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第一部

母の告白

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「座りなさい」

 アビゲイルは人払いをさせ、ジャスティーナに椅子に座るように促した。
 彼女は戸惑いながら椅子に腰掛け、母を見上げた。

「教えることはなにもないわ。シェリンプ様が導かれるから、それに従うだけ。そうね。逆らうことはしないように」
「お母様。それは、いやです」
「どうしてです?あなたはあんなにも彼を慕っていたじゃないの」
「それは以前の私です。私は顔を変えられてから、考え方が変わりました。前の私はとても愚かで傲慢だった。だから使用人にも冷たくされるのは当然だし、お母様にだって」
「ジャスティーナ」

 その告白にアビゲイルは、目を見開き、半ば呆然と彼女を見る。
 
「お母様。私は本当に情けない娘だった。傲慢でとても鼻持ちならなかった。ごめんなさい。本当に」

 ジャスティーナは立ち上がり、深々と母に謝罪した。
 しかし、アビゲイルは何も答えず、ただ彼女を凝視している。

「ああ、ジャスティーナ。あなたと姉はこんなに違うのに。私は」
「お母様?」
「ジャスティーナ。今まで許してちょうだい。私は、あなたが許せなかったの。姉のように、旦那様の寵愛を奪っていくあなたを。いつしか、私はあなたを娘ではなく、姉として見ていたわ。そうして、私は、私の姉に対する気持ちに気がついた。私は姉を憎んでいたのね。本当は」
「お母様?」

 突然始まった母の告白。
 けれども、「姉」と連呼するところが彼女は理解できなかった。

「一生言わないつもりだった。けれども、もう耐えられそうもない。あなたは、私の娘じゃないの。姉のアヴィリンと、旦那様の子なのよ」
「ど、お母様?」

 ――何を言われたの。私がお母様の娘じゃなくて、お父様と伯母様の娘だって聞こえたけど。

「あなたが生まれて、姉が命を落とした。私と旦那様はすでに婚約もしていて、結婚の日取りも決まっていたわ。だから、あなたを私の娘として迎えることにしたの。最初はとても楽しかったわ。あなたはとても可愛くて、本当に私の娘のように思っていた。けれど成長するにつれて、あなたはどんどん姉に似ていった。私と姉は目も髪も同じ色だったから、あなたが姉に似すぎていて問題はなかったけど、私はどんどん、あなたのことが嫌になったわ。そう、旦那様があなたに優しくするたびに、それは強くなっていったわ」

 耳を塞ぎたくなるような、母の告白。
 母の思いは容赦なくジャスティーナにぶつけられ、彼女は体が震えていくのがわかった。

 ――私はお母様の子じゃない。お母様が憎んだ、亡くなった伯母様の娘なんだわ。そしてお母様は、私ことが嫌いだった。わかっていた。だって、お母様はいつも変わらない、冷たい態度で私に話しかけてきたもの。

 わかっていると自身に言い聞かせ、それ以上傷つかないようにする。
 けれども母から溢れる言葉は刃物のように彼女を傷つけていった。

「あなたの顔が変わった時、本当に嬉しかったわ。もう姉の顔を見なくていいと思ったから」
 
 ――ああ、この顔はとても罪深い顔。やはり元になんて戻るべきじゃなかったのね。私は呪われたまま、生きていくべきだった。

 アビゲイルは泣きながら笑い、半狂乱で彼女を見ていた。
 ジャスティーナは自分がどんな顔をしているのか、わからなかった。
 しかし、顔を見られたくなくて、両手で隠す。

「お母様、ごめんなさい。私のせいで、お母様がこんなに苦しんでいたなんて」

 ――お母様なんて呼んではいけないかもしれない。でも私にとってお母様は、一人しかないもの。

「ジャスティーナ……」
 
 「娘」の謝罪に、アビゲイルは動きを止め、口を押さえた。

「わ、私はなんてことを、」
「お前たち、何をしているのだ!」

 扉の外で怒鳴り声が聞こえた。同時に一気に数人の足音がして消える。
 声は父で、母が顔色を変え震え始めた。

 ――父はずっと母に辛い思いをさせてきた。私は何も知らなかった。父に甘やかされ、ただ傲慢に振舞っていただけ。だから。

「アビゲイル。中にいるのか?入るぞ」

 取手が回され、扉が開く。
 ジャスティーナは立ち上がり、父が喜ぶ笑顔を貼り付ける。

「ジャスティーナ。お前はまだこの部屋にいたのか。アビゲイル!まさかお前は!」
「お父様。お母様はシュリンプ様とこれからどんな関係を築いていくべきか、教えてくださっただけなの」

 傷ついた心、立っているのも辛いくらいの疲労感を押さえ、彼女は父の大好きな娘を演じる。

「そ、そうか。そういうことか。アビゲイル。よく教えてくれたな」
「ジャスティーナ」

 母は力なく、彼女の名を呼ぶ。

 ――お母様、もう無理はしなくてもいいの。私は決めたわ。

「お父様。すぐにでもルーベル公爵のところへご挨拶に伺いたいわ。シュリンプに今日のお詫びをしたいの。その時、沼の魔女にも会いたいわ。ちゃんと謝罪をしたいのよ。お父様、お願い」

 今となっては、吐き気がするような態度だ。
 けれどもジャスティーナは以前の自身を思い浮かべ、目的を達しようとした。

「ジャスティーナ。沼の魔女も一緒か。うーん。よし、やってみよう」

 蕩けるような笑みを父は浮かべ、ジャスティーナの肩を掴む。
 寒気が走ったが、彼女は堪える。
 母がまた不快な思いをしているはずだった。けれども彼女は後ろを振り返らなかった。

 ――お母様、待っていて。お母様の苦痛の原因はすぐに取り除くから。
 
 ジャスティーナは、背後の母に心の中でそう語りかけた。
 
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