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お隣の領地の伯爵子女
しおりを挟むディオン様が見せたいものというのは、ご自分で植えたチューリップの花だった。
種からではなく、あらかじめ成長したものを植え直していて、白と赤色の花が咲いていた。
「可愛いですね」
「うん。お母様と妹のベラに見せるつもりなんだ」
ディオン様は少し寂しげに笑われる。
子どもらしくない。
まあ、記憶がないので、そう思う自分もちょっとおかしいかもしれないけど。
「もっと植えて、たくさん見せてあげましょう」
「うん。そうする!」
ディオン様が今度こそ自然に笑って、私は嬉しくなった。
午後になって訪問客があった。
「断ってもらったらだめかな?」
「そうしたのですが」
「ディオン!遊びにきたよ~」
ディオン様とレーヌさんがそんな会話をしていたら、声が飛び込んできて扉が開く。
なんていうか無作法だな。
現れたのは銀髪に空色の瞳の可愛らしい女の子だった。
背後にはもう一人いて、申し訳なさそうにしている。これもまた美少年だった。女の子によく似ている。年頃はディオン様と同じくらいかな。
「ごめんね。ディオン。止めたんだけど」
「ベルナルド。なんで謝るの?会いたいのはよくないの?」
「礼儀が必要なんだ。ソフィア」
美少年がベルナルドで、美少女が多分妹かな。ソフィアか。
「ようこそ。我が屋敷へ。どうぞ」
ディオン様はいつもの柔らかな表情ではなく、硬い表情で二人に言った。言葉使いも別人みたいだった。
無理してるのかな?
「ベルナルド様、ソフィア様。どうぞ、お座りください。お茶をご用意しますね」
レーヌさんに目で指示される。
今はお仕着せ着てるし、そうだよね。使用人として動かないと。動こうとしたのだが、何かに引っ張られた。それはディオン様で、私はレーヌさんに視線で確認する。
さすが、ディオン様のお守り、いや、お世話係。
それだけで事情を察したようで、レーヌ様が代わりにお茶の準備をしてくれるようで、部屋を出て行った。
まあ、私のほうが不慣れだしね。
ちょっと申し訳ないと思いつつ、私は移動する。
ディオン様より少し後ろに下がった位置だ。服を掴まれたの一瞬だったので、お客様には気づかれていないようだった。
「新しいメイド?」
「ち、そうだよ」
お仕着せを着てるし、事情が事情なので、メイドとしたほうが無難だよね。
ディオン様の判断に私は心の中で頷く。
「若いね。マリオンと同じくらい?」
ベルナルド様がそう言うと、ディオン様は少し顔を曇らせた。
「多分ね」
「ディオン。今日は突然悪かったね。妹がどうしてもこれを渡したいっていうから」
ベルナルド様はそれだけでディオン様の憂いがわかったようで、話を変える。
「ディオン。この絵。私が描いたの。見て!」
折り畳まれた紙を開くと、そこには二人の人間らしい影があった。
うん。人?
「こっちが私で、あっちがディオン。以前お花畑に行ったことあるでしょう?その時の絵なの」
そう言われればそう見えるかも。
まだ小さいし、こんなものだよね。子供の絵って。
「お待たせしました」
レーヌさんが扉を叩いた後、台車を押して入ってきた。
美味しそうなお菓子が並べられていて、ごくんと唾を飲み込んでしまった。
だめだめ、お昼ちゃんと食べたし。
今は使用人なんだから。
レーヌさんと一緒に台車からポットやカップを取り出し、テーブルに並べていく。
ディオン様は私が少し離れることを今度は止めなかったものの、顔は引き攣っている。
二人のことが苦手なのかな?
特にソフィア様?
横目で見ると、ソフィア様はひっきりなしにディオン様に話しかけていて、困っている彼にベルナルド様が助け船を出している感じだった。
妹さん、強いな。
お茶会は一方的なソフィア様のお喋りで進み、いつ終わるのかとヒヤヒヤしたが、ベルナルド様が両親が心配するといい、無理やり連れて帰った。
多分、滞在時間は二時間くらいだった気がする。
その後、ディオン様はぐったりしている感じだった。
お菓子にも手をつけてなかったし。
うーん。訪問止めたほうがいいかもね。
だって、ディオン様の体は本調子じゃないんだし。
ソフィア様とベルナルド様は、隣の領地の伯爵令嬢と令息だった。
隣といってもお互いの屋敷が見える範囲ではない。けれども、ディオン様が中庭に出ているとやってくるそうだ。
「昨日も、今日も出てましたし。本当どこから情報を入手するんでしょうか?」
「屋敷内で告げ口をするような者はいないんだけどね」
ソファに体を預けていたディオン様が体を起こすと、うんざりした様子でそう言う。
でも、屋敷内の誰かが情報をあちらに伝えているのは本当だよね。
そう思ったけど私は口を噤んだ。
「今日はもう勉強するどころではありませんね。ディオン様、ゆっくり休まれてください」
「本当?いいの?」
「はい。わーい!お姉ちゃん、遊ぼう!」
「遊ぶ前に、少しお菓子いただいてもいいですか?」
「え?」
驚いた声を上げたのはディオン様ではない。レーヌさんだ。
「ディオン様。このクッキー。とても美味しそうです。一緒に食べましょう」
「うん。食べよう」
ディオン様はまったくお菓子類に手をつけてなかった。
夕食までまだ間があるし、少しくらい間食してほしいと思い、口にしたのだが、ディオン様が乗ってきた。レーヌさんも思惑に気がついてくれて、新しいお茶を持ってきてくれると言ってくれた。
私はだめだめ使用人だ。
でも、とりあえず今はディオン様を元気にしたかった。
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