勇者の息子

ありま氷炎

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 二百年に一度、魔王は誕生する。
 そして聖剣が生まれ、勇者が選ばれる。

 繰り返される歴史、人々は魔王の誕生を、勇者の選抜を受け入れていた。
 魔王が倒されるとき、勇者も同時に死する。それはまるで人身御供のよう。
 しかし、人々はそのことに疑問も持たず日々暮らしを営んでいた。

「何?!魔王誕生?それは本当か?」

 魔王が誕生する場所は、いつも同じではない。
 しかし誕生の際に起きる事情は同じだった。
 大量の魔物が溢れ出てるとき、魔王は生まれる。

「それは通常の異常発生ではないのか?」
「いえ、すでに一つの村が壊滅しております。その中心には黒い塊があったと証言もとれております」
「勇者タケルが魔王を倒してから、まだ十年だぞ。そんな周期で起きるわけがない。聖剣の話もまだ聞こえてこないのだぞ」
「しかし」
「ええい、私の目で確かめるのみ。場所を申せ」
「はっつ」

 そうして第二師団長は偵察連隊、騎兵連隊、歩兵連隊、魔術師連隊、後方支援連隊で構成される彼の師団を率いて赴いた。

「ま、魔王だ」

 第二師団長の最後の言葉はそれで、すぐにほかの師団へ伝えられた。
 王宮魔術師によって聖剣が探されたが、発見することはできず。
 勇者不在のまま、将軍は魔王討伐の作戦を取る。
 聖剣があれば、その聖なる光によって魔物の動きは鈍り、魔王の元へたどり着くことは容易だった。魔王を倒せば、魔物は凶悪さを失い、数も大幅に減る。魔王がいる限り、魔物は何度も生まれるのだ。だからこそ、魔王討伐軍は魔王を倒そうと試みた。
 しかし、魔物が魔王の前に立ちふさがり、その切先が魔王に届く事はなかった。
 魔王軍の勢いは止まる事なく、次々に村が街が飲み込まれて行った。

「ええい!なんとかせぬか」

 王は王宮で吠えたてる。
 しかし、聖剣もなく勇者もおらず、兵士たちは次々に倒れていき、ついに国民に徴兵をかけるまでになった。

「トモ。絶対に帰ってくるんだよ」
「あったりまえだ!俺は親父とは違う!」

 コットリ村でとうとう少年まで魔王討伐軍に加えられるようになった。
 それまで徴兵外だった、十四歳以上の少年たちが、騎士たちに連れられ、村を出ていく。

「お前の親父が魔王討伐をしくじったから、俺たちまで」
「なんだと!俺の親父はしくじってなんかねぇ!」

 同じ村の出身で一つ年上のミキオに父親のことをなじられ、トモはかっとして彼に殴りかかる。
 トモの父親タケルは、勇者だった。
 十年前に魔王を滅ぼし、己も命を失った尊い勇者。
 当時、トモは父親の功績を讃えられ、村でも特別扱いだった。それは魔王が現れるまで続いた。
 魔王が現れ、人間側が苦戦し始めると、トモの父、勇者を貶めるような輩を現れた。コットリ村でも、徐々にその風潮が高まり、トモ母子は白い目で見られるようになった。

「これこれ、少年。殴ると何事だ。そんな力は魔物に対して使え」

 全身を甲冑で包む騎士の一人がトモを諌める。その声は女性特有の高い声だった。

「ふん。トモは魔物味方なのさ。勇者だった親父さんと同じでさ」
「まだ言うのか!」

 鼻から血を出しながら、ミキオはトモを笑う。
 再び殴ろうとしたところで、甲冑の女性騎士が間に入った。

「貴様、勇者タケル様を愚弄する気か?かの方は、命を捨てて魔王を倒したのだぞ!」

 女性騎士の剣幕にミキオは押されたのだが、後ろから別の少年が口を挟む。

「ですけど、魔王は現れましたよね?わずか十年で。それは倒していなかったってことではないのですか?」

 その少年の言葉に、トモは動きを止める。
 それは、魔王が復活したと聞いてから、ずっと考えていたことだった。亡くなった父は力強く、喧嘩も村で一番だったが、心優しい男だった。
 勇者に選ばれたのもその優しい心根のためだと村人たちが噂するほどだった。
 父が魔王を倒して、亡くなったと聞き、トモはそれが事実だと受け入れることができなかった。わずか四歳だったせいもある。物心がつき、魔王伝説を理解してからはその事実を受けいれられるようになった。
 しかし、父が亡くなってから十年で魔王復活。
 本当に父が魔王を倒したのか、そんな戯言をいう輩は片っ端から殴ってきたが、そう冷静に指摘されるとトモはただ聞くしかできなかった。

「タケル様が倒した魔王と今回の魔王の違う個体だ。それ以上タケル様を愚弄するつもりなら、私にも考えがある」

 女騎士とトモは面識がない。
 しかし、彼女は勇者タケルに難癖をつける少年たちを睨みつけ、そう言った。

「カルラ。やめておけ。子供相手に」
「しかし、勇者を愚弄したのだぞ」
「それはそうだが、子どもらの気持ちもわかってやれ。父や兄だけではなく、つい自らも軍に駆り出されたのだぞ。ストレスはたまるだろう?」

 ポンポンと別の騎士が女騎士の肩を軽く叩く。それを嫌そうに振り払って女騎士はトモたちから離れた。

 ⭐︎

「うわああ」
「お前たちは逃げろ!」
「子どもたちを逃げすぞ!」

 集めた少年たちは訓練をした後に、兵士として魔王討伐軍に加えられる予定だった。
 しかし、訓練所がある王都にたどり着く前に、トモたちは魔物に襲われた。
 騎士たちは少年の前に立ち、逃がそうとしたが、魔物たちの狙いは少年たちだった。

「……俺を狙ってる?」

 トモが気が付くのは早かった。
 少年たちは散り散りになって逃げようとした。魔物たちは他の少年たちではなく、トモを追ってきた。

「な、なんで?」
「おい、魔物はトモを狙ってるぞ!」
「トモから離れろ!」

 気が付いたのは彼だけではなく、少年たちもだ。
 初めては戸惑っていた騎士たちだが、やはり己の命が惜しい、トモは勇者の子だ。女騎士以外は勇者に対して複雑な思いを抱いているものが多く、多くの人がトモから離れた。

「畜生!」

 どうして自分が狙われいるか、彼にはわからなかった。
 勇者である父は前の魔王を倒した。
 その恨みとも考えられる。
 トモは少し喧嘩が強いが普通の少年である。
 そのまま魔物に倒されると思ったが、トモを庇うものがいた。
 それはあの女騎士だった。

「私はタケル様に救われた。それならその子どもである君を救うのは恩返しだ!」

 女騎士は必死に戦うが、なんせ敵が多い。

「おい、リリィ。やめろよ。そんなガキほっとけ!」
「できるわけがない!」

 数時間前、女騎士リリィの肩をたたいた騎士が叫ぶ。
 しかし彼女は怒声で返した。

「くそう!」

 騎士はリリィに加勢し、トモをかばう形になる。
 他の騎士たちも同様に助けに入り、傷ついていく。

「俺が、俺が死ねばいいんだ!やめてよ!」

 勇者であった父のことが大好きだった。
 しかしおそらく父のせいで魔王が早く復活してしまったのだろう。
 トモはそう悟り、走り出す。

「俺をころせぇえ!」

 引き留める女騎士リリィを振り切り、彼は魔物の前に立った。
 すると、魔物の動きが止まった。
 黒い塊がずるずると重い体を引きずって、彼の前に立つ。

「と、トモ」
「なんで、俺の名を」
「俺を殺せ。そしてこの悲惨な歴史を終わらせるんだ」

 黒い塊の中から、トモの父であるタケルの顔が現れた。

「どういうことだ?!」
「魔王は倒されるわけではない。勇者に寄生して200年眠るだけだ。ずっとこれは繰り返されてきた。しかし、俺は終わらせたかった。俺が魔物を押さえる。だから、俺ごと、魔王を殺せ!」
「お、おやじ!」

 十年ぶりに会った父は記憶のままだった。
 苦痛に顔を歪め、トモを見ている。

「聖剣はここだ」

 タケルは黒い塊の中から、剣を引き出して、トモに渡す。

「タケル様!」
「リリィ殿。トモを守ってくれてありがとう。さあ、トモ、殺せ。俺が抑えられてるのはほんの少しの時間だ。今やらなければ、俺は魔王と一体化して、世界を壊す」
「おやじ!母さん、母さんが会いたがっていたのに」
「すまん。母さんには話すな。俺は魔王を倒して死んだ勇者だ」
「おやじ!」
「さあ、やれ!」

 トモは剣を握る。
 すると聖剣は光を取り戻し、乳白色に輝く。

「おやじ!」

 トモは泣きながら、剣で黒い塊を刺した。

「よ、よくやった」

 タケルはそう言うと笑う。
 そして黒い塊は灰に代わっていき、風に吹かれて飛んで行った。
 集まった魔物たちも同様に空気に溶けるように灰になる。残骸は風に運ばれて空に舞い上がる。

 その日、魔王は討伐され、世界に平和が戻った。
 事実は伏せられ、勇者の子が聖剣を使い魔王を討伐したと記録に残された。
 聖剣は、タケル、黒い塊が灰に変わったとき、一緒に消えてしまった。

 もう世界に二度と魔王も、勇者も現れることはない。
 人々の幸せのために、勇者はずっと犠牲になってきた。
 それを知っているのは、最後の戦いに参加した少数の騎士と少年たちだった。

(おしまい)





 
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