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第三部
めでたし、めでたし。
しおりを挟む「お父様。私の出番はもう終わり?」
「うん。お疲れ様」
「私も」
「エヴァン。君の場合、踊ってよかったのかい?君の妃が怒っていたみたいだけど」
「広間に戻ります」
第一王子エヴァンは真顔になると、少し駆け足ぎみに広間に戻った。
王アレンを筆頭に、王子、王女は、昆虫男爵と美しき令嬢の結末をバルコニーから覗き見していた。
第二王子ケイデンがジャスティーナに心を寄せていたのは事実だが、二人の仲を裂こうなどとは思っておらず、今回もイーサンを後押しするために、アレンが描いた茶番に付き合った。
第一王子も王女も面白そうということで、この劇に参加している。
王妃は呆れ、第一王子妃は演技とわかっているが、楽しそうに踊る夫と美しいジャスティーナに対してメラメラと嫉妬の炎を燃やしていた。
「私はもう少しイーサンと踊りたかったな。だって楽しかったもん」
「楽しかった?。君は怖くなかったの?」
「肖像画で見てたし、ジャスティーナを見つめる瞳がとても優しくて、いいなって思ったの」
王女ケイリーは十二歳。恋に憧れる時期で、アレンは政略結婚になろうともできるだけ彼女の意向に沿うような夫を選ぼうと親馬鹿な思いを抱えている。
「お兄様がもうちょっと頑張ればなあ」
「頑張ってもだめだよ」
「え?お兄様はこんなにかっこいいのに?」
「そう。君もいずれわかるよ」
「そうだよ。ケイリー」
アレンとケイデンに言われたが、ケイリーにはまだわからない。
「さて、もう覗くのはもうやめようかな。二人ともそろそろ広間に戻るよ」
「はーい」
「そうですね」
ケイデンは一度だけ眼下の幸せそうな恋人達に目を向けたが、父と妹の背中を追いかけ、歩き始めた。
――それから二ヶ月後。
昆虫男爵の屋敷で、結婚式が行われようとしていた。ひっそり行うつもりが、ウィリアムが漏らしたのか、出席者には王族が並び、ホッパー男爵は青ざめた顔をして、娘の旅立ちを見守っている。
イーサンとジャスティーナの純白の衣装は、アビゲイルとマデリーンによる大作だ。イーサンはささやかな抵抗をしたが、最終的に諦めて、細かな刺繍の入った純白のジャケットを羽織り、何重ものレースで隠されたジャスティーナを見つめる。
「間に合ったようだね」
「よかった」
女性の声がふいにして、会場である外庭に二人の魔女が現れた。
それは森の魔女メーガンと沼の魔女イザベルで、参加者がざわつく。
二人の魔女には色々な世話になったジャスティーナも思わずイーサンの腕を強く掴んでしまった。
「大丈夫だ」
「ええ」
彼は彼女に言い聞かせながら、置かれた腕に手を重ねた。
「メーガン。久々だね」
「アレン。あんたも来たんだね」
王相手に対してもメーガンの態度が変わることはない。それを不敬と思う者もいなかった。
「私から祝福の魔法を送ろうと思ってね」
「必要ありません!」
メーガンの言葉に、イーサンとジャスティーナは同時に答える。
「おやおや。欲のない子たちだね」
つまらなそうに、けれども満足そうに森の魔女は笑った。
「この結婚を、この森の魔女は祝福するよ。二人は未来永劫幸せに暮らすだろう」
いらないと言ったのに、メーガンはそう言い放つ。
すると、色とりどりの花びらが空から雪のように降ってきた。
「綺麗……!」
レース越しではよく見えないので、ジャスティーナはベールを持ち上げ、空を仰ぐ。
イーサンは花びらの中、妖精のように美しい彼女に見惚れ、ただ見つめていた。
「ジャスティーナ。あの取引はまだ有効だから。いつでも私を探しにおいで」
花びらのシャワーが降る中、イザベルがいつの間にかジャスティーナのそばに来ていた。
「そんな取引は必要ない。俺は、もう自分の容姿のためにあなたに対して卑屈になったりしない。こんな顔でも俺の顔なのだから」
「イーサン様。私はあなたの顔が好きよ。もちろんあなた自身も」
感情を高ぶらせたイーサンがジャスティーナの肩を掴み、二人は見つめ合う。
「おやおや。まだ誓いのキスには早いよ」
メーガンが口を挟み、二人は我に返り慌てて離れた。
花びらが舞う中、結婚式は執り行われ、王自らが二人の婚姻の誓約の証人となった。
王国に伝わる物語「昆虫男爵と美しい令嬢」。
その表紙には王自らが描いた二人の肖像画が使われている。なんでもその表紙を使わないと発行できなかったらしい。
そんな曰く付きの童話であるが、王国の繁栄と共に人々に愛され続ける物語となった。
(終わり)
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