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番外編

ただ、君の幸せを祈っている。(善樹x秀雄)

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「你回了吗?(帰ってきますよね?)」
 私の愛しい恋人はベッドの上で、身支度を整える私を見上げる。
 美しい私の恋人、本当なら一緒にクリスマスを過ごしたかった。
 しかし、休暇は取れているし、帰らないと安英(やすえ)や親たちが余計な心配をしそうだ。
 帰らなければ……
「当然了。我一定回来(当たり前だ。必ず戻ってくるから)」
 眉を潜め、心配げに私を見つめる彼にそっと口付ける。
 軽い口付けのつもりが、そうもいかず私は気がつくと彼をベッドの上に押し倒していた。
「我爱你(あなたを愛している)」
 彼が腕を絡めてきて、そのクチナシの香りが抑えていた欲望を駆り立てる。
 かすかに残る理性で柱時計を確認する。
 時間はまだ、あるか。
「我也爱你(私も愛しているよ)」
 私はそう囁くと彼にキスをした。


「あなた?」
「何?」
 食事中の考えことをしていた私は、安英の猜疑に満ちた視線を真っ向から受け止め、動揺した。
 しかし、それを必死に誤魔化して私は笑う。
「このチキンうまいな」
「……そうよかった」
 安英は一瞬間を置いたがいつものように優しく笑った。

 クリスマスが終わり、年が明け、私達夫婦はそれぞれの実家に新年の挨拶に出かけた。そしてまだ三が日も明けてないのに私は中国に戻る準備を始めた。
「いってらっしゃい」
 1月3日、早々と中国に戻る私に文句をいうこともなく、安英は笑顔で私を見送る。結婚10年経つがその笑顔は変わらない。
 私は少しの罪悪感を覚えながらも、中国で自分を待つ秀雄(シュウシュン)のことを想い、心を躍らせた。
 
 私は恋に溺れ、彼女の想いや辛さに何一つ気づくことはなかった。



 「善樹(シャンシュ)。好吃吗(おいしい)?」
 「好吃(おいしいよ)」
 私はバターの濃厚なコクに加え、少ししょっぱいチョコレートを食べながらそう答えた。
 今日はバレンタインデーだった。どうやら日本では女性が男性にチョコレートを贈るという話を聞いて秀雄(シュウシュン)が自分で作ったらしい。

 お菓子を作ったことないだろうな。
 おいしいとは言いがたいチョコレートを飲み込み、私は笑う。

「谢谢你(ありがとう)」
 一生懸命作った様子が見てとれ、私は愛しい彼に口付ける。
「不用客气(お礼はいらないから)」
 彼は私の口付けに答えると微笑んだ。

 1月に入り、私は彼と同棲し始めた。一時(ひととき)も一緒にいたいと想ってしまったからだった。
 私は中国で見つけた恋に完全に溺れていた。

 安英のことなど、頭の片隅にしか思わなくなっていた。


 ある夜。
 何度も携帯電話が鳴り、私は彼と共に眠るベッドから体を起こすと、仕方なく電話を取った。
「安英が?!」
 それは義理の母からで、妻が倒れたという電話だった。
 私は仕事を休み、日本にすぐに戻った。
 秀雄には妻がいることを説明しておらず、妹が倒れたと伝えるだけにした。

「あなた」
 空港からそのまま、安英の病室に向かい、私はかなり様子の変わった彼女の姿にショックを受けた。
「ごめんなさい」
 痩せこけ、小さくなった彼女はベッドの上でかすかな声でそう謝った。
 謝るのは私だ。
「安英……」
 私はベッドに駆け寄ると寝たままの彼女を抱きしめた。
「すまない」

 安英は私が中国に戻った1月上旬から、過食症ぎみになったらしい。
 原因は私だった。
 私の不倫、それが彼女を追い詰めた。

 私は1週間ほど日本の彼女の側で過ごし、会社に帰国願いを出した。
 そして中国に戻り、秀雄(シュウシュン)と別れた。
 彼のことは愛してる。
 その気持ちは変わらない。

 でもそれ以上に安英のことが心配だった。
 10年連れ添った妻、彼女が自分のために体を壊し、変わってしまったことがショックだった。

 高校の同級生で、付き合い始めたのは自分が交通事故で足を折り、実家に戻った時に再会したことが始まりだった。
 気持ちを心のうちに潜める女性だった。とても優しくて、私はその優しさに癒され彼女と結婚した。
 子供ができないと医師に言われ、自分を責めていた彼女。私は子供など求めていなかったので、そんな彼女を慰めた。子供ができないならそれでいい、二人で仲良く暮らそうと誓った。
 しかし、私は彼女を裏切った。
 彼女の優しさに漬け込み、秀雄(シュウシュン)との関係を続けた。
 

「你走吗?(行くの?)」
   日本に戻る前、彼は泣き晴らした目をして私に聞いてきた。
「是。对不起(ああ、すまない)」
「 我爱你。我不会忘记你。(愛してる。私はあなたを忘れられない)」
「 我知道。可是,对不起。(わかってる。しかし、すまない)」
 私は彼に頭を下げるとスーツケースをトランクに投げ入れ、タクシーに乗り込んだ。
 
 最低な男だ。
 そんなことわかってる。
 でも私は安英を選んだ。その事に迷いはない。

「善樹(シャンシュ!)」 
 少し開いた車窓から泣き声交じりの声が聞こえた。
 運転手が少し驚いて車を停める。
「不管他。开车吧(彼に構うな。車を出してくれ)」
  後部座席を振り返った運転手に私が少し強い語調で言うと、車が再び走り出した。
 
「善樹(シャンシュ!)」 
 再度、彼が私を呼ぶ。
 しかし今度は、車は停まらなかった。

 すまない。
 私は目を閉じて、彼のことを想う。
 別れを切り出した時、彼は泣き叫び、私にすがった。
 抱いて慰めることは簡単だった。でも私の心は決まっていた。
 だから突き放した。

 「下雨了(雨だ)」
 ふいに運転手がそうつぶやき、私は顔を上げる。窓から見える空が灰色に染まり、雨が降り始めたのがわかった。雨はただしんしんと降り、秀雄の癒えない悲しみを表わしているようだった。

 秀雄(シュウシュン)。
 私は目を閉じ、私が彼に与えた傷を思う。

 秀雄(シュウシュン)
 すまない。許してくれとは言わない。
 ただ、私は君の幸せを願っている。

 早く私のことを忘れ、新しい恋を見つけてくれと。
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