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恋をしてみようか

2-3 カラン様の提案

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 翌日、父上は私の手紙を携えて王都へ戻られた。
 結局ラスタへの逗留は一日のみで、父上とも時間をかけて話すこともなかった。昔はもっと父上との距離が近かった気もするが、何を話していいかわからず、結局城壁近くで手紙を渡すだけになってしまった。
 馬上の父上の背中を見ながら、少しだけ罪悪感を覚える。
 それが、アンとの縁談を断ることで感じたものなのか、ただ父上とよく話をしなかったことで、申し訳なく思っているのか、私もよくわからなかった。

 そうしてまた日常が戻ってくる。
 新兵たちの休日が終わり、私の当番が回ってくる。
 彼女たちの最初の一ヶ月間は基礎体力作り及び、カサンドラ城の歴史について学ぶことに当てられる。また騎士と名乗るからには、礼儀作法もその際に一緒に教える。体力作りに関しては私が担当しているが、歴史や礼儀は会計部長のモナに頼んでいる。
 モナ……。
 あいつも問題だった。メリアンヌ同様異様な興味をエリーに向けており、私はさりげなくカリナに様子を見るように声をかけているくらいだ。


 ☆

 エリー、ミラナ?

 ある昼下がり、廊下を歩いていると、中庭で二人の姿を見た。長椅子に腰掛け楽しそうに話していた。
 ミラナは私を避けている。
 そう思って、私は二人に気づかない振りをしてそのまま歩き続けた。

 エリーとミラナ。
 面白い組み合わせだ。でも二人とも同じくらいの年だから気が合うかもしれないな。特にエリーは我が強くないから、ミラナの話し相手にはいいかもしれない。

 あの事件からミラナの笑顔は消えてしまった。だが、今日の彼女は少し笑っていたような気がする。

 私はきっと彼女にとっては会いたくない、近づきたくない存在になってしまったのだろう。だけど、エリーが彼女の傍にいてくれる。それはとても有難かった。


「団長」

 それから数日後、エリーが団長室を訪れた。
 カサンドラ騎士団では、団長室や隊長室へ団員が予告もなく訪れることを禁止していない。
 
 入団から二ヶ月が過ぎ基礎体力作りから、体技の訓練に移っている。数ヶ月前の彼女が嘘のように、エリーは凛々しい顔立ちをしていた。人見知りである部分は少し残っているが、私に対して俯くこともなく、背筋を伸ばし、視線をまっすぐ向けている。
 
「団長。お兄様、いえ、兄上、ナイゼル・カランから伝言があります。お伝えしてもよろしいでしょうか?」

 エリーの話し方は他の団員と同様な硬い言い方で、少しだけ寂しくなる。
 まあ、入団したからには、仕方ないよな。
 それよりも、ナイゼル……カラン様からの伝言?
 いったい何なのだろう。

「ああ。伝えてくれ」

 即答せず時間を置いたことで、心配そうに様子を窺がっていたエリーに私は慌てて答えた。

「アンライゼ殿下からの手紙を渡したい。また相談したいことがあるので、明日屋敷に足を運んでもらえないだろうか、とのことです」
 
 アン、アンからの手紙か。
 ろくでもない手紙のような気がする。
 素直に王子としての義務を果たすというものではないのか。
 相談したいこと、なんだろうか。

「団長」

 色々な考えが頭を占拠しており、沈黙が部屋を包んだ。
 エリーが恐る恐る私を呼ぶ。
 その大きな茶色の目は不安そうだ。

「待たせてすまない。畏まりました、とカラン様に伝えてくれ」
「ありがとうございます」

 ほっとしたように吐息を漏らし、彼女は立ち去るために礼をとる。
 
「エリー」

 思わず呼び止めてしまい、彼女は動きを止めた。

「……ミラナは元気か?」
「はい。ご心配ですか?」
「ああ。……私は避けられているからな。他の者も距離を置いているようでかなり心配だ」
「時間が必要だと思います。ミラナも。でも私は、団長の分もミラナを守りますから」

 守るか。
 本当にエリーは逞しくなったな。

「ありがとう」
「いえ、私はまだ未熟で、本当ならそんなことを口にするのも、差し出がましいことなのですけど。団長も、本当に気にしないでくださいね。あの人が言ったことなんて。ミラナだって、団長が傷ついているのを見るととても辛いと思います」
「………」

 私が傷ついている。
 確かに、ヴィニアの言葉はまだ脳裏にしっかり残っている。だけど、傷なんて。

「それでは。訓練に戻ります。お兄、兄上が馬車を手配するはずです。明日はよろしくお願いします」
「ああ、わかった」

 立ち去るエリーに答えながら、私は彼女の言葉を反芻していた。

  
 翌日、変な装飾がされていない普通の馬車が迎えにきた。
 どれくらい長い話になるかわからないが、一日休暇をとった。行き先は今日当番のカリナに伝えているから、緊急の際は呼びにくるだろう。

 カラン家に到着すると、カラン様のご両親と本人に出迎えられた。

「ようこそいらっしゃいました」
 
 カラン様のお父上は柔らかい笑顔、お母上とカラン様の笑顔はやはり少し黒い笑みに見える。
 何か企んでいるのだろうか、そう連想できる笑みで私も思わず表情が硬いものになってしまった。

「ネスマン殿。緊張しないでくれ。別にとって食おうなんて思っていないんだから」
「まあ、ナイゼル。なんてこと」
「冗談に決まってるでしょ。母上」
「ほら二人とも、ジュネ殿が困っているぞ」

 同じ顔、同じ髪色そんな二人が言い合い、それにお父上が割って入る。
 疲れ気味になりながらも、客間に案内された。

「すまないね。わざわざ来てもらって。また狐亭を貸しきるわけにもいかなかったからね」
「はあ、いえ」

 お茶を勧められ、とりあえずカップを手に取る。
 近くでも見るとファリエス様とは全然違う顔だ。髪色と目、雰囲気のせいで類似しているように見えるんだな、そんな風に彼を観察する。

「……あまり見つめないでくれるかな。こちらも、色々辛い」
「は、すみません」

 辛いってなんだろう。

「早速本題に入ろう」
 
 カラン様は説明するわけでもなく、手紙を取り出した。王家の紋章の印で封緘《ふうかん》されており、宛先以外の誰も開けられないようになっているものだ。

「これをまず読んでほしい。殿下からの返事だ」

 私は頷きながら受けとり、渡されたナイフで封を切る。

 
 ジュネ、

 本当なら会って色々説明したい。
 君に迷惑をかけたみたいでごめん、

 王子としての責務は理解している。
 しかし、僕はあなたの傍で過ごしたい。
 例え恋人になれなくても、あなたの住んでいる街で暮らしたい。
 そして毎日あなたの顔を見たい。

 僕の気持ちを受け入れてくれとは言わないが、否定はしてほしくない。
 愛する気持ちは自由なはずだ。

 アンより

 
 読み終わり、私はカラン様から逃げるように視線を落とす。
 アンは以前と変わりがない。
 変ったのは私に敬称をつけないことくらいか。

 彼は私のことが好きなんだろうな。
 でもそれはきっと気の迷いだ。
 彼を助けたのが私だから、きっと。
 刷り込みみたいなものだろう。
 これから、彼が本当に愛する人は出てくるはずだ。

 一時の感情で、王位継承権を破棄するなどとんでもない。

 私は、一生恋などをするつもりもない。
 こんな私の傍にいたいなんて、彼の時間の無駄だ。王位継承権を放棄することは、国の損失にもつながる。

「ネスマン殿。私はその手紙の内容は知らない。だが予想はできる。一ヶ月近く、殿下と君を見ていたからね。そこで私から提案があるんだ。聞く気はあるか?」
「提案?」

 どういうことだ。
 
「私は殿下がラスタで暮らすことに反対している。王位継承権の放棄などもってのほかだ。王女に何かあったり、もしお子が誕生しなかった場合、殿下に王位を継いでもらう必要があるからだ。だから、私としては、殿下にあなたのことを諦めてほしいと思っている」

 カラン様の言葉に私は全面的に賛成だ。
 だが、少し胸に痛みが走るのはなぜか。嫌な気持ちだ。

「君の気持ちは知らない。いや、申し訳ないが知りたくない。ただ今から私が話す提案に乗ってほしいんだ」
「それは提案の内容を聞いてからでよろしいでしょうか?私もあなたの考えに同意していますが、内容を聞かないうちにお返事はできません」
「そうだよね。……そうだ。じゃあ。まず提案をさせてもらう。君が恋人を作ってくれないか?そうすれば殿下も諦めざるを得ない」
「は?」

 なんなんだ。その提案は?

「そういう人いない?」
「いません。興味ありませんので」
「そうだよね。だから、ユアンと付き合ってみない?」
「ユ、アン?テランス殿ですか?」

 最後に彼と話したのは半年前。それから、顔を合わせても会釈をするくらいで言葉を交わしていない。
 
「どう?まあ、本当に付き合うのが無理ならふりでいい。殿下が諦めるまで、ユアンと恋人のふりをしてくれないかな」
「む、」

 無理ですと答えたかったが、カラン様の迫力に押され、言葉を詰まらせてしまった。
 まさにファリエス様と同じ迫力。 
 輝くばかりの笑顔だが、有無を言わせない雰囲気を漂わせていた。

 いや、負けてはいけない。
 ふりとはいえ、アンに付き合っていると知られるくらいのことはしないといけない。そうなると、城の者にも知られる。
 だめだ、だめ。
 そんなことは。

「断るってことは、殿下との縁談に承諾してもらうってことでいいかな」
「は?どういう選択ですか?それは」
「王も折角戻ってきた殿下を手放す気はない。そのために、君に婚姻を命令することもできるんだよ。君は男装をしているが、貴族の娘であることには変わりない。お父上の身分も王宮騎士団の第三部隊の隊長だしね。年齢は離れているけど、問題ないよね」

 年齢のことは引っかかったが、彼の言うことは正論だった。
 茶目っ気たっぷりだが、カラン様の目は真剣だ。
 
 二年間アンは死んだと思われていた。そしてやっと戻ってきたら、今度は王都を出るとごねている。
 それを止めるためには、私と婚姻を結ばせればいい、そう考えるのもわかる。
 一時の気の迷いかもしれないけど、あの手紙からアンの気持ちが伝わってきたし。彼はきっと王城で皆を困らせてるかもしれないな。

 でも。だめだ。
 結婚なんて無理だ。
 私は城を離れたくない。女性を一生守るとも誓った。
 だったら……。

「気持ちは決まった?」
「はい。ですが、テランス殿は承知しているのですか?」
「ああ。彼は合意済みだ。呼び出してもいいけど?」
「いや、いいです。それは」

 今は会いたくない。
 気まずいし。
 何より心の準備ができていない。

「じゃあ、決まりだね。ファリエスにも協力してもらうよ」
「ファリエス様ですか?」
「嫌そうだね」
「いえ、そんなことは!」
「大丈夫だよ。変なことにはならないから。城のこともあるだろう。協力してもらったほうがいい。エリーにも頼もうかな」

 エリー。
 そうだな。またこれで、ミラナを裏切ることになる。
 だから彼女にミラナを支えてもらいたい。
 
 今だけだ。
 アンが諦めるか、彼が婚姻を済ませたら、私は自由になる。
 だから。

 そうして、私は恋をしないと決めたにもかかわらず、テランス殿と恋人のふりをすることになった。
 だが、あくまでもふりだ。
 アンが諦めるまでの。

 ミラナの顔や、ヴィニアの死に顔を浮かぶ。だが、私は目を閉じてそれをやり過ごした。
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