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恋をしてみようか
2-12 恋人のふりの代償
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殿下の視察により、街は益々賑わっていた。
マンダイ騎士団はやはりあまり有能ではなく、街の警備兵団が借り出されているようだった。
しかし、カサンドラ騎士団は城内警備が主の任務なので、通常通りの日常を送っている。
「団長~!」
団長室で書類整理をしていると、扉が叩かれた。
「……エリー?」
またカリナかメリアンヌなど思っていたが入ってきたのはエリーだった。
敬礼をしてから、彼女は机の前まで歩いてくる。
「ユアン様が城の外でお待ちです」
彼と最後に会ったのは、あの日――殿下の前で口付けをされた時だ。
もうふりの必要もないと、連絡を取ることもしてなかった。
「団長?」
返事をしない私をエリーは気遣うように見ていた。
……エリーは、何も思わないのだろうか。
二人はとても仲がよかった。
そんな疑問がいまさらながら浮かぶが、彼女は応援すると言っていた。
だから、恋愛感情ではなかったんだろう。
……恋愛感情?
この私が恋愛感情を語るか。おろかなものだ。
「団長。どうかされましたか?」
「なんでもない。知らせてくれてありがとう」
待たせるのも悪いと思い、私は首を左右に振り、腰を上げる。
「団長は……、ユアン様がお嫌いですか?」
ジャケットを取ろうと彼女に背中を向けた瞬間、そんな質問をされ、私は固まってしまう。
嫌いとかそういうのではなくて、ただ、会いたくなかった。
逃げてるかもしれない。
だから答えようがなく、私はジャケットをとることを諦め、彼女に視線を向けた。
「嫌いではないんだ。ちょっとな」
「申し訳ありません。おかしなことを聞いてしまって!あの、勘違いしてないでくださいね。私はユアン様とはなんでもありませんから」
何も聞いていないのに慌てて捲くし立てるエリーは、とても可笑しかった。
だから、思わず笑ってしまった。
「団長?」
「すまない。ありがとう。少し気が楽になった」
私がユアンに恋人のふりを頼んだせいで、もしかしたら彼女が我慢している部分があるかもしれないと心のどこかで思っていた。だから、少し安心する。
「団長。元気がありませんよね。みんな心配してます。殿下が視察にいらっしゃってからずっと落ち込んでいるみたいで。もしかして、ユアン様と恋人のふりをするのがつらいですか?ユアン様って私が言うのもおかしいですけど、本当不器用なんですよね」
不器用?
その言葉はよく聞くな。
何がどう不器用なんだ?恋人のふりも彼が率先して指導してるし、証拠として口付けもしてきた。
不器用の意味がわからない。
「あれ?私、へんなこと言いましたか?」
「いや、別に。それより、少し急ごう。彼も殿下の警備で忙しいだろうから。エリーも来るか?」
「え、私ですか?いえいえ。私は訓練に戻ります。それでは」
思わず誘ってしまったが、彼女はそれをきっぱり断り、一礼すると部屋を出て行った。
「誘うべきじゃなかったな。どうも、会いたくないのか」
二人きりになりたくないのか、なぜエリーに声をかけたのか、私自身もわからなかった。
☆
「ユアン」
彼は門から離れた城壁に傍に立っていた。
「ジュネ。呼び出して悪かったな」
「いや、私こそ連絡もせず申し訳ありません」
逃げるようにファリエス様のお屋敷から城に戻り、五日が経っていた。その前は毎日顔を合わせていたので変な感じだ。
「ジュネ。ゆっくり話がしたい。時間がとれないか?」
「話?恋人のふりの話ですか?」
「うん、ああ」
「恐らくもう必要はありませんよ。殿下はここにいた二年間を忘れるつもりなので」
「なぜ、そう言いきれる?」
私の答えに彼の顔が険しくなった。
怒っている?なぜ?
「一昨日、殿下に会ってそう思いました」
「直接って、二人で会ったのか?」
どうしてそんなことを聞くのだろうか?
別に関係ないと思うのだけど。
「いえ、カラン様もご一緒でした」
ミラナのことは言えないと、それだけ答える。
「そうか」
すると彼は一気に安心した顔になった。
「すまない。苛立ちをぶつけてしまった。俺は本当に駄目だな。口付けもすまなかった。二回も。合意でもないのに」
「一回目は許せませんが、二回目は仕方がないことだと思います。おかげで殿下は完全にあきらめたくれた……みたいです」
「ジュネ?」
おかしいな。
胸が痛む。
あきらめてくれてよかったじゃないか。
目的は達成した。なのに、じくじくと胸が痛んだ。
「ジュネ。俺は、ふりをやめたくない。これから、俺を本当に恋人と思ってくれないか」
言葉と同時に肩を掴まれ、見つめられる。
彼の瞳は真紅と例えていい位、赤色に染まっていた。
炎のような輝きが彼の瞳を支配する。
彼の想いが強すぎて、私は視線を逸らす。
逃げるなんて卑怯だ。
だけど、あまりにも強い思いに逃げるしかなかった。
「ジュネ。やはり殿下が好きなのか?」
答えない私に彼が畳み掛けるように聞いてくる。
「違います」
なぜか、その問いにはすぐに答えられた。でも彼の瞳から逃げたままで。
「ジュネ。だったら、俺と付き合ってくれ。結婚なんて望まないから」
「そんなこと駄目だ。あなたは誰か、普通の女性と付き合って結婚すべきだ。お母様もそれを望んでいるだろう」
脳裏に浮かぶのは人のよさそうな彼のお母様。あの店には気立てのいい娘が合う。私ではない。
「母は関係ない。俺はあなたの恋人になりたい」
肩に触れる彼の手に力が篭る。
彼の想いは本物だ。
彼は本当に私が好きなんだろう。
私のせいだ。
ふりなんて、茶番を演じるように彼に頼んだから。
「ユアン、テランス殿。本当にすまなかった。ふりなんてさせてしまって。もう、いいから。すべて忘れてください」
「嫌だ。俺は忘れたくない。やっと、やっと夢がかなったと思った。俺は、前からあなたのことが好きだった。だから、忘れられるわけがない。殿下のことが好きではないなら、俺のことを好きになってくれないか」
彼の言葉が私に降って来る。
とても、激しい雨のようだ。
私は、どうしたらいい?
答えるべきなのか。この想いに。
「ちょっと黒豹!何してるの?」
ファリエス様の声だ。
予想通り、それはファリエス様で私はほっとする。ユアン、テランス殿も私の肩から手を離した。
「もう、本当不器用っていうか、なんていうか。そんなに追い込んでどうするの?恋人っていうのは、対等なものなのよ。一方の想いが強すぎると、もう一方が疲れちゃうでしょ?だから、黒豹。時間をあげなさい。想いっていうのは脅して無理やり伝えるものじゃないのよ」
「脅す?俺はそんなつもりじゃ」
「脅していたわよ。周りから見ていたらそんな風に見えたわよ」
周りを見ると、いつのまにか団員たちが集まっていて、皆心配そうだった。
「ほら、黒豹。今日は帰りなさい。あなたも忙しいんでしょ?」
「ああ。ジュネ。すまなかった」
ユアン、テランス殿は私にぎこちない笑顔を向けると、街へ歩き出す。
「テランス殿。私もすまない」
その背中にそう返すと、彼は少しだけ振り向いたが再び動き出す。振り向いた顔が寂しげで、思わず私は拳を握った。
自分の行動でまた人と傷つけた。
そのことがとてつもなく嫌だった。
マンダイ騎士団はやはりあまり有能ではなく、街の警備兵団が借り出されているようだった。
しかし、カサンドラ騎士団は城内警備が主の任務なので、通常通りの日常を送っている。
「団長~!」
団長室で書類整理をしていると、扉が叩かれた。
「……エリー?」
またカリナかメリアンヌなど思っていたが入ってきたのはエリーだった。
敬礼をしてから、彼女は机の前まで歩いてくる。
「ユアン様が城の外でお待ちです」
彼と最後に会ったのは、あの日――殿下の前で口付けをされた時だ。
もうふりの必要もないと、連絡を取ることもしてなかった。
「団長?」
返事をしない私をエリーは気遣うように見ていた。
……エリーは、何も思わないのだろうか。
二人はとても仲がよかった。
そんな疑問がいまさらながら浮かぶが、彼女は応援すると言っていた。
だから、恋愛感情ではなかったんだろう。
……恋愛感情?
この私が恋愛感情を語るか。おろかなものだ。
「団長。どうかされましたか?」
「なんでもない。知らせてくれてありがとう」
待たせるのも悪いと思い、私は首を左右に振り、腰を上げる。
「団長は……、ユアン様がお嫌いですか?」
ジャケットを取ろうと彼女に背中を向けた瞬間、そんな質問をされ、私は固まってしまう。
嫌いとかそういうのではなくて、ただ、会いたくなかった。
逃げてるかもしれない。
だから答えようがなく、私はジャケットをとることを諦め、彼女に視線を向けた。
「嫌いではないんだ。ちょっとな」
「申し訳ありません。おかしなことを聞いてしまって!あの、勘違いしてないでくださいね。私はユアン様とはなんでもありませんから」
何も聞いていないのに慌てて捲くし立てるエリーは、とても可笑しかった。
だから、思わず笑ってしまった。
「団長?」
「すまない。ありがとう。少し気が楽になった」
私がユアンに恋人のふりを頼んだせいで、もしかしたら彼女が我慢している部分があるかもしれないと心のどこかで思っていた。だから、少し安心する。
「団長。元気がありませんよね。みんな心配してます。殿下が視察にいらっしゃってからずっと落ち込んでいるみたいで。もしかして、ユアン様と恋人のふりをするのがつらいですか?ユアン様って私が言うのもおかしいですけど、本当不器用なんですよね」
不器用?
その言葉はよく聞くな。
何がどう不器用なんだ?恋人のふりも彼が率先して指導してるし、証拠として口付けもしてきた。
不器用の意味がわからない。
「あれ?私、へんなこと言いましたか?」
「いや、別に。それより、少し急ごう。彼も殿下の警備で忙しいだろうから。エリーも来るか?」
「え、私ですか?いえいえ。私は訓練に戻ります。それでは」
思わず誘ってしまったが、彼女はそれをきっぱり断り、一礼すると部屋を出て行った。
「誘うべきじゃなかったな。どうも、会いたくないのか」
二人きりになりたくないのか、なぜエリーに声をかけたのか、私自身もわからなかった。
☆
「ユアン」
彼は門から離れた城壁に傍に立っていた。
「ジュネ。呼び出して悪かったな」
「いや、私こそ連絡もせず申し訳ありません」
逃げるようにファリエス様のお屋敷から城に戻り、五日が経っていた。その前は毎日顔を合わせていたので変な感じだ。
「ジュネ。ゆっくり話がしたい。時間がとれないか?」
「話?恋人のふりの話ですか?」
「うん、ああ」
「恐らくもう必要はありませんよ。殿下はここにいた二年間を忘れるつもりなので」
「なぜ、そう言いきれる?」
私の答えに彼の顔が険しくなった。
怒っている?なぜ?
「一昨日、殿下に会ってそう思いました」
「直接って、二人で会ったのか?」
どうしてそんなことを聞くのだろうか?
別に関係ないと思うのだけど。
「いえ、カラン様もご一緒でした」
ミラナのことは言えないと、それだけ答える。
「そうか」
すると彼は一気に安心した顔になった。
「すまない。苛立ちをぶつけてしまった。俺は本当に駄目だな。口付けもすまなかった。二回も。合意でもないのに」
「一回目は許せませんが、二回目は仕方がないことだと思います。おかげで殿下は完全にあきらめたくれた……みたいです」
「ジュネ?」
おかしいな。
胸が痛む。
あきらめてくれてよかったじゃないか。
目的は達成した。なのに、じくじくと胸が痛んだ。
「ジュネ。俺は、ふりをやめたくない。これから、俺を本当に恋人と思ってくれないか」
言葉と同時に肩を掴まれ、見つめられる。
彼の瞳は真紅と例えていい位、赤色に染まっていた。
炎のような輝きが彼の瞳を支配する。
彼の想いが強すぎて、私は視線を逸らす。
逃げるなんて卑怯だ。
だけど、あまりにも強い思いに逃げるしかなかった。
「ジュネ。やはり殿下が好きなのか?」
答えない私に彼が畳み掛けるように聞いてくる。
「違います」
なぜか、その問いにはすぐに答えられた。でも彼の瞳から逃げたままで。
「ジュネ。だったら、俺と付き合ってくれ。結婚なんて望まないから」
「そんなこと駄目だ。あなたは誰か、普通の女性と付き合って結婚すべきだ。お母様もそれを望んでいるだろう」
脳裏に浮かぶのは人のよさそうな彼のお母様。あの店には気立てのいい娘が合う。私ではない。
「母は関係ない。俺はあなたの恋人になりたい」
肩に触れる彼の手に力が篭る。
彼の想いは本物だ。
彼は本当に私が好きなんだろう。
私のせいだ。
ふりなんて、茶番を演じるように彼に頼んだから。
「ユアン、テランス殿。本当にすまなかった。ふりなんてさせてしまって。もう、いいから。すべて忘れてください」
「嫌だ。俺は忘れたくない。やっと、やっと夢がかなったと思った。俺は、前からあなたのことが好きだった。だから、忘れられるわけがない。殿下のことが好きではないなら、俺のことを好きになってくれないか」
彼の言葉が私に降って来る。
とても、激しい雨のようだ。
私は、どうしたらいい?
答えるべきなのか。この想いに。
「ちょっと黒豹!何してるの?」
ファリエス様の声だ。
予想通り、それはファリエス様で私はほっとする。ユアン、テランス殿も私の肩から手を離した。
「もう、本当不器用っていうか、なんていうか。そんなに追い込んでどうするの?恋人っていうのは、対等なものなのよ。一方の想いが強すぎると、もう一方が疲れちゃうでしょ?だから、黒豹。時間をあげなさい。想いっていうのは脅して無理やり伝えるものじゃないのよ」
「脅す?俺はそんなつもりじゃ」
「脅していたわよ。周りから見ていたらそんな風に見えたわよ」
周りを見ると、いつのまにか団員たちが集まっていて、皆心配そうだった。
「ほら、黒豹。今日は帰りなさい。あなたも忙しいんでしょ?」
「ああ。ジュネ。すまなかった」
ユアン、テランス殿は私にぎこちない笑顔を向けると、街へ歩き出す。
「テランス殿。私もすまない」
その背中にそう返すと、彼は少しだけ振り向いたが再び動き出す。振り向いた顔が寂しげで、思わず私は拳を握った。
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