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3『過去の聖戦』
3 第五章第六十七話「彼の元へ」
しおりを挟むセラ
ベッドに無気力な身体を沈め、私はボーっと天井を見上げていた。
何だか恥ずかしくなってゼノの部屋から飛び出してきてしまったけれど。
……流石に大胆過ぎやしませんか、私の馬鹿!
ただ翡翠の剣を贈りに行っただけだったのに。
気付けば口づけをしていた。
――っ!
思い出して、ベッドの上をのたうち回る。
ゼノの顔がとても近かったなとか、想像よりも柔らかかったなとか。
何よりも幸せだったなとか考えては心臓が早鐘のように鳴り続ける。
……ゼノ、必ず帰ってくるって言ってくれました。
何だか嫌な予感はあった。ゼノがどこか遠くに行ってしまうような不安。いや、敵本陣に向かうのだから本当に遠くに行くのだけれど、それとは違うような、もう二度と会えないような不安。
けれど、彼が帰ってくると言ってくれたから。
なら、もう信じて待とう。
帰ってきたら、告白の返事もしてくれると言ってくれた。
自惚れじゃなければ、それはとても嬉しい返事だと思う。
その時を期待して更に鼓動が早くなる。
そういえば、ともう一つの約束も思い出す。
……結局ゼノは私に何をしてくれようとしたのでしょう。
もう我慢できなくなるとか。襲うとか。何を指しているのか分からないけれど、それも帰って来た時に教えてくれるという。
ゼノにベッドへ運ばれ、覆いかぶさるようにゼノの身体が至近距離にあった。
もう心臓が爆発してしまうんじゃないだろうか。
何もしていないのに、疲れた気がする。
私も、何か予習とかしておいた方がいいのでしょうか?
アイにでも聞いて、ゼノが何をしようとしているのか知っておいた方がいいかもしれない。
明日からが本番で、もしかしたらアイはもう寝ているかもしれないけれど、一応でも訪ねておこうか。
そう思って、部屋を出ようとした時だった。
視界の隅、窓の向こうでチカッと何かが光る。
そして次の瞬間、激しい揺れと共に轟音が響き渡った。
突然の揺れに思わず膝をつく。
一体何が……!?
先程の衝撃で窓は割れ、外気が流れ込んできている。
その外気が、焦げ臭かった。
窓から顔を出して、目を疑う。
眼下の街並みが、激しい爆発の跡を残して燃えていた。国民達の避難が終わっていることが唯一の救いだ。
急いで窓から外へ飛び出して、気付いた。
どうやらハーティス城の一部も爆発しているようだ。
あそこはゼノやシロの部屋がある方。
二人共……!
慌てて向かおうとするが、メラメラと燃える城下が更に別のものを照らす。
空を覆いつくすほどの黒い影がこちらへ向かって来ていた。
その影はまるで鳥のようだが、鳥にしては黒い翼が大きすぎる。
「悪魔族っ……!?」
紛れもなくそれは悪魔族だった。
でも、どうして……!? まだ悪魔軍は拠点から進軍を開始したばかりでは……!?
それに、何故これ程の数の接近に気が付かなかったのか。
突然の事態に思考が追い付かず立ち尽くしていると、その悪魔族の軍勢の頭上を通り越して青い極大の魔弾が二十発も飛んできていた。
先程の爆発はあの魔弾が原因と見て間違いない。
なんて濃度の魔弾だ。
「《白雪!》」
周囲に光球を五つ出現させて魔弾の方へと飛ばす。そして、直前で光球の形を変えて障壁を作った。
これ以上生成すれば、間違いなく障壁は魔弾に貫かれてしまう。
障壁にぶつかって、魔弾が爆ぜる。
だが、私が防いだのは所詮二十発の内の五発だ。当然のごとく十五発が王都に降り注ごうとする。
すると、黒い流星が目の前を通り過ぎて更に五発を沈めて見せた。
流星の軌跡を辿るとそこにはエイラが。
「エイラ!」
エイラはどこか傷付いているようだった。頭から血を流している。もしかして、魔弾の爆発に巻き込まれたのかもしれない。
「大丈夫ですか!?」
「まだですっ、セラ様!」
エイラの言う通り、残り半分の魔弾が残っている。
っ、間に合わない……!
その時、十本の光線が夜空を煌めいて魔弾を容易く貫く。光線だと思ったそれは光り輝く剣だった。
仕事を終えた光剣が発動者の元へ戻っていく。
ハーティス城の一番頂上に、アイの姿があった。
「お母様!」
アイが無事なこと、そしてアイが来てくれた事実に安堵する。
アイは高い位置から状況を把握していた。そしてすぐさま声を大にして指示を出す。
「悪魔族の奇襲よ! 各部隊、直ちに武器を取りなさい! 現時点では東側にしか確認できないけれど、奇襲された時点で囲まれていると思いなさい! 明日進軍するはずだった大部隊は東側の軍勢を蹴散らして! 王都防衛隊は自分の持ち場を維持しつつ周囲の警戒! 急ぎなさい!」
《ヴィジョン》で状況を王都全体に伝えながらも、お返しと言わんばかりにアイが特大光剣を複数悪魔族へと飛ばす。
避ける間もなく、一瞬で悪魔族が光に飲み込まれて塵と化していく。それでも減っているとは思えない程に悪魔族の数が多い。多すぎる。
だが、直後に白く輝く翼がハーティス城から、王都から真っ暗闇へと飛翔した。
その数は悪魔族に負けず劣らず。明日進軍予定だった大部隊が全て残っていてくれたのが大きい。
でも、奇襲だなんて。斥候が手に入れてくれた情報とは明らかに違う。
何が起きているの。他の都市は一体どうなって……。
そして、更に気がかりなことが。
遂に天使族と悪魔族の大掛かりな交戦が始まった。悪魔族が王都へ一気に流れ込んでくる。それに衝突するように天使族が飛び立つ。
魔弾と光剣が絶えず飛び交い、あちこちから爆発やら轟音が聞こえてくるというのに。
ゼノの姿が見えない。
真っ先に飛び出してきそうなのに。一体彼はどこへ。
飛びかかってくる悪魔族を蹴散らしながら、ゼノの姿を探す。
入り乱れていて何かを探すこともままならない。折角会えたエイラとも一瞬ではぐれてしまった。
これ程までに乱戦では、魔法が味方にも当たってしれず、どうにかレイピア一本で悪魔族の攻撃を掻い潜っていく。
すると、燃えていたハーティス城の一角からなんと巨大な瓦礫が吹き飛んできた。
これには両陣営が驚いて慌てて瓦礫を避ける。
何事かとそちらへ視線を向けると。
「ゼノ、絶対に許さないわよ!!」
そう叫ぶシロの姿があった。
彼女の衣服は既にボロボロで、見事に魔弾の爆発に巻き込まれたようだが、特異的な身体の頑丈さで軽傷にすんでいるらしい。
それより。
「シロ!」
一度前線から遠のいて、シロの元へと行く。
乱戦から飛び出した私に悪魔族が何体も飛びかかってくる。乱戦から出たせいで狙いやすくなっていたようだ。
すぐさま応じようとするが、黒い四角形が流星のごとく悪魔達を吹き飛ばしていった。
「セラ様!」
「エイラ!」
すぐ横にエイラが羽ばたいてくる。
シロの存在に気付いてエイラもこちらへ来たようだ。
「ありがとうございます、助かりました! エイラもその傷は大丈夫ですか!」
「大丈夫です。そんなことよりもゼノが――!」
ゼノという言葉にエイラの方を見るが、更に悪魔族が襲い掛かって来ていた。
「っ、話の最中に――」
「二人共、下に降りて!」
突然聞こえた声に慌てて従うと、頭上を柱が凄い勢いで回転しながら通り過ぎた。柱がそのまま悪魔達を蹴散らしていく。
「もう、最っ低っ!」
声の先で、シロが空中にいる私達へ跳んできていた。慌てて抱き留める。
シロは先程の怒号に変わらず怒っていた。
「ゼノの奴、私のことわざわざ眠らせるなんて、絶対後ろめたいことがあるんだわ! やっぱりセインを渡すんじゃなかったわ! ていうか、ゼノどこにいるのよ! 遠すぎだわ!!」
「ゼノが、シロを……?」
何でゼノがそんなことを。それに、遠すぎって……。
シロはセインをゼノに貸したと言っていた。セインのお陰である程度ゼノの位置が特定できるのだろうが。
ゼノ……!
分からない。突然起きた奇襲でただでさえ混乱しているのに、どうしてゼノは今ここにいないの。
「……ゼノはきっと今ベグリフのいる王都アタレスにいるのでしょう」
「え……?」
エイラがそう告げる。その表情には確信が映っていた。
ゼノが、悪魔族の王都へ?
何で……。
エイラは俯き唇を強く噛んでいた。その眼は潤んでいて、今にも涙が零れそうである。
「ゼノは、一人でベグリフの元へ話に行くって言っていました。話したいことがあるんだって。それがどれだけ無謀なのか分かっている癖に。私の制止も聞かないで……っ!」
エイラが顔を上げる。そして、泣きそうな顔で告げた。
「ゼノは、自分が死んだっていいって思ってるんです!」
しんと静まり返ったような気がした。辺りは交戦中なのだから、それは気のせいなのだろうけれど。
なに、それ……。
「刺し違えてでもベグリフを倒す、倒せなくても後続の私達の為に体力を減らしてやるって……!」
「あんの、馬鹿……!」
シロの怒りが伝わってくる。
まるでそれが伝播するように。
私の中に生まれる感情。
これで待つのは最後って。
必ず帰ってくるって言ったのに。
告白の返事を聞かせてくれるって言ったのに。
約束したのに。
その時、頭上から声が聞こえてくる。
「今の話、本当なの」
上空からアイが降りて来ていた。
こちらへ視線を向けながらも絶えず、光剣で魔弾を防ぎ且つ悪魔族を蹂躙している。
「あの馬鹿人族が王都アタレスにいるという話は、本当かと聞いているの」
「……恐らく。ゼノが王都へ向かおうとした瞬間、目の前でベグリフに連れ去られましたから。ゼノが闇に一瞬で飲まれて消えたんです。直後に悪魔族の奇襲が始まりました」
きっと、エイラのこの怪我は奇襲直後の魔弾を防いだ際に出来たものなのだろう。初撃には私も全く気が付かなかった。もし、エイラが少しでも魔弾を減らしてくれていなければ、私は今ここに立っていないかもしれない。
「……」
何やらアイが熟考する。その状態でも光剣は絶えず動いているのだから流石と言わざるを得ない。
「……よし。貴方達、今すぐ王都アタレスへ直行しなさい」
「え……」
唐突なアイの提案に驚いてしまう。
そりゃ今すぐゼノの元へ向かいたいけれど。でも、今こんな状況の王都を放置したままなんて。
そんな私の考えがお見通しだったのか、アイに額を小突かれる。
「馬鹿ね、そもそも最初から王都の防衛は私一人で十分だったのよ」
目の前で見せられる光剣乱舞がその言葉を強めていく。
「それに悪魔娘の話が本当なら、魔王は空間を移動する、もしくはさせる手段を持っていることになるわ。それがどういうことか分かるでしょう」
アイの言葉に気付かされる。
ベグリフが自由自在にこの世界を瞬間的に移動できるのだとすれば、ベグリフ一人の手で全ての都市が一瞬にして落とされたっておかしくない。ベグリフによる戦力移動によって簡単に戦局を覆されたっておかしくないのだ。
「むしろ、あの馬鹿が魔王を足止めしているのは幸いと言えるのよ。この戦争は、奴を倒せるかどうかに全てがかかっているの。流石の私でも魔王と戦いながらこの戦局を維持することなんて出来ないもの」
「だから、誰よりも実力のある私達が最速でベグリフの元へ行き、ゼノと共に彼を倒す。ですよね」
突如かけられた背後からの声に振り返ると、フィグルが漆黒の翼をはためかせていた。
「フィグル!」
「どうやら、揃ったようね」
アイの視線の先でフィグルが頷く。
フィグルは、ぽんとエイラとシロに触れた。すると、すぐさま身体の傷が治癒されていく。
「遅くなってすみません。東以外の悪魔族の気配を探っていました。彼等は魔法で気配を消しているようですが、どうやら東側のみのようです。基本的にこの魔法は私達レベルでなくては使えませんから。逆に言えば、東側に私達と同等の力を持つ者がいるようです」
どうやら、他の策があちらにないか調べてきてくれたようだ。
そう言えば、以前フィグルが天地谷に行ったゼノの代わりに人族を守った時も、ケレアの集団をずっと守ってくれていた時も、フィグルは周囲共々気配を隠していた。それが所謂四魔将レベルで使用できる魔法なのだろう。
「まさか、私達も知らない戦力を持っているとは……」
「彼の事ですから、秘密裏に準備していたのかもしれません。……ですが、準備していたのは私達も同じです」
そう言って、フィグルが握りしめていた手を私達へ見せるように開く。
小さな手に乗っているソレを見て、尋ねてしまう。
「これが……?」
小さな手に乗る更に小さなソレ。
いざ実際に見てみると、その小ささに少し不安に思ってしまうが。
フィグルは力強く頷いた。
「はい、これがあればベグリフを倒せます」
彼女の眼は、確信していた。
これまで、ずっと研究で部屋に籠り続けた彼女がこれ程までに強く言うのだ。
なら、こちらも信じるしかない。
「行きましょう、ゼノの元へ」
エイラ、シロ、フィグルへ視線を向ける。
それで全てを決める。
この戦争も。
曖昧なゼノとの関係も。
私達の理想の行く末も。
「セラ」
声を掛けられて、そちらを振り向く。
すると、頭を優しく抱きしめられた。
「え、えっと……お母様?」
突然抱きしめられて動揺する。私に抱えられているシロは私達に挟まれるような形になっていた。
アイが優しく私の頭を撫で、こつんと頭に額を乗せてくる。
「ちゃんと……帰ってくるのよ」
「っ」
向けられた温かい言葉に、思わず涙が滲みそうになる。
大丈夫。これでお別れじゃない。
必ず帰ってくる。
ゼノは、どういう気持ちで約束してくれたのだろう。
「お母様も、お気をつけて」
私からもぎゅっとアイの胸に顔を埋める。
「あの馬鹿に伝えておいて。これ以上セラを振り回すようなら、今後はセラとのどのような関係も認めないからって」
「それって……」
見上げた先で、アイが微笑む。
それは、逆にアイは私達のことを認めてくれているみたいで。
天使族と人族とか、そういう垣根を既に超えて認めてくれているということで。
「っ、はいっ、必ず……!」
私の言葉に、アイが頷く。
そして私を離すと、余韻に浸ることなくすぐに上空へと昇っていく。
「注意は私が引きつける! さっさと行きなさい!」
言下、アイが魔力を解放する。
すると、瞬きの間に上空を覆いつくすほどの光剣が形成されていた。夜とは思えない程に、空は眩しく光っている。
その光剣の軍勢に敵味方全てが上空を見上げていた。
間違いない、アイが時魔法を使ったのだ。
アイの言葉通り、全員がそちらへ注意を向けている。
汗をしたらせながら、アイが口角を上げたのが見えた。
流石私のお母様です!
「セラ様!」
「ええ、急ぎましょう!!」
迂回するようにして王都を飛び出す。
シロを抱えてそのまま森の中へと紛れた。
目指すは王都アタレス。
ゼノの元へ。
※※※※※
ゼノ
通りを全速力で翔ける。その背後からまるで大波のように闇が追って来ていた。
くそっ!
建物を壁にしても一瞬で闇に飲み込まれ粉々にされてしまう。既に至る所が更地と化していた。
チラッとベグリフへ視線を向ける。王都アタレスの中心、更地と化した王城跡地のど真ん中で奴は相変わらず性格悪そうに笑っていやがった。
今に見てろよ……!
散々暴れては逃げ回って気づいたことがある。
あの《魔》の力はベグリフを中心に展開される。そして、あの闇は移動した先で消えることはなく、ベグリフへと戻っていくのだ。
つまり、ベグリフは所謂出し入れする容れ物のようなもので、伸びた闇は必ず帰るということ。魔力の様に霧散して消えることはない。
更に、帰るという事象が表すのは、闇の伸びる距離にも限界があるということだ。一生伸び続けるなら、一生追いかけて闇で囲めば済む話。
それが出来ないのは、一度に出せる《魔》の容量が決まっているからか、或いはまだあいつがあの力に慣れていないからか。
どちらにせよ、それなら勝機がある。
何度も闇を掻い潜りながら上空へと上昇する。
背後から闇が追いかけてきていたが、その時闇が追いかけるのをやめた。
この一瞬。
伸縮のほんの一瞬、攻守切り替えのほんの一瞬のみ闇は動きを止める。
その一瞬に勝機が眠っている。
目測、二キロが闇の半径。その全てが今は動きを止めていた。
結局は全てがベグリフの意志であり、その全てを操るにはベグリフ自身の経験が足りないのだろう。
止まる時は分けることが出来ずに一度全てが制止する。
「うぉおら!」
風陣最大風速+雷刃×5だ!
一瞬にして五つの雷大剣は目的に到達した。
ベグリフの身体が切り裂かれ、その体が五つに分かれたと思えば、雷撃にて一瞬で肉塊へと変貌する。
鮮血と共に肉塊が周囲にむごたらしく飛び散った。
だが、
「まだやれるか」
その全てが闇を基点にして容易くベグリフの身体へと再生する。
見る度に、おぞましい光景だと思う。
既にアレは生き物という概念ではないのだろう。
何度でも再生する不死身の化け物とでも形容した方が正しい気がする。
「ふむ、ならばこれでどうだ」
すると、戻ろうとしていたはずの闇が再び襲い掛かってくる。
それも、二キロのラインを軽々と超えてだ。
「っ、成長速過ぎだろっ!」
又もや逃げようとするが、今度は俺を囲むように五つの闇の柱が伸びて来ていた。その柱同士の間を埋めるように闇が広がっていく。
っ、閉じ込められる。
先程の闇で囲めば済む話が実践に移されようとしている。
というか、簡単に俺の予測を超え過ぎだろ……!
そう思いながら、ベグリフの方を見て気付く。
先程までは、闇の全てがベグリフと繋がっていた。どれだけ伸びても闇を辿れば根源にベグリフが居た。
けれど、今。
ベグリフと操られている闇の間が空いていた。
ベグリフと繋がってない。
決して闇の容量が増えたわけじゃないんだ。自身から切り離して距離を伸ばしただけ。
出現させられる闇の容量という予測は正しかった。
そして、今アイツの周囲に闇はなくなった。
「《風陣!》」
再び最大風速の風陣を発生させる。そう何度も出来るものではないが、どの道今はやらなくては閉じ込められる。
風陣に乗って闇をギリギリ抜け、一瞬でベグリフの背後へと吹き飛んだ。着地の衝撃で足に激痛が走る。ただでさえ折れてるっていうのに。
振り向きざまに両の剣をベグリフへと叩きつける。
それを、ベグリフは漆黒の剣で受け止めた。
そのまま、
「《黒焔》」
ベグリフから真っ黒な炎が弾け飛ぶ。
っ、こいつ。
忘れていたわけじゃないが、《魔》の力とは別にベグリフには俺と同等以上の魔力が流れている。
退きながら、慌てて叫ぶ。
「っ、ベルセイン!」
破けたままの赤いマフラーが、黒い炎を掻き消していく。
その炎に紛れるようにして、ベグリフが剣を突き出していた。
翡翠の剣で一撃を受け流し、セインを奴へと叩き込む。
直前に闇が戻って来ていた。
「くそっ」
背後へ跳躍し、かなり距離を取る。
荒い息を整えようとする俺に対し、ベグリフは変わらず憎たらしい表情だ。
「そろそろ諦めるか?」
「あんたが降参しなっ」
「お前のお陰で俺の力はより洗練され磨きがかっている。俺としては、この調子で俺をもっと強くしてもらいたいものだ」
それ以上強くなってどうする気だよ……。
魔力だけでも勝てるか分からないのに。
《魔》の力のせいで勝ち目は見えず、奴は不死身。
これは、万が一にでもフィグルが来なきゃ勝てないか……。
とはいえ、あっちも今は大変だろうし、可能性はほとんどないと考えていいだろう。
今出来ることを精一杯やるしかないな……。
たとえ無意味と言われたって、そこに意味があると信じて戦い続けて見せる。
……。
そう。
無意味に見えても、ベグリフがあれ程力に固執するのは意味がある。
そう言えば、結局聞けてないかもしれない。
「ベグリフ、あんたはどうして力にそうまで固執するんだ」
この問いに、ベグリフが答えてくれるとは思っていなかったんだが。
意外にも、フィグルの時同様、ベグリフには思う所があるようで。
「……証明するためだ」
「証明?」
何となくだけど、フィグルへの感情と、力への固執は繋がっていると思う。
それこそ、奴が本当に住んでいたという世界とも。
ベグリフが自身の手の平を見つめ、そして握りしめる。
「この《魔》の紋章が……」
再び闇が大波の様に蠢いていく。それはまるでベグリフの感情に呼応するかのように大きくなっていく。
「彼女を犠牲にしてまで力を求めた俺が! 正しかったことを証明するためだ!」
言下、闇の波が凄まじい速度で襲い掛かってくる。
「っ」
何とかその場から離脱することは出来たが、闇が俺を追い続ける。
そちらへ気を取られ過ぎていた。
「俺の力の、礎になれ!」
目の前に、闇が広がり次の瞬間ベグリフが飛び出してきていた。
なっ。
ここにきて、闇の性質を戻してくるとは。それなのに変わらず背後の大波は飲み込んだものを粉々に砕き続けている。
二つの性質を同時に使えるようになってやがる。
「《黒剛っ》」
ベグリフが漆黒の剣を振り下ろす。
咄嗟に両の剣で受け止めるが、その一撃は余りに重すぎた。その一撃に凄まじい重力が乗せられているのだ。
受け止めるどころか、剣の上から腹部を押し斬られる。
鮮血が舞い、激痛が全身を駆け抜けた。
勢いよく地面へ叩きつけられ、魔力で補っていた骨が更に砕ける。
「―――――っ!」
全身が悲鳴を上げていた。
ただでさえ騙し騙しやっていたのに一気に魔力操作が乱れ、抑えていた血も溢れ出していく。
「がっ、あっ……!」
立ち上がろうともがくが、もがけばもがくほど血が噴き出していた。
くたばる俺へ迫る闇の大波。
この状態であの中へ飲み込まれてしまえば、間違いなく。
俺は死ぬ。
どうにか打開策を見つけようとするも、出血や激痛のせいか頭が働かない。
ただ茫然と目の前まで迫る闇を見つめるしかなかった。
その闇が、突然動きを止める。
「……どういうことだ」
ベグリフはそう言った。
それはベグリフの意志で起きた事象ではないことを指していた。
止まった闇だったが、今度は闇が逆方向へと引っ張られていった。
まるであの闇が逆に何かに飲み込まれ吸い込まれていくかのように。
何が起きているのか分からないまま、段々と大波は小さくなっていき。
やがて、闇はある地点で消失した。
「どうやら、実験は成功したみたいです」
……まさか。
聞き覚えのある声。
でも、どうして今ここに。
動かない身体の視線の先。
闇の消失した地点。
小さな指輪を掲げたフィグルが立っていた。
そして、俺の周囲に降り立つ足音が二つ。
「案の定こんな状況ですし。いい加減にしてほしいですね」
「一発殴らなきゃ気が済まないわ」
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聞こえてくる二人の声。
身体が動かせなくて、姿は見えないけれど誰かは分かる。
そして、とっても怒っていることも分かる。
そんな俺の眼の前に現われる彼女の姿。
目だけ動かして、彼女の表情を捉える。
ああ、これは。
自分がどれ程の事をしてしまったのか、それは彼女の顔を見ればすぐに分かった。
彼女は泣きながら怒号を放った。
「今すぐそこに正座しなさい!!」
「い、や、身体、動かないん、だけど……」
地面にくたばる俺へ、セラは大粒の涙を零しながら見たことのない程の険しい表情を浮かべていたのだった。
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