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恋なんて関係ない。

1-11 事件の幕開け

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「じゃあ。またね。ジュネ。黒豹も頑張りなさいよ」

 まずはファリエス様の嫁ぎ先のエッセ家に立ち寄り、ファリエス様を見送る。
 テランス殿に発破をかけているが、なんでだろう。
 とりあえず、次はテランス殿だな。

 ファリエス様がいなくなり、静まり返った車内の中で、私は窓から街の様子を伺う。
 カサンドラ城を後方に置いたラスタは、貴族のマンダイ家が市長を務めているが、商人の街だ。毛皮、織物、香辛料が川を渡ってこの地に運ばれ、ほかの地区の商人たちに買われていく。日曜日でも休みはなく、今日も街は賑やかだった。 目移りしそうな街の様子を窓から窺っていると、争っている二人の男と一人の女性の姿が飛び込んできた。

「馬車を頼む!」

 同時にテランス殿の声がして、馬車が止まる。
 彼が馬車から降りるのがわかり、私も扉を開け彼の後を追った。

「ネスマン殿!」

 私が追ってきたのに気づき、彼が非難の声を上げるが、構っていられなかった。女性の影には見覚えがあった。背が高い女性――いや、あれは女性ではない。アンだ。

「アン!」
「アン?」

 私はテランス殿を追い越し、アンの元へ走る。

「ジュネ様!」

 私に気がつき、アンが声を上げた。彼と男二人の間に割り込み、彼らに対峙する。
 二人の身なりは傭兵だ。体つき、動きから熟練さを感じる。
 反射的に腰に手をやり、今日は剣を携帯していないことを悔やむ。

 逃げるが勝ちか。
 
「ここはラスタ市内だ。俺たち警備兵団の管轄で、人攫いをしようなどと、甘くみられたものだ」

 男たちの背後からテランス殿の声が聞こえ、その背後には屈強な警備兵団員たちが睨みをきかせていた。
 
「くそっ!」
  
 二人の傭兵は舌打ちをし、走り出す。

「追うぞ!」

 テランス殿は私を一瞥した後、そう号令をかけた。
 そして団員達は一気に駆け出し、私とアンだけが取り残される。
 
 去り際に心配そうにテランス殿に見られたが、そんなに弱く見えるのか。鍛え方が足りないな。まったく。

「アン。大丈夫か?」
 
 団員たちの背中を見送り、私はアンの肩に手をやる。
 服にも手や顔にも傷がなく、ほっとした。

「ジュネ様。テランス様と一緒にいたんですか?」

 いや、そこか?
 いま襲われていたのはアン、お前だぞ。
 彼の質問はおかしくて、私は眉を顰めた。

「アン。そんなことはどうでもいいだろう。大丈夫か? 歩けるか?」

 襲ったやつらは傭兵だった。アンを女性と勘違いして、浚おうと思ったのか。まったく、なんて奴らだ。

「僕は大丈夫です。それよりも質問に答えてください」

 肩にのせた手を振り払い、彼は私を真摯に見つめる。
 質問って。
 そんなことこだわってもしょうがないのに。

「ああ。彼の友人のお茶会に誘われて。帰りが一緒だったんだ」
「二人きりで馬車ですか?」
「なんだ。二人きりって。違うぞ。御者もいるし、ファリエス様もいらっしゃった」
「ふうん。そうですか」

 私の返事は気に食わないものらしく、アンの表情は曇ったままだ。

「何が不満だ。別にいいだろう。そんなこと。それよりお前のことが心配だ。警備兵団があいつらを捕まえるから大丈夫だと思うが。劇団まで送ろう」
「本当ですか?」
「ああ」

 本当に嬉しそうに微笑まれ、私はなぜか知らないが罪悪感を覚える。

「嬉しいな。ジュネ様と二人きりで歩けるなんて」

 二人きりという言葉が強調された気がした。
 隣の歩くアンの笑顔はとても綺麗で、胸が痛む。
 なんでだろう。
 歩きながら、私は彼の告白のことを考えていた。
 


 劇団は街の中心にある。
 劇場の傍には、劇団員の宿舎があり、外門まで送れば大丈夫かとそこで別れるつもりだった。
 けれども、宿舎の玄関付近で赤い髪を見つけて、足を止めた。
 
「カラン様?」
「お知り合いですか?」

 アンは先ほどまでの笑顔はどこにいったのか、顔を強張らせてそう聞いてきた。

「えっと、まあ知り合いといえば知り合いだ」
「そうですか……」

 私たちが外門付近でそんなやり取りをしていると、カラン様がこちらに気がついた。私を見た後に、アンに目をやり、彼から表情が消える。

 どういうことだ?

「ジュネ様。今日は送っていただいてありがとうございます。もう大丈夫です」

 問いただそうと足を踏み出しかけた私を、アンがその目で止める。
 帰ってくれといわんばかりの仕草に、私は動きを止めるしかなかった。

 カラン様は私に何か言いたげだったが、アンが強引とも言える動きで彼の腕を掴み、宿舎に連れて行く。

「あれは、ナイゼル・カラン様だな」

 取り残された私は門番にそう尋ねる。すると彼は頷いた上、思わぬことを口にした。

「何かやばいことに巻き込まれたのかあ、アンの奴。王宮騎士団の騎士様だって聞いたけど」
「王宮騎士団?」
「あの赤毛の騎士さんはそう名乗ってましたよ。何の用なのか。知りませんけど」

 カラン様は王宮騎士団に所属しているのか。
 そういえば自己紹介もしていなかった。

 お茶会は本当に何の意味があったのか。
 そう言えば訪問客がいるって、このことに関することなのか?でも確証はない。たまたま別の用でアンを待っていた可能性も捨てきれない。

 考えてもしかたない。

 明日にでもアン自身に尋ねることにして、私は城に戻ることにした。


「テランス殿!」

 橋を渡っている彼の姿が目に入り、私は思わず呼び止めた。
 すると彼は微笑を浮かべたまま、私にところへ走ってきた。

「よかった。あの、女性、いや、アンか。大丈夫だったか?」
「ええ。今劇団に送り届けたところです。幸いなことに怪我もありませんでした」
「そうか。よかった。いや、よくないか。俺たち、あの傭兵たちを捕り逃してしまったんだ。傭兵たちの狙いがよくわからないから、もう一度アンを襲う可能性もある」
「そうなんですか」

 警備団の腕は信用している。だからこそ、それだけの手練れということだ。
 
「護衛をつけたほうがいいかもしれません。そちらで人数が足りないようでしたら、われら騎士団から出してもいい。アンは私たちにとっても大事な仲間ですから」
「大事な、仲間か。大丈夫だ。街のことは、俺たちに任せろ。あなた方が出てきたら、マンダイ騎士団の奴らがうるさいしな」
「ああ、そうですね。あ、でも、アンが城に来るときの送り迎えは私たちにさせてください。それくらいは、黙っていてくれるでしょう。あの騎士団も」

 マンダイ騎士団はマンダイの屋敷を守る騎士団で、誇りだけが高いやつらだ。
 なぜか私たちカサンドラ騎士団に対抗意識を燃やしている。私たちが城外で事を起こせば、奴らがいつも文句をいってくる。それもあり、警備兵団は私たちが街で活動することが好きではない。
 揉めるのは結局マンダイの奴らのせいだ。

「ネスマン殿も頭がいたいな」
「いや、それほどでも。傭兵たちが捕まるまで、協力させていただきたい」
「わかった。情報は共有しよう。それで、アンは劇団の宿舎に戻っているのだな」
「ええ。見送ったので。あ、しかし。カラン様がそこにいらしたので、今はわかりません」
「カラン……ナイゼルが?」
「ええ」

 テランス殿は唇を噛み、あごに手をやる。
 恐らく考えていることは、私が先ほど思ったことと一緒だ。
 アンとカラン様、王宮騎士団との繋がりは見えない。

「まあ。いい。直接聞いてみる。悪かった。話し込んでしまったな。もうすぐ日が暮れる。早く戻ったほうがいい。あ、送ろうか?」
「必要ありません」

 最後に付け加えられた一言が、私の騎士としての誇りを傷つけた。

「悪かった。あなたは騎士だった。じゃあ。俺は劇団に行くから。アンのことはまかせてくれ」

 私の憤りに苦笑を示し、テランス殿は歩き出す。

「テランス殿!すまない」

 流石に子供ぽかったと思って、その背中に向かって声をかける。すると彼は優しい笑顔を返してきて戸惑うしかなかった。
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