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事件

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 それからもハーバー兄妹はやってきた。
 来襲の後いつも、ディオン様がソファに伏してしまうのだけど、お菓子を一緒に食べれば元気になった。
 私が中庭に迷い込んで二週間が経つ。
 ディオン様は次第に肉付きがよくなってきていて、可愛さ倍増。
 ディオン様のお父様からはまだ連絡は入っていない。
 おかしいとは思ったので、ちょっと執事さんにも確認してみたけど、いまいち。
 まあ、記憶が戻ってないのに、放り出されても困るし、いいかな。
 ディオン様もこのままお姉さんのままでいてよとか、言ってくれるし、現状維持のままだ。

「ディオン。丘のお花畑に行こう!」

 定例通り前触れもなく訪ねてきたソフィア様が、突然そう提案してきた。

「よい天気ですし。いいかもしれませんね」

 レーヌさんがそう同意して、私たちはピクニックに行くことになった。

「どうしてメイドも一緒に乗っているの?」

 私が同車していることにソフィア様は不服そうだった。
 けれども、私は馬に乗れないし、徒歩で追いかけるわけにもいかない。一瞬、私は残ろうかと思っただけど、ディオン様が強引に私を馬車に乗せることにしてしまった。
 ソフィア様は不機嫌、兄のベルナルド様は苦笑していた。
 うん。苦笑するよね。
 このベルナルド様は、ディオン様と同じ年くらいなのに大人びている。ソフィア様の手綱を引いている感じで、暴走しそうな彼女を止めてくれる。
 なかなかいい子だと思う。
 時たま、私に笑いかけるのはやめてほしいけど。
 ディオン様がそれを見ると不機嫌になるんだよね。

 目的地に着いて、まずは花畑を見に行く。
 数人の護衛が周りについている。
 それはそうだよね。
 護衛の人たちは、馬に乗って着いて来ていた。

 メイドの私が三人に同行しているのだけど、世話係だと思われてるか、眉を顰められることはなかった。まあ、護衛なので、そんなことで動じるわけないけど。

「行こう!」

 ソフィア様はディオン様の手を掴むと走り出す。

「ソフィア!」

 ソフィア様はディオン様より一つ年下。だけども、身長は同じくらいだった。女の子の方が成長が早いからね。だから、肉付きが良くなったと言っても、ソフィア様に手を掴まれるとそのまま引きづられてしまう。
 ソフィア様の力が強いせいもあるかもね。

「……あなたは、ディオンの何なのですか?」

 二人を追いかけようとしていると、ベルナルド様が振り向いて聞いてきた。

「メイドですけど」
「知ってます。でもそれだけじゃないですよね?」
「姉、みたいな役割でしょうか」

 本当、大人びた話し方するなあ。
 このベルナルド様。

「姉。私も姉がほしいです。兄も妹もいるのですけど、姉はいません。私の姉になってもらってもいいですか?」
「……ディオン様が同意するならいいですよ」
「きっとだめですね。あなたみたいな姉がいると面白そうなんですけど」
「それって失礼な意味じゃないの?」

 八歳の子に対して、ちょっとムカっとしてしまった。大人気ない。だって、この子、可愛げない。ディオン様と違いするぎる。

「それが本当のあなたなのですね。そうやって私とも話してください。妹の世話ばかりでつまらないのです」

 ベルナルド様が笑い、私が答えを返そうとした時、

「遅いよ!」

 ちょっと怒ったような声がして、息を切らせて、ディオン様が走ってきていた。

「ディオン!」

 前を走っていたはずのソフィア様が、その後ろから追いかけてきている。

「行こう!」

 私のところまで辿り着いたディオン様は私の手を掴むと歩き出す。

「休憩したほうがいいでですよ。息が上がってる」
「大丈、ごほっつ!」

 ディオン様は不意に立ち止まると腰を曲げて咳をした。それは止まらず、私は彼を抱えると背中を何度も撫でる。

「すみません。籠から水筒、蜂蜜、スプーンを持ってきてもらえますか?」
「指示に従ってくれ」

 護衛はベルナルド様側が雇っていて、彼が命じると護衛の人がすぐに水筒、蜂蜜の入った瓶とスプーンを持ってきてくれた。
 まずは水を飲ませて、それからスプーンで蜂蜜を与える。
 しばらくすると咳が治まってきて、ほっとした。

「ごめんなさい」
「謝る必要なんてないですよ」

 結局、花畑を楽しむこともなく、私たちは館へ戻ることになった。
 ソフィア様は文句を言うわけでもなく、青ざめた顔をしており、ベルナルド様はそんなソフィア様を支えるように隣に座っていた。
 びっくりするよね。
 私も発作を見たのは初めてだったけど、咳をしているのは知っていたし、それが原因で領地で静養することになったことを聞かされていた。
 でも、私、よく蜂蜜が効くってしっていたな。
 記憶はなくても、そういうのは覚えているのかな?

「盗賊だ!」

 咳をしすぎて疲れたのか、私の隣でディオン様がうつらうつらと居眠りをし始めた時、それは起きた。
 馬車が速度をあげたのがわかる。

「伏せて」

 座っているよりもいいいだろうと思って、私は声をかけてから、ディオン様を抱え込んで、椅子の下へ移動する。それを見て、ベルナルド様もソフィア様を抱きしめ同じ行動をとった。大人びているとはいえ、彼はディオン様と同じ歳だ。右手でディオン様を抱き、左手でソフィア様を抱いたベルナルド様の肩に手を置いた。

 喧騒がして、馬車が突然止まった。
 それから扉が乱暴に開かれる。

「ディオン・アベールを渡せ」
「あなたは誰ですか?」

 私はぎゅっとディオン様をさらに抱きしめた。

「誰でもいいだろう。ディオンを渡すんだ!」
「いたっつ!」
「お姉ちゃん!」

 髪を引っ張られた。
 そのまま引き摺られ、私は反射的に、ディオン様とベルナルド様から手を離す。
 馬車が引き摺り下ろされ、地面に叩きつけられて、全身に痛みが走った。視界には馬車に乗り込もうとしている男の背中が見えた。
 私が時間稼ぎをしたら、誰か助けにきてくれるかもしれない。
 だって、ここはディオン様のお父上の領地なんだから。

「この!」

 私は必死に立ち上がり、その男の背中にしがみついた。

「この女!」

 男が振りかえり、私は腕を掴まれ、地面に投げされる。

「いたっつ、でも!」

 私は体を起こして、再び男に挑んだ。

「くそっつ!」

 男の怒声、そして衝撃。
 私の意識は完全に沈んだ。



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