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一年后
過去に縛られる俺
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「お久しぶりです」
俺は会いたくなかった男―木縞(きじま)善樹(よしき)に頭を下げる。
彼と会うのは数カ月ぶりだ。
会うたびに彼の責めるような視線が嫌で、会うのを避けていたが、今日ばかりは駄目で俺は仕方なく彼の会社に来ていた。
彼の建設会社がホテル建設を入札して、去年の8月から工事が始まった。工事が始まると俺は用なしで、生産開発課が主に彼と連絡をとっていたのだが、完成間近の今日、俺は木縞さんに呼び出されていた。
「君の会社の照明は本当にいいね。お客さんの評判もよくて、8月にはホテルをオープンできそうだ」
木縞さんは営業スマイルを浮かべて、そう話す。
俺は彼のこの笑顔が嫌いだ。
実際に何を考えているかわからないし、馬鹿にされている気がした。
「ありがとうございます」
しかし、俺も彼に倣い感情を隠して笑みを返す。
あれから1年たって、俺は自分が馬鹿だったと気がついた。一生懸命するなんてあほらしい。頑張っても無理なものは無理なんだ。
彼は結局俺を捨てて、中国に帰ってしまった。
「オープンの際はぜひ君の会社の人も招待したいとミギワさんも言ってたから、その際はまた連絡する」
「はい、宜しくお願いします」
結局、この男は何のために俺を呼び出したんだろう?
1年たって、俺の下にも後輩が入ってきた。
後輩の指導や営業など結構忙しいのに……
俺は憮然としながらも笑顔のまま席を立つ。
「実田さん、君は変ったな」
「はい。お陰さまで色々学ばせていただきました」
俺は精一杯の嫌味を込めて、そう答えた。
去年の6月、彼が一人で去り、木縞さんは俺を責めた。子供だった俺は真っ向から彼とやり合った。通常なら、お客様ともめるなんてとんでもないことだった。しかし、彼は、私的なことは私的と割り切り、俺の会社の照明は木縞さんのところで使ってもらえることになった。
彼は仕事ができる人だ。
だけど俺は彼が嫌いだ。
俺の気持ちなんて、誰にもわからない。
秀雄(シュウシュン)は俺を捨てたんだ。
「勇?」
「え?」
「だからさあ。今週末連休どうすんだよ」
灘が呆れながらそう言う。
今日は奴に誘われて会社近くで夕食をとっていた。どうやら、9時くらいに飲み会が終わる彼女を迎えに行く予定なんだが、それまでの時間つぶしをしたかったらしい。
俺も暇だったし、灘がしつこかったので誘いの乗った。
「今週?そいいや、月曜日が海の日で休みかあ。うーん。家でぼんやりしてるかな」
「ぼんやり?!つまんない奴だな。今週末彼女とその友達と海に行くんだ。お前もどう?」
「げ、合コン?」
「違う、違う。っていうか。お前そろそろ彼女でも作ったら。夏に男一人っていうのもつまんないぜ」
いや、別に夏に一人でもいいけど。
嫌なのは逆に冬なんじゃ?
相変わらず灘の論理は意味がわからないと思いつつ、俺は考える。
「海…か」
そうつぶやくと潮風の香りが蘇り、同時に彼の顔が脳裏に浮かぶ……。
1年も経つのに、いまだに引きずる想い。
「よっし、決まりだな。お前一人だと、もんもんと考えそうだし」
奴は勝手にそう決めると美味しそうにお好み焼きを頬張った。
奴がここ1年、彼のことを話題にしたことはない。
それはありがたいことだった。
でも俺が時折思い出しているのを知ってるから、奴は彼が去ってから月に一度はイベントっというか、合コンに必ず俺を誘ってくれている。元気づける意味、新しい彼女を作って忘れるという意味を兼ねていることはわかっている。
かわいい子を見るとときめく。
でもそれだけだった。
いざ付き合うとなると、思い出すのは彼のことで、踏み切れない。
駄目だと思う。
我ながら情けない。
「じゃあ。またな!」
8時50分頃店の外で別れ、俺は社内の駐車場へ向かう。奴の車は店の駐車場に停めていて、車で彼女が飲んでる場所へ迎えにいくらしい。足代わりに使われているんじゃと思うが、マメな奴はこうやって彼女を迎えに行く事が苦じゃないそうだ。
どうやら1分でも長く彼女と一緒にいたいらしい。
しつこいとか、言われなきゃいいけど。
奴は異常に寂しがりやだから、付き合うとかなりしつこい。
それが問題で別れることが多い。
今度はうまくいくといいな、俺は奴が誰かと付き合うたびにそう願う。
「海か……」
海に誘われるとは思わなかった。
通勤の途中やなんやらで通ることはある。でも彼を思い出すのが嫌で見ないようにしている。
でも、この際、いい気分転換になるかもしれない。
俺は鞄を助手席に置き、エンジンをかける。ハンドルを握る手に力を入れ、車を出した。
『勇(ヨン)』
車を走り出させ、俺は自分を切なく呼ぶ声を聞く。
幻聴だ……。
1年も経つのに、俺は秀雄(シュウシュン)が残した記憶から逃れられない。
ふとした瞬間に彼の声が耳に蘇る。
どうしようもない俺。
彼の記憶に縛られたままだ。
俺は会いたくなかった男―木縞(きじま)善樹(よしき)に頭を下げる。
彼と会うのは数カ月ぶりだ。
会うたびに彼の責めるような視線が嫌で、会うのを避けていたが、今日ばかりは駄目で俺は仕方なく彼の会社に来ていた。
彼の建設会社がホテル建設を入札して、去年の8月から工事が始まった。工事が始まると俺は用なしで、生産開発課が主に彼と連絡をとっていたのだが、完成間近の今日、俺は木縞さんに呼び出されていた。
「君の会社の照明は本当にいいね。お客さんの評判もよくて、8月にはホテルをオープンできそうだ」
木縞さんは営業スマイルを浮かべて、そう話す。
俺は彼のこの笑顔が嫌いだ。
実際に何を考えているかわからないし、馬鹿にされている気がした。
「ありがとうございます」
しかし、俺も彼に倣い感情を隠して笑みを返す。
あれから1年たって、俺は自分が馬鹿だったと気がついた。一生懸命するなんてあほらしい。頑張っても無理なものは無理なんだ。
彼は結局俺を捨てて、中国に帰ってしまった。
「オープンの際はぜひ君の会社の人も招待したいとミギワさんも言ってたから、その際はまた連絡する」
「はい、宜しくお願いします」
結局、この男は何のために俺を呼び出したんだろう?
1年たって、俺の下にも後輩が入ってきた。
後輩の指導や営業など結構忙しいのに……
俺は憮然としながらも笑顔のまま席を立つ。
「実田さん、君は変ったな」
「はい。お陰さまで色々学ばせていただきました」
俺は精一杯の嫌味を込めて、そう答えた。
去年の6月、彼が一人で去り、木縞さんは俺を責めた。子供だった俺は真っ向から彼とやり合った。通常なら、お客様ともめるなんてとんでもないことだった。しかし、彼は、私的なことは私的と割り切り、俺の会社の照明は木縞さんのところで使ってもらえることになった。
彼は仕事ができる人だ。
だけど俺は彼が嫌いだ。
俺の気持ちなんて、誰にもわからない。
秀雄(シュウシュン)は俺を捨てたんだ。
「勇?」
「え?」
「だからさあ。今週末連休どうすんだよ」
灘が呆れながらそう言う。
今日は奴に誘われて会社近くで夕食をとっていた。どうやら、9時くらいに飲み会が終わる彼女を迎えに行く予定なんだが、それまでの時間つぶしをしたかったらしい。
俺も暇だったし、灘がしつこかったので誘いの乗った。
「今週?そいいや、月曜日が海の日で休みかあ。うーん。家でぼんやりしてるかな」
「ぼんやり?!つまんない奴だな。今週末彼女とその友達と海に行くんだ。お前もどう?」
「げ、合コン?」
「違う、違う。っていうか。お前そろそろ彼女でも作ったら。夏に男一人っていうのもつまんないぜ」
いや、別に夏に一人でもいいけど。
嫌なのは逆に冬なんじゃ?
相変わらず灘の論理は意味がわからないと思いつつ、俺は考える。
「海…か」
そうつぶやくと潮風の香りが蘇り、同時に彼の顔が脳裏に浮かぶ……。
1年も経つのに、いまだに引きずる想い。
「よっし、決まりだな。お前一人だと、もんもんと考えそうだし」
奴は勝手にそう決めると美味しそうにお好み焼きを頬張った。
奴がここ1年、彼のことを話題にしたことはない。
それはありがたいことだった。
でも俺が時折思い出しているのを知ってるから、奴は彼が去ってから月に一度はイベントっというか、合コンに必ず俺を誘ってくれている。元気づける意味、新しい彼女を作って忘れるという意味を兼ねていることはわかっている。
かわいい子を見るとときめく。
でもそれだけだった。
いざ付き合うとなると、思い出すのは彼のことで、踏み切れない。
駄目だと思う。
我ながら情けない。
「じゃあ。またな!」
8時50分頃店の外で別れ、俺は社内の駐車場へ向かう。奴の車は店の駐車場に停めていて、車で彼女が飲んでる場所へ迎えにいくらしい。足代わりに使われているんじゃと思うが、マメな奴はこうやって彼女を迎えに行く事が苦じゃないそうだ。
どうやら1分でも長く彼女と一緒にいたいらしい。
しつこいとか、言われなきゃいいけど。
奴は異常に寂しがりやだから、付き合うとかなりしつこい。
それが問題で別れることが多い。
今度はうまくいくといいな、俺は奴が誰かと付き合うたびにそう願う。
「海か……」
海に誘われるとは思わなかった。
通勤の途中やなんやらで通ることはある。でも彼を思い出すのが嫌で見ないようにしている。
でも、この際、いい気分転換になるかもしれない。
俺は鞄を助手席に置き、エンジンをかける。ハンドルを握る手に力を入れ、車を出した。
『勇(ヨン)』
車を走り出させ、俺は自分を切なく呼ぶ声を聞く。
幻聴だ……。
1年も経つのに、俺は秀雄(シュウシュン)が残した記憶から逃れられない。
ふとした瞬間に彼の声が耳に蘇る。
どうしようもない俺。
彼の記憶に縛られたままだ。
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