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2『天使と悪魔』

2 第三章第二十七話「人界の王達」

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 カイは今、レイデンフォート城の王室にいた。その隣にはゼノが玉座に座っている。
 カイの服装はいつもよりも派手で豪華な飾りがついた正装となっていた。これから会うのが各国の王だからである。
 そんなカイの左手には手袋がつけられ、左目には眼帯がつけられている。悪魔化した部分を隠すためである。カイの悪魔化した部位を各国の王達に見せるのは少し面倒だという判断だった。
 カイは自分の姿を見下ろしながら嫌そうに顔を歪めていた。
カイ:
「これ、本当に着なきゃ駄目か? なんか落ち着かないんだけど」
ゼノ:
「当たり前だ。これから始まるのは人界の今後を左右する大事な会議なんだ。いつものおまえのちゃらんぽらんな恰好で出てみろ。その瞬間、人界は滅ぶぞ」
カイ:
「おれの服装一つで何が起こるんだよ!? ったく……」
 いやいや服装を正すカイ。ゼノはそれを玉座からニヤニヤ見つめていた。
ゼノ:
「ふん、似合ってるじゃないか」
カイ:
「似合ってると思ってる顔じゃないだろ」
ゼノ:
「馬子にも衣裳」
カイ:
「それ褒めてないって知ってた!? 知ってて言ってるだろ!」
 ニヤニヤ笑うゼノをカイが睨みつける。
 すると、カイはふと思い出したようにゼノへ声をかけた。
カイ:
「あー、親父」
ゼノ:
「ん、何だ?」
カイ:
「そういや聞く機会あんまりなかったけど、母さんって本当に天使族で天界の女王様なのか?」
ゼノ:
「ん、そうだぞ」
 質問にあっさりと答えるゼノにカイは呆れていた。セラが天使族であり且つ天界の女王であるという事実はそれなりにインパクトのある内容であるはずなのだが、ゼノのその言い方では全くそうは聞こえなかった。
カイ:
「あっさり答えるなよ。結構溜めても違和感ないくらいの内容だろうが」
ゼノ:
「溜めたって無駄だろ。もう周知の事実だろう」
 ゼノが言うように、セラが天使族であり天界の女王であることは既に人々に告げられていた。
カイ:
「そりゃそうだけどさ。結構子供のおれとしてはビックリだったんだよ。初めて聞いた時は五、六回聞き直したぞ」
 エイラ奪還作戦の話し合いの時にそれを聞いたカイは、実際六回聞き直していた。聞き直し過ぎて話が進まず怒られたが。
 ゼノが笑う。
ゼノ:
「そりゃそうだろうな。でも、全然セラが天使族だなんて気づかなかっただろう?」
カイ:
「ああ、人との違いが分からないくらいだ」
 カイの言葉にゼノが満足そうに頷く。
ゼノ:
「そう、天使族とはいえ我々人族と何も変わらない。それは悪魔族もだ。ところどころ差異が出てくることはあるが、それでも何も変わらない」
カイ:
「……そうだな」
 カイがエイラを思い浮かべながら答える。カイの周りには天使族と悪魔族が昔からいたにも関わらずカイがそれに気付くことはなかった。それほど人族と似通っているのだ。
 ゼノが少し遠い目をしながら呟く。まるで何かを思い出しているかのようだ。
ゼノ:
「俺は、それを伝えたかった。三つの種族が争う意味などないのだと……」
カイ:
「……親父?」
 ゼノの様子が少しいつも違い、カイは首を傾げた。
 そして、ゼノへと声をかけようとしたその時だった。
 王室に配置している魔導士がゼノへと声をかける。
魔導士:
「王様、時間です」
ゼノ:
「む、そうか」
 その言葉に我に返ったゼノは、一度首を横に振って現在必要ない記憶を追い払った。
ゼノ:
「よし、頼む」
魔導士:
「はっ!」
 魔導士数人が同時に魔法を唱える。
魔導士:
「《グランド・クロス・ヴィジョン!》」
 カイ達の目の前にとても大きな半透明な四角形のモニターが現れる。
 そして次の瞬間、それは十個に分かれ、次々と王達を映していった。
 五大国の一つ、チェイル王国の王、ハン・チェイル。
ウィンドル王国の王、ウェルム・ウィンドル。
アルガス大国の女王、マキナ・アルガス。
続いて四列島の一つ、アンデルヴェドー島の首相、フィンバム・アンデルヴェドー。
ディゴス島の首相、ガル・ディゴス。
オグ島の首相、カルヘラ・オグ。
エンハドード島の首相、グラゴル・エンハドード。
そして三王都の一つ、王都ディスペラードの王、エグウィス・ディスペラード。
王都リバディの女王、スウェル・リバディ。
王都グランデロードの女王、ウェン・グランデロード。
 ゼノを含めた計十一名の王が、魔法を通して顔を合わせていた。
 本来十二名であるが、五大国の一つニールエッジ王国は四魔将が一人バルサによって既に滅ぼされている。
 カイはその王達が醸し出す雰囲気に緊張から背筋が伸びていた。
 やがて、ゼノが玉座から立ち上がる。
ゼノ:
「皆、急ではあったがよくこうして出席してくれた」
ハン:
「そらそうだ。何せ悪魔が絡んどるんだからな」
 チェイル王国の王、ハンが顎髭を撫でながらそう答える。レイデンフォート王国とチェイル王国は基本的に友好的な関係であり、ゼノとハンの仲も悪くない。ちなみにその顎髭は以前カイ達と会ってから威厳を作るために伸ばしているものである。
 ゼノが頷く。
ゼノ:
「その通りだ。悪魔族との戦争はどうやら避けられない状況らしい。もう既に知っているだろうが、以前我々人族は天使族と手を取って悪魔族と戦争を起こした。聖戦と呼ばれるものだ。しかし、結果は痛み分けだ。我々は多くの犠牲を支払った。今回もそうなってしまいかねない。そこで―――」
 と、ゼノが話をしている時であった。
???:
「ていうかよ、戦争の原因はレイデンフォートんところが悪魔族を飼ってたからなんだろ? まず謝れや」
 そう言うのは王都ディスペラードの王、エグウィス・ディスペラードである。彼はまだ二十四歳の若王で、悪魔族や天使族の知識もつい最近覚えていた
 偉そうに玉座で足を組むエグウィスにゼノが淡々と言葉を返す。
ゼノ:
「お言葉だが、エイラの有無は関係なしに悪魔族は我々に戦争を吹っ掛ける気だった。遅かれ早かれこの事態にはなっていたんだ」
エグウィス:
「それでも結局よ、あんたのところが招いたんだろうが。なら、謝罪と他にも渡すもんがあるだろ、金とかよ!」
 エグウィスがふんぞり返りながらそう声を荒げる。その態度にカイは瞬時にエグウィスを嫌いになったのだった。 
カイ:
「(何だよ、あいつ、あれで本当に王かよ……)」
 不満そうに顔を歪めるカイ。
 ゼノは平然とした表情でエグウィスを見つめていた。
 すると、別の方向から言葉が挟まれる。
???:
「ディスペラードの王よ、口を慎め。今大切なのはそんな事ではない。これからどうするかだ」
 そう言ったのはウィンドル王国の王、ウェルム・ウィンドルである。彼はカイと同じ年齢、つまり十七歳でありながら一つの国を治めていた。だが、それは半年前に前王が亡くなり、跡取りがウェルムしかいなかったからであった。
 口を挟んできたウェルムにエグウィスが敵意を剥きだしていく。
エグウィス:
「おいてめぇ、ガキが口出しすんじゃねえよ!」
ウェルム:
「その通りだ。だから、俺はおまえに黙れと言っているんだ」
エグウィス:
「っ、てめぇ……!」
 エグウィスが怒りを露わにしていく。
 そこに、オグ島の女性首相であるカルヘラが口を挟んだ。
カルヘラ:
「全くウィンドルの王の言う通りだ。ディスペラードのガキは少し黙れ。話が進まん」
エグウィス:
「んだと!?」
 エグウィスが玉座から勢いよく立ち上がる。だが、この場面ではどう考えてもエグウィスが邪魔であった。
???:
「エグウィス、ちょっと黙りなさいな。残念だけれど、今回は他の方々と同意見よ」
エグウィス:
「スウェル……ちっ、分かったよ」
 王都リバディの女王、スウェルに言われてようやくエグウィスが口を閉じる。三王都の王同士は顔なじみであり、スウェルはエグウィスの叔母のような存在なのであった。
 何よりもスウェルは先日、ニールエッジ王国にて息子を殺されていた。誰よりも悪魔族を憎む彼女が言うのだ。エグウィスも黙らざるを得なかった。
 場がようやく落ち着いてきたところで、ゼノが一つ咳ばらいをする。
ゼノ:
「さて、それでは具体的な話に行こう。まず分かっていることだが、悪魔族が人界に攻めてくるとすれば必ずと言っていい程天地谷から侵攻してくるだろう。あそこが人界と魔界を繋ぐ唯一の場所だからな。そのため、迎え撃つならば天地谷を囲むように戦力を集中させるべきだろう」
フィンバム:
「こちらから魔界へ乗り込みはしないのか。わざわざいつ来るか分からないものを待つのは精神的に兵達も疲弊するだろう」
 アンデルヴェドー島のフィンバムにそう問われて、ゼノが一瞬思案するが首を振った。
ゼノ:
「確かにその通りかもしれない。だが、こちらから出向く方がデメリットがあるように思う。魔界の地形を我々は分からず、加えて魔界へ向かう扉は大きいとはいえ結局少しずつしか魔界に送れないし、魔界へ行った者の話だと入った途端別々の場所に分けられたそうだ。それが事実だとすれば、魔界へ乗り込むのは避けた方がいいだろう」
フィンバム:
「……そうか。そういう理由があるのならば問題はない」
 フィンバムが引き下がる。ゼノは頷いて話を続けた。
ゼノ:
「でだ、問題は天地谷にて迎え撃つ際の部隊編成だろう」
???:
「今回も天使族の方々が手伝ってくれるのですよね?」
 そう問うのはアルガス大国の女王、マキナである。マキナは二十五歳であり、以前の聖戦終了後に生まれた見た目が小柄な赤髪の女性である。つまり、天使族や悪魔族の情報は最近知ったのだが、マキナは二つの種族に憧れを抱いていた。
ゼノ:
「ああ、協力してくれる」
マキナ:
「それは心強いですね! ……天使族の聖天魔法の仕組みを機械に活用できないでしょうか、頼んだら見せてくれますかね?」
 マキナが何やら思案し始める。マキナの治めるアルガス大国は機械の国であり、マキナ自身機械の創作が大好きであった。
 目をキラキラさせながら、どこかへ意識がトリップしてしまったマキナにディゴス島のガルが呆れたように息を吐く。
ガル:
「はぁ、子供が多すぎるな。いつから王は子供の集まりになったんだ」
 個性の強すぎる王達にゼノを始め多くの王が渋面であった。
 するとその時、黙っていたエグウィスが口を開いた。
エグウィス:
「ていうかよ、天使族の助けなんて必要ないだろ。俺達を甘く見てんのか? なぁ、ウェン」
 エグウィスに呼ばれた王都グランデロードの王、ウェンが巻き毛をいじりながらそれに答える。
ウェン:
「確かに。あの聖戦から早二十五年。妾達が強くなっていないと思って? 今はもう天使族の力も無しに悪魔を皆殺しに出来るわ」
 そう答えるウェンは、三十歳と人族が奴隷だった頃から生きていたが、実際に悪魔族と戦ったことはなく、エグウィス同様悪魔族の力を軽視していた。
エグウィス:
「気に食わないんだよ。天使族も昔は俺達人族を奴隷として扱ってたんだろ? 何でそんな奴らの力を借りなきゃいけないんだよ。腹が立つぜ」
スウェル:
「……」
 これに関してはスウェルも何も否定しなかった。他種族の手によって息子を失った彼女だからこそ、とも言えるだろう。三王都は揃って天使族の力を借りようとは思っていなかった。
???:
「ふむ、気持ちの問題か」
 そこにエンハドード島のグラゴルが加わる。グラゴルもまた、スウェル同様あの日に娘を一人失っていた。
グラゴル:
「確かに、気持ちの問題というのは大きい。実際、我々が受け入れてさえいれば、天界という世界自体作る必要はないのだからな」
 グラゴルの言葉にカイが驚く。
カイ:
「(そうだったのか……。なるほどな、本当なら別にこっちの世界に皆住んでも変わりないもんな)」
 ゼノが渋面のまま尋ねる。
ゼノ:
「やはり、まだ四列島と三王都の者達は天使族を受け入れられないか……」
グラゴル:
「天使族が我々にしてきたことを無しには出来ない。たとえ今はもう違うと分かっていても、心が許せないものだ。何よりも……此度悪魔族が繰り広げた行為を思えば、他種族を受け入れられるはずもない」
 グラゴルがはっきりとそう告げる。その拳は怒りを耐えるように強く握りしめられていた。
 ゼノは悔しそうに唇を噛む。
 重苦しい雰囲気が流れていった。
カイ:
「親父……」
 カイが心配そうにゼノを見つめた。その時だった。
???:
「ゼノ!」
 その声は、突如現れたもう一つのモニターから聞こえてきた。
 そこに現れたのはシェーンであった。
ゼノ:
「シェーン!? どうしたっ!? 一体その血は……」
 画面に映ったシェーンの姿はボロボロで、全身に血を浴びていた。
 シェーンの周囲からは悲鳴や爆発音が聞こえており、それに掻き消されないようにシェーンが叫ぶ。
シェーン:
「そんなことより大変だ! 天界が……シャイスが悪魔族に攻め込まれている!」
ゼノ:
「何だって!?」
シェーン:
「セラ様が、危ない!」
 その事実は、人界の王達に大きな衝撃を与えた。
 悪魔達は人を標的にしている、それは事実だった。だが、足りない。標的だったのは何も人だけではなかったのである。
 悪魔族は、予想の全てを大きく上回っていたのだった。
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