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恋なんて関係ない。

1-13 誰が毒を盛ったのか?

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 それからさらに一週間が過ぎ、襲撃はあれ以来ない。テランス殿やカラン様と顔を合わせたくはないが、アンを迎えにいく必要がある。その時に劇団員から話を聞いてみるが、襲撃はないようだ。
 しかし、カラン様は本当にいつ行っても、劇団にいた。

 彼は大丈夫なのだろうか?

 カラン様ともぎこちないままなので、本当の理由は聞けていない。

「団長!」

 アンを送り迎えするときは休暇という措置をとっている。なのでアンが城内で仕事をしている時は、私は団長室ではなく兵舎の自室に待機していた。
 荒々しい足音と共に、扉を叩かずにメリアンヌが入ってきた。

「何事だ!」

 入室許可を求めずに入ってきたことで苛立っていた。
 まあ、隠し事するようなことはないのだが、常識知らずだろう。

「アンが、アンが倒れました!」
「何!どこだ?」
「今、医務室に運んでいます」
 
 私は扉付近で佇んでいるメリアンヌの脇をすり抜け、駆けた。

「何事だ。職務に戻れ!」

 医務室の周りには人垣が出てきており、私は号令をかける。すると集まっていた団員や城の使用人達が散り散りになり、私は医務室へ駆け込む。

「容態は?」

 ベッドの上で、青白い顔をしたアンが横になっていた。

「とりあえず、全部吐かせたから、命には別状がないわ」
 
 そう答えたのは医師であるベリジェだ。金髪碧眼の美女。妖艶ともいえる体を持つ彼女は見た目とは異なり優秀な医師だった。
 男ばかりを診ることに飽きてしまったと、城にやってきた医師。動機は不純だが、腕は確かだ。

「吐かせたとは。毒なのか?」
「そう。毒を盛られたみたいよ。割れたカップを今から調べようと思っているから。毒の種類はすぐにわかると思うわ。まあ、毒がまだ残っていればだけど。一緒にお茶を飲んでいた子は無事だから、カップに毒が塗られていたと見たほうがいいわね」
「……ジュネ、様?」
「アン!」

 彼の目がうっすらと開き、私はアンを覗き込む。

「気分はどうだ?」
「最悪です。ああ、でもこうしてあなたが心配してくださるのは嬉しい」

 儚く微笑む彼は美しく、そんな場合ではないのに、横にいたベリジェが溜息をついた。
 いや、なんか、目が怖い。肉食獣の目だ。
 私は彼を彼女の視界から隠すように場所を移動する。

「すまない。守ると誓ったのに」
「いえ。そんなこと。謝らないで。謝られるのはつらいです」

 アンはそう言うとまた目を閉じる。そうして規則正しい寝息が聞こえてきた。

「今晩は動かさないほうがいいかもね。まあ、特例ということでいいんじゃないかしら」
「そうだな。城主にそう報告する」

 城は基本男子禁制だ。それなのに、一晩女装男子とはいえ、男を泊まらせることはある意味禁止行為に近い。だが、この状況で動かすのは彼の状態からよくないことは私にでもわかる。

「医務室に警備をつけよう。犯人がわからないままでは、危険だ。私は状況を調べてみる。ベリジェ、アンのことは頼むな」
「わかったわ。大変ね」
「いや」
 
 ベリジェに気遣われ、私は首を横に振る。
 私は団員たちを信じている。だからその警備の隙間を掻い潜って誰かが侵入したとは考えたくない。だが、そうなると内部の犯行で、城の仲間達が犯人ということになる。どちらも信じたくない。
 だが、アンは実際に毒を盛られた。犯人は必ず見つけ出さないといけない。

 報告を受けてからすぐに城を一時封鎖した。その後団員に城内隅々まで確認させたが、不審者は見つけられなかった。封鎖が遅れたか、もしくは不審者ではなく、内部の犯行か、どちらかだ。
 まずは状況確認するため、私はアンと一緒にお茶を飲んでいたもの、または給仕したものを集めることにした。
 しかしその前に、まずは城主シラベル様への報告を行なう。相変わらずシラベル様の家庭には色々問題があるらしく、愚痴を聞かされたが、アンの滞在許可はもらった。
 そして、最後に私は現場で当事者の話を聞くことになった。

 当事者は二人。
 アンと一緒にお茶を飲んでいたララと給仕役のミラナだ。
 ララは夫に暴力を振るわれ、男性恐怖症に至った女性で、城に住み込んで三年経つ。離婚は成立しており、街に戻るために男性恐怖症を克服しようとしている。
 最初の頃は女装したアンに対しても、苦手意識が高かったが、今では普通にお茶を飲めるまでになった。そろそろ次の段階――女装ではないアンと一緒に街を散策する――に移ろうとしていた。
 ミラナは私が保護した少女だ。今年で十四歳になる。日常的に行われていた暴力。それに気がつき、彼女が八歳のとき、私が父親を殴って彼女を城に連れてきた。あの時、警備兵団とも揉めたが、ファリエス様が動いてくださり、彼女を無事に城に保護することができた。それ以来、ミラナは城に住み着いている。
 あの時の父親は妻を亡くして、己を失っていた。しかし、それと子への暴力は異なる。保護した当時、彼女は夜な夜な悪夢に襲われると報告を受けていた。今では、元気な笑顔を見せるまでになってくれたが、やはり男性への不信感はぬぐえないのだろう。
 ララとミラナに椅子を薦め、私は机を挟み、その向かいに座る。筆記役のメリアンヌは私の隣の椅子に腰掛け、羽ペンにインクをつけ、紙に走らせる。その度に、机に置かれて割れたカップがゆれ、音を立てた。
 割れたカップは、アンが持っていたカップだ。毒はこれに入っていたと考えられている。
 右側に座るララは憔悴しきっていた。それはそうだろう。目の前でアンが倒れたのだから。彼女は手を落ち着きなく組み合わせながら、私を恐る恐る見上げる。瞳に怯えた色を見て、私は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
 その隣のミラナはララよりも不安そうであった。椅子に座ってからずっと俯いており、小刻みに震えている。
 小動物のような彼女の様子に私の心に罪悪感が忍び寄る。
 たしか、父親から彼女を救い出した時もこのように怯えていた。年齢より小さな体の彼女を抱きしめ城に連れて帰ったことは、昨日のように思い出せた。
 しかし、衰弱したアンの姿を思い出し、私は自身を叱咤する。状況ははっきりさせなければならない。犯人を捕まえるために。

「ララ、ミラナ。集まってくれてありがとう。呼び出した理由はわかっていると思うが、アンのことだ。質問するから答えてくれ」

 私がそう始めると、ララは頷き、ミラナは肩を震わした。メリアンヌは黙って、紙にペンを走らせている。

「まずはララ。あなたからだ。今日のお茶はあなたが用意したのか?」
「いえ。アンが街から持ってきてくださいました」
「アンが……。お茶菓子はなかったようだが?」
「はい。私は甘いものが好きではないのです。アンも私が食べないのだからと、お茶だけを飲むのが私たちのお茶会でした」
「そう」

 ララの受け答えは明確で、顔色は悪いが、動揺は見られなかった。

「このカップは城で使っているものだな?」
「ええ。ミラナが用意してくれました」
「ミラナか」

 ララの隣の彼女は俯いたままだ。
 小さな肩に彼女の褐色の髪がかかっている。両手は膝の上に置かれていて、震えは続いている。

「ミラナ」

 できるだけ、穏やかに私は彼女に声をかけた。
 ゆっくりミラナが顔を上げ、その瞳から大きな水滴が零れる。

「私は悪くありません!私は!」

 金切り声で叫び、彼女は立ち上がる。その勢いで座っていた椅子が勢いよく床に倒れ、大きな音を立てた。

「ミラナ……?どうしたんだ?」

 突然の行動。
 明らかに様子がおかしく、私は彼女に駆け寄り、その肩に手を乗せる。すると手を弾かれ、大きな瞳が私を射る。
 
「あれは、ジュネ様が悪いのです。私は何度も警告を出したのに。それでもあなたは、城から出て行こうとする。黄昏の黒豹に、アン?あなたは変わってしまった。ジュネ様は私たち皆のもので、私たちの騎士だった。だけど、あなたはそれを裏切った。男に媚を売って、どうしたいんですか?あいつらは私たちを傷つけるだけなのに!」
「ミラナ。何を言ってるんだ。何の?」
「ジュネ様は嘘つきです!私の味方なんて、嘘ばっかり。アンにあんなに優しくして、アンは男なのに!」
「ミラナ。落ち着いて。どうしたんだ?」
 
 彼女の視線は宙に固定されていて、異常だった。髪を振り乱し、顔は興奮状態で真っ赤に染まっている。
 普段の彼女ではない。
 何が起きているんだ?

「私は悪くない!悪いのはアン!ジュネ様を奪おうとするから!」
「ミラナ!」

 私は彼女を抱きしめ、その背中を摩る。

「ミラナ。お願いだ。落ち着いて」
「いや、いやです!私は!」
「ミラナ?」

 腕の中の彼女が急に動きを止めた。
 確認すると、彼女は目を閉じ、気を失っていた。

「医務室へ運ぶ」
 
 息はしている。
 たんに気絶しただけだと思うが、医師に診てもらったほうがいい。
 私は彼女を抱きかかえると医務室へ向かった。

「……中毒ね」
「中毒?また毒なのか?」
「ええ。でもこれは多分ハリアリ草のせいよ」
「ハリアリ草?」

 ハリアリ草とは、通常は痛みを和らげるために使う薬草として知られている。しかし反面、中毒性を持ち、常習するとハリアリ草を手放せなくなる。それは、ハリアリ草を摂取した際にもたらされる安らぎ、快楽に溺れてしまうからだ。
 
「ミラナがハリアリ草を摂取していたってことか?」
「ええ。口の中に残る香り、興奮状態からして、その可能性が高いわ」
「ありえない。ミラナは城の外に出たことがない。それでどうやってハリアリ草を入手するんだ」
「……それはあたしにはわからないわ。でもこの子からハリアリ草の香りがする」
「嘘だ!」

 私にはハリアリ草の香りなんてわからない。
 確かに抱きしめた時、不思議な香りがした。
 それが、ハリアリ草の香りなんて、信じられなかった。

「ハリアリ草と、別の毒。これは特定できなかったけどね。どちらにしても城内では手に入らない代物よ」

 ベリジュは冷静に、そう口にした。

 誰かが、ミラナにハリアリ草を中毒になるまで、繰り返し吸わせた。
 そしておそらく、ミラナが、アンに、毒をもったのだろう。
 あの状態からすると、その可能性が高い。

 信じたくないが、そう考えると辻褄があった。
 
「ベリジュ。ミラナが起きて、アンが傍にいれば、また興奮するかもしれない。別の部屋を用意する。あと応援も寄越す」
「ジュネ?」
「誰かがこの城に侵入し、ミラナにハリアリ草を渡した。しかも多分アンに毒を盛るように仕向けたのもこいつだ。絶対に犯人を捕まえる!」

 ミラナは男の姿を見ることすら、嫌う。したがって、犯人は女性もしくは、アンのように女装した男。だが、完璧な女装をするアンですら、ミラナは彼が「男」であることを見破る。そうなると、本物の女性だろう。

「許せない。絶対に捕まえてやる」

 私は、ベッドで眠るミラナとアンを交互に見つめ、二人に誓った。
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