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2『天使と悪魔』
2 第二章第十三話「エイラと魔王」
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魔界の王都アイレンゾード、その中心には禍々しいオーラを放つ大きな城が建てられている。実際にオーラが目に見えるわけではないのだが、その城の放つ雰囲気に誰も近寄ろうとはしない。
その城の名はヴェイガウス城。魔界の王、つまり魔王の住む城である。
魔界において魔王は絶対的存在であった。というのも、現在君臨している魔王は武力で全てを支配しているのである。もちろん武力で無理やり従わせているのだから、いずれ民などによる綻びが生じるはずなのだが、その綻びすらも魔王は武力をもって防いでいた。
魔王:
「言葉ではなく力で示してみせろ」
これが、魔王の口癖である。
魔界は現在完全な実力主義且つ弱肉強食の世界であった。そして今、その思想は大勢の悪魔に引き継がれ、最早悪魔の頭の中には実力主義、弱肉強食が当たり前と刷り込まれていた。
そのヴェイガウス城の地下、さらに言うならば牢獄の中でエイラはある一人の男と会っていた。
その男は全身黒い衣服を纏っており、さらにその上から黒いマントを羽織っていた。また見た目は人間でいう二十代後半ほどと若く、長身でガタイは標準、白と黒の混じった長髪をなびかせている。整ったその顔はまるで美青年だった。
一見はただの人間と大差はそうない。だが、その身体から放たれるプレッシャーは間近にいる者に死を予感させる程で、その男を只者ではないと認識させるに十分であった。
最後に見た時から何も変わらないその姿に、嫌な記憶を思い出しながらエイラは強がって笑いかけてみせた。
エイラ:
「まさか魔王自ら面会ですか? これは光栄ですね……ベグリフ」
魔王ベグリフは、その強がりには反応することなく全てを射抜くような冷徹な視線をエイラへ向けていた。
エイラはその視線のせいか、自身の笑みが引きつっているのが分かる。体も震え始めようとするが、それは必死で堪えていた。
昔からエイラはその瞳が大嫌いであった。全てを見下し、上からねじ伏せようとするその視線に、何度身震いしたか分からない。
ベグリフは、威圧するかの如く腹に響く低い声でエイラへ話しかけた。
ベグリフ:
「……殺したと思っていたが、まさか人界で生きていたとはな」
エイラ:
「詰めが甘かったですね、ベグリフ。私はこれでもしぶとい女ですよ」
顔に汗を掻きながら、エイラが飄々と返す。
対してベグリフは表情を一切変えずにいた。
ベグリフ:
「どうやってあの攻撃から生き残った」
そう問われ、エイラがその時のことを思い出す。二十五年経った今でもその時のことはハッキリと覚えている。
ハッキリと覚えているからこそ、ベグリフには教えたくなかった。
エイラ:
「殺そうとしてきた方に教える義理はありませんね。答えを知らず悶々としたまま……死んでいってください」
その瞬間だけ、エイラは殺意を持ってベグリフを睨みつけた。
だが、ベグリフはその殺意がまるで伝わっていないかのように表情を変えない。
そのままベグリフは次の質問をした。
ベグリフ:
「……ゼノ・レイデンフォートはまだ生きているか」
エイラ:
「ゼノ、ですか?」
その質問にはエイラが少し驚いてみせる。まさかそんな問いを受けるとは思わなかったのだ。
エイラ:
「え、ええ、相変わらず馬鹿ですけれど生きてますよ」
動揺していたからか素直にエイラが返すと、次の瞬間、今まで表情の変えなかったベグリフが口角を上げて笑った。
ベグリフ:
「そうか、生きているか」
その表情は、まさしく喜びから来ているものであった。
ベグリフ:
「奴が生きているならば、今回の人族との戦も楽しめそうだ」
エイラ:
「い、戦!?」
その言葉にエイラが驚愕の反応を示す。
エイラ:
「ま、まさか私が人界にいたというだけで、人族と戦争を始めようというのですか!?」
ベグリフへ詰めかかるようにエイラが前へ出ようとする。だが、手足に繋がれている鎖のせいで前へ出ることは叶わなかった。その鎖は、エイラの行動を制限し、且つ魔力を封じていた。
それでもエイラは鎖に抵抗してベグリフへ突っかかる。
エイラ:
「私を処刑すればそれで終わりのはずです! 私が人界にいたことと人族とは関係ありません! 彼らには何の罪もありません!」
ベグリフ:
「ふっ、何か勘違いをしているようだな。人族を滅ぼすことにおまえなど関係ない」
エイラ:
「何、ですって……?」
エイラが絶望の表情を浮かべる。
その絶望を助長するかのようにベグリフは冷笑を見せた。
ベグリフ:
「どうせおまえが人界にいなくてもそろそろ人族を滅ぼすつもりだった。おまえと人界を滅ぼす件は別の話だ。おまえはただ裏切り者として殺されるだけ。そこに人族など関係ない」
ベグリフの話に、エイラが思わず目を見開いたまま視線を冷たい床に落とす。
エイラを絶望させるには、十分な話の内容であった。
エイラが何のために無抵抗で人界を離れたのか、何のためにカイやゼノと別れたのか。それは、偏に人界を守るためだったのだ。にもかかわらず、エイラのその行動は全く無駄だった、今エイラはそう宣告されたのだ。
エイラ:
「そんな、それじゃ私……無駄死にじゃないですか……!」
ベグリフ:
「いいや、無駄ではない」
エイラ:
「っ!?」
ベグリフのその言葉にエイラが顔を上げる。だが、ベグリフのその表情は間違ってもエイラに希望を与えるものではなかった。
ベグリフ:
「おまえに朗報をくれてやろう。どうやら、こちらに悪魔族以外の種族が紛れているようだ」
エイラ:
「え……?」
その言葉を理解できないエイラへ、ベグリフが言葉を重ねる。
ベグリフ:
「王都に禍々しい魔力を感じた。あれは……おそらく天使族の魔力だ。だが、それにしては弱々しい。純粋な天使族ではない何者かだろう」
ベグリフのその言葉に、エイラの中には該当する人物が思い浮かんでいた。
エイラ:
「(もしかして……カイ様!? でも、カイ様に今魔力はありませんし……。まさか、ミーア様!?)」
エイラもセラが天使族であることを知っている。だからこそ、カイ達には天使族の魔力と人族の魔力、二種類の魔力が流れているのをエイラは知っていた。
エイラ:
「(カイ様の魔力を持っているヴァリウス様かもしれませんが……ミーア様にせよヴァリウス様にせよ、つまりはカイ様も一緒にいる可能性が……!)」
思考を巡らせているエイラのその反応に、ベグリフが笑みを浮かべる。
ベグリフ:
「どうやら、おまえの仲間のようだな」
エイラ:
「っ、何も手出ししないで下さい!」
エイラが泣き叫ぶように懇願する。だが、それをベグリフが受け入れるはずがなかった。
ベグリフ:
「それは無理な話だ。それに、既にもうそちらへバルサを寄こした」
エイラ:
「そんな……!」
エイラの心がどんどん崩れていく。
ベグリフ:
「だが、安心しろ。昔のよしみで俺も一つ情けをかけた。バルサには殺さずに捕らえるように命じておいた。おまえの処刑の時に共に殺すためにな。仲間が一緒ならば思い残すこともなかろう」
エイラ:
「あなたはどれだけ……!」
エイラが憎しみの視線を籠めてベグリフを睨みつける。かえってそれがベグリフをいい気分にさせていた。
ベグリフ:
「おまえは決して無駄死にではない、おまえのお陰で殺すことの出来る命が増えたからな」
そう言ってベグリフがエイラの牢に背を向ける。
ベグリフ:
「せいぜい余生を楽しむがいい」
そのままベグリフは止まることなく姿を消した。
魔王という絶望が去ったにもかかわらず、エイラには絶望がのしかかっていた。
エイラ:
「私のせいで、カイ様達が……!」
助けるためにとった行動が、逆に命を危険に晒している。
エイラ:
「う……うぅううう……!」
エイラが歯を食いしばって背中を丸める。その唇からは食いしばり過ぎて血が垂れていた。
何も出来ない、それどころか事態を悪化させている自身を呪うエイラ。一滴の雫が床を濡らした。
エイラ:
「どうか……どうか誰も死なないで……っ!」
今のエイラに出来ることは一つ、ただ祈る事だけであった。
………………………………………………………………………………
エイラとベグリフが邂逅していたその頃、時を同じくしてダリルとメリル、ミーアは王都にある噴水広場にてバルサと対峙していた。
突然の四魔将の一人来訪に、近くにいた悪魔達は散り散りに去っていた。四魔将もまた、魔王と同じく畏怖の対象なのである。
バルサは、ダリル達一人一人を値踏みするように見た後、独り言ちていた。
バルサ:
「うーん、あたしには天使族の魔力なんて感じないわね。それほど微妙の魔力ってことかしら。それが分かるんだから流石ベグリフ様ね」
バルサが独り言ちている間にも、ダリル達は既に戦闘態勢へ移行している。ダリルの手には既にセインが握られていた。
ダリルが憎しみの籠った目でバルサを睨みつける。
ダリル:
「おまえは、エイラを攫った奴か……!」
バルサ:
「あら、あれは攫ったわけじゃないわ。エイラが勝手に来たのよ」
ダリル:
「ほざけ!」
威勢よく言葉を返すが、ダリルはこの状況にかなりの危機感を感じていた。
ダリル:
「(ジェガロを殺した奴だ、まともにやって勝てる相手ではないかもしれない……! それに、今はミーアとメリルがいる。二人を守りながらでは……!)」
素早く状況を分析した後、ダリルが視線をバルサから外さずにミーアへ叫ぶ。
ダリル:
「ミーア! 全力で防御魔法を展開、メリルと自分を包め!」
ミーア:
「わ、分かった!」
状況を理解していたミーアは、すぐさま集中して今出来る最大限の防御魔法を唱えた。
ミーア:
「《聖なる盾!》」
ミーアとメリルを光り輝くシールドが覆う。その後すぐにミーアが息を切らしながら膝をついた。
メリル:
「ミーア、大丈夫!?」
ミーア:
「う、うん、ありったけの魔力使ったから……」
メリルに支えられてどうにか立ち上がるミーア。
その時だった。
バルサ:
「あら、それって聖天魔法じゃない」
ミーアの張った光のシールドを見ながらバルサがそう言ったのである。
バルサ:
「てことはあんたが半端な天使族かしら」
ミーアへ向けてバルサがそう告げるが、当の本人は首を傾げていた。
ミーア:
「……晴天魔法? 聞いたことないよ、そんな魔法」
ミーアのその様子にバルサが高らかに笑う。
バルサ:
「アハハハハ! なに、あんた知らないの! そう、ならいいわ、冥土の土産に教えてあげるわ!」
そう言うと、バルサが片手を宙へかざした。
バルサ:
「いい? 世の中には人族、天使族、悪魔族の三種族が共通して使える魔法と、天使族しか使えない聖天魔法、そして悪魔族しか使えない暗黒魔法があるのよ! こんな風にね!」
すると、かざした手の先に黒く大きな球体が発生した。途端、周囲のものがどんどんその球体へと吸い込まれていく。
ダリル:
「なんて……引力だ……!」
ダリルが地面にセインを突き立ててどうにか堪える。ミーア達はシールドに守られているからか影響はなかった。
バルサ:
「この中は凄いわよ? 重力がいくつもの方向にかかっているから、入ったら千切れること間違いなしね!」
そしてその球体をバルサがダリルへと放った。
バルサ:
「《ブラックホール!》」
ダリル:
「くっ!」
逃げようにもその引力のせいで横に飛ぶことさえ許されない。
メリル:
「ダリル!」
シールドの中からメリルが叫ぶ。
ダリル:
「っ、大丈夫だ!」
その言葉と共に、ダリルは地面に突き刺していたセインに魔力を籠めた。そして、それを炎に変換する。
次の瞬間、突き刺さっていたセインの切っ先からもの凄い勢いで炎が噴き出し、ダリルの身体は引力に抗って宙へ浮いた。
その間に球体がダリルの下を通る。
だが、それで終わりではなかった。
メリル:
「ダリル、上!」
ダリル:
「っ!」
メリルの声に咄嗟にダリルがセインを上に振るうと、ちょうど振り下ろされていたバルサの手刀と衝突した。
気付けばバルサの背中からは漆黒の翼が生えており、瞳孔は黒の中に赤く彩られている。さらに、手の先から肘まで光沢のある黒色に変色していた。上位クラスの悪魔が使えるという硬質化である。
そのためダリルのセインでは一切傷をつけられていなかった。
バルサ:
「へー、この前の子といい、結構反射神経いいのね!」
言葉と共にバルサが手刀をそのまま振り抜く。
ダリルは力負けし、そのまま下へ落下していく。
その下にはまだ球体が残っていた。
ダリル:
「ぐっ!」
引力がダリルを襲う。落下の速度も相まって凄まじい引力であった。
だがダリルもギリギリのところで横に炎を噴射して移動し、球体に吸い込まれるのをどうにか回避して見せる。
それでも、まだだった。
バルサ:
「さっさと吸い込まれな!」
いつの間にか横に移動したダリルの目の前にバルサがいたのである。
ダリル:
「(こいつ、速い……!)」
セインを前に構えて、どうにかバルサの攻撃を防ごうとするダリル。だが、球体との距離からして、次もし球体へ吹き飛ばされれば吸い込まれる以外の道はなかった。
バルサが凄まじい速度で硬質化した足の蹴りを放とうとする。
絶体絶命のその時だった。
雷の槍が突然横からバルサを襲ったのである。
バルサ:
「っ、なんだい!」
あっさりと硬質化した手で雷槍を掻き消すバルサだったが、その間にも次々とバルサへ雷槍が殺到する。
バルサが雷槍を対処している間に、ダリルはバルサからも球体からも距離を取ることに成功した。
ダリル:
「おかげで助かったが、これは……!」
ミーアの方を見るが、ミーアはシールドに全ての魔力を使ったためへばっている。つまりミーア以外の誰かの援護であった。
バルサ:
「えぇい、誰だ!」
バルサが雷槍を全て捌き切ってからそう叫ぶ。
すると、その答えは突如ダリルの隣に現れた。
???:
「ヒーローってさ、遅れて登場するものでしょ?」
登場して早速そんなことを言ってのける男に、ダリルは苦笑で返した。
ダリル:
「遅れ過ぎだ……ヴァリウス!」
ヴァリウス:
「ごめんごめん、完全に迷子でした」
えへへと頬を掻いて、ヒーローことヴァリウスは屈託のない笑みを浮かべていたのだった。
その城の名はヴェイガウス城。魔界の王、つまり魔王の住む城である。
魔界において魔王は絶対的存在であった。というのも、現在君臨している魔王は武力で全てを支配しているのである。もちろん武力で無理やり従わせているのだから、いずれ民などによる綻びが生じるはずなのだが、その綻びすらも魔王は武力をもって防いでいた。
魔王:
「言葉ではなく力で示してみせろ」
これが、魔王の口癖である。
魔界は現在完全な実力主義且つ弱肉強食の世界であった。そして今、その思想は大勢の悪魔に引き継がれ、最早悪魔の頭の中には実力主義、弱肉強食が当たり前と刷り込まれていた。
そのヴェイガウス城の地下、さらに言うならば牢獄の中でエイラはある一人の男と会っていた。
その男は全身黒い衣服を纏っており、さらにその上から黒いマントを羽織っていた。また見た目は人間でいう二十代後半ほどと若く、長身でガタイは標準、白と黒の混じった長髪をなびかせている。整ったその顔はまるで美青年だった。
一見はただの人間と大差はそうない。だが、その身体から放たれるプレッシャーは間近にいる者に死を予感させる程で、その男を只者ではないと認識させるに十分であった。
最後に見た時から何も変わらないその姿に、嫌な記憶を思い出しながらエイラは強がって笑いかけてみせた。
エイラ:
「まさか魔王自ら面会ですか? これは光栄ですね……ベグリフ」
魔王ベグリフは、その強がりには反応することなく全てを射抜くような冷徹な視線をエイラへ向けていた。
エイラはその視線のせいか、自身の笑みが引きつっているのが分かる。体も震え始めようとするが、それは必死で堪えていた。
昔からエイラはその瞳が大嫌いであった。全てを見下し、上からねじ伏せようとするその視線に、何度身震いしたか分からない。
ベグリフは、威圧するかの如く腹に響く低い声でエイラへ話しかけた。
ベグリフ:
「……殺したと思っていたが、まさか人界で生きていたとはな」
エイラ:
「詰めが甘かったですね、ベグリフ。私はこれでもしぶとい女ですよ」
顔に汗を掻きながら、エイラが飄々と返す。
対してベグリフは表情を一切変えずにいた。
ベグリフ:
「どうやってあの攻撃から生き残った」
そう問われ、エイラがその時のことを思い出す。二十五年経った今でもその時のことはハッキリと覚えている。
ハッキリと覚えているからこそ、ベグリフには教えたくなかった。
エイラ:
「殺そうとしてきた方に教える義理はありませんね。答えを知らず悶々としたまま……死んでいってください」
その瞬間だけ、エイラは殺意を持ってベグリフを睨みつけた。
だが、ベグリフはその殺意がまるで伝わっていないかのように表情を変えない。
そのままベグリフは次の質問をした。
ベグリフ:
「……ゼノ・レイデンフォートはまだ生きているか」
エイラ:
「ゼノ、ですか?」
その質問にはエイラが少し驚いてみせる。まさかそんな問いを受けるとは思わなかったのだ。
エイラ:
「え、ええ、相変わらず馬鹿ですけれど生きてますよ」
動揺していたからか素直にエイラが返すと、次の瞬間、今まで表情の変えなかったベグリフが口角を上げて笑った。
ベグリフ:
「そうか、生きているか」
その表情は、まさしく喜びから来ているものであった。
ベグリフ:
「奴が生きているならば、今回の人族との戦も楽しめそうだ」
エイラ:
「い、戦!?」
その言葉にエイラが驚愕の反応を示す。
エイラ:
「ま、まさか私が人界にいたというだけで、人族と戦争を始めようというのですか!?」
ベグリフへ詰めかかるようにエイラが前へ出ようとする。だが、手足に繋がれている鎖のせいで前へ出ることは叶わなかった。その鎖は、エイラの行動を制限し、且つ魔力を封じていた。
それでもエイラは鎖に抵抗してベグリフへ突っかかる。
エイラ:
「私を処刑すればそれで終わりのはずです! 私が人界にいたことと人族とは関係ありません! 彼らには何の罪もありません!」
ベグリフ:
「ふっ、何か勘違いをしているようだな。人族を滅ぼすことにおまえなど関係ない」
エイラ:
「何、ですって……?」
エイラが絶望の表情を浮かべる。
その絶望を助長するかのようにベグリフは冷笑を見せた。
ベグリフ:
「どうせおまえが人界にいなくてもそろそろ人族を滅ぼすつもりだった。おまえと人界を滅ぼす件は別の話だ。おまえはただ裏切り者として殺されるだけ。そこに人族など関係ない」
ベグリフの話に、エイラが思わず目を見開いたまま視線を冷たい床に落とす。
エイラを絶望させるには、十分な話の内容であった。
エイラが何のために無抵抗で人界を離れたのか、何のためにカイやゼノと別れたのか。それは、偏に人界を守るためだったのだ。にもかかわらず、エイラのその行動は全く無駄だった、今エイラはそう宣告されたのだ。
エイラ:
「そんな、それじゃ私……無駄死にじゃないですか……!」
ベグリフ:
「いいや、無駄ではない」
エイラ:
「っ!?」
ベグリフのその言葉にエイラが顔を上げる。だが、ベグリフのその表情は間違ってもエイラに希望を与えるものではなかった。
ベグリフ:
「おまえに朗報をくれてやろう。どうやら、こちらに悪魔族以外の種族が紛れているようだ」
エイラ:
「え……?」
その言葉を理解できないエイラへ、ベグリフが言葉を重ねる。
ベグリフ:
「王都に禍々しい魔力を感じた。あれは……おそらく天使族の魔力だ。だが、それにしては弱々しい。純粋な天使族ではない何者かだろう」
ベグリフのその言葉に、エイラの中には該当する人物が思い浮かんでいた。
エイラ:
「(もしかして……カイ様!? でも、カイ様に今魔力はありませんし……。まさか、ミーア様!?)」
エイラもセラが天使族であることを知っている。だからこそ、カイ達には天使族の魔力と人族の魔力、二種類の魔力が流れているのをエイラは知っていた。
エイラ:
「(カイ様の魔力を持っているヴァリウス様かもしれませんが……ミーア様にせよヴァリウス様にせよ、つまりはカイ様も一緒にいる可能性が……!)」
思考を巡らせているエイラのその反応に、ベグリフが笑みを浮かべる。
ベグリフ:
「どうやら、おまえの仲間のようだな」
エイラ:
「っ、何も手出ししないで下さい!」
エイラが泣き叫ぶように懇願する。だが、それをベグリフが受け入れるはずがなかった。
ベグリフ:
「それは無理な話だ。それに、既にもうそちらへバルサを寄こした」
エイラ:
「そんな……!」
エイラの心がどんどん崩れていく。
ベグリフ:
「だが、安心しろ。昔のよしみで俺も一つ情けをかけた。バルサには殺さずに捕らえるように命じておいた。おまえの処刑の時に共に殺すためにな。仲間が一緒ならば思い残すこともなかろう」
エイラ:
「あなたはどれだけ……!」
エイラが憎しみの視線を籠めてベグリフを睨みつける。かえってそれがベグリフをいい気分にさせていた。
ベグリフ:
「おまえは決して無駄死にではない、おまえのお陰で殺すことの出来る命が増えたからな」
そう言ってベグリフがエイラの牢に背を向ける。
ベグリフ:
「せいぜい余生を楽しむがいい」
そのままベグリフは止まることなく姿を消した。
魔王という絶望が去ったにもかかわらず、エイラには絶望がのしかかっていた。
エイラ:
「私のせいで、カイ様達が……!」
助けるためにとった行動が、逆に命を危険に晒している。
エイラ:
「う……うぅううう……!」
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何も出来ない、それどころか事態を悪化させている自身を呪うエイラ。一滴の雫が床を濡らした。
エイラ:
「どうか……どうか誰も死なないで……っ!」
今のエイラに出来ることは一つ、ただ祈る事だけであった。
………………………………………………………………………………
エイラとベグリフが邂逅していたその頃、時を同じくしてダリルとメリル、ミーアは王都にある噴水広場にてバルサと対峙していた。
突然の四魔将の一人来訪に、近くにいた悪魔達は散り散りに去っていた。四魔将もまた、魔王と同じく畏怖の対象なのである。
バルサは、ダリル達一人一人を値踏みするように見た後、独り言ちていた。
バルサ:
「うーん、あたしには天使族の魔力なんて感じないわね。それほど微妙の魔力ってことかしら。それが分かるんだから流石ベグリフ様ね」
バルサが独り言ちている間にも、ダリル達は既に戦闘態勢へ移行している。ダリルの手には既にセインが握られていた。
ダリルが憎しみの籠った目でバルサを睨みつける。
ダリル:
「おまえは、エイラを攫った奴か……!」
バルサ:
「あら、あれは攫ったわけじゃないわ。エイラが勝手に来たのよ」
ダリル:
「ほざけ!」
威勢よく言葉を返すが、ダリルはこの状況にかなりの危機感を感じていた。
ダリル:
「(ジェガロを殺した奴だ、まともにやって勝てる相手ではないかもしれない……! それに、今はミーアとメリルがいる。二人を守りながらでは……!)」
素早く状況を分析した後、ダリルが視線をバルサから外さずにミーアへ叫ぶ。
ダリル:
「ミーア! 全力で防御魔法を展開、メリルと自分を包め!」
ミーア:
「わ、分かった!」
状況を理解していたミーアは、すぐさま集中して今出来る最大限の防御魔法を唱えた。
ミーア:
「《聖なる盾!》」
ミーアとメリルを光り輝くシールドが覆う。その後すぐにミーアが息を切らしながら膝をついた。
メリル:
「ミーア、大丈夫!?」
ミーア:
「う、うん、ありったけの魔力使ったから……」
メリルに支えられてどうにか立ち上がるミーア。
その時だった。
バルサ:
「あら、それって聖天魔法じゃない」
ミーアの張った光のシールドを見ながらバルサがそう言ったのである。
バルサ:
「てことはあんたが半端な天使族かしら」
ミーアへ向けてバルサがそう告げるが、当の本人は首を傾げていた。
ミーア:
「……晴天魔法? 聞いたことないよ、そんな魔法」
ミーアのその様子にバルサが高らかに笑う。
バルサ:
「アハハハハ! なに、あんた知らないの! そう、ならいいわ、冥土の土産に教えてあげるわ!」
そう言うと、バルサが片手を宙へかざした。
バルサ:
「いい? 世の中には人族、天使族、悪魔族の三種族が共通して使える魔法と、天使族しか使えない聖天魔法、そして悪魔族しか使えない暗黒魔法があるのよ! こんな風にね!」
すると、かざした手の先に黒く大きな球体が発生した。途端、周囲のものがどんどんその球体へと吸い込まれていく。
ダリル:
「なんて……引力だ……!」
ダリルが地面にセインを突き立ててどうにか堪える。ミーア達はシールドに守られているからか影響はなかった。
バルサ:
「この中は凄いわよ? 重力がいくつもの方向にかかっているから、入ったら千切れること間違いなしね!」
そしてその球体をバルサがダリルへと放った。
バルサ:
「《ブラックホール!》」
ダリル:
「くっ!」
逃げようにもその引力のせいで横に飛ぶことさえ許されない。
メリル:
「ダリル!」
シールドの中からメリルが叫ぶ。
ダリル:
「っ、大丈夫だ!」
その言葉と共に、ダリルは地面に突き刺していたセインに魔力を籠めた。そして、それを炎に変換する。
次の瞬間、突き刺さっていたセインの切っ先からもの凄い勢いで炎が噴き出し、ダリルの身体は引力に抗って宙へ浮いた。
その間に球体がダリルの下を通る。
だが、それで終わりではなかった。
メリル:
「ダリル、上!」
ダリル:
「っ!」
メリルの声に咄嗟にダリルがセインを上に振るうと、ちょうど振り下ろされていたバルサの手刀と衝突した。
気付けばバルサの背中からは漆黒の翼が生えており、瞳孔は黒の中に赤く彩られている。さらに、手の先から肘まで光沢のある黒色に変色していた。上位クラスの悪魔が使えるという硬質化である。
そのためダリルのセインでは一切傷をつけられていなかった。
バルサ:
「へー、この前の子といい、結構反射神経いいのね!」
言葉と共にバルサが手刀をそのまま振り抜く。
ダリルは力負けし、そのまま下へ落下していく。
その下にはまだ球体が残っていた。
ダリル:
「ぐっ!」
引力がダリルを襲う。落下の速度も相まって凄まじい引力であった。
だがダリルもギリギリのところで横に炎を噴射して移動し、球体に吸い込まれるのをどうにか回避して見せる。
それでも、まだだった。
バルサ:
「さっさと吸い込まれな!」
いつの間にか横に移動したダリルの目の前にバルサがいたのである。
ダリル:
「(こいつ、速い……!)」
セインを前に構えて、どうにかバルサの攻撃を防ごうとするダリル。だが、球体との距離からして、次もし球体へ吹き飛ばされれば吸い込まれる以外の道はなかった。
バルサが凄まじい速度で硬質化した足の蹴りを放とうとする。
絶体絶命のその時だった。
雷の槍が突然横からバルサを襲ったのである。
バルサ:
「っ、なんだい!」
あっさりと硬質化した手で雷槍を掻き消すバルサだったが、その間にも次々とバルサへ雷槍が殺到する。
バルサが雷槍を対処している間に、ダリルはバルサからも球体からも距離を取ることに成功した。
ダリル:
「おかげで助かったが、これは……!」
ミーアの方を見るが、ミーアはシールドに全ての魔力を使ったためへばっている。つまりミーア以外の誰かの援護であった。
バルサ:
「えぇい、誰だ!」
バルサが雷槍を全て捌き切ってからそう叫ぶ。
すると、その答えは突如ダリルの隣に現れた。
???:
「ヒーローってさ、遅れて登場するものでしょ?」
登場して早速そんなことを言ってのける男に、ダリルは苦笑で返した。
ダリル:
「遅れ過ぎだ……ヴァリウス!」
ヴァリウス:
「ごめんごめん、完全に迷子でした」
えへへと頬を掻いて、ヒーローことヴァリウスは屈託のない笑みを浮かべていたのだった。
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大人しくしてたら随分なめられた事態になってしまったようで。
いいでしょう、それではご期待通りに悪女となってみせますよ!
淑女の時間は終わりました。
これからは──ブチギレタイムと致します!!
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筆者定番の勢いだけで書いた小説。
主人公は大人しく、悲劇のヒロイン…ではありません。
処刑されたら時間が戻ってやり直し…なんて手間もかけません。とっととやっちゃいます。
矛盾点とか指摘したら負けです(?)
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