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1『セイン』

1 第一章第四話「兄」

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 その後、何人かの兵士達が窓ガラスの割れた音を聞きつけてやってきたが、どうにかエイラが部屋の前で追い返していた。
エイラ:
「すいません、カイ様が少し発狂しまして。え? 大丈夫なのかって? 大丈夫ですよ、カイ様はいつもこんな感じですから。窓の一つや二つ割るのはカイ様にとってある意味日常なんですよ」
 そんな適当なことを言って兵士を追い返したエイラは、ホッと一息ついてからカイの部屋へ戻る。するとカイがエイラを睨んで待っていた。
カイ:
「誰が発狂してるって?」
エイラ:
「あれ、結構事実を言ったつもりなんですが、違いました?」
カイ:
「違えよ!」
エイラ:
「ほら、今も発狂しているじゃないですか」
カイ:
「発狂しているように見えるのはおまえのせいだよ!」
 カイとエイラが言い合うその横で、侵入者達は土下座をしていた。カイ達からイデアの経緯を聞いたのだ。
コルン:
「本当にすいませんでした。イデア様を守ってもらったとは知らず襲い掛かってしまって……」
 侵入者達、コルンとランは深々と頭を下げていた。
ダリル:
「別に問題ありません。間違いは誰にでもあることですから」
 ダリルがそう答える。だが、二人が顔を上げることはなかった。
ラン:
「しかし、イデア様が記憶喪失だなんて……」
 さらにショックも受けていて、半ば放心状態の二人であった。
 そんな二人にイデアが声をかける。
イデア:
「すいません、記憶喪失になってしまって。お二人もがっかりしたでしょう」
 悲しそうに眉をひそめるイデアに二人は慌てて顔を上げて首を横に振った。
コルン:
「いいえ、とんでもありません! 生きていてくれただけで幸せですから!」
 カイは、そう答える二人を見てため息をついていた。
カイ:
「いやー、お手本のような従者っぷりだよな。うちの侍女もこんぐらいおれに仕えてくれればいいのに」
エイラ:
「ひとえにカイ様の魅力のなさだと思いますが。侍女のせいにしないでください」
カイ:
「そういうところだよ!」
 カイが喚いていると、コルン達がカイへするどい視線を送り始めていた。その視線に気付いたカイが戸惑いながら尋ねる。
カイ:
「な、何だよ……」
 すると、コルンが床に拳を叩きつけて嘆き始めた。
コルン:
「くそっ、このふざけた男に、イデア様がセインを渡しただと!? 信じられん!」
カイ:
「あー、セインの譲渡は結婚を意味しているんだもんな。いや、おれもまだよく分かってないんだけどさ。ていうか、ふざけたって何だ」
 カイが笑顔で尋ねるが、コルンはそれを無視しながら何やら話し始めた。
コルン:
「知っているか、相手にセインを譲渡できる条件は二つあるんだ。一つは言いたくないから飛ばすが、もう一つの条件というのは、相手を愛しているという気持ちだ。この意味が分かるか!」
カイ:
「いや、そのまんまだろ。要は相手を好きじゃなきゃセインは渡せ…な……い………」
 カイは話しながら気付いたようで、おそるおそるイデアへと視線を向けた。
コルン:
「そうだ、つまりどういうわけか、イデア様は出会ったばかりのおまえに恋をしているんだ!」
コルンがそう言ってのける。当のイデアはきょとんとしており首を傾げていたが、その事実は変わらない。
カイの顔は目に見えて真っ赤になり、慌て始めた。
カイ:
「は、はぁ!? な、なんだそれ!? イデアがおれのこと好きだって!? で、でもイデアとはまだ出会ってから体感で一日も経ってないぞ!」
エイラ:
「カイ様、恋とは突然やってくるものなんですよ」
カイ:
「おまえは黙ってろよ!?」
 にやにやしながらそう言うエイラに、カイが叫ぶ。今のカイに余裕はなく、返す言葉にも語彙力の低下がみられた。
ミーア:
「でも、常識的に考えてイデアちゃんみたいな可愛い子がお兄ちゃんを好きになるかな? ならなくない?」
カイ:
「ミーア! そこは常識を捨てろ! ていうかその常識が間違っているんだよ!」
ダリル:
「そこには随分必死だな……」
エイラ:
「イデア様がカイ様を好きだと信じたいのでしょう。男としてはこれ程に嬉しい事はないでしょうから」
 各々が好き勝手言う中で、イデアがはっきりと大きな声で告げた。
イデア:
「わたし、カイのこと好き」
 その瞬間、再び部屋の中の時が止まった。イデアはどうやら時の止め方を熟知しているらしい。
イデア:
「わたしは、カイのこと好きだよ?」
 首を傾げながらイデアが今度はカイへ向かって言う。カイの顔は極限まで真っ赤になっており、口元はパクパクしていた。
カイ:
「う、あ、その……」
 本人が認めたことで、間違いだという可能性は消えてしまった。瞬間、コルンとランが発狂し始める。
コルン:
「イ、イデア様あああああああああああああああ! くっ、貴様! 殺してやる!」
ラン:
「イデア様をよくも!」
 カイへ向かって飛びかかろうとする二人の襟をダリルが掴んで食い止める。
ダリル:
「落ち着いてください!」
 その間に、ミーアがイデアへ尋ねていた。
ミーア:
「イデアちゃん、お兄ちゃんのどんなところが好きなの?」
 うーん、と考え込むイデアだったが、やがて笑顔でこう答えた。
イデア:
「全部です!」
ミーア:
「うっ、ま、眩しい! 眩しすぎるよ!」
 イデアの笑顔からあふれ出る輝きに、ミーアは目を覆っていた。
 部屋の中が急に荒れ始めた中で、エイラはその荒れようをさらに加速させる一言をカイへ尋ねた。
エイラ:
「で、カイ様はイデア様のことをどう思われているのですか?」
カイ:
「えっ」
 その瞬間、全員の視線がカイへと注がれた。
コルン:
「そうだぞ! 貴様の気持ちはどうなんだ!」
 コルンとランも突然凄い気迫で問いただし始める。
ラン:
「セインを受け取る側の男も、本来相手が好きでなくてはそのセインを己に内包出来ない。だが、貴様はフィールスの一族ではない。貴様がセインを内包することは不可能だからイデア様を好きなのかどうかは分からないのだ。この際はっきりしてもらおう!」
カイ:
「お、おまえ達はおれ反対派なんだろ! 俺の気持ちとか関係なくないか!?」
コルン:
「確かに反対派だ! だが、イデア様を悲しませたら許さん!」
カイ:
「それ選択肢一つじゃねえか!」
 ギャーギャー喚き合うカイへ、イデアが近づきながら尋ねる。
イデア:
「カイは、わたしのこと好き?」
カイ:
「うっ」
 イデアがそう尋ねてから、コルンとランは発言を控え大人しくなった。どうやらカイの答え待ちらしい。というより、全員がカイの答え待ちだった。
 そしてカイはというと、頭を抱えて悩んでいた。
カイ:
「(イデアが好きか? いや、そりゃ可愛いと思うけど好きかどうかって言われても……。ていうか好きってなんだ!? 恋のしたことないおれに誰か教えてくれ!)」
 完全にカイは混乱していた。そんなカイにイデアが別の質問をする。
イデア:
「じゃあ、カイはわたしのこと嫌い?」
カイ:
「いや、そりゃない! イデアのこと嫌いになる理由ないし!」
イデア:
「じゃあ、好き?」
カイ:
「……わ、分かんない」
 カイの煮え切らない答えにコルンが飛び出そうとするが、それはランが押さえていた。
コルン:
「ラン……」
ラン:
「コルン、まだ早まってはいけないわ」
 そう言われて、コルンは再び大人しく見守ることにした。
 カイはというと、分からないながらも必死に言葉を紡いでいた。
カイ:
「す、好きって気持ちがどういうものか分かんないし、イデアとはまだ出会ったばっかだし。だからイデアの事が好きなのか分かんない。でも、セインは受け取っちゃったわけで、おれ達は実質結婚したってことになるわけだろ? けどさ、たぶんそれって順序かなり飛ばしてるよね。もっとお互いの事を知って、仲良くなってから付き合ったりしてようやくの結婚だろ?」
 カイの話をイデアは黙って聞いていた。その大きな瞳で真っ直ぐにカイを見つめながら。
カイ:
「だからさ、俺の答えは待ってくれないか。イデアの事をよく知って、イデアと時を共にしながら答えを出したい」
 それがカイの考えた精一杯の回答だった。保留、と言えば保留であり、捉える人によっては最悪のものかもしれない。全員が複雑そうな表情で今度はイデアの方へ視線を向けた。
 そしてイデアはというと、微笑みながら頷いていた。
イデア:
「分かった、待ってる」
 その満足げな表情にカイは安堵した。そして、その安堵のせいか、カイはイデアの頭を撫でて呟いた。
カイ:
「もしおれがイデアのことを好きになったら、その時また口上付きでセインの譲渡をやろう。今度はちゃんと二人の意志が伴ったうえで」
イデア:
「っ、うん!」
 笑顔で微笑み合うカイとイデアだったが、エイラは苦笑していた。
エイラ:
「そんな約束して大丈夫ですかね。万が一好きにならなかったら、とてもイデア様にとって酷な約束になりますけど」
ダリル:
「大丈夫じゃないか?」
 ダリルが微笑み合うカイとイデアの様子を見ながらそう答える。
ダリル:
「少なくとも、今の二人を見ているとその約束は果たされるように思うよ」
エイラ:
「……ダリルに保証されても。女性と付き合った事ないんですから」
ダリル:
「そ、それは仕方がないだろ! そういうのに縁が無かったんだ!」
エイラ:
「もう二十四歳なんですから、一度は経験してみてはどうです?」
ダリル:
「そ、そんなこと言うエイラはどうなんだ? 少なくとも私よりは年上だろう。その割には男っ気ない―――」
 その瞬間、エイラが再び例の微笑みをダリルへと向けた。
エイラ:
「ダリル? 年齢の話は駄目だと言わなかったですか?」
ダリル:
「……す、すいませんでした!」
 ダリルが頭を下げるのはカイとミーアを除く王族か、あるいはエイラだけであった。
 その時、ミーアがコルン達に尋ねる。
ミーア:
「そういえば忘れてたけど、イデアちゃんがこっちに来た理由って結局なんだったの?」
 ミーアの質問にすっかり忘れていたというように、カイ達もコルン達の方へ視線を向ける。すると、コルンとランは悲しそうに表情を歪ませていた。
 そしてコルンが重々しく口を開いた。
コルン:
「記憶のないイデア様に大変申し上げにくいのですが、フィールス王国は先日この国を襲った者と同じ集団によって占拠されてしまいました」
エイラ:
「やはりですか……」
 先程までとは違い、重苦しい雰囲気が漂う。
ラン:
「襲撃者達の予測の出来ない動きに我々も苦戦を強いられ、遂には占拠されてしまいました。イデア様とイデア様の兄でおられるレン様は途中どうにか脱出用のポッドで逃がすことが出来たのですが、王様と王妃様の安否は分からず……」
イデア:
「わたしの父と母が……」
コルン:
「我らも仲間数人と共にポッドで脱出した次第です……。すいません、王様と王妃様を助けずに脱出してしまって! 今ここで責任を取って死ぬ覚悟も出来ております!」
 そう言いながら、再び土下座するコルンとランへイデアが声をかけた。
イデア:
「いいえ、死ぬ必要は決してありません。あなた達だけでも生きていてくれて良かったです」
コルン&ラン:
「イデア様、なんたる慈悲深いお言葉……!」
 その時の惨劇を思い出したのか、それともイデアの言葉が嬉しかったのか、とにかくコルン達は泣いていた。そのコルン達へイデアが寄り添って顔を上げるように促していた。
 それを見ながら、カイはある決心をしていた。
カイ:
「……よし、一つ確認なんだけどさ、コルン達はもう国に帰る気はないのか?」
 その質問には、コルンが半ば怒りながら答えを返していた。
コルン:
「何を言うか! 当然国を奴らから奪い返す! 取り戻すに決まっている!」
 その言葉をカイは聞きたかったのである。
カイ:
「そっか! そりゃそうだよな! なら、その国奪還作戦、おれも協力するよ! てなわけでフィールス王国へゴーだ!」
コルン&ラン:
「なっ!?」
 これにはコルンとラン、そしてイデアも驚いていた。
イデア:
「……カイ、いいの?」
カイ:
「いいのも何も当然だろ。きっとおれが行かなくてもイデアは行くんだろうし。それにイデアの生まれ故郷が悪い奴に占領されてるなら、それを解放しに行かなきゃ男じゃないっての」
エイラ:
「もちろん私も行きますよ。カイ様の世話役なので、カイ様がいつどんな時に周りに迷惑をかけてもいいようにしっかり後ろをついていきます」
カイ:
「何で迷惑かけること前提なんだよ!」
 そしてミーアとダリルもカイの提案に乗っていた。
ミーア:
「もっちろんわたしも行くよ! イデアちゃんの国の一大事だもん! 力になるよ!」
ダリル:
「私は許可が出ないと何とも言えないが、気持ちはカイ達と一緒だ」
 そう言われてイデアは一瞬とても嬉しそうな顔をするが、先日のロジによる被害を思い出して表情を歪ませた。
イデア:
「でも、そうすればまたカイ達が怪我をしちゃうかも―――」
カイ:
「おれは、自分の怪我よりイデアを見捨てる方が傷付くね。ていうか生きられない。そもそもあんな危険があると分かって放っておけるか。それに遠慮すんなよ。イデアはさ、おれのことす、好きなんだろ? なら頼ってくれよな。その方がおれも嬉しい」
イデア:
「っ、カイ、やっぱり大好き!」
 そう言ってイデアがカイに抱きついた。突然のことにカイが動きを止める。
カイ:
「あ、ああ、おう……」
 そんなカイを横目で睨みながら、コルンとランは礼を述べていた。
コルン:
「皆さん、本当にありがとうございます! あと貴様、後で覚えておけよ。イデア様が接触した部分の皮膚全て剥がしてやる」
カイ:
「そこは礼だけで留めて!?」
 ともかく、カイ達はフィールス王国を奪還するという目的を手に入れたのだった。そうと決まればカイの行動は早い。
カイ:
「それじゃあ―――」
 と、これからの動きを全員に提案しようとした時だった。カイの部屋の扉が大きな音を立てて開いたのだ。
 そして現れたのはレイデンフォート王国第二王子のデイナだった。その表情は険しくどうやら何か怒っているようだ。
デイナ:
「カイ、これはどういうことだ!」
 怒鳴りながら入ってくるデイナだったが、その登場にカイは呆れていた。
カイ:
「みんなさ、人の部屋をなんだと思ってるんだろうな。剣に引き裂かれてズタズタだし、ノックはされないし」
エイラ:
「カイ様だっていつもノックしないじゃないですか」
カイ:
「自分はいいんだよ。でもデイナは特に腹立つ」
エイラ:
「最低ですね」
 デイナを無視して話すカイに、デイナはさらに怒りを露わにしていく。
デイナ:
「俺を無視するな!」
カイ:
「してないだろうが。で、何の用だよ。おれは忙しいんだよ」
 デイナの方を見ずに明後日の方向を見ながらそう答えるカイの態度に、イライラしながらも、デイナは用件を話し始めた。
デイナ:
「聞いたところによると、今回の敵の襲撃の原因はそこの髪の白い女のせいらしいじゃないか!」
カイ:
「あぁ? デイナ、おまえ今イデアのせいだって言いやがったな! イデアはどう考えても可哀想な被害者だろうが! あれはイデアを狙っていたあの男が原因に決まってるだろ!」
デイナ:
「何を言う! その狙われた女のせいでこの国に被害が出たんだ! 狙われる方も悪いに決まっているだろう! 今すぐその女を寄こせ! 処刑してやる!」
 処刑、その言葉に部屋中に戦慄が走った。瞬間、コルンとランが剣を抜いてデイナへ襲い掛かろうとする。それを再びダリルが押し止めていた。
ダリル:
「ま、待ってください! 仮にも相手はこの国の第二王子です! 大事になります!」
デイナ:
「ダリル! 仮にもとはなんだ仮にもとは!」
 ダリルへ怒鳴るデイナにエイラは事を穏便に済ませるべく話しかける。
エイラ:
「デイナ様、我々はこれからここにいるイデア様をフィールス王国へとお連れするつもりなので何もしなくても―――」
デイナ:
「いいや、そこの娘を処刑しなくては民へ示しがつかないだろう!」
だが、デイナの放ったその言葉に部屋中に衝撃が走った。
カイ達:
「はあっ!?」
デイナ:
「今回の襲撃は民を脅かすものとなったが、原因は未だ分かっていなかった。だが、原因が分かった今、それを民へ公開しそれを処分することが大切なのだ!」
カイ:
「わけの分からないこと言いやがって! 処刑する必要がないだろうが!」
デイナ:
「大切なことだ! 民達はまた襲われるのではないかと不安がっている。ならばその不安要素を取り除くことも王族である我らの仕事だろう!」
カイ:
「いっつも、民の事なんて考えてないくせに! どうせあれだろ! 親父や母さんに良い格好したいだけだろ!」
デイナ:
「だったら何だというのだ! おまえ達の同意など求めていない! 力づくでも奪い取るぞ!」
 そう言ってデイナが戦闘態勢に入る。それを見てカイ達もまた戦闘態勢に入っていた。
カイ:
「させるわけないだろ!」
エイラ:
「今回はデイナ様に従えません」
ミーア:
「イデアちゃんを処刑なんてデイ兄最低だよ!」
ダリル:
「少し考えが短絡的だと思わずにはいられません」
イデア:
「カイ、皆さん……!」
 イデアの前に立ち塞がるカイ達にイデアが感動していた。逆にデイナはさらに怒りを燃え上がらせていく。
デイナ:
「エイラにダリルまで……! おまえ達、後で覚えておけ! 俺に逆らったことを後悔させてやる!」
エイラ:
「カイ様に仕えてしまった以上に後悔することなんてありませんよ」
カイ:
「それどういう意味だよ!?」
ダリル:
「後悔はしません。むしろここで逆らわなければそれを後悔するところです」
 そう言ってのけるエイラとダリルに、デイナが我慢できずに遂に手元に炎を出した。
デイナ:
「おまえ達、全員ここで捻り潰してやる!」
 そしてデイナがその炎をカイ達へ投げつけようとした瞬間だった。
???:
「待て」
カイ&デイナ:
「っ!?」
 その声は、デイナの背後、つまりはカイの部屋の扉付近から聞こえてきていた。その声に覚えがあったカイとデイナは同時に叫ぶ。
カイ:
「ライナス!?」
デイナ:
「兄貴!?」
 そして扉にもたれかかるようにして、レイデンフォート王国第一王子であるライナスは立っていた。ライナスは右目に掛かる金髪を払いながら、カイ達へ視線を向けていた。
ライナス:
「何をしているんだ、おまえ達」
 だが、その登場はあまりに予想外過ぎたため、デイナはその質問に答えることなく逆に尋ねていた。
デイナ:
「兄貴は今父様と母様と一緒にチェイル王国にいるはずだぞ!」
ライナス:
「ふん、遠目からでもこの国が何者かに襲われていたのが分かったからな。予定を変更して父上と母上より早めに帰国したんだ。それよりもう一度聞くぞ、これはどういうことだ。何故おまえ達が戦おうとしている」
 その鋭い眼光にデイナが一瞬ビクついて竦んでしまう。そんなデイナの代わりにエイラが前に出て答えた。
エイラ:
「実は―――」
 そしてエイラが現在の状況を比較的丁寧にライナスへと伝えていく。どちらにも寄り過ぎない中立の視点からの説明だった。
ライナス:
「……なるほど、そういうことか」
 エイラの説明もあってライナスが状況を理解する。するととんでもない提案をし出した。
ライナス:
「ならばカイとデイナ、二人でその娘を賭けて闘え」
カイ:
「はあっ!?」
 この発言にはデイナも驚いたらしい。カイと同様に声に出して驚いていた。
ライナス:
「どの世でも弱いものは強いものに従うのが道理。弱肉強食なのだ。勝って自分の行いを証明してみせろ。いいな。もしこの話が成立しない場合その女は俺が預かる。どうするかは俺の自由になるわけだ」
カイ:
「意味、分かんねえよ! なんで急に出てきたライナスの言うことを聞かなきゃいけないんだよ!」
ライナス:
「カイ、それが弱肉強食というものだ。従いたくないならば俺を倒すがいい。もっとも、俺はデイナよりも強いがな」
ライナスの提案に反対ならばデイナよりも強いライナスと戦わなくてはならない。だが、呑めばデイナと戦うことになるのだ。どちらがいいかは歴然であった。
 この提案はデイナにとって願ってもない好条件で、デイナは笑顔を見せた。
デイナ:
「よし、乗ろう! あの愚弟をひねり潰してやるわ!」
だが、もちろんカイ側としては圧倒的に不利な条件であった。
エイラ:
「待って下さい! カイ様は魔法が使えません! 失礼ながらカイ様が勝てる未来が見えません!」
カイ:
「本当に失礼だな! まあ事実かもしれないけど……」
エイラ:
「かもではなく事実です」
カイ:
「それはっきりしなきゃ駄目!?」
 エイラがカイの心を抉っていく。
エイラ:
「ですので、どう考えてもカイ様一人で戦うのは無理です!」
ライナス:
「だがカイ、おまえにはそこの女がいるだろう? その女のセインを使えばいい」
 ライナスはイデアを指さしてそう言った。確かにセインを使えばカイは凄まじい力を手に入れることが出来る。もしかしたら、デイナに勝てるのかもしれない。
 カイがイデアへと視線を向ける。すると、イデアは快く頷いていた。
イデア:
「うん、使って。カイには怪我してほしくないから」
カイ:
「……ありがとう、イデア。絶対あいつに勝つから。勝ってフィールス王国行こうな」
イデア:
「うんっ!」
カイとイデアの様子を見てライナスが全員に告げる。
ライナス:
「話はまとまったな。ならば稽古場へ向かうぞ」
 そう言ってライナスが扉を出ていく。その後ろにデイナが意気揚々とついていった。
エイラ:
「カイ様、大丈夫なのですか?」
エイラが心配そうに聞いてくるが、正直言って誰にも大丈夫なのかどうか分からない。
カイ:
「なるようにしかならないだろ。でも、おれにはイデアが力を貸してくれるからな」
イデア:
「うんっ!」
カイ:
「さて、デイナをぎゃふんと言わせてやるとするか! 」
 そしてカイ達もライナス達の後を追ったのだった。
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