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3『過去の聖戦』

3 第五章第六十五話「《魔》」

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ゼノ

目の前で、ベグリフは不遜な態度で玉座に座っていた。

偉そうなこって。

魔王であるのだから当然ではあるけれど、王という概念以上の威圧感を感じる。

周囲を見渡す。どうやらここにはベグリフしかいないようだ。

俺を拉致するなら、周囲に兵士くらい準備させておけば幾らか楽だろうに。

兵士なんぞ俺には無意味と考えているのか。或いは、ただベグリフが俺一人と対峙したいのか。

……圧倒的に後者だろうな。成長が見たいなんて上から目線で言いやがるし。

というか。

「何だよ、今の移動は」

「聞かずとも分かっているだろう」

肘を掛け、ベグリフは腕に寄りかかっていた。

どうやら答えるつもりはないらしいが、確かに分かっている。

あれは転移だ。空間から空間へと移動する魔法。

口で言うのは簡単だが、本来なら不可能な魔法。俺でも出来ない。

なのに、あいつは天使領から悪魔領への長距離を易々と行って見せたのだ。

……。

フィグルは言っていた。俺の魔力自体はある程度ベグリフに引けを取らない所まで来ていると。だが、俺は転移なんぞ出来ない。

ともすれば、あの移動手段は。

 

ベグリフのもう一つの力が関係している。

 

あの闇に飲み込まれた時、感じたことのない力が全身を襲った。咄嗟に全身を魔力で守らなければその力に圧し潰されていただろう。触れただけで圧し潰されそうなんて。

今になってフィグルの言葉を思い出して笑ってしまう。

俺じゃ勝てない、か。

現実味を増してきたじゃないか。

ともあれ、察するにあの転移はある程度の実力を持っているものでしか耐えられないことが分かった。あの移動で悪魔軍全てが移動してきたら一瞬で戦いなんて終わってしまう。

 

そして、俺がここでベグリフを逃しても戦争なんて奴一人の力で終わってしまうだろう。

 

各地にベグリフが現れたら、間違いなく止められない。

ベグリフは何やら待ちきれないように指で肘掛けを叩いていた。

「俺としてはさっさと刃を交えたいところだが、お前はそうでもないようだな」

「なんだ、話が早くて助かるな」

「俺を殺すことだけに集中してもらわなくてはな。殺りがいがない」

やはり、ベグリフに和平なんて無駄だと実感した。

殺す気満々だし。分かっちゃいたけどさ。

ただ、改めて思う。

何がベグリフをそこまで掻き立てる。

殺戮に。

戦争に。

力に。

それさえ分かれば、ベグリフの事を少しで知ることが出来ると思うんだ。

アイツを知る。その為にここまで来た。

だからこそ、ベグリフに問う。

 

「あんたにとって、世界とは何なんだ」

 

アイへしたものと同じ質問。

ベグリフにとっての世界とは。奴にはどのように世界が映っているのか。

悪魔族の為なんて、間違ってもベグリフは言わないだろう。容易くタイタンを殺した奴がそんなことは言わない。

なら何の為に、あいつは魔王という座にいるんだ。

視線の先で、ベグリフは俺の問いを受け止め。

 

「どうでもいい」

 

淡々と言ってのけた。

どうでもいい?

思っていた答えとも違って顔をしかめる。

それは、俺の質問がどうでもいいのか。それとも……。

だが、どうやら後者のようで。

「俺にとって、この世界は単なる暇つぶしでしかない」

当然と言わんばかりに奴は告げる。

この世界を暇つぶしでしかないと、奴は言ってのける。

ああ。

知ろうとしても、理解できるわけじゃない。理解できても、納得できるわけじゃない。

俺には、ベグリフの事を理解なんて出来ないのかもしれない。

だけど、まだだ。

あいつは暇つぶしだと言うけれど。なら、どうして。

「フィグルの事も、暇つぶしだって言うのか」

その問いに、ベグリフは漸くピクッと反応した。

フィグルを妻に選んだのは、ベグリフだ。

暇つぶしと言うけれど、彼女に手も出していないらしい。

決して肉体目当てなんかじゃない。

少し腹立たし気にベグリフがこちらを見てくるが、関係ない。

「本当はもっと早くにフィグルが俺達と協力してることくらい分かっていたんだろ。なのに、あんたはギリギリまで気付かないふりをした。自分達にメリットが無くてもだ」

そう、決して肉体目当てなんかじゃない。

決して暇つぶしとは思えない。

それ程までに彼女を大切にしていたのなら、

「あんたは、心からフィグルのことを――」

「黙れ」

威圧と共に言葉が向けられる。

鋭い眼光が、今にも俺を貫きそうだ。

「奴など、所詮代替品でしかない」

「代替品、だと?」

フィグルを何かの代わりと言うベグリフ。

そういえば、エイラが何か言っていた気がする。

フィグルは、誰かに似ているからベグリフに選ばれたと。

誰かとは?

何となく、それがベグリフの根幹にあるような気がした。

「そう、そもそもこの世界自体が俺にとっては代替品に他ならん」

ベグリフは言った。

「偽物に向ける感情など持ち合わせていない」

奴の言葉がスッと入ってこなかった。

嘘を言っているようには見えないけれど。

「何だよ。あんたの言い方じゃ本物の世界は別にあるみたいだ」

世界がもう一つあるとでも言いたげだ。

奴の前提が理解できない。

そんな俺の思考が表情に出ていたのだろう。

ベグリフが不敵に笑う。

「そうか、お前でも知覚できないか」

知覚?

「……何言ってやがる」

「無理もない。俺を以てすらこの壁を超えることは未だ出来ていないのだからな」

ベグリフが何を言っているのか分からない。

だが、理解させようとするわけでもなく。

奴は告げる。

 

 

 

「俺はこの世界の住人ではない」

 

 

 

……。

は?

この世界の住人ではない?

それは、最初からこの世界にいたわけじゃないということか?

この世界の他にも世界があるとでも?

いや、意味が分からない。

「尤も、この次元の住人ですらないが」

俺の反応が楽しいのか、笑みはそのままでベグリフは続ける。

「この世界は一つの次元における一世界でしかない。何故世界は一つしかないと定める? それはお前たちが矮小だからだ。世界だけではない。この次元すらも多次元的に幾つも存在する次元のうちの一つでしかないというのに」

ベグリフは、一体何を言っている?

「俺は、こことは違う次元にある世界の住人だった。魔力など存在せず、周囲には多くの高層ビルが並び、自動車が一日中絶えることなく走り続ける」

高層ビル? 自動車?

聞いたことのない単語が当たり前のように出てくる。

「武器も剣などではない。自動小銃、戦車の砲弾等の遠距離が当然であり、剣などでは当然太刀打ちできん」

呆然と佇む俺に、ベグリフが笑う。

「分かるか? 分からないだろう。決してこの次元の話ではない。だが、お前なら理解できるはずだ。俺が嘘を言っていないことはな」

確かに分からない。

でも、あの飛び出してきた単語達が、俺を騙すためにベグリフが吐いた嘘だとは思えない。奴がそんな性格ではないことは分かっているし、何よりも言葉が飛び出す度に奴は具体を思い浮かべているように感じた。

「この世界とは全く異なる世界。それが俺の本来の世界だ。だが、そんな世界にも唯一魔力に匹敵する、いやそれ以上の力が存在していた」

その時だった。

座ったままのベグリフから突如真っ黒な闇が溢れ出していく。

凄まじい勢いでその闇はこの王の間を包み、ただ俺の立つ場所のみが飲み込まれることなく円形に避けられていた。

この力……!?

間違いない。あの時、転移の際に感じた力だ。

圧倒的な力が周囲から伝わってくる。これは、奴の魔力以上に……!

闇の中から、奴の声が聞こえる。

 

 

「これが『紋章』の力だ」

 

 

直後に、闇が一気に収束していき、闇の中からベグリフが姿を見せる。変わらず奴は玉座に腰かけていた。

今、実際に見せられた力が、ベグリフの話を本物へ変えていく。

フィグルも言っていた、奴のもう一つの力。

魔力以上の、本来の力。

それが、奴の言う紋章だと……?

ベグリフは告げる。

「俺の司る紋章は《魔》。《魔》の紋章は魔を、圧倒的な闇の深淵を操り、俺自身を闇へと変貌させた。そして、それはこの世界の魔力に容易く適応し、本来使えないはずの魔力を俺は扱えるようになった。別次元の俺が魔力を扱えるのはそういうことだ」

紋章については全く意味が分からないのに、ベグリフの話を事実だと仮定すると段々と思考が繋がりどんどん辻褄が合っていく。

フィグルは、ベグリフ程の存在が何の予兆もなく突然現れるのはおかしいと言っていた。だが、奴がこの世界に来たのが丁度三種族による三つ巴の戦い直後だったとすれば。

「尤も、この紋章の力を見せるのはお前が初めてだ。これまでこの世界の道理に合わせていたからな。この力を使ってしまえば、この世界を統べるなど余りに容易い」

実際に力を感じている俺は、それを与太話だと一蹴することも出来ない。

ぐちゃぐちゃになりそうな思考を、どうにか落ち着かせる。

一旦は、ベグリフの話を受け入れなければ始まらない。

大きく息を吐いて、漸く言葉を絞り出す。

「……仮に本当にあんたがこの世界の存在ではないなら、何で魔王なんかになった」

魔王になる意味なんて考えられない。

それでも、どうやら理由があったらしく。

「この世界に来た俺は、ある物を探していた。この次元へ共に渡った時にどこかへ消えていった紋章《獣》と《王》だ。それを探す為に、情報を必要としていた。魔王の立場はだいぶ都合が良い」

どうやら探し物を見つけるために魔王になったらしい。

奴にとっての魔王はそんな程度のものだったのだ。

それに、ベグリフ以外にも紋章が存在するという。

ベグリフのような異質な力が他にも……。

「だが、別に急いてもいなかった。俺は紋章のお陰で寿命など存在しない。《獣》も《王》もだ。ゆえに時間は無限にあった。だから、この世界の行く末で暇を潰すことにしたのだ。悪魔族の王として、天使族と人族を殺し世界を統べる。じっくりと遊ぶシミュレーションゲームのようにな」

シミュレーションゲームが何を指しているのか分からないが。

本当にベグリフはこの世界を暇つぶしだと思っているようだ。

そして、ベグリフは顎を軽く動かして俺を示す。

「お前のような存在を待っていた。このゲームには相応しい展開だ。人族と天使族が手を結ぶ展開も、お前という人族が反旗を翻し、今こうして強くなって現れるのもな。最終場面にしては悪くない」

無意識のうちに拳が握りしめられる。

ふざけるな。

怒りが込み上げてくる。

これまでの全てが、ベグリフは暇つぶしだったと笑う。

セラやエイラとの出会いも、ハート家の問題も、ケレアの死も。

全部が意味のない暇を潰すための遊びだったかのように話しやがる。

「さぁ、話は終わりだ。終わらせよう。この世界を」

ベグリフが遂に玉座から立ち上がる。その手には漆黒の剣が突如として現れていた。

「お前を殺し、世界を統べ、俺は《王》の元へ行く」


「……意味分かんねえことベラッベラ悦に浸って話しやがって」

紋章ってなんだよ。結局別の世界が何なのかもよく分かんねえし。

分かんねえことしか言ってねえし。何でこの世界に来たのかもわかんねえし。ていうか、途中から聞いてもないこと話すし。

話は終わりって、あんたが途中から止まらなくなったんだろうが。

「だが、よぉく分かった……!」

分からない事だらけだが、分かったこともある。

セインを握りしめ、力を解放する。

すぐさまセインは剣腹を広げて長さを伸ばす。そして、俺の首元に赤いマフラーが巻かれた。

あんたの中で暇つぶしだったとしても。俺達はこの世界で必死に歯ぁ食いしばって生きてんだよ。

笑って、泣いて、怒って、悲しんで、喜んで。

色んな感情を必死に抱えて生きてんだよ。

理想を目指して必死に走ってんだよ。

セインをベグリフへ突き付けて叫ぶ。

終わるのは世界じゃねえ。

「終わるべきはあんただ、ベグリフ!」

駆け出す俺に、ベグリフがにやりと笑う。

そして、眼前に溢れ出す闇。

最後の戦いが始まった。

 


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