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第一部

男爵令嬢の決意

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「旦那様」
「なんだ」

 書斎でお茶を飲んでいたイーサンは顔を上げた。

「旦那様が問題と思っているのはジャスティーナ様の顔でしょうか?」
「何を突然聞くんだ?」

 彼はハンクの質問の意味というか、意図がわからず、聞き返す。

「詳しくは聞いておりませんが、お送りした馬車の中でイザベラ様がジャスティーナ様に何か相談をもちかけたようでした」
「まさか、」
「そのまさかがないと限りません。旦那様は、ジャスティーナ様の顔がまた変わってしまうことに賛成ですか。そうなれば、ジャスティーナ様を、その気持ちを受けいれますか?」
「何を馬鹿なことを。まさか、呪いを受けるなど」
「旦那様。お忘れになってますか?ホッパー家の複雑な事情を。もしジャスティーナ様が知ってしまったら」
「ハンク!モリーに連絡を。あとニコラスに沼の魔女の動向を探ってもらってくれ」
「はい、旦那様」

 ハンクは一礼すると、踵を返し退室する。

 ――ジャス、ジャスティーナ。あなたのその美しい顔は、あなたのものだ。誰かのために変えるなど馬鹿な考えはやめてくれ。

 イーサンがそんなことを請うのは間違っている。
 けれども、そう請わずにはいられなかった。



「ジャスティーナ。喜ぶのだ。明日は来てもいいと、ルーベル公爵から手紙をいただいたぞ」
「それは嬉しいわ。沼の魔女もいらっしゃるのかしら?」
「ああ。そうだ」

 夕食時間、ホッパー男爵は顔を綻ばせジャスティーナに明日の訪問のことを伝えた。
 彼女はテーブルの下ではドレスをきゅっと掴んでいたが、笑顔を浮かべ答える。
 アビゲイルは気分が悪いということで、夕食には同席してしない。

 男爵は娘の本当の気持ちなど少しも理解しようとせず、明日のことを嬉しそうに話し続けた。それを彼女は聞き流し、自身の明日の行動について考える。
 
 ――間違っていることかもしれない。そう、多分間違っている。だけど、私はもうこの顔で生きていきたくない。今度顔が変わったら、婚約は確実に破棄されるわ。向こうから。だから、家には迷惑がかからない。ただ、魔法ではなく、前のように呪いとしてかけてもらう必要がある。イザベラ様なら協力してくれるはず。私のこの顔を対価に、「呪い」として顔を変えてもらうわ。

 ジャスティーナは、イーサンのこと想う。
 この事で彼に軽蔑されることは予想できた。けれども、彼女はこの顔で生きていくことに耐えられそうもなかった。

 ――ごめんなさい。イーサン様。あなたには絶対迷惑をかけないから。何があっても、森に逃げ込まないから。

 そう決めて、彼女は味気のない夕食を終えた。
 モリーが部屋にやってきたのは寝る直前で、彼女をひどく心配していた。

 ――これからすることは誰にも言わない。

 そう決めているジャスティーナは、モリーを安心させようと強がって見せた。彼女がやろうとしていることを知られると止められる、そう考えたからだ。

「モリー。大丈夫だから。心配しないで。こんな私を心配してくれてありがとう」
「ジャス様。こんな私とか言わないでください。本当に、この家の人たちはジャス様に対して酷すぎます。この屋敷を出たくなったらいつでも言ってくださいね!」
「ありがとう。本当」

 モリーの言葉に目頭が熱くなる。けれども、ジャスティーナはそれを耐え、精一杯微笑んだ。
 
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