73 / 91
第十三天 离别―別れ(秀雄視点)
4
しおりを挟む
係長と共に部署に戻ると、勇(ヨン)が戻って来ていて、複雑な心境に陥る。
会いたかった、でも会いたくなかった。
彼は無言で席にキーボードを叩いていた。
彼の隣の席で私はそっと彼の横顔を見る。大きな瞳はスクリーンをじっと見つめ、唇はきゅっと閉じられていた。
怒っている。
私は視線を彼からはずすと、机の上を片付け始める。
1週間は係長の隣で翻訳に徹していたので、片付けるものなど案外少なかった。
「乾杯~」
6時過ぎ、部署全員でお店に移動して私の送別会が始まる。
私と勇(ヨン)のぎこちなさが伝わっているためか、席は離れていた。私はそのことに安堵してビールのジョッキを煽る。
部署の人達には悪いが、私は早くこの場からいなくなりたかった。
そして彼のいる日本という国から逃げたかった。
「王さん、中国って言えば麺だけど、日本のラーメンと違うの?」
「はい。似ているものもありますが、中国には地方によって色々麺があります。日本のラーメンと同じ麺もありますが、触感などは異なります」
「ふーん、そうなんだ」
谷口(グ・コウ)がそう言って頷く。
今日はおかしな席順だった。長方形の机が座敷に置かれていて、奥は勿論係長、その斜め向かいが私で、隣に座っているのは谷口(グ・コウ)そして主任。彼女の向かいは勇(ヨン)で、その隣は三木本(サン・ム・ベン)、高木(ガオ・ム)、辰巳(チェン・ス)という順に座っていた。
勇(ヨン)は相変わらず不機嫌な顔をしていたが、それに構わず三木本(サン・ム・ベン)は話しかけていた。
彼女は彼を好きなのか?
ふとそんな考えがよぎる。同時に胸が焦がれるような痛みが走った。
いいことだ。いいことだと思う。
勇(ヨン)にはお似合いの彼女かもしれない。
私のことなどすぐに忘れてしまうだろう。
「あれぇ?実田くん、王さんと帰んないの?」
2次会は私が用事もないのに、この後用事があると言ったおかげで開かれなかった。10時過ぎに店を出て、別れの挨拶もしないうちに歩き出そうとする勇(ヨン)に三木本(サン・ム・ベン)がそう問いかける。
「今日は日本で最後の日なので、友人のところに泊めてもらっているんです。実田さんには色々ご迷惑をかけましたから」
彼の代わりに私が彼女に答える。
嘘ではない。
「そうなんだ」
そう言いながらも彼女は納得がいかない様子だった。
「じゃあ、駅まで一緒に歩きましょ」
でもにこりと笑うと、勇(ヨン)に微笑みかけた。終電まで時間がある。私以外は皆電車で帰ることを決めたようだ。
「それでは皆さん、お世話になりました。また日本に来た際は宜しくお願いします」
ありきたりな社交辞令を述べ、私は頭を下げる。
彼は私を見ようともせず、あさっての方向を見ている。
「ま、中国に行っても会社は同じだ。電話でも気楽にしてくれ」
係長はぱしっと私の肩を叩く。しかし、その瞳はじっと私の瞳を捉え、別の問いかけをしている。
『いいのか?これで』
私にはそう聞こえる。
「ありがとうございます」
私は気付かない振りをして、微笑みを浮かべる。
部署の社員達がそれぞれ私に声をかけ、駅に向かって歩いて行く。
私は皆の背中が小さくなり、視界から消えるまで見送った。
彼は振り返ることもなく、言葉を私にかけることもなかった。
当然だ。
私が望んだこと。
これでよかったのだ。
しかし、胸の奥から気持ちが溢れてきて私の瞳を濡らす。次々と溢れる涙に瞳が堪え切れなくなり、水滴は私の頬を滴り落ち始めた。
泣くなんて、自分が決めたことなのに。
私は唇を噛みしめて、手で目を覆い、涙を止めようと試みる。でも涙は止まらず、私はただ静かに泣くしかなかった。
会いたかった、でも会いたくなかった。
彼は無言で席にキーボードを叩いていた。
彼の隣の席で私はそっと彼の横顔を見る。大きな瞳はスクリーンをじっと見つめ、唇はきゅっと閉じられていた。
怒っている。
私は視線を彼からはずすと、机の上を片付け始める。
1週間は係長の隣で翻訳に徹していたので、片付けるものなど案外少なかった。
「乾杯~」
6時過ぎ、部署全員でお店に移動して私の送別会が始まる。
私と勇(ヨン)のぎこちなさが伝わっているためか、席は離れていた。私はそのことに安堵してビールのジョッキを煽る。
部署の人達には悪いが、私は早くこの場からいなくなりたかった。
そして彼のいる日本という国から逃げたかった。
「王さん、中国って言えば麺だけど、日本のラーメンと違うの?」
「はい。似ているものもありますが、中国には地方によって色々麺があります。日本のラーメンと同じ麺もありますが、触感などは異なります」
「ふーん、そうなんだ」
谷口(グ・コウ)がそう言って頷く。
今日はおかしな席順だった。長方形の机が座敷に置かれていて、奥は勿論係長、その斜め向かいが私で、隣に座っているのは谷口(グ・コウ)そして主任。彼女の向かいは勇(ヨン)で、その隣は三木本(サン・ム・ベン)、高木(ガオ・ム)、辰巳(チェン・ス)という順に座っていた。
勇(ヨン)は相変わらず不機嫌な顔をしていたが、それに構わず三木本(サン・ム・ベン)は話しかけていた。
彼女は彼を好きなのか?
ふとそんな考えがよぎる。同時に胸が焦がれるような痛みが走った。
いいことだ。いいことだと思う。
勇(ヨン)にはお似合いの彼女かもしれない。
私のことなどすぐに忘れてしまうだろう。
「あれぇ?実田くん、王さんと帰んないの?」
2次会は私が用事もないのに、この後用事があると言ったおかげで開かれなかった。10時過ぎに店を出て、別れの挨拶もしないうちに歩き出そうとする勇(ヨン)に三木本(サン・ム・ベン)がそう問いかける。
「今日は日本で最後の日なので、友人のところに泊めてもらっているんです。実田さんには色々ご迷惑をかけましたから」
彼の代わりに私が彼女に答える。
嘘ではない。
「そうなんだ」
そう言いながらも彼女は納得がいかない様子だった。
「じゃあ、駅まで一緒に歩きましょ」
でもにこりと笑うと、勇(ヨン)に微笑みかけた。終電まで時間がある。私以外は皆電車で帰ることを決めたようだ。
「それでは皆さん、お世話になりました。また日本に来た際は宜しくお願いします」
ありきたりな社交辞令を述べ、私は頭を下げる。
彼は私を見ようともせず、あさっての方向を見ている。
「ま、中国に行っても会社は同じだ。電話でも気楽にしてくれ」
係長はぱしっと私の肩を叩く。しかし、その瞳はじっと私の瞳を捉え、別の問いかけをしている。
『いいのか?これで』
私にはそう聞こえる。
「ありがとうございます」
私は気付かない振りをして、微笑みを浮かべる。
部署の社員達がそれぞれ私に声をかけ、駅に向かって歩いて行く。
私は皆の背中が小さくなり、視界から消えるまで見送った。
彼は振り返ることもなく、言葉を私にかけることもなかった。
当然だ。
私が望んだこと。
これでよかったのだ。
しかし、胸の奥から気持ちが溢れてきて私の瞳を濡らす。次々と溢れる涙に瞳が堪え切れなくなり、水滴は私の頬を滴り落ち始めた。
泣くなんて、自分が決めたことなのに。
私は唇を噛みしめて、手で目を覆い、涙を止めようと試みる。でも涙は止まらず、私はただ静かに泣くしかなかった。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
春ですね~夜道で出会った露出狂をホテルに連れ込んでみたら~
夏芽玉
BL
4月、第3週目の金曜日。職場の歓迎会のせいで不本意にも帰りが遅くなってしまた。今日は行きつけのハプバーのイベント日だったのに。色んなネコとハプれるのを楽しみにしていたのに!! 年に1度のイベントには結局間に合わず、不貞腐れながら帰路についたら、住宅街で出会ったのは露出狂だった。普段なら、そんな変質者はスルーの一択だったのだけど、イライラとムラムラしていたオレは、露出狂の身体をじっくりと検分してやった。どう見ても好みのど真ん中の身体だ。それならホテルに連れ込んで、しっぽりいこう。据え膳なんて、食ってなんぼだろう。だけど、実はその相手は……。変態とSMのお話です。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる