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第九天 意気地のない俺(勇視点)

先輩たちの社内恋愛

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「おう、実田。腹は大丈夫か?」
 30分くらいして、洗面所で顔を洗って部署に戻る。すると係長がそう声をかけてきた。
「はい、大丈夫です」 
 俺はぎこちない笑みを浮かべると席に座った。

 秀雄(シュウシュン)をちらりと見ると、パソコンと格闘しており、翻訳に集中している。そしてちらりと高木先輩の席に目を向ける。先輩はいつのようにもくもくとパソコンに向かい、仕事をしていた。
 あれって、高木先輩だったよな?
 だって高木って呼んでたし、声も一緒だった。
「?」
 ふいに高木先輩が顔をあげ、俺が見ていたことに不審そうな表情をする。
 俺はぎこちない笑顔を浮かべると慌てて視線をそらした。

 さて、仕事しよう。
 あの調子じゃ、錫元さんがもう俺にちょっかいだしてくることはないし……。
 人の趣味に関して俺がいろいろ干渉することもないから。
 でも、俺も人のこと言えないけど……
 
 俺は再度、秀雄(シュウシュン)に視線を投げかける。彼は俺の視線に気がつくことなく、手元の資料とパソコンの画面に目をやっている。表情は真剣そのものだ。

 俺もがんばろう。
 俺にはやることがある。見積書を仕上げて、辰巳先輩と松元主任に見てもらうんだ。 
 そして今日中にサンタ建設に送ってやる。

 さあ、やるか。
 俺はぎゅっと目を閉じて、再度開くとマウスを握りしめる。そして、午前中に作った見積書の最終確認を始めた。
 

 1時間後、見直しを終わらせ印刷する。そしてトントンと書類をまとめホッチキスで留める。
 えっと、先ず誰に声をかけようか。
 辰巳先輩は係長補佐だから、辰巳先輩?いや、でも松元主任が先に手伝ってくれるって言った……

 ええい、ここはレディーファーストってことで主任に持っていこう。
 俺はそう決めると、松元主任の席に向かう。そして声をかけた。

「お疲れ様」
 主任は書類を受け取ると俺を見上げ、微笑む。
「辰巳さんにも後で見せるの?」
「はい。そのつもりですけど」
 本人にも見せてっと言われている。これで見せないとやばいだろう、俺はそう思った。
「だったら、一緒に見た方が早いわね。実田くん、会議室借りましょう」
 主任は立ち上がると、俺の返事を待たず辰巳先輩のところへ歩いて行く。俺は慌ててその後を追った。

 会議室で二人の静かな声が響き渡る。
 辰巳先輩の昼食の様子を思い出し、俺は松元主任と会わせるのが心配だった。でも俺の心配をよそに彼はいつもと同じ態度で主任を接していた。
 二人は俺の作った見積書と錫元さんの書類を交互に見ながら、確認していく。

「これ間違いだね」
「そうですね。あとこれも」
 二人はそう言いながら頷き合う。そして松元主任がさらさらと蛍光ペンで俺の書類に印をつけていく。
 そうして30分後、二人は俺に向き合った。

「よく頑張ってるけど、タイプミスが多い。今後は気をつけてね」
「はい」
「数字の間違いは致命的だから、何度も確認するように」
「はい」

 二人にそう言われ俺は素直にうなずく。
 確認したつもりが、間違いはあるみたいだ。しっかり確認しないとな。

 俺は返してもらった書類を受け取って、訂正個所を見直す。結構な量の間違いがあり、俺はちょっとへこむ。
 
「さあ、実田くん。君は見積書を修正しておいで。僕はちょっと松元さんと話があるから」
「え?!」 
 俺だけでなく、松元主任を驚いた顔を見せる。
「大丈夫。話だけだから。松元さん、構わないだろう?」
「ええ、はい」 
 主任は戸惑いながらも頷いた。

 まじだろ?二人っきりで会議室にいるなんて係長が知ったらまずい!
 
 しかし、そんな俺に構わず、辰巳先輩は俺を会議室から追い出した。


 どうしようか?
 俺は部署の前まで来て、足を止める。
 ええい、俺の知ったこっちゃない。
 
 二人ともいい大人なんだし、辰巳先輩は主任の彼氏が係長だってこと知ってるんだ。
 
 俺は勇気を振るうと部署に入った。

「あれ、実田?一人か?」
 こそこそと部署に戻ると目ざとく係長がそう聞いてきた。
「はい」
 俺はドキドキしながらうなずく。

「トイレ行ってくる」
 緊張する俺にそれ以上何を聞くことなく、係長は席を立った。彼の表情に怒りが見えた気がした。しかし、そんな係長の様子を気付いたのは俺一人だけのようだった。

 5分ほどして、まず辰巳先輩が戻ってきた。もしかして殴られたとか思ったが、変わった様子がなく、むしろ楽しげだった。

 その後5分ほどして松元主任は戻り、俺はちらりと彼女を見る。幾分疲れた様子だったが、すぐに仕事を始めた。

 そして最後に係長が姿を現した。明らかに不機嫌な彼は席に戻るとどかっと椅子にすわり、険しい顔をしてパソコンを見始めた。

……何があったんだろう?

 俺は気になってしまい、係長に目を向ける。すると彼のぎろりと鋭い視線が俺を刺し、俺は慌てて目を反らした。

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