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第一部
よく似た肖像画
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「モリーの姿が見えないのだが?」
この屋敷でおそらく一番賑やかな存在であるモリーの姿が朝から見えず、昼を過ぎても姿を現さなかった。
なので、イーサンは自然とハンクに尋ねた。
「モリーは本日から出張です」
「は?どういう意味だ」
「旦那様なら知ってらっしゃると思いましたが」
ハンクが含みのある言い方をして、イーサンは額を押さえる。
ニコラスが昨日ほとんど屋敷に不在だった。そしてあれほどジャスティーナが屋敷を去ることに不平不満を訴えていた使用人達がぴたりと、静かになった。
通常の彼なら既に気がついたはずだ。
使用人達が何をしようとしているのか。
だが、思い悩んでいたイーサンはその可能性について、今の今まで思い当たらなかった。
「ホッパー家にいるのか?」
「さあ、ご想像におまかせします」
額を押さえながら問うが、ハンクは直接的な答えを避けた。
「反対されるとは思っておりませんから」
その上、そう付け加える。
「……すまんな」
「そう思っているなら、お考えを変えませんか?ジャスティーナ様の想いは本物です。なぜ信じてあげられないのです」
「それに関しては、お前の言うことを聞くつもりはない」
イーサンはハンクから視線を外し、手元の書類を片付けていく。
「本当に」
溜息をつかれたが、彼は無視して、書類を手に取り、めくっていく。
けれども考えていることは、ホッパー家に戻ったジャスティーナのことで、書類の内容など頭に入ってこなかった。
☆
あれからシュリンプと二人きりにならなかったおかげが、妙に接近されることもなく、ジャスティーナは心の底から安堵して、ルーベル公爵とシュリンプを見送った。
玄関先で満面の笑みを湛える父の横で、彼女は引きつった顔しか作れなかった。そして完全に彼らの乗った馬車が視界から消え、部屋に戻ろうとした時、父に呼ばれた。
「なぜ、お前はシュリンプ様の行為を嫌がるのだ」
「な、ぜって。お父様。当たり前よ。無理やり何かされるなんて怖くてたまらないわ。お父様は知っていたのね!なぜ止めてくれないの!」
「止める。おかしな事を言うな。お前は直にシュリンプ様の妻になり、公爵夫人だ。早めに子供ができると少し噂になってしまうが、婚約しているのだから問題ないだろう」
「こ、子供ですって!どういう意味なの?お父様!」
「そうか、お前はまだ知らなかったな。アビゲイル。すぐにでもジャスティーナに教えてあげなさい。知るのは早い方がいいからな」
「ど、どういうこと?お母様?」
ジャスティーナは父の言葉の意味がよくわからず、後ろに控えていた母アビゲイルに助けて求める。
いつもは無表情なのに、今日は顔色を変え、怒っているようだった。
「アビゲイル。知識だけでいい。細かいことは、実践で覚えるからな」
父が嫌らしい笑い声をあげ、アビゲイルは唇を噛み締めた。
母のこのような表情は初めてで……、そう思ったが、ジャスティーナは遠い昔の記憶を思い出す。
あれは夏のある日、父の書斎に潜り込んだジャスティーナを追ったアビゲイルはある肖像画が見つけた。それは確か、ジャスティーナによく似ていた女性のものだった。
肖像画を見つけたのは偶然。しかし父は母を叱り飛ばした。その時、確か母はこんな顔をしていた。
――あの肖像画は、誰なのだろう。私によく似た人。どうしてお父様もあんなにお怒りになっていたんだろう。お母様の様子もおかしかったし。
「ジャスティーナ。私の部屋に来なさい」
母の冷たい声に、彼女は現実に引き戻される。
歩き出したアビゲイルに遅れをとらないように、ジャスティーナは慌てて彼女を追った。
この屋敷でおそらく一番賑やかな存在であるモリーの姿が朝から見えず、昼を過ぎても姿を現さなかった。
なので、イーサンは自然とハンクに尋ねた。
「モリーは本日から出張です」
「は?どういう意味だ」
「旦那様なら知ってらっしゃると思いましたが」
ハンクが含みのある言い方をして、イーサンは額を押さえる。
ニコラスが昨日ほとんど屋敷に不在だった。そしてあれほどジャスティーナが屋敷を去ることに不平不満を訴えていた使用人達がぴたりと、静かになった。
通常の彼なら既に気がついたはずだ。
使用人達が何をしようとしているのか。
だが、思い悩んでいたイーサンはその可能性について、今の今まで思い当たらなかった。
「ホッパー家にいるのか?」
「さあ、ご想像におまかせします」
額を押さえながら問うが、ハンクは直接的な答えを避けた。
「反対されるとは思っておりませんから」
その上、そう付け加える。
「……すまんな」
「そう思っているなら、お考えを変えませんか?ジャスティーナ様の想いは本物です。なぜ信じてあげられないのです」
「それに関しては、お前の言うことを聞くつもりはない」
イーサンはハンクから視線を外し、手元の書類を片付けていく。
「本当に」
溜息をつかれたが、彼は無視して、書類を手に取り、めくっていく。
けれども考えていることは、ホッパー家に戻ったジャスティーナのことで、書類の内容など頭に入ってこなかった。
☆
あれからシュリンプと二人きりにならなかったおかげが、妙に接近されることもなく、ジャスティーナは心の底から安堵して、ルーベル公爵とシュリンプを見送った。
玄関先で満面の笑みを湛える父の横で、彼女は引きつった顔しか作れなかった。そして完全に彼らの乗った馬車が視界から消え、部屋に戻ろうとした時、父に呼ばれた。
「なぜ、お前はシュリンプ様の行為を嫌がるのだ」
「な、ぜって。お父様。当たり前よ。無理やり何かされるなんて怖くてたまらないわ。お父様は知っていたのね!なぜ止めてくれないの!」
「止める。おかしな事を言うな。お前は直にシュリンプ様の妻になり、公爵夫人だ。早めに子供ができると少し噂になってしまうが、婚約しているのだから問題ないだろう」
「こ、子供ですって!どういう意味なの?お父様!」
「そうか、お前はまだ知らなかったな。アビゲイル。すぐにでもジャスティーナに教えてあげなさい。知るのは早い方がいいからな」
「ど、どういうこと?お母様?」
ジャスティーナは父の言葉の意味がよくわからず、後ろに控えていた母アビゲイルに助けて求める。
いつもは無表情なのに、今日は顔色を変え、怒っているようだった。
「アビゲイル。知識だけでいい。細かいことは、実践で覚えるからな」
父が嫌らしい笑い声をあげ、アビゲイルは唇を噛み締めた。
母のこのような表情は初めてで……、そう思ったが、ジャスティーナは遠い昔の記憶を思い出す。
あれは夏のある日、父の書斎に潜り込んだジャスティーナを追ったアビゲイルはある肖像画が見つけた。それは確か、ジャスティーナによく似ていた女性のものだった。
肖像画を見つけたのは偶然。しかし父は母を叱り飛ばした。その時、確か母はこんな顔をしていた。
――あの肖像画は、誰なのだろう。私によく似た人。どうしてお父様もあんなにお怒りになっていたんだろう。お母様の様子もおかしかったし。
「ジャスティーナ。私の部屋に来なさい」
母の冷たい声に、彼女は現実に引き戻される。
歩き出したアビゲイルに遅れをとらないように、ジャスティーナは慌てて彼女を追った。
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