1 / 1
☆
しおりを挟む「大きくなって、僕をその背中に乗せてね。ミラ」
私のご主人様は、私のことをドラゴンだと思っている。
「うーん。まだ翼は生えてこないね」
卵から孵って初めて見たのがご主人様だった。
黒髪の黒目の少年だ。
名前はヤトという。
私はきっと頭がいい。
だけど、ドラコンではない。
頭のいい普通のトカゲだと思う。
翼なんてないし、牙も生えてない。
だけど、ご主人様は私をドラゴンだと思っている。
ある日、ご主人がでかけてお昼寝していると、真っ黒なカラスが話しかけてきた。
「お前、ドラゴンになりたいんだろ?俺はその方法を知ってる。どうだ、知りたいか?」
おっきな目のカラスだった。
怪しい。
大体カラスは人に嫌われてる。
こいつは嘘つきに違いない。
私をどこかに連れて行って、仲間と一緒に食べるつもりかもしれない。
「おい。ミラ。ドラゴンにならないと、いつかヤトに捨てられるぞ。ただのトカゲなんて役立たずだからな」
捨てられる。
そうだ。ご主人様は私がドラゴンだと思っているから、構ってくれる。
餌もくれて、寝床も確保してくれる。
こうして寝そべっていても外敵がこないのはご主人様のおかげだ。
「どこかに連れて行くつもりなら行かない。今教えてくれる?」
そう言うと、カラスは大きく嘴を開けた。
真っ赤な舌が見えて気持ち悪い。
私の舌はピンク色で可愛い。
ちなみに鱗は銀色。美しいトカゲなのだ。
「これ、食べろ。それだけでいい」
カラスは口から黒い球を取り出し、コロンと私の前に置いた。
「汚い。食べたくない」
「トカゲのくせにうるさいな。人間と一緒に暮らした弊害か」
カラスは大きな目を細め、嘴をカチカチと鳴らす。
「ミラー。帰ってきたよー」
「ちっ、人間か。この球置いていくぞ。ドラゴンになりたきゃ、食べるがいい」
ヤトの声が聞こえると、カラスはばさばさと羽を動かして、飛んでいなくなった。
黒い球はカラスの唾液のせいか、テカテカと光って気持ち悪い。
だけど、ヤトに見られたらよくない気がする。なんていうか禍々しい?感じ。
私は黒い球を自分のお腹の下に隠す。
「ミラ?お腹へったでしょ?今日は鳥だよ!」
ぴょんぴょん飛び跳ねるヤトの後ろには、鳥の足を持って引きずっているヤトのお父さんが見えた。
ヤトのお母さんは彼が三歳の時に病気で亡くなっている。
村の人はなぜか、ヤトがよそものだと言って、近づいてこない。家も村の一番端、森のすぐ側だ。だから、私みたいなトカゲがのんびり寝ていても、邪魔する者はいない。あ、カラスがいた。
お父さんは寡黙だけど、私のことを邪険にしたりしない。
いい人間だ。
本当、ヤトに拾ってもらってよかった。別の人間が拾っていたら、食べられていたかもしんない。
「ヤト。鳥を捌く。お前も見ておきなさい」
「はーい。ミラ。またね。美味しい鳥もってくるからね」
ヤトは私の頭を撫でると、お父さんと出て行ってしまった。
「お父さん~~~!」
ヤトの叫び声で私は目を覚ました。
家の中は明かりも灯っていない。
何かあったんだ!
体を起こすと、コロコロと黒い球が転がって、床に落ちた。
どうでもいい。
黒い球なんて。
今はヤトだ!
家の外に出ると、おっきな黒いものがびちゃびちゃと嫌な音を立てていた。その先には青白い顔で呆然としているヤトがいた。
黒いおっきいものの口の中から、二本の足が生えていた。
違う。
誰かが食べられている。
ゴリゴリ、ぴちゃぴちゃと嫌な音を立てながら、黒いおっきいものはすべてを口の中に入れた。
「お、お父さん!」
食べられたのはお父さんなの?
わからない。でもそうに違いない。
それはまだ足りないみたいで、ゆっくりとヤトに近づく。
口から血と肉片がポタポタ落ちてる。
私より何十倍もおっきい。
私では勝てない。
そうだ。あの黒い球。
ドラゴンになれるって!
家に引き返して、床の黒い球を見つけ、口に含む。
苦い。
でもこれを食べればドラゴンになれる。
ヤトを助けられる!
噛み砕いた瞬間、目の前が真っ白になった。
「ううううう」
身体中が痛い。
何も見えない。
「があああ」
食べたい。
食べたい。
食べたい。
殺したい。
そんな欲望が噴き出してきて、それしか考えられなくなった。
黒い猿と子どもがいた。
子どもは柔らかそうで美味しそう。
黒い猿は私を見ると飛び掛かってきた。
「邪魔だ!」
それを掴んで、投げ飛ばす。
爪に引っかかって、うまく飛ばなかった。
千切れた猿の腕が爪にくっついた。
手を振ってそれを払って、子供を見る。
美味しそうだ。
「……ぎ、銀色の鱗に緑色の瞳…。ミ、ミラなの?やっぱりドラゴンだったんだ」
「ミ、ラ?」
なんだ、その名前。
「ゔぁあああ」
頭が痛い。
なんだ、この情報は。
ミラ、ミラ。
ああ、ヤト。ご主人様だ。
私は、ご主人様を助けた。
私?
助ける。
何を考えている。
これは私のご馳走だ。
助けるとは。
ご主人様?
ふざけるな!
「もう少し早く助けてくれれば、お父さんも助かったのに!」
お父さん?
なんだ、成人の人の姿がチラつく。
猿の口から明日が二つ出て……。
「ぐっ」
私ば、なんだ?
私は、トカゲ。
「ぐわあああ!」
頭が痛い。
このうるさい子どもを食ってやる。
そうしたらこの頭痛も消えるだろう。
「ひっ」
子どもがおびえた顔をする。
ヤト、私のご主人様。
拾ってくれた命の恩人。
「ミラ!」
ダメだ。
ダメだ。
食べちゃダメだ!
翼を広げ、私はそこから逃げだした。
それから私は飢えを満たすために、食べた。
魔物も、動物も、人間も。
腹が減っては、片っ端から食った。
うるさい奴には炎を吐いてやった。
「ははは!お前、食べたのかよ。あれ」
ある日、カラスがやってきて、私をミラと呼んでうるさいので、燃やしてやった。
食べる気も起きなくて、カスになるまで燃やしてやった。
悲鳴をあげる間もなかったな。
馬鹿なカラスだ。
私はいつの間にか災厄のドラゴンと呼ばれるようになっていた。
人間どもや、他の種族の奴らがやってくるから、その度に殺してやった。
やってくる奴は大体硬くてまずい。
だから小さく切り裂いてやったり、燃やしたり。
美味しいのは柔らかい肉の、女や子どもだ。
だから奴らの集落や村を襲った。
そうして私は毎日を過ごした。
どれくらい年月が過ぎてるかなんてわかるわけがない。
「ミラ!」
久々にその名で呼ぶものが現れた。
忌々しい。
燃やしてやろうと息を吸って、対象を見た。
真っ黒な髪に黒色の瞳の人間だった。
「僕が悪かった。これ以上、人間を襲うのはやめてくれ。助けてくれたのに、ひどいこと言って悪かった!」
何を言っているのだ。
この人間は?
「ほら、僕を殺して。ごめん」
人間は一人だった。
襲ってくる奴はいつも大勢でやってくる。
だが、こいつは一人だ。
背丈は標準の人間と同じ。
体つきもいつも襲ってくる奴らと同じような不味そう。
硬そうで……。
『大きくなって、僕をその背中に乗せてね。ミラ』
不意に脳裏に美味しそうな子どもの姿が浮かんだ。
優しそうで。
いや、本当に優しかった。
「ご、ご主人様」
「ミラ!」
ご主人様。
ああ、大きくなって。
「うぐぐぐぁ」
頭が痛い。
「ミラ、苦しいのか?僕のせいか?」
苦しい。
苦しい。
私は、私はトカゲだった。
ドラコンじゃない。
ご主人様のためにドラゴンになった。
「ご主人様あああ」
ドラゴンなんかなりたくなかった。
ずっとトカゲのままでいたかった。
でもヤトを助けたかった。
「こ、殺して」
「ミラ?」
「いっぱい、食べた。いっぱい殺した。もうだめ。私はドラゴンになりたくなかったのに」
「ミラ。ごめん。ごめん。僕のせいだよね。僕がドラコンになってほしいって思ったから。本当は僕はミラがドラゴンじゃない事なんて知っていたんだ。ミラは、僕の可愛いトカゲだった」
「ご主人様あああ」
「苦しい?苦しいの?」
「こ、殺して」
これ以上、何も食べたくない。
殺したくない。
生きていれば、私はきっと殺し続ける。
ご主人様のことだって、殺したくなる。
「お、お願い」
「わかった」
「あ、ありがとう。そこに落ちているドラゴン殺しの剣で、私の首を切って。そうすれば死ねる」
「……わかったよ。ミラ。でも君を一人にはしないから」
ヤトの言葉の意味を考えることなんてできなかった。
すぐに意識がなくなったから。
☆
「ミラ!」
「ご主人様!」
私は元のトカゲの姿に戻っていた。
そしてご主人様は少年の姿へ。
「ずっと一緒だよ。ミラ」
「うん」
ご主人様はぎゅっと私を抱きしめる。
私と彼は宙に浮いていて、半透明だ。
眼下には首を失ったドラゴンと、胸をついて倒れる青年があった。
「ご主人様……」
「ミラ。悲しまないで。君の罪は僕の罪でもある。だから僕も死ぬべきだった。これからは君と一緒にずっといるよ」
「ありがとう」
私はドラゴンではなくなった。
だけど、ご主人様は一緒にいてくれる。
それだけで、私は幸せだった。
THE END
0
お気に入りに追加
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
勇者の息子
ありま氷炎
ファンタジー
勇者に倒されたはずの魔王が蘇った。村が魔物に飲み込まれて行く中、勇者の息子であるトモも戦いに参加する事になる。
第十回月餅企画への参加作品です。(今回の必須ワードは幸せ)
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
どーも、反逆のオッサンです
わか
ファンタジー
簡単なあらすじ オッサン異世界転移する。 少し詳しいあらすじ 異世界転移したオッサン...能力はスマホ。森の中に転移したオッサンがスマホを駆使して普通の生活に向けひたむきに行動するお話。 この小説は、小説家になろう様、カクヨム様にて同時投稿しております。
異世界ぼっち
オレオレ!
ファンタジー
初の小説、初の投稿です宜しくお願いします。
ある日クラスに魔法陣が突然現れ生徒全員異世界へそこで得たスキル魔法効果無効(パッシブ)このスキルを覚えたことで僕のぼっちな冒険譚が始まった
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる