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第一部
男爵令嬢の決意
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「旦那様」
「なんだ」
書斎でお茶を飲んでいたイーサンは顔を上げた。
「旦那様が問題と思っているのはジャスティーナ様の顔でしょうか?」
「何を突然聞くんだ?」
彼はハンクの質問の意味というか、意図がわからず、聞き返す。
「詳しくは聞いておりませんが、お送りした馬車の中でイザベラ様がジャスティーナ様に何か相談をもちかけたようでした」
「まさか、」
「そのまさかがないと限りません。旦那様は、ジャスティーナ様の顔がまた変わってしまうことに賛成ですか。そうなれば、ジャスティーナ様を、その気持ちを受けいれますか?」
「何を馬鹿なことを。まさか、呪いを受けるなど」
「旦那様。お忘れになってますか?ホッパー家の複雑な事情を。もしジャスティーナ様が知ってしまったら」
「ハンク!モリーに連絡を。あとニコラスに沼の魔女の動向を探ってもらってくれ」
「はい、旦那様」
ハンクは一礼すると、踵を返し退室する。
――ジャス、ジャスティーナ。あなたのその美しい顔は、あなたのものだ。誰かのために変えるなど馬鹿な考えはやめてくれ。
イーサンがそんなことを請うのは間違っている。
けれども、そう請わずにはいられなかった。
☆
「ジャスティーナ。喜ぶのだ。明日は来てもいいと、ルーベル公爵から手紙をいただいたぞ」
「それは嬉しいわ。沼の魔女もいらっしゃるのかしら?」
「ああ。そうだ」
夕食時間、ホッパー男爵は顔を綻ばせジャスティーナに明日の訪問のことを伝えた。
彼女はテーブルの下ではドレスをきゅっと掴んでいたが、笑顔を浮かべ答える。
アビゲイルは気分が悪いということで、夕食には同席してしない。
男爵は娘の本当の気持ちなど少しも理解しようとせず、明日のことを嬉しそうに話し続けた。それを彼女は聞き流し、自身の明日の行動について考える。
――間違っていることかもしれない。そう、多分間違っている。だけど、私はもうこの顔で生きていきたくない。今度顔が変わったら、婚約は確実に破棄されるわ。向こうから。だから、家には迷惑がかからない。ただ、魔法ではなく、前のように呪いとしてかけてもらう必要がある。イザベラ様なら協力してくれるはず。私のこの顔を対価に、「呪い」として顔を変えてもらうわ。
ジャスティーナは、イーサンのこと想う。
この事で彼に軽蔑されることは予想できた。けれども、彼女はこの顔で生きていくことに耐えられそうもなかった。
――ごめんなさい。イーサン様。あなたには絶対迷惑をかけないから。何があっても、森に逃げ込まないから。
そう決めて、彼女は味気のない夕食を終えた。
モリーが部屋にやってきたのは寝る直前で、彼女をひどく心配していた。
――これからすることは誰にも言わない。
そう決めているジャスティーナは、モリーを安心させようと強がって見せた。彼女がやろうとしていることを知られると止められる、そう考えたからだ。
「モリー。大丈夫だから。心配しないで。こんな私を心配してくれてありがとう」
「ジャス様。こんな私とか言わないでください。本当に、この家の人たちはジャス様に対して酷すぎます。この屋敷を出たくなったらいつでも言ってくださいね!」
「ありがとう。本当」
モリーの言葉に目頭が熱くなる。けれども、ジャスティーナはそれを耐え、精一杯微笑んだ。
「なんだ」
書斎でお茶を飲んでいたイーサンは顔を上げた。
「旦那様が問題と思っているのはジャスティーナ様の顔でしょうか?」
「何を突然聞くんだ?」
彼はハンクの質問の意味というか、意図がわからず、聞き返す。
「詳しくは聞いておりませんが、お送りした馬車の中でイザベラ様がジャスティーナ様に何か相談をもちかけたようでした」
「まさか、」
「そのまさかがないと限りません。旦那様は、ジャスティーナ様の顔がまた変わってしまうことに賛成ですか。そうなれば、ジャスティーナ様を、その気持ちを受けいれますか?」
「何を馬鹿なことを。まさか、呪いを受けるなど」
「旦那様。お忘れになってますか?ホッパー家の複雑な事情を。もしジャスティーナ様が知ってしまったら」
「ハンク!モリーに連絡を。あとニコラスに沼の魔女の動向を探ってもらってくれ」
「はい、旦那様」
ハンクは一礼すると、踵を返し退室する。
――ジャス、ジャスティーナ。あなたのその美しい顔は、あなたのものだ。誰かのために変えるなど馬鹿な考えはやめてくれ。
イーサンがそんなことを請うのは間違っている。
けれども、そう請わずにはいられなかった。
☆
「ジャスティーナ。喜ぶのだ。明日は来てもいいと、ルーベル公爵から手紙をいただいたぞ」
「それは嬉しいわ。沼の魔女もいらっしゃるのかしら?」
「ああ。そうだ」
夕食時間、ホッパー男爵は顔を綻ばせジャスティーナに明日の訪問のことを伝えた。
彼女はテーブルの下ではドレスをきゅっと掴んでいたが、笑顔を浮かべ答える。
アビゲイルは気分が悪いということで、夕食には同席してしない。
男爵は娘の本当の気持ちなど少しも理解しようとせず、明日のことを嬉しそうに話し続けた。それを彼女は聞き流し、自身の明日の行動について考える。
――間違っていることかもしれない。そう、多分間違っている。だけど、私はもうこの顔で生きていきたくない。今度顔が変わったら、婚約は確実に破棄されるわ。向こうから。だから、家には迷惑がかからない。ただ、魔法ではなく、前のように呪いとしてかけてもらう必要がある。イザベラ様なら協力してくれるはず。私のこの顔を対価に、「呪い」として顔を変えてもらうわ。
ジャスティーナは、イーサンのこと想う。
この事で彼に軽蔑されることは予想できた。けれども、彼女はこの顔で生きていくことに耐えられそうもなかった。
――ごめんなさい。イーサン様。あなたには絶対迷惑をかけないから。何があっても、森に逃げ込まないから。
そう決めて、彼女は味気のない夕食を終えた。
モリーが部屋にやってきたのは寝る直前で、彼女をひどく心配していた。
――これからすることは誰にも言わない。
そう決めているジャスティーナは、モリーを安心させようと強がって見せた。彼女がやろうとしていることを知られると止められる、そう考えたからだ。
「モリー。大丈夫だから。心配しないで。こんな私を心配してくれてありがとう」
「ジャス様。こんな私とか言わないでください。本当に、この家の人たちはジャス様に対して酷すぎます。この屋敷を出たくなったらいつでも言ってくださいね!」
「ありがとう。本当」
モリーの言葉に目頭が熱くなる。けれども、ジャスティーナはそれを耐え、精一杯微笑んだ。
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