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3『過去の聖戦』

3 第三章第二十三話「夜空の下で」

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エイラ
 やはり三千人も一気にジェガロに乗せるのは無理だった。全員乗せる面積がない以上に重量的な面で無理だった。魔法である程度はカバーできるがそれでも全員は無理。というわけで、ジェガロには申し訳ないがやはり往復することになった。それでも当初の予定の半分以下なのだ。
 一回千人乗せて、それを三回。全員を無事にセラ達の元へ送り終えた時、気付けば夕陽も沈もうとしていた。三千人でこれなのだから、当初の予定だと丸一日かかっていただろう。朝に始まり朝に終わる感じ。ジェガロの疲労度も鑑みると二日三日かかっていたかもしれない。
セラ達は自ら地中を掘って隠れ家を作っていた。中々広く、合流した面々も無事に入れる大きさ。だから、私も一人で落ち着けるスペースがあった。部屋があるわけではないが、座りやすそうな大きな岩が高い所にあったのだ。
 そこで、私はホッと安堵の息を洩らしていた。
 結果から言って、私の存在は受け入れられていた。私を紹介した時は当然多少のざわつきはあったが、それでもすぐに収まった。どうやらアグレシアが上手い事纏めてくれたらしい。
 ただのセラ様大好き天使だと思っていましたが、感謝しなければなりませんね。
 ゼノ達の方での失敗もあって相当不安になっていたが、こちらは大丈夫だったようだ。
 やはり誰に支配されていたかという問題は大きい。そう考えるとよくセラ達は慕われていると思う。逆に凄い慕われ方をしていたような。まるで信者だ。何をしたらそうなるのか。天使側の支配は悪魔族ほどではないということなのだろうか。
 無事合流したということで、お互いの状況交換と今後の話に行きたいところだったが、今日は疲れたということで安息日になった。確かにタイタスとの戦闘から全然休む暇がなかった。ここには実力のある者が揃っている。天使達にバレないよう魔法を唱えているし、バレても十分私達だけで対処できるだろう。
 一息つきながら、下に溢れている人族へと視線を向ける。時間はちょうど夕食を食べる時間で、皆夕食を食べていた。食糧についてはお互いの解放した集落から全て回収しているため、それ程困っているわけではない。天使族も悪魔族も自分達が食べる用の食糧は多く備蓄していたようだ。
 大勢の人族が食事を進める中、私は人を探していた。
 ゼノだ。先程からゼノを探しているのだが、ゼノの姿が見えないのだ。
エイラ:
「ゼノ……」
 ゼノはあれからずっと元気に振る舞っていた。ジェガロに乗ってここへ向かう間も皆に笑顔を見せていた。
 でも、私は見てしまった。気付かれないように悲しみや苦しみを堪え、肩を震わせるところを。
 元はと言えば、私やフィグルのためにゼノは強がったのだ。私達のせいじゃないと伝えるために気丈に振る舞ってみせたのだ。
 その強がりに私は救われた。支えてもらった。
 だから今度は私が支えたい。もう強がらなくていいのだと伝えたい。
 探しても見つからないのであれば、聞くしかない。
 偶然、セラが一人でいるところを見つけた。従者の二人は近くにいない。てっきりセラの傍から離れないかと思っていたのだが。
 高所からセラの目の前に降り立つ。セラは一人夕食を食べていた。とても美味しそうにモグモグするセラ。私に気付くと、十分に咀嚼したものを飲み込んでから口を開いた。
セラ:
「エイラ、どうしました? あ、晩御飯いただきましたか?」
 微笑んで尋ねてくるセラの頬にパン屑が付いていたので、取ってあげる。
エイラ:
「いいえ、まだです。それより聞きたいことがあって」
セラ:
「あ、ありがとうございます……。き、聞きたいことって何ですか?」
 恥ずかし気にセラが尋ねてくる。一つ一つの行動が可愛らしいものだった。
エイラ:
「いえ、ゼノの場所を聞こうと思って」
セラ:
「あ、ゼノなら見張りをしてくるって外に行きましたよ」
 外ですか。道理で探してもいないわけです。
セラ:
「でも、既にシェーンとアグレシアが見張ってくれているんですけどね」
エイラ:
「二人がいない理由はそれですか」
セラ:
「はい、どちらがちゃんと見張れるかって競争してるみたいです」
エイラ:
「……」
 見張りで競争とは何だろうか。敵が来ないに越したことはないのだが。犬猿の仲のようだが、二人揃うと知能が酷く低下するのだろう。
これにはセラも苦笑していた。その競争に決着がつかないことを祈ろう。
エイラ:
「分かりました、教えてくれてありがとうございます」
 礼を言ってその場を離れようとする。すると、セラに止められた。
セラ:
「エイラ」
エイラ:
「何ですか?」
 振り返ると、セラが少し悩んだように顔をしかめていた。何か考えているようだが、何だろう。
 やがて、決心したのか恐る恐る尋ねてきた。
セラ:
「ゼノ、何かあったんですか?」
 その言葉で、セラもゼノの強がりを見抜いていたのだと分かった。
セラ:
「先程も言いましたがシェーン達に見張りを頼んでいるのに、凄い見張りをしたがってて。何か様子が変に見えたんですよね。疲れてるというか、悲しそうというか。あ、疲れてるのは当然と言えば当然だと思いますけど、それとも少し違うというか」
 ゼノの様子がどういうものなのかは分かっていないが、それでもゼノの様子がおかしい事は分かるようだ。
セラ:
「思ったよりゼノ達の方から来た人族の方々も少ないですし、もしかしたら何かあったんじゃないかなって。本当は本人に聞くべきかとも思うのですが……」
 だから、セラは悩んでいたのだろう。本人に聞くべきか私に聞いてもいいものか。
 ……。
 たぶんゼノは聞いても誤魔化す。セラのことだ、ゼノが誤魔化すのであれば引き下がるだろう。無理やり話させようとするタイプとも思えないし、話してくれるのを待ちそうなものだ。
 でも、セラには知っていて欲しい。同じ理想世界を望む者として彼の痛みや苦しみを知っていて欲しい。
エイラ:
「……セラ様、私と散歩でもどうですか」
セラ:
「散歩ですか、悪くないですね」
 そう尋ねられたセラは、夕食を置いて腰を上げた。
………………………………………………………………………………
 既に日は落ち周囲が暗い中、私とセラはとある場所へと向かっていた。ジェガロに乗せてもらった時にその場所は見つけていた。森だらけの外で落ち着ける場所があるとすればそこだ。
 そこにゼノがいるはずだ。
エイラ:
「では、そういう段取りでお願いします」
セラ:
「……良いんでしょうか、盗み聞きになってしまいますが」
 流石は良い所のお嬢様。というか王女様。でも、今回は我慢してもらおう。
エイラ:
「そうでもしないとゼノは話しませんよ」
 本当はそんなこともないかもしれない。セラがいても普通に話してくれるのかもしれない。ただ、これは私の我が儘だ。
 支えてもらったからこそ、私が支えたい。私が彼と向き合いたいのだ。
 その気持ちが伝わったのか、セラが頷く。
セラ:
「……分かりました」
エイラ:
「それでは行きましょう。あ、バレないようにしてくださいね」
 盗み聞くならバレてはいけない。バレたらまた面倒なことになりそうだから。
セラ:
「は、はいっ」
 緊張した面持ちでセラが頷いた。
 そして、森を歩くこと十分、ようやく木々が開けた。
 見えてきたのは綺麗な湖だった。それなりに大きいその湖は月光に反射して美しく光って幻想的だった。
 その湖岸にゼノは座っていた。足元にある石ころを適当に湖に投げている。ポチャンという音が不定期に聞こえてきていた。
 ゼノ……。
 その背中はやはり震えているように見えて。幻想的な湖のせいもあって儚げで悲しそう。何より、いつもより小さく見えた。
 一度深呼吸をして、私一人ゼノへと近づいていく。セラは近くの木の後ろに隠れてもらった。既にある程度概要は説明しているので、盗み聞きでも十分話が理解できるだろう。
 足音に気付いたのか、ゼノがゆっくりと振り返った。振り返る前に目元を拭っていた気がする。
ゼノ:
「ん、何だよエイラ。話し相手がいなくて寂しさのあまり出てきたのか?」
 いつものように軽口を言ってくるゼノ。暗いせいで目元が赤いかどうかは分からない。でも、やはり声は震えている気がする。
 きっと、ゼノは一人ここで泣いていた。
 それだけで心が苦しくなる。皆の前では強がって、ゼノは一人泣いていた。誰にも弱音を吐かず泣いていた。
それが分かっただけで私も涙が込み上げてくる。どれだけ辛かっただろうか。どれだけ苦しかっただろうか。それでも必死に見せまいと彼は押さえつけたのだ。
 だから、私も涙を押さえつける。泣きに来たわけじゃない。
 気付かないふりして言葉を返す。もしかしたら私の声も震えていたかもしれない。
エイラ:
「ゼノこそ、見張りに行くとか言っておいてサボりですか?」
ゼノ:
「馬鹿言え、見張ってるだろ。美味しそうな魚がいないかなってさ」
エイラ:
「いました?」
ゼノ:
「全っ然っ見当たらん」
エイラ:
「見張りの意味皆無ですね」
 そのままゼノの横に座った。ゼノは邪魔だとも来るなとも何も言わなかった。ただただ二人で湖面を見つめる。夜空の月が湖面に映っていた。そこへゼノが石ころを投げ、月が石ころに貫かれ波打っていた。
 沈黙の果てにゼノが尋ねてくる。
ゼノ:
「それで、本当に何しに来たんだよ。まさかマジで話し相手が欲しかったのか? セラとかいただろうに」
 どうやら無事セラの存在はバレていないらしい。流石の彼女はバレるなと言えばバレないように出来る。
さて、何て返そうか。何をしに来たのかと言われて端的に言うのであれば、
エイラ:
「あなたを泣かそうと思って」
ゼノ:
「……はぁ?」
 流石のゼノもこれには怪訝な顔をしていた。このタイミングでそんなことを言われると思っていなかったに違いない。
ゼノ:
「え、なに? 俺を泣かせに来たの?」
エイラ:
「はい、ゼノだって私の涙見たでしょう? だからゼノのも見せてもらおうと思って」
ゼノ:
「何それ、悪魔みてえな奴だな」
エイラ:
「みたいは余計です」
ゼノ:
「その言い方で自分を貶めてるやつ初めて見たわ」
 チラッとゼノが私へ視線を向けてくる。正気か、とでも言いたげな表情だ。だが、生憎正気だ。
泣きたいときは泣けばいいのに、ゼノは泣かないから。泣きたいはずなのに泣かないから。
ゼノには泣いて欲しい。もうこれ以上我慢してほしくない。
ゼノが頑なに我慢する理由ならもう分かっているんですよ。
エイラ:
「ゼノは自分の弱みを見せても気にしないタイプですよね」
ゼノ:
「……何だよ、急に」
 唐突な話題にゼノが苦笑する。。肯定はしないが否定もしないが分かる。ゼノは絶対そういうタイプだ。確信がある。きっとゼノは誰にでも心を許すことが出来るから。だから、弱みを見せたとしてもそれは信頼の証なのだろう。
それなのに、今回ゼノがこんなに必死に我慢するのは理由がある。涙を見せられない理由が確かに存在している。
エイラ:
「……私は、私達はもう十分あなたに救われましたよ」
ゼノ:
「っ」
 ゼノの肩が一瞬ビクッと震えた。ずっと湖へ視線を向けていているから彼の横顔しか見えないけれど、彼はギュッと下唇を強く噛んでいた。
 優しく諭すように話しかける。
エイラ:
「ゼノ、あなたは私やフィグル様、それに他の人族の為に我慢していたのでしょう? あのような別れ方をしたせいで私やフィグル様が気にしないように、他の人族が不安にならないよう、心配しないように」
 だから、ゼノは我慢した。自分の心を殺して周囲の心を救うために。
 全部私達の為だった。でも、もういいはずだ。
エイラ:
「そのお陰で私は救われました。あなたの強がりが私を救ってくれました。確かに救われたんです。だから、もういいでしょう……っ!」
 これ以上我慢する意味はない。もう既に救われているのだから。無事役割を果たしたのだから。
 だから……!
 話していて、だんだんと自分が感極まっていくのを感じた。ゼノを泣かすまで泣くまいと決めていたのに、もう目には涙が溜まって来ていた。
 もう、関係ない。私は伝えたいのだ。
エイラ:
「もう、あなたが救われたっていいじゃないですか……!」
 その我慢が報われたっていいはずだ。今度はゼノが救われる番、それに異を唱える者はいない、絶対いない。
エイラ:
「もうっ、弱音を吐いて良いんですよっ……!」
 ゼノの横顔へ必死に語り掛ける。目元に溜まっていた涙は一筋の雫となって私の頬を伝っていった。
 気付いて欲しい。もう我慢しなくてもいいのだと、役目は果たしたのだと。
ゼノは決して私へ視線を向けない。ただずっと湖を見つめるだけ。何も言わずにずっと見つめるだけ。
 沈黙が続く。私の声は届いていないのかと思うほどゼノの表情は変わらない。
 その瞳から、一滴の雫が綺麗に零れた。
 頬を伝って顎から落ちていく。ゼノの表情は決して変わらないのに。それでも、眼から涙が零れていた。
エイラ:
「ゼノっ……!」
 その涙を見ただけでこちらも涙が込み上げてくる。我慢していたゼノの痛みが、苦しみが雫となって眼から零れ落ちていた。
 ゼノはその涙を拭わない。ただじっと湖を見つめている。だが、やがてゆっくりと口を開いた。本当は話すつもりがなかったかのように、重々しく。
ゼノ:
「……別に弱音じゃないけどさ。じゃあ折角だし聞いてもらうか」
 その声は最初の時よりも震えていて。横から深呼吸をする音が聞こえてきたが、それすらも震えていた。
ゼノ:
「……元々、俺は人族の反乱に反対だった」
 私の知らない、出会う前の話をゼノが淡々と話していく。
ゼノ:
「昔の俺はこの世界を受け入れていたしな。わざわざ世界を変える意味なんてないと思ってたよ。むしろ周りを危険に晒すだろ? 成功しても悪魔に追われ、失敗しても扱いが悪くなるだけ。良い事なんて何もないと思っていた……それでも、それでもケレアは必死に世界を変えようとしていた」
 ケレア、と名前を言った時、ゼノは初めて表情を変えた。辛そうに顔をしかめ、更に強く下唇を噛みしめる。強く噛み過ぎて唇から血が滴っていた。
ゼノ:
「あいつの必死に頑張る姿を見て、初めて俺は世界と向き合おうと思えた。あいつがいなきゃ俺は今頃停滞した世界で意味もなく生きるだけの屍だったんだ……っ」
 ゼノの顔がだんだん歪んでいく。ケレアへの思いを語るたびに我慢していたゼノの感情が溢れ出していた。溢れんばかりの悲しみと苦しみが一気に押し寄せているのだろう。
ゼノ:
「あいつがいたから俺は前を向けたんだっ。あいつがいたからっ、俺はこの世界で夢を見つけられたんだっ……!」
 そして、遂にゼノの目から涙が溢れ始めた。ひたすらにゼノの頬を涙で濡らしていた。
 涙で濡れた目を拭って、それでもゼノは言葉を放つ。叫び続ける。
ゼノ:
「あいつにいつかありがとうって言うつもりだったんだっ。照れくさくていつも言えなかったけど、お前のお陰で夢を見つけられたって。この世界のことを真剣に考えさせてくれてありがとうってっ!!」
 声を張り上げて叫び続ける。
ゼノ:
「何でだよっ、何でっ、何であいつはここにいないんだっ……!!」
 ゼノの慟哭が夜空に響き渡る。静まり返った世界にゼノの声だけが響いていく。
 どれだけ拭ってももう涙は、ゼノの心は止まらない。
ゼノ:
「人族の幸せを二人共願っているのにっ、何であいつと対立しなきゃいけないんだよ……! 俺とあいつは家族なんだぞっ……俺は、あいつと衝突したかったわけじゃないっ!」
 お互い必死に人族を幸せにしようと尽力して。それなのに、何故こんな運命になってしまうのか。あまりに皮肉過ぎる。何故この世界で同じ種族同士で離れなくてはならないのか。何故最も傍にいる大切な人を失わなければいけないのか。
ゼノ:
「俺の描いた夢物語にはおまえもいるんだよっ、ケレアっ!!!」
エイラ:
「ゼノっ……!!」
ゼノ:
「っ」
 気付けばゼノの頭を胸へ抱き寄せていた。心が張り裂けそうだった。ゼノの痛みが心にとめどなく流れ込んできて。もう私も涙で顔はくしゃくしゃだ。
 ただ、今はゼノを抱きしめたかった。彼の痛みを受け止めたかった。少しでも一緒に背負いたかった。
エイラ:
「もうっ、我慢し過ぎですよ、馬鹿っ……!」
ゼノ:
「っ、くそっ、今優しくするのはっ、ズルいだろっ……ううっ……!」
 ゼノの嗚咽が下から聞こえてくる。子供のように私の服をギュッと握りしめ泣いていた。その背中をさすってあげる。
 ゼノはまだ若くまだ成人に満たない子供、その当然のことを今思い知った。その子供が、これまで沢山の人族を率いて世界を変えようと奔走していたのだ。むしろ、今までよくやってきた。
 よくこれまで必死に弱音を吐かず我慢して生きてきた。
 背中をさすりながら、必死に抱きしめる。
エイラ:
「無理しないでくださいよ、もっと頼ってくださいよっ。私だってゼノのこと絶対見放しませんからっ……!」
 ゼノが私達悪魔族を絶対に見放さなかったように、私だって絶対にゼノを見放さない。
エイラ:
「私がずっと傍であなたを守り続けます……!」
 強く見えてゼノも周りと何も変わらない。皆と同じ弱い存在なのだ。気付くのがあまりに遅すぎた。これまでどれだけの負担を与えてきたのだろうか。
 この青年をずっと支えてあげたい。ずっと守ってあげたい。ずっと一緒にいてあげたい。
……いいえ、ずっと一緒にいたい。
 ゼノに支えられて、彼の心の叫びを聞いて改めて支えてあげたいと思えて、そうしてようやくこの感情の名前に気付いた。決してその感情の名前を知らなかったわけではない。ただ、元々興味がなく、これまで一度も感じたことがなかったために今まで気付けなかった。
ゼノから受けた温もりは今もまだ心に灯り続けている。その温もりをゼノにもあげたい。
 この温かい灯りを恋というのですね。
 その感情に気付いたら途端に愛しさが込み上げてきた。弱っているゼノを慰めてあげたい。支えてあげたくて仕方がない。自然と抱きしめる力が強くなった。
 すると、ゼノも服ではなく身体に手を回してギュッと抱きしめ返してきた。
ゼノ:
「絶対だぞっ、お前は俺から離れないでくれよっ……」
エイラ:
「――っ!」
 ケレアが離れて行ってしまったからこそ、ゼノは懇願するようにそう言ったのだろう。抱きしめたのも離れないでほしいという表現なのかもしれない。
 分かってはいるけれど、それでも私の鼓動は高鳴っていた。五月蠅いくらいに心臓が早鐘を打っている。
エイラ:
「はいっ、絶対にっ……!」
 愛おしさと共に強く抱きしめる。心臓の鼓動がきっとゼノに聞こえてしまっているだろう。それでも、今はただただ強く抱きしめた。
 すると、突如何かが勢いよく私達に飛び込んできた。あまりの勢いに危うく湖に落ちる所だったが、どうにか堪える。
 な、何ですか……!?
 ぶつかってきたものへ視線を向けると、それは涙でぐしゃぐしゃのセラだった。私とゼノを強く強く抱きしめている。
セラ:
「わだしもっ、わだしも絶対離れまんじぇんからぁああ……!!」
 折角可愛い顔なのに涙と鼻水でぐしゃぐしゃだし、まともに話せてないし。
 ゼノと私の会話を聞いて感極まってしまったのだろうが、それにしても泣きすぎではないだろうか。私やゼノ以上に泣いている気がする。
 ゼノがセラを捉え、涙混じりに苦笑する。
ゼノ:
「んだよっ、盗み聞きすんなよなぁっ……!」
セラ:
「ごべんなさあああい!」
エイラ:
「もう、セラ様出てこない約束でしょうっ」
セラ:
「ごべんなさあああい!」
 セラがわんわんと泣き続ける。何故だろう、それに釣られて私もまた涙が溢れてきた。
 人族に天使族、悪魔族が一堂に会して湖岸で抱きしめ合って泣いている。傍から見たら酷い絵面だと思う。夜中に何をやっているんだと。
 でも、今の私達はむしろそれが凄く幸せで、余計に涙が止まらなかった。
ゼノ:
「全く二人共さ……」
ゼノが涙でクシャクシャのまま屈託のない表情で笑う。
ゼノ:
「これだから夢物語でも諦められないだろうがぁっ……!」
 私とゼノ、セラさえいれば本当にこの世界を変えられる、人族も天使族も悪魔族も全て手を取り合えるような世界に出来ると、本当にそう思えた。
 声を震わせながら更にゼノが大量の涙を流し、嗚咽を洩らしていく。
 もう、我慢していたものは全部解き放たれたのだろう。
 その笑顔を見て、私とセラもまたクシャクシャの笑顔を見せ合い、嗚咽と共に涙を流したのだった。







おまけ
~後日談~
ゼノ「ズズッ、あー……はははっ、全員酷い顔だなっ」
エイラ「ちょっ、絶世の美女を二人も前にしてよくそんなこと言えますね!」
ゼノ「絶世の美女は人を泣かせようとしたり盗み聞きしたりしませんー」
セラ「ごべんなさあああい!」
エイラ「セラ様もいつまで謝ってるんですか……」
セラ「だってぇ……!」
エイラ「鼻水も出てますし折角の可愛い顔が台無しですよ。これで鼻をかんでください」
セラ「ありがとうございまずっ……!」
ゼノ「人の話でよくそんな泣けるな」
エイラ「それ程の話を溜め込んでたこと、自覚してくださいっ」
セラ「本当に頼ってくださいね!私、力になりますから!」
エイラ「何ならまた抱きしめてあげますよ?」
ゼノ「えっ」
エイラ「ほらどうぞ」
ゼノ「え、何この慈愛に満ちたエイラ怖いっ!セラ助けて!」
セラ「え、えっと」
エイラ「遠慮しないで下さいっ」
ゼノ「むしろ遠慮してくれ!」
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