んだ小さな男。いつの間にか入り口から入ってきたようだが、店員も勝手に動くその男におろおろと困っている様子だった。

 ゆっくりとこちらへと歩いてくる男。

 今の声……それに、あの容姿は……。

 近づけば近づくほど黒フードから覗く銀髪に、カルラが目を見開く。

「っ、どうして君が――」

 そして、テーブルの真横に立ち、男が冷徹に笑った。

 次の瞬間、喫茶店の窓際で爆発が起きた。爆発音と窓の割れる音、そして悲鳴が三重奏になって辺りに響く。

 カイとカルラは爆発と同時に市街路に吹き飛ぶように移動していた。咄嗟にシールドを張ったし、中の店員も同じく守ったから大丈夫だとは思うが。

 地面を滑りながら止まり、視線を前に向ける。煙の中から現れる顔見知り。

 その手には不気味に赤く光る拳銃が握られていた。

 あれは!? 何でお前が持ってる……!?



「シリウス!」



「この時を、待っていたんだ!!」

 ハイにでもなっているのか、高らかに公言するシリウス。

 その手には《冥具》を持ち。

 そして、同時に遠くの方から聞こえてくる爆発音。

 そっちは……!?

 シリウスから視線を逸らす。聞こえてきた爆発音の方向。

 セインツ魔法学園から黒煙が上っていた。

 何が起きているのかまるで分からないが、セインツ魔法学園が。

 イデアが危ない!

「よそ見とはいい度胸だな!」

「っ」

 戻そうとした視界の隅で、紅に染まった凶弾がカイへと放たれたのだった。
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