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日常茶飯事

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 輝きに包まれたパウダールーム。豪奢な服を着た人々。きらびやかな空気に満ちたその部屋で、一人の女性があちらこちらから呼ばれている。
真粧美まさみ! バンから服取ってきて!」
「はい!」
「真粧美ちゃん! こっちはタオルー!」
「分かりました!」
「真粧美~! あのアクセどこ行ったか分かる?」
「あ、探してきます!」
 数人から用事を言い付けられた彼女は廊下に出ると、早歩きで駐車場に向かう。
 彼女の名は直枝なおえ真粧美。名だたる芸能人たちのメイクを担当しているメイクアップアーティスト事務所の雑用係……もとい、アシスタントである。入所してから半年。まだまだ慣れないながらも華やかな世界を彩る一員として目まぐるしい日々を送っていた。
 言われた内容を心の中で復唱していた真粧美。突然呼び止められ飛び上がりそうになる。
「あら。あなた新人?」
「え? あ!」
 振り返るとそこには、見ない日はないと言っていいほどテレビ番組に引っ張りだこの女性タレントがいた。
「お、お疲れ様です!」
 真粧美は勢いよく頭を下げる。するとクスクスという笑い声が降ってきた。
「お疲れ様。最近の新人さんにしてはちゃんと挨拶できるじゃない。ほら、そんなにかしこまらないで、頭を上げてちょうだい」
 優しそうな声色にそっと顔を上げると、その女性はにこやかな笑顔を浮かべていた。だがその目は真粧美にとって見慣れた仄暗い光を宿していた。
「それで? あなたどこの事務所?」
「あ、えっと……」
「どこの番組に出るのかしら。バーターなの?」
「ち、違います」
「へえ。じゃあはじめっから単独で出るの。顔がいいって得ね。それとも……」
 女性は真粧美の耳元でささやく。
「そのはしたない体で買った・・・のかしら」
 ヒュッと真粧美の喉がか細く鳴る。じっとりとした視線に絡め取られ、動くことができなくなった。
「真粧美! 何モタモタしてんの!」
「あ……」
 真粧美は詰めていた息をほっと吐く。
 真粧美のことを呼びにきた事務所の先輩は女性と真粧美のことを見比べると、真粧美の隣にやってきて頭を下げさせる。
「申し訳ありません。うちの者が何か粗相をしましたか?」
「あらやだ、この子陽子ちゃんのとこの新人だったの? 私てっきり新人アイドルかと思ったわ」
「すみません紛らわしくて。厳しく言いつけておきますから」
「そんな気にしないで。私が勘違いしちゃったのが悪いんだし。あなたもごめんなさいね?」
 女性タレントは真粧美の肩に手を置く。柔らかい手。だがその冷たさに真粧美は体を強張らせた。
「も、申し訳ありませんでした」
 なぜ私が謝らなければならないのか、というのは心の奥底にしまって、真粧美は更にこうべを垂れる。
「いいのよ。じゃあ陽子ちゃん。また一緒になったらよろしくね」
「はい。よろしくお願いいたします」
 朗らかに言って女性は立ち去る。
 真粧美と陽子は彼女が完全に見えなくなるまで頭を下げ続けた。

「すみませんでした」
「いいのよ。別に今回だけじゃないし」
 真粧美が陽子に向かって頭を下げると、陽子は柔和に許す。その許しにホッとした真粧美はおそるおそる顔を上げる。すると困ったような陽子の顔があった。
「やっぱりご迷惑を……」
「仕方ないじゃない。あんたのその顔じゃ」
「きゃッ!」
 陽子は真粧美の両頬を一瞬つまんですぐ放す。ほんのり色付いた頬を押さえた真粧美は、潤んだ目で陽子を見つめる。その姿はさながら悲劇のヒロインのようで、ドラマや映画のワンシーンのように画になる美貌だった。
「まったく……その顔に生まれたのは運がいいんだか悪いんだか」
 陽子のため息混じりの言葉に真粧美はしょぼくれる。
「私は良かったとは思えません」
「まあいいと思ってる子なら裏方こっちの仕事に就こうなんて考えないわね」
「そうですね……」
 ますます気落ちした様子の真粧美。そんな彼女の背中を陽子は力強く叩く。
「さ! 収録は待ってくれないわよ! さっさと荷物取ってくる! いつもの二倍速ね!」
「二倍ですか?! そんなッ」
「いいから早く行きなさい!」
「は、はい!」
 陽子にせっつかれた真粧美は小走りで立ち去る。
 小さくなっていく真粧美の背中を見た陽子は、一瞬の哀れみと同情を見せたが、すぐに表情を引き締めてパウダールームに戻っていった。
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