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温風
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「あんたに足りないのはねえ、共感力よ!」
「共感力、ですか?」
「そう! きょーかんりょく!」
酔いが回った様子の陽子さんは、少し声量の大きくなった声で力強く語る。
「具体的にはどういうところですか?」
「んーそりゃあんた……苦労したことないでしょ?」
「苦労はしてる方だと思うんですが」
「片親で育ったのはそりゃ苦労したと思ってるよ。勉強もがんばってる。それは認める。でもさ、あんた、自分のメイクで困ったことないでしょ」
ズキ、と胸の奥深くに何かが刺さった気がした。
「あんたはいい顔してる。色白だから大低の色が似合うし、目の形もいいから色んなメイクができる。どんなメイクでもできるってのは普通の人にはメリットでしかない。でも裏を返せば美容部員の実験台としては不十分ってことになる」
「……おっしゃる通りです」
「もちろん、美容に興味がある子が集まりやすいこの仕事柄、元からきれいな顔立ちの子も多い。でもあんたは別格過ぎる」
今までになく真剣な面持ちの陽子さんに、私は気おされる。
「これは人によって考え方が違うと思うけど、私はメイクを『コンプレックスを解消するためのひとつの方法』って考えてる。でも無理にやるものではあってほしくない。そもそもコンプレックスってのは、その人にとっては欠点でも他人から見たら魅力になることが多い。だから私はその人の魅力を最大限活かせるメイクが何か考えて、意見を提案して、その人が楽しくメイクをできるようなお手伝いをしてるつもり。それをやりがいだと思ってるし、そのためにこの仕事をしてる」
そこまで言うと、陽子さんは一呼吸置いて、まだ半分ほど残っていたグラスを一息に飲みきり、勢いよくテーブルに置いた。
「正直言って、私はあんたにメイクしたくない。確かに色んなメイクを試せるのは楽しいと思う。でもどんなメイクをしても、あんたの素材を活かしきれてない気持ちになると思う。なんだったら何もしない方がいいんじゃないかってくらいに思ってる。それくらいあんたはきれい過ぎてつまらない」
重い沈黙が私たちの間にのしかかる。
「……あんたはがんばってる。だけど足りないものが圧倒的に多過ぎる。でも逆に言うと伸びしろだらけ。たくさんの物事に触れて、たくさんの感情を知って、もっともっと人生を豊かにしなさい。そうすれば自然と人に寄り添える人になるから」
ふっ、と空気が軽くなる。陽子さんは今までで一番優しい笑みを浮かべていた。
「大丈夫。あんたの人生はまだまだこれから。失敗なんて、生きてる限り何度だってするものよ。ひとつやふたつの失敗を気にしてたらせっかくの人生つまんないわよ。もちろん、繰り返すのはよくないから、反省して再発防止はしなきゃだけどね。人生なんてたった一度きりなんだから、楽しまなきゃ損よ!」
心の底から私のことを想ってくれているのが分かる言葉の数に、目頭が熱くなる。
「ちょっとちょっと、泣かないでってば。ありきたりなことしか言ってないんだから。そもそも無礼講なんて言っておきながら先輩風吹かせ過ぎね、私ってば」
そう言うと陽子さんは気恥ずかしそうにグラスを持ち上げる。が、それはついさきほど飲み終わったばかり。カランと氷の音が鳴るだけでお酒を口にできなかった陽子さんは、ますます恥ずかしそうにしながら、店員を呼んで追加の酒を注文した。
「大丈夫ですか?」
「だいじょーぶだいじょーぶ、っとと」
「全然大丈夫じゃないじゃないですか」
すっかり酔っ払った陽子さんはふらふらとしながら店を出ようとする。すると当然と言えるだろうが、ちょっとした段差に足を引っかけてしまう。それをとっさに支えながら私はタクシーを呼べるアプリで二台呼ぶ。
「今タクシー呼びましたから、それまでゆっくりしましょう」
「ありがと~。あんたはほんと、よくできた後輩よ」
「ふふ。ありがとうございます」
ふにゃふにゃになった陽子さんを店の外にあったベンチに座らせて水を飲むかどうか聞くと、欲しいという答えが返ってきたので、コンビニか自販機がないかと周囲を見回す。すると道路の反対側に自販機があるのを見つけた。
「じゃあ買ってきますね」
「はーい。よろしくね~」
ひらひらと手を振る陽子さん。こういうところもチャーミングなんだよなあと思いつつ、陽子さんの方を見ながら一歩足を踏み出したその瞬間。陽子さんが目を見開く。
「真粧美! 右!」
「え?」
ゴオオッという風を切り裂くような轟音が聞こえた、と思った同時に、視界がぶれ、ゴン、という低く重い音が脳みそに響いた。
「共感力、ですか?」
「そう! きょーかんりょく!」
酔いが回った様子の陽子さんは、少し声量の大きくなった声で力強く語る。
「具体的にはどういうところですか?」
「んーそりゃあんた……苦労したことないでしょ?」
「苦労はしてる方だと思うんですが」
「片親で育ったのはそりゃ苦労したと思ってるよ。勉強もがんばってる。それは認める。でもさ、あんた、自分のメイクで困ったことないでしょ」
ズキ、と胸の奥深くに何かが刺さった気がした。
「あんたはいい顔してる。色白だから大低の色が似合うし、目の形もいいから色んなメイクができる。どんなメイクでもできるってのは普通の人にはメリットでしかない。でも裏を返せば美容部員の実験台としては不十分ってことになる」
「……おっしゃる通りです」
「もちろん、美容に興味がある子が集まりやすいこの仕事柄、元からきれいな顔立ちの子も多い。でもあんたは別格過ぎる」
今までになく真剣な面持ちの陽子さんに、私は気おされる。
「これは人によって考え方が違うと思うけど、私はメイクを『コンプレックスを解消するためのひとつの方法』って考えてる。でも無理にやるものではあってほしくない。そもそもコンプレックスってのは、その人にとっては欠点でも他人から見たら魅力になることが多い。だから私はその人の魅力を最大限活かせるメイクが何か考えて、意見を提案して、その人が楽しくメイクをできるようなお手伝いをしてるつもり。それをやりがいだと思ってるし、そのためにこの仕事をしてる」
そこまで言うと、陽子さんは一呼吸置いて、まだ半分ほど残っていたグラスを一息に飲みきり、勢いよくテーブルに置いた。
「正直言って、私はあんたにメイクしたくない。確かに色んなメイクを試せるのは楽しいと思う。でもどんなメイクをしても、あんたの素材を活かしきれてない気持ちになると思う。なんだったら何もしない方がいいんじゃないかってくらいに思ってる。それくらいあんたはきれい過ぎてつまらない」
重い沈黙が私たちの間にのしかかる。
「……あんたはがんばってる。だけど足りないものが圧倒的に多過ぎる。でも逆に言うと伸びしろだらけ。たくさんの物事に触れて、たくさんの感情を知って、もっともっと人生を豊かにしなさい。そうすれば自然と人に寄り添える人になるから」
ふっ、と空気が軽くなる。陽子さんは今までで一番優しい笑みを浮かべていた。
「大丈夫。あんたの人生はまだまだこれから。失敗なんて、生きてる限り何度だってするものよ。ひとつやふたつの失敗を気にしてたらせっかくの人生つまんないわよ。もちろん、繰り返すのはよくないから、反省して再発防止はしなきゃだけどね。人生なんてたった一度きりなんだから、楽しまなきゃ損よ!」
心の底から私のことを想ってくれているのが分かる言葉の数に、目頭が熱くなる。
「ちょっとちょっと、泣かないでってば。ありきたりなことしか言ってないんだから。そもそも無礼講なんて言っておきながら先輩風吹かせ過ぎね、私ってば」
そう言うと陽子さんは気恥ずかしそうにグラスを持ち上げる。が、それはついさきほど飲み終わったばかり。カランと氷の音が鳴るだけでお酒を口にできなかった陽子さんは、ますます恥ずかしそうにしながら、店員を呼んで追加の酒を注文した。
「大丈夫ですか?」
「だいじょーぶだいじょーぶ、っとと」
「全然大丈夫じゃないじゃないですか」
すっかり酔っ払った陽子さんはふらふらとしながら店を出ようとする。すると当然と言えるだろうが、ちょっとした段差に足を引っかけてしまう。それをとっさに支えながら私はタクシーを呼べるアプリで二台呼ぶ。
「今タクシー呼びましたから、それまでゆっくりしましょう」
「ありがと~。あんたはほんと、よくできた後輩よ」
「ふふ。ありがとうございます」
ふにゃふにゃになった陽子さんを店の外にあったベンチに座らせて水を飲むかどうか聞くと、欲しいという答えが返ってきたので、コンビニか自販機がないかと周囲を見回す。すると道路の反対側に自販機があるのを見つけた。
「じゃあ買ってきますね」
「はーい。よろしくね~」
ひらひらと手を振る陽子さん。こういうところもチャーミングなんだよなあと思いつつ、陽子さんの方を見ながら一歩足を踏み出したその瞬間。陽子さんが目を見開く。
「真粧美! 右!」
「え?」
ゴオオッという風を切り裂くような轟音が聞こえた、と思った同時に、視界がぶれ、ゴン、という低く重い音が脳みそに響いた。
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