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4『理想のその先へ』
4 第一章第八話「想いの炎」
しおりを挟むダリルが黒炎を纏った長剣を振り下ろしたのをメリルは覚えている。でも、気付けば目の前が一瞬で真っ暗闇に包まれた。耳を劈く轟音がしたと思えば全身を灼熱が襲い、全く息も出来なかった。
漸く黒炎が夜空に溶け込むように消えていく。そもそも夜空なんてさっきまで見えていなかったのに。
メリルは小さく蹲っていた身体を起こし、周囲の変化に目を瞠った。
たった一振りで、宮殿は半分消えていた。ダリルの振り下ろした長剣から先が全く無くなっている。爆散して消えて無くなったのか、それとも高熱の温度に溶かされたのか。
今や、メリル達の隠れていた柱しか残っていない。その柱も蹲っていた彼女達より上は吹き飛んでいた。
たった一撃で、なんて強さなの……!?
ダリルは普段から強いけれど、こんなの比じゃない。《魔魂の儀式》で譲渡された魔力がそれ程だとでも言うのか。
「っ、カイ!」
蹲ったままイデアが叫ぶ。その先で、カイは倒れていた。辛うじて形は保っているようだが、今の一撃でベルセインの防具は壊れ、コートは今にも燃え尽きてしまいそうだ。
ベルセインの防護が無ければ、カイは死んでいた。
ダリルがゆっくりとカイの元へ歩いていく。トドメを刺す気だ。
「呆気ないものだ」
「駄目ぇえ!」
イデアが飛び出そうとする。それを制止したのは倒れたままのカイだった。悪魔化した左手をイデアの方へ向けている。
その表情は、変わらず笑っていた。
「くっそ……やっぱ、強いなぁダリルは。一本目は俺の負けかぁ」
揺ら揺らとふらつきながらカイが立ち上がる。ベルセインの防護があったとはいえ、身体へのダメージは甚大だ。またすぐに倒れたっておかしくない。
それでも、セインを地面に突き立てカイは前を向く。
足を止めたダリルへ、彼は笑いかけた。
「よし、続けて二本目だ!」
悪魔の右足で大地を蹴り、黒紫を纏ったセインで斬りかかる。
だがダリルは長剣で容易く弾き返し、指を鳴らした。直後、カイを中心に大爆発が起き、黒炎の波が周囲に飛び散った。
「――っ」
カイが煙を吐きながら再び倒れる。直撃だ。先程の時点で身体は悲鳴を上げていたのに、あんな攻撃を喰らってしまっては。
「頑丈な奴だ。まだ身体が残るか」
今度こそトドメを刺そうとダリルが前に出る。
だが、その視線の先でカイはまた立っていた。全身を燃やし、あちこちの皮膚は焼け爛れてしまっている。衣服もあちこちが燃え破れ半裸のようだ。
変わらずふらついている。それでも、セインを突き刺して彼は立っていた。
笑みを浮かべて。
「……三本目ぇ!」
その後も、カイは何度もダリルへと飛びかかった。しかし、その全てを容易く受け止められ、その度に黒炎に飲み込まれている。吹き飛ばされ、床に叩きつけられ、血反吐を吐く。
「――今度こそ! 六度目の正直ぃ!」
それでも、カイは何度でも立ち上がった。
ダリルが苛立つように表情を険しくさせる。何度蹴散らしても、諦めずに向かってくる。
何だこいつは。勝ち目などないことぐらい分かっているだろう。この黒炎を前にお前の攻撃など無意味なのだ。
それが何故分からない。
こいつは、不気味だ。
対峙していると、心がざわつく。
「もう飽きた。とっとと死ね!」
ダリルの長剣に黒炎が一気に凝縮される。黒炎が刀身を包み剣先を伸ばす。触れたものを一瞬で消し炭にする程圧縮された灼熱の剣。
セインごとカイを真っ二つにする為に、ダリルが一気に斬り下ろす。
不快だ。もう二度と立つな。
カイはセインで受け止めようとしたが、突然ガクッと膝をついた。タイミング悪く痛みと疲労が足を突き抜けたのだ。体勢が崩れ隙だらけになる。
凶刃が迷わずカイの頭部をかち割ろうとする。
「カイぃいい!」
イデアが柱の陰から飛び出す。
よりも先にメリルが駆け出していた。
最初から変だとは思っていた。
どうして、最初の一撃で私達のいる柱だけが残っていたのか。あれ程黒炎の波が広がっていて、私達だけが無傷なのはどうしてだろう。攻防の最中飛び散る黒炎の被害を私達が受けないのは何故だ。
答えは、単純だった。
ずっと、手に握っていた。
メリルは二人の間に割って入った。凶刃の矛先がメリルへと変わる。
だが、その矛は何故か力を失っていた。
「なにっ」
咄嗟にダリルが背後へ下がる。そして、長剣を見た。
纏っていたはずの黒炎が残らず消えて無くなっている。
信じ難い光景に、ダリルは彼女を睨むことしか出来ない。
「貴様、何をした」
「メリル……!」
カイの先で、メリルは笑っていた。
嬉しかったのだ。ちゃんと機能していることが。
「ダリル、使い方忘れちゃったの?」
彼女の手には、ダリルとのセインが握られていた。
そのセインは、ダリルの為に作られた心の結晶。メリルの想い。
ダリルの魔力を灼熱の火炎へと変換する力を持つ。
今のダリルは、《魔魂の儀式》によって悪魔族の魔力が混じっている。それでも、セインは機能した。
黒炎を、確かにセインは吸収した。
それはつまり、黒炎すらもダリルの魔力であるとセインが認知している証。
セインが、ダリルを彼だと証明する。
まだ、想いの糸は解けずに繋がっていた。
黒炎を吸収して、刻まれている罅に熱が走っていく。そして十字の剣が真っ赤に燃え上がった。夜空の暗闇を明るく照らされる。
温もりがセインから伝わる。黒炎を火炎へ変えて。真っ赤な炎が、ダリルを伝えてくれる。
ギュッとセインを両手で握る。
「忘れちゃったなら、私が教えてあげるわ! 覚悟しなさい!」
灼熱の剣を構え、メリルは不敵に笑った。
その様子に、カイも笑いながらふらふらと立ち上がる。
やっぱ、ダリルの炎はこうでなくちゃな。
「あーらら、怒らせちゃった、な!」
そして、カイもまたセインを構えて飛び出した。すぐさまダリルから黒炎の波が押し寄せる。
「私に任せて!」
カイの前に出て、メリルが防ぐようにセインを構える。すると、やはり黒炎はセインに吸収されて消えて無くなった。黒炎を吸収し、さらにセインの火力が増していく。
「はああああ!」
そのまま飛び出して、セインをダリルへと薙いだ。一瞬黒炎の防壁が噴き出すが、それすらも吸収してダリルへとセインが向かった。
「ちっ」
再びダリルが背後へ跳躍して躱し、距離を取る。火炎が空を切り暗闇に赤い軌跡を残す。
あのセインを前に、ダリルの黒炎は攻撃も防御も出来なかった。
厄介だな、まずはあの女を――。
思考の途中、上からカイが降って来ていた。
「ストリーム・スラッシュ!」
黒紫の波動が真っすぐにダリルへと伸びていく。咄嗟にまた黒炎の防壁を出すが、いつの間にか近づいてきていたメリルによって防壁が薄くなり、貫かれる。
「くっ」
どうにか長剣で受け止めたものの、お陰で隙が生まれてしまった。
「これでどうよ!」
薙がれたセインから放たれた獄炎が真横からダリルへと殺到した。やがて黒紫の奔流と火炎が混じり合い、大きな爆発を起こした。
今度は宮殿が真っ赤に彩られ、その中を黒い影が吹き飛んでいった。黒い影は空中で大きな翼を広げ、体勢を立て直した。
ダリルは額から血を流していた。彼へカイが嬉しそうに言う。
「やっと一撃入ったな。でも二人がかりだし、カウントはしないであげよう!」
「あら、良かったわね、ダリル」
メリルの加勢で状況は一変していた。メリルの持つセインさえあれば、ダリルの攻撃も防御も無効化出来る。
ダリルとメリルの想いの結晶が、勝利への鍵だ。
だが、宙に浮かぶダリルは冷静な表情を浮かべていた。攻撃も防御も出来ないのに、負けるとは微塵も思っていない。
すると、宙でダリルが剣を振り上げた。と同時に、カイとメリルの間に黒炎の壁が噴き出す。それは天井まで燃え上がっていた。
「分断しようとしたって――」
すぐにメリルがセインで吸収する。けれど、
「メリル、前を見ろ!」
「え」
吸収しきる前に、ダリルがメリルめがけて素早く飛び出してきていた。吸収自体はまだ自動で行われているが、残っている黒炎がカイの行く手を阻むのである。更に、カイの方には黒炎の渦がまるで生きているように宙を駆けながら幾つも襲い掛かって来ていた。
「くそっ」
セインで振り払っても、渦はすぐに形を取り戻してカイを追う。黒炎を斬り割いても、カイの手に手応えは残らなかった。
このままではメリルの元へ行けない。
「っ、メリル!」
ダリルは、黒炎を使うことなく長剣をメリルへと振り下ろした。セインで受け止め、お返しとばかりに火炎を放つメリル。だが、大きな翼で軽々とダリルは避けてしまう。
そのまま、何度もダリルが長剣で襲い掛かってくる。悪魔化しているため、一撃一撃があまりに重たい。体術にこそメリルは自信あれど、剣術には慣れていない。そう何度も受け止められないと分かっていた。
黒炎は来ない。なら、こっちから攻勢に――。
メリルがセインを振りかぶり、斬り下ろそうとする。
その瞬間、ダリルの長剣が高速で動いた。一瞬長剣から黒炎を噴き出すことで推進力を強めたのだ。推進力を高める為に出た黒炎は一瞬だったが為にセインにも吸収されない。
「あっ」
セインが勢いよく弾かれ、宙へと吹き飛ぶ。
剣術でメリルがダリルへ勝てるわけがなかった。ダリルも一瞬でメリルの不慣れさを重心の置き方で見抜き、剣術一本に絞ったのだ。
一気にメリルの胴ががら空きにある。もうその手元にセインはない。
ダリルの長剣に黒炎が集まっていく。薙げば、それで終わりだ。
やられる……!
「っ、ダリル……!!」
咄嗟に、その名を呼んでいた。死を感じて、心が愛する者の存在を求めた。
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ダリル……!
まだダリルは戦っていた。その剣を収めようと、必死に抗ってくれている。
その抵抗が、一瞬が運命を分ける。
気付けば、カイが黒炎の壁から飛び出してきていた。全身を焦がしながら、宙に弾かれたメリル達のセインを掴み取る。身体を襲っていた黒炎が一気にセインへ吸収される。
「おおおおおおらあああ!」
そのまま、勢いよく二人の間に降りてきた。
「ちっ」
ダリルがその場を離れる。距離を取り、セインの存在に改めて苛立ちを覚えていた。
カイがメリルへと振り返り、セインを差し出す。
「ほら、大切なもんだろ。放すなよ」
「……ううん、いい。貸してあげる」
だが、メリルはそれをカイへ突き返した。まさか返されると思ってなかったカイは、呆然とその場に立ち尽くしてしまう。
今、改めて分かった。
まだ、ダリルは戦っている。悪魔の力と戦っている。自分という存在を確立する為に。
それの手助けをしたいけれど。私じゃ力不足。剣だって上手く扱えない。このままじゃ足を引っ張ってしまうだけだ。
だけど、カイ。あなたなら。
これまでずっとダリルと稽古を続けてきたあなたなら。
私達の想いの結晶を、ダリルへ届けられるはず。戦っているダリルを助けられるはず。
カイに任せるのは本当は悔しいけれど、でも。
あなたにだったら、貸してあげてもいい。
「だから、絶対勝って。勝って、ダリルを助けてあげて」
メリルが真っすぐにカイを見る。カイは驚いていたけれど、やがて頷いた。
「分かった。借りるな」
右手にカイ達のセイン、左手にメリル達のセインを持って、カイはダリルへと対峙した。
お願いね、カイ。
祈りながら、メリルは邪魔をしないようにイデアの元へと戻る。彼女はホッと胸を撫で下ろしていた。
「いきなり飛び出さないで下さい。ハラハラしました」
「いや、イデアも未遂じゃない」
すると、背後から声が聞こえてきた。
「見つけたぞ!」
どうやら、悪魔族の兵士達が駆けつけてきたようで、入り口があった付近に集まっていた。
ヴァリウス達の陽動はどうなったの……!?
あちらの様子が気になるが、驚いている場合じゃない。ぞろぞろと兵士達がこちらへ向かって来ていた。
「メリル姉様……!」
「大丈夫、私が怪我なんかさせないから!」
カイにダリルを任せたんだもの。イデアは何があっても私が――。
その瞬間、目の前にいた兵士達が一瞬で黒炎に飲み込まれた。残っている兵士達も、メリル達も目を見開く。
視線の先で、ダリルが言った。
「邪魔をするな。ここにいる者は全て俺の敵だ。邪魔立てするようなら、お前達から灰にする」
その気迫に、兵士達は後ずさった。実際に、目の前で焼け焦げている兵士達がいるのだ。冗談ではない事は明白だった。侵入者が宮殿にいるのは最初から分かっていたし、巻き込まれないようわざわざタイミングを見計らって飛び出したのに、結局は無駄だった。
「消えろ」
「くっ、承知いたしました! おい、他にもいるはずだ。行くぞ!」
ダリルの一言で、兵士達が去っていく。駄目押しと言わんばかりに、黒炎の壁が出入口を封鎖した。
「……はは、やっぱダリルだなぁ」
一連の流れを見て、カイは笑った。
曲がったことは大嫌い。変な所で真面目。
お陰でこっちは助かったわけだけど。
両の手にあるセインをカイが構える。
「後悔するなよ?」
「地獄がどちらか、教えてやろう……!」
黒炎で加速しながらダリルが飛び出してくる。そのまま勢いよく長剣を叩きつけてきた。凄まじい膂力で、両の剣で防いでいても吹き飛びそうだ。悪魔化した部位が無ければ競り負けていただろう。
やっぱり、ダリルとメリルのセインを持っているから黒炎を無暗に使ってくることはないな。
受け止めたまま、両の手に力を籠める。十字の剣に溜まっている炎はあくまでダリルの魔力が変換されたもので魔力ではない為、魔力を扱えないカイも振るえば炎を放つことが出来る。
「ストリーム・フレイム・スラッシュ!!」
弾き返すように、両の剣を十字に斬る。二つのセインの力が混ざり、真っ赤に燃えた光の奔流がダリルへ放たれたが、宙に飛んで彼は回避していた。
そんな姿を見ながら、在りし日の記憶が思い起こされる。
「攻撃の瞬間の気配はな、独特なんだ。殺気、重心の変化に筋肉の収縮。他にも一杯ある。来ると分かっていれば誰だって避けられる。カイ、お前だってな」
稽古中、ダリルがそんなこと言ってたっけ。でも、全く分かんないんだよな。頭で考える方じゃないし。
何度もダリルの剣戟を受ける。あちらは飽くまで推進用に黒炎を使っているに過ぎないが、それだけでカイの身体にはどんどん刃傷が刻まれていく。
相変わらず剣術上手いなぁ……!
振り下ろされた剣へセインを合わせるが、いつの間にか空いていた胴にダリルが手をつく。
「《炎轟道》」
零距離で、カイの身体を黒炎が突き抜けた。
「――……!」
「カイ!」
勢いよくカイが吹き飛んでいく。地面を転がり、そのままうつ伏せに倒れた。大量に鮮血を吐き、身体を痙攣させている。
身体の中から焼け続けられるような痛み。肺が上手く機能しない。今の一撃で負傷してしまったか。呼吸が上手くできない。
「いいか、戦いはな、どれだけ相手の不意をつけるかだ。相手を出し抜け。それだけで相手は選択肢を迫られる。考えさせたら、動きが鈍る。そしたらお前の勝ちだ」
そういやそんなことも言ってたっけ。確かに、もう黒炎は来ないと勝手に決めつけていた。完全に不意を突かれたわけだ。これで、俺は黒炎の存在を無視できなくなった。
考えさせたら勝ち、か。……でも、考えさせる為に俺も考えなきゃ駄目じゃん。
相変わらず、アイツの言うことは良く分かんないな。ダリルの教え方が下手まであるかもしれない。
そこまで考えて、カイは笑った。
要は、全部直感で行けってことだろ。俺の大得意じゃないか。
ダリルの眼の前でまたカイが立ち上がる。血反吐をはいて、倒れそうになっても最後には顔を上げて立っている。
その眼は、変わらず前を見据えていた。
ダリルは顔を歪ませた。脳裏に何かのノイズが走る。何かが想起されそうで、それが酷く心をざわつかせる。苛立たせる。
ここまでされて、何故まだ光を灯す。
もう諦めろ。
「諦めて、死ね!」
何度攻防を続けても、吹き飛ばされるのはカイだけ。ダリルはかすり傷程度の怪我しかしておらず、対してカイは剣を交える度に血を吐き、身体に傷を刻んでいた。
それでも、何度もカイは起き上がる。ボロボロの身体なのに、笑顔のままで。
「知ってるだろ。俺が諦め悪いの! お前こそ、いつもより火が弱いな! そんなもんかよ!」
「御託を!」
カイとダリルが何度も斬り合う。
その姿を、イデアはギュッと祈るように見ていた。
明らかにカイは無理をしている。今すぐにでも止めに行きたい。このままではいずれ、カイが死んでしまう。
分かっていても、止めるという選択肢はイデアの中に無かった。
あれが、カイという人なのだろう。
自分がどれだけ傷付こうと、彼は伝えるんだ。変わらず自分はここにいるぞと、お前もそこにいるぞと。それを証明する為に、カイは何度でも立ち上がる。
それが、カイの生き方なのだろう。彼は決して諦めない。諦めてしまえば、カイでは無くなってしまう。
私に、その生き方を止めることは出来ない。
だって、そんなカイに私は救われているから。初めて会った時も、見知らぬ私を助けてくれた。当たり前のようにフィールス王国も救ってくれた。
そして、今この瞬間だって。
重ねていた両手が、更に温もりに包まれる。気付けば、メリルが両手を重ねていた。
メリルが頷いた。想いは一つ。
だから、どうか負けないで。
悪魔族だろうと何だろうと関係ないと証明して。
ダリルを、助けて。
二人で叫ぶ。
「勝って、カイーーーー!」
視線の先。傷だらけの身体でカイは応えた。
「おう!」
すると、応えたのはカイだけではなかった。
カイの両手に握られている二つのセインが、それぞれ青と赤い光を放っていた。咄嗟の事に、ダリルも一度距離を離す。
その光がやがて混じり合っていく。溶け合うように重なる。
そして、イデアのセインとメリルのセインが一つになった。
片刃の大剣は突如その刀身を十字に割った。十字の中心には赤い宝玉が埋め込まれていて、割けた間を、豪炎が走っていく。豪炎はやがて大剣全体に広がり、刀身すらも赤く染め上げる。
一瞬、カイも驚いたように目を見開くが、やがてニッと笑った。
何も驚く必要はない。
イデアとメリルの想いが一つになって溶け合った。ただそれだけ。
俺とダリルの想いが一つになった。ただそれだけ。
ダリル、お前もまだ勝つ気満々なんだろ。
ギュッと新たなセインを握りしめる。
「これで決着をつけてやる!」
そして、思いっきり振りかぶった。
あからさまな攻撃モーションに、ダリルは更に距離を取った。詰めてもいいが、攻撃後の方がリスクが少ないと判断したのだ。じきにカイは倒れる、急く必要はない。その確信があった。
更に下がるダリルの様子を見て、カイはニヤリと笑った。
やってやる。不意を突いてやるさ!
紅い宝玉から溢れ出すように、豪炎が大剣を更に包み込んでいく。ディゴス島の夜空を真っ赤な光が突き抜けていく。
「忘れてるようだから、思い出させてやるよ!」
すると、大剣の割れ目が更に広がった。それを埋めるように炎も広がっていく。広がりは衰えることを知らず、とうに宮殿を飛び出していた。
ダリルが眼を見開き、そして焦るようにカイの元へ飛び出した。距離を取っても無駄だと気付いたのだ。
セインは超巨大な炎の極大剣に姿を変えていた。ディゴス島を今にも飛び出してしまいそうな所に剣先がある。
そんなものを一振りされてしまえば、宮殿など容易く炎に飲み込まれてしまう。避けられるものではない。
ならば、振らせなければいい!
黒炎で推進力を増し、一気にカイへとダリルが到達する。
その大きさでは、間に合うまい……!
だが、ダリルは気付いた。
一瞬にして圧倒的な炎を纏っていた極大剣が消えた。セインが元の形に戻っていたのだ。
いや、違う。
何が起きたか分からないダリルだったが、その視線はセインに注がれていた。
赤い宝玉が先程とは比にならない程、まるで太陽のように眩しく輝いていた。
あの全ての炎が、一瞬で凝縮されたんだ。
気付いても、もう遅い。ダリルは近づいてきてしまった。
不意を、突かれた。
カイがニッと笑う。
「これが、お前の炎だ!!」
横一文字に振るわれるセイン。咄嗟にダリルは黒炎の防壁を発動し、長剣でも防ごうとするが。
次の瞬間、凝縮された炎が一気に解き放たれた。前方全てが火炎に飲み込まれていく。まだ半分残っていた宮殿は一瞬で吹き飛び、ダリルの一撃以上に真っ赤な炎が夜空を覆う。
その炎の中にダリルはいた。まるで遊泳するように、自らの炎に包まれている。
全身が焼けるように熱いはずなのに不思議と意識はそちらへいかず、浮かんでくるのは別の事。
ダリルは、炎の中に記憶を見ていた。
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