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「大きくなって、僕をその背中に乗せてね。ミラ」

 私のご主人様は、私のことをドラゴンだと思っている。

「うーん。まだ翼は生えてこないね」

 卵から孵って初めて見たのがご主人様だった。
 黒髪の黒目の少年だ。
 名前はヤトという。

 私はきっと頭がいい。
 だけど、ドラコンではない。
 頭のいい普通のトカゲだと思う。
 翼なんてないし、牙も生えてない。

 だけど、ご主人様は私をドラゴンだと思っている。

 ある日、ご主人がでかけてお昼寝していると、真っ黒なカラスが話しかけてきた。

「お前、ドラゴンになりたいんだろ?俺はその方法を知ってる。どうだ、知りたいか?」

 おっきな目のカラスだった。
 怪しい。
 大体カラスは人に嫌われてる。
 こいつは嘘つきに違いない。
 私をどこかに連れて行って、仲間と一緒に食べるつもりかもしれない。

「おい。ミラ。ドラゴンにならないと、いつかヤトに捨てられるぞ。ただのトカゲなんて役立たずだからな」

 捨てられる。
 そうだ。ご主人様は私がドラゴンだと思っているから、構ってくれる。
 餌もくれて、寝床も確保してくれる。
 こうして寝そべっていても外敵がこないのはご主人様のおかげだ。

「どこかに連れて行くつもりなら行かない。今教えてくれる?」
 
 そう言うと、カラスは大きく嘴を開けた。
 真っ赤な舌が見えて気持ち悪い。
 私の舌はピンク色で可愛い。
 ちなみに鱗は銀色。美しいトカゲなのだ。

「これ、食べろ。それだけでいい」

 カラスは口から黒い球を取り出し、コロンと私の前に置いた。

「汚い。食べたくない」
「トカゲのくせにうるさいな。人間と一緒に暮らした弊害か」

 カラスは大きな目を細め、嘴をカチカチと鳴らす。

「ミラー。帰ってきたよー」
「ちっ、人間か。この球置いていくぞ。ドラゴンになりたきゃ、食べるがいい」
 
 ヤトの声が聞こえると、カラスはばさばさと羽を動かして、飛んでいなくなった。
 黒い球はカラスの唾液のせいか、テカテカと光って気持ち悪い。
 だけど、ヤトに見られたらよくない気がする。なんていうか禍々しい?感じ。
 私は黒い球を自分のお腹の下に隠す。

「ミラ?お腹へったでしょ?今日は鳥だよ!」

 ぴょんぴょん飛び跳ねるヤトの後ろには、鳥の足を持って引きずっているヤトのお父さんが見えた。
 ヤトのお母さんは彼が三歳の時に病気で亡くなっている。 
 村の人はなぜか、ヤトがよそものだと言って、近づいてこない。家も村の一番端、森のすぐ側だ。だから、私みたいなトカゲがのんびり寝ていても、邪魔する者はいない。あ、カラスがいた。
 お父さんは寡黙だけど、私のことを邪険にしたりしない。
 いい人間だ。
 本当、ヤトに拾ってもらってよかった。別の人間が拾っていたら、食べられていたかもしんない。

「ヤト。鳥を捌く。お前も見ておきなさい」
「はーい。ミラ。またね。美味しい鳥もってくるからね」

 ヤトは私の頭を撫でると、お父さんと出て行ってしまった。
 
「お父さん~~~!」

 ヤトの叫び声で私は目を覚ました。
 家の中は明かりも灯っていない。
 何かあったんだ!
 体を起こすと、コロコロと黒い球が転がって、床に落ちた。
 どうでもいい。
 黒い球なんて。
 今はヤトだ!
 家の外に出ると、おっきな黒いものがびちゃびちゃと嫌な音を立てていた。その先には青白い顔で呆然としているヤトがいた。
 黒いおっきいものの口の中から、二本の足が生えていた。
 違う。
 誰かが食べられている。
 ゴリゴリ、ぴちゃぴちゃと嫌な音を立てながら、黒いおっきいものはすべてを口の中に入れた。

「お、お父さん!」

 食べられたのはお父さんなの?
 わからない。でもそうに違いない。
 それはまだ足りないみたいで、ゆっくりとヤトに近づく。
 口から血と肉片がポタポタ落ちてる。
 私より何十倍もおっきい。
 私では勝てない。
 
 そうだ。あの黒い球。 
 ドラゴンになれるって!
 家に引き返して、床の黒い球を見つけ、口に含む。 
 苦い。
 でもこれを食べればドラゴンになれる。
 ヤトを助けられる!
 噛み砕いた瞬間、目の前が真っ白になった。

「ううううう」

 身体中が痛い。
 何も見えない。

「があああ」

 食べたい。
 食べたい。
 食べたい。
 殺したい。

 そんな欲望が噴き出してきて、それしか考えられなくなった。

 黒い猿と子どもがいた。
 
 子どもは柔らかそうで美味しそう。
 
 黒い猿は私を見ると飛び掛かってきた。

「邪魔だ!」

 それを掴んで、投げ飛ばす。
 爪に引っかかって、うまく飛ばなかった。
 千切れた猿の腕が爪にくっついた。
 手を振ってそれを払って、子供を見る。
 
 美味しそうだ。

「……ぎ、銀色の鱗に緑色の瞳…。ミ、ミラなの?やっぱりドラゴンだったんだ」
「ミ、ラ?」

 なんだ、その名前。
 
「ゔぁあああ」

 頭が痛い。 
 なんだ、この情報は。
 ミラ、ミラ。
 ああ、ヤト。ご主人様だ。
 私は、ご主人様を助けた。

 私?
 助ける。
 何を考えている。
 これは私のご馳走だ。
 助けるとは。
 ご主人様?
 ふざけるな!

「もう少し早く助けてくれれば、お父さんも助かったのに!」

 お父さん?
 なんだ、成人の人の姿がチラつく。
 猿の口から明日が二つ出て……。

「ぐっ」

 私ば、なんだ?
 私は、トカゲ。

「ぐわあああ!」

 頭が痛い。
 このうるさい子どもを食ってやる。
 そうしたらこの頭痛も消えるだろう。

「ひっ」

 子どもがおびえた顔をする。
 ヤト、私のご主人様。
 拾ってくれた命の恩人。

「ミラ!」

 ダメだ。
 ダメだ。
 食べちゃダメだ!

 翼を広げ、私はそこから逃げだした。

 それから私は飢えを満たすために、食べた。
 魔物も、動物も、人間も。
 腹が減っては、片っ端から食った。
 うるさい奴には炎を吐いてやった。

「ははは!お前、食べたのかよ。あれ」

 ある日、カラスがやってきて、私をミラと呼んでうるさいので、燃やしてやった。
 食べる気も起きなくて、カスになるまで燃やしてやった。
 悲鳴をあげる間もなかったな。
 馬鹿なカラスだ。

 私はいつの間にか災厄のドラゴンと呼ばれるようになっていた。
 人間どもや、他の種族の奴らがやってくるから、その度に殺してやった。
 やってくる奴は大体硬くてまずい。
 だから小さく切り裂いてやったり、燃やしたり。
 美味しいのは柔らかい肉の、女や子どもだ。
 だから奴らの集落や村を襲った。

 そうして私は毎日を過ごした。
 どれくらい年月が過ぎてるかなんてわかるわけがない。
 
「ミラ!」

 久々にその名で呼ぶものが現れた。
 忌々しい。
 燃やしてやろうと息を吸って、対象を見た。

 真っ黒な髪に黒色の瞳の人間だった。

「僕が悪かった。これ以上、人間を襲うのはやめてくれ。助けてくれたのに、ひどいこと言って悪かった!」

 何を言っているのだ。
 この人間は?

「ほら、僕を殺して。ごめん」

 人間は一人だった。
 襲ってくる奴はいつも大勢でやってくる。
 だが、こいつは一人だ。
 背丈は標準の人間と同じ。
 体つきもいつも襲ってくる奴らと同じような不味そう。
 硬そうで……。

『大きくなって、僕をその背中に乗せてね。ミラ』
 
 不意に脳裏に美味しそうな子どもの姿が浮かんだ。
 優しそうで。
 いや、本当に優しかった。
 
「ご、ご主人様」
「ミラ!」

 ご主人様。
 ああ、大きくなって。

「うぐぐぐぁ」

 頭が痛い。

「ミラ、苦しいのか?僕のせいか?」

 苦しい。
 苦しい。
 私は、私はトカゲだった。
 ドラコンじゃない。

 ご主人様のためにドラゴンになった。
 
「ご主人様あああ」

 ドラゴンなんかなりたくなかった。
 ずっとトカゲのままでいたかった。
 でもヤトを助けたかった。

「こ、殺して」
「ミラ?」
「いっぱい、食べた。いっぱい殺した。もうだめ。私はドラゴンになりたくなかったのに」
「ミラ。ごめん。ごめん。僕のせいだよね。僕がドラコンになってほしいって思ったから。本当は僕はミラがドラゴンじゃない事なんて知っていたんだ。ミラは、僕の可愛いトカゲだった」
「ご主人様あああ」
「苦しい?苦しいの?」
「こ、殺して」

 これ以上、何も食べたくない。
 殺したくない。
 生きていれば、私はきっと殺し続ける。
 ご主人様のことだって、殺したくなる。

「お、お願い」
「わかった」
「あ、ありがとう。そこに落ちているドラゴン殺しの剣で、私の首を切って。そうすれば死ねる」
「……わかったよ。ミラ。でも君を一人にはしないから」

 ヤトの言葉の意味を考えることなんてできなかった。
 すぐに意識がなくなったから。


 ☆

「ミラ!」
「ご主人様!」
 
 私は元のトカゲの姿に戻っていた。
 そしてご主人様は少年の姿へ。

「ずっと一緒だよ。ミラ」
「うん」

 ご主人様はぎゅっと私を抱きしめる。
 私と彼は宙に浮いていて、半透明だ。
 眼下には首を失ったドラゴンと、胸をついて倒れる青年があった。

「ご主人様……」
「ミラ。悲しまないで。君の罪は僕の罪でもある。だから僕も死ぬべきだった。これからは君と一緒にずっといるよ」
「ありがとう」

 私はドラゴンではなくなった。
 だけど、ご主人様は一緒にいてくれる。
 それだけで、私は幸せだった。

  THE END
 
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