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恋なんて関係ない。

1-6 美しい女装役者

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 しかし城に戻ると、とんでもないことになっていた。
 あれからカリナは真っ直ぐ城に戻り、私とテランス殿のこと、えっとこういう言い方はおかしいな。
 とりあえず彼と私が約束していたと、話しまくったらしい。
 そんなふざけた話にのったのは、団員だけではなく、城に勤めるものまでいて、次々と質問された。
 私にも訳がわからなかったし、本当のことを言うとテランス殿や、エリー・カラン嬢の名誉にかかわると思って、適当にはぐらかした。
 そして、すかさず噂の出所を捕まえる。

「カリナ!」
「だ、団長!」
「こっちにこい」

 私は彼女の首根っこを捕まえると、花柄の団長室へ連れ込んだ。
 
「何をみんなに言った?おかしなことばかり聞かれたぞ」

 『いつから付き合っていたんですか』『結婚するんですか』などと、的外れなことばかり聞かれた。挙句に泣く者もいて、対処するのは一苦労だった。

「えっと、団長が黄昏の黒豹と約束していて、迎えにきた彼の傍で顔を赤くしてついていったと」
「なんだ。それは約束なんてものはない。だいたい、か、顔が赤い?!そんなことはなかったぞ」
「赤かったですよ。団長。黄昏の黒豹。かっこよかったですよね。普段着の彼はまた色気が増してて、たまりませんでした。いつからそんな仲になっていたんですか?」
「な、なんだ。それは。誤解だ。誤解。くそ。この際事実を言おう。テランス殿は入団希望者の兄の友人なんだ。それで、妹さんに入団をあきらめるように説得することを代理で頼んできたんだ」
「……なーんだ。そういうことなんですかぁ?折角団長にも春が来たと思ったのに。あの人珍しく団長より背が高くて、しかも色気むんむんで。お似合いだと思ったのに」

 何が色気だ。そんなものあったのか?
 私はふとテランス殿の姿を浮かべてみた。すると彼の笑顔を思い出し、首を横に振る。
 別になんでもない。なんでもない。

「カリナ。この責任をとってもらうぞ。すぐに噂を消してもらう」
「え?無理ですよ。広がったものは」
「なんだと?!」
「でも大丈夫です!噂なんて、煙のようです。火元がなければすぐに消えますよ。だって、何でもないんですよね?」
「当たり前だ」

 私に限って、そういうことはないのだ。
 私は騎士だ。
 世の中の女性全員を守る義務がある。
 多くの男は敵だ。女性を傷つける敵なのだ。

 そうして、嫌々ながらも噂の渦中で一晩過ごし、目覚めた翌日だったが 噂はまだ健在だった。
 団長室に篭っているのだが、用もないのに出入りが激しい。

 あげくに、なぜかファリエス様がいらっしゃった。

 あまりにも面白そうなので、テランス殿の含みのある言い方も気になり、この件について何か知ってないか聞いてみた。
 
「私は関係ないわ。まあ、ナイゼルが何かしたかもしれないけどね。黄昏の黒豹ね。まあ、面白そうだわ」
「面白そうって、なんですか。それは」
「ふふ。ナイゼルも面白いことしてくれたわ。本当。楽しみ。私も何かしようかしら」

 なんなんだ。いったい。
 面白そうっていったい。

 戸惑う私の目の前で、ファリエス様は微笑を浮かべられていた。その笑みはどうみても、何か悪巧みを考えているようにしか見えない。

「ファリエス様。何を考えているんですか?」

 なにか、いやな予感がする。とてつもなく。
 この人何かする気なのだろうか。
 噂自体迷惑なのに、それ以上の何かを。

「別に。いやね。この子ったら!」

 ファリエス様はほほほと笑い、私の肩をばんばんと叩く。
 それはとても淑女の力ではなく、かなり痛かった。

 結局、私に何も説明しないまま、ファリエス様はそのまま帰られた。
 肩の痛みはしばらく続き、やはり団長職に復帰したほうがいいのではないか、真剣にそう思ってしまったくらいだ。
 
 こうして午前中から疲れてしまい、手元の書類を処理する気持ちも萎える。
 これなら、城の警備を一日中していたほうがましだ。

 団長になって、ひとつだけいやなこと。それは警備から外されることだ。

 団長の下に、二人の隊長がいる。それぞれ一番隊と二番隊を率いていて、三日交代の勤務だ。所属団員はそれぞれ二十名。隊内十二時間交代で三日間の勤務を行い、次の隊に交代する。
 団長はこの警備の必要はなく、五日間の団長室勤務だ。通常は書類整理なのだが、私は非番の団員を鍛えることも行っている。
 夜の勤務のときの静けさ。星空の美しさはすばらしかった。

 まあ、夜の美しさは、夜更かしすれば味わえるのでいいとしよう。


 正午の日が少し傾き、みんなの昼食時間が終わるころ、私は食堂に向かった。
 混んでいる時間は避けるようにしていた。
 食堂の担当も私が来る時間帯を知っているので、食事は一人分残しておいてもらっている。
 団長だからと特権を使っているわけではないぞ。 
 スープの具が多かったりしても、それはそれだ。

 食べ終わり、食器を厨房に返し、団長室に戻る。
 この後少し眠くなるのが問題だ。

 ゆっくりと歩いていると、何やら背後に人影を感じる。

 警備の者は何をしてるんだと、私は一気にその影に攻撃を仕掛けた。

「いたっつ。ジュネ様。僕です。僕!」

 その影は、男性恐怖症克服過程の女装男子を演じているアンだった。
 私は二年前に崖の下で怪我をしている彼を助けた。記憶をなくしていたが、その美貌をかぎつけた劇団の団長が彼を引き取った。そのまま役者になり、今では看板役者として劇団に貢献している。
 一年前から女装姿で男性恐怖症に悩む女性の話し相手になってもらい、男性恐怖症克服の手伝いをしてもらっている。
 記憶はまだ戻っていないが、本人はいたって悩んでいる様子はなかった。
 いつも明るい彼は、今日も完璧な女装姿で、カリナより可愛らしく女性らしかった。すまん。カリナ。

「アン。なんでここにいるんだ?いくら女装してるからといっても、ここはお前が入っていい場所ではないぞ」

 城内は基本男子禁制なので、女装男子が入れる場所は指定されている。
 それなのに、彼は完全に男子禁制の場所に入り込んでいた。
 無給でこの一年城の手伝いをしてもらっている。だから今回は見逃してやることにした。
 それくらいはいいだろう。アンがこの区域に入るのは初めてだったし、いつもは時間通り城を出ている。

「門まで送ろう。仕事は終わったのだろう?」
 
 彼の業務は昼食までだ。
 本当にどうしたのだろう。今日は。
 私は不可思議に思いながらも、彼に問いかける。
 対する彼は、長いまつげが濡れているかと思うくらい泣きそうな顔をしていた。

「……ジュネ様を待っていたんです。いつもこの時間ならここを通ると聞いたので」

 どういうことだ?だいたい、その情報はどこから来たんだ?

「ジュネ様、お聞きしたいことがあります。二人で話せる場所はないですか?」

 アンの表情は悲痛で心配になった。
 少し考えた後、私は団長室に彼を招きいれた。

 ★

「本当ですか?」
「ああ、まったくカリナの奴が変なこと言いふらすから」
「よかった……」

 アンの用事はテランス殿との噂のことで、真相を話すと力が抜けたように椅子にもたれかかる。

「どうしたのだ?アン」

 彼は本当に安堵したように、ぐったりと椅子に体を預けていた。
 悲痛な雰囲気もすっかりなくなり、私は彼が何を悩んでいたのかと、首をひねる。

「本当。よかったです。噂が本当だったら、僕は」

 アンは胡桃色の長い髪をきゅっと結び、立ち上がる。
 机の上に手を置き、真向いに座っていた私のすぐ近くに顔を寄せた。
  
 キメ細かな美しい肌、長いまつげの大きな瞳、桃色の柔らかそうな唇。 
 美しい顔を間近で拝むことになり、私は思わず見惚れてしまう。

「……でも違うんですよね?」

 私をじっと見つめていたアンは、にこりと笑うと離れる。
 
「まったく意識されていないのは本当に残念ですけど。今はいいです」
「は?」

 何を言ってるんだろう? 
 意識?

「ジュネ様。僕、もうこんなに身長が伸びてしまって、女装はやめようかと思ってます」

 そう言われればそうだな。
 二年前は私より頭一個分小さかった。
 最初見つけた時も、男装している少女かと思ったくらいだった。

「残念だな。今でも誰よりも女性らしくて綺麗だと思うけどな」
「ははは。うれしいような、微妙な言葉です」

 から笑いするアンの表情は冴えない。

「何かあったのか?」
「なんでもないです。ジュネ様」

 真摯な空色の瞳が私を射る。
 アンは真っすぐ私を見ていた。
 
 立ち上がった彼は私と同じ背丈。
 身長だけでなく、頬は丸みがなくなり、男らしい骨格になっていた。
 体つきも以前よりはしっかりしている。

「僕がカサンドラ城に来れなくなっても、劇団のほうにはきていただけますか?」
「もちろんだ。そういえば芝居もすっかり見に行っていない。今度何を演じるんだ?」
「来月、『隣国の王子』を演じます」
「ああ、あれか」

 敵同士の国の王子と王女の悲恋の話。
 有名な物語で、一年に一度は必ず上演される劇だった。

 そういえば一年前、アンは『隣国の王子』で王女役を演じていた。あれはとても可憐で美しかったな。
 
「今度は僕が王子役を演じます。見ていただけますか?」

 思い出に浸っている私に彼は小さく微笑む。

「ああ、もちろん」
 
 彼は大事な友人だ。
 団員たちも彼の劇を楽しみにしている。

「約束ですよ」
「ああ」

 私が頷くと、アンがいきなり抱きついてきた。
 身長が同じだから、抱きしめられたが正しいか……

「アン?」
 
 見た目は女性なのにやはり、体に当たるのは男の体だった。いや、男に抱きつかれたことはこれが初めてなのだが、女性とはまったく感覚が異なっていた。
 急に動悸が激しくなり、顔が火照っていくのがわかる。

 え?いったい?!

「望みがないわけではないんですね」
 
 アンは私の耳元で満足げ囁く。
 するとなぜか耳まで真っ赤になってしまった。


「えっと、」
 
 ええい。私の頬よ。元の色に戻れ!
 私はパンパンと思わず、自分の頬を叩く。
 
「ジュネ様?!」

 一体なんなんだ。私は。

「えっと、失礼した」

 飛んでもない失態を演じた気がして、私はアンに謝る。
 するとアンが爆笑し始めた。

「アン?何かおかしいんだ?」

 彼はお腹を押さえて、涙を流しながら笑っていた。

「いえ。ジュネ様らしいなって思って」

 結局、笑いの原因は謎のまま、私は彼を玄関まで送ることになった。
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