生化粧~せいけしょう~

白藤桜空

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日常

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「申し訳ありませんでした」
 手ブラで帰っていくお客様を、頭を深く下げて見送る。
 辞儀をしていても分かる。落胆しながら去っていっていくのが。接客していたときの感覚と経験から間違いない。自分の接客に満足してもらえなかったのだ。
 ――これで今週何度目だろう。商品を買ってもらえずに見送ることになったのは。接客時間と営業成績から逆算すれば数えられるだろうが、わざわざ自らの傷口に塩を塗りたくない。
直枝なおえさん。ちょっとこっちに来てくれる?」
「ッはい!」
 お客様が完全に立ち去ったのを確認して頭を上げたタイミングで声をかけられる。その声はどこまでも冷淡で、とっさに返事をしたものの振り返るのは恐ろしくてできない。これが幻聴であればいいのに。そう願わずにはいられなかった。だが、
「直枝さん? 呼ばれたなら早く来なさい」
「は、はい……!」
 当然ながら聞き間違えなどではなく。再度呼ばれた私は重い足で店長のもとに向かった。

「言いたいことは分かってるわよね?」
「はい……」
 在庫が所狭しと並べられているバックヤードで対面した店長は、眼光鋭く私を見据えていた。
 この仕事を始めてからこうやって詰められるのも、もはや数えきれなくなってきた。だからといって叱られるのに慣れる訳もなく、私は冷たくなった両手を組んで続きの言葉を待つしかなかった。それを見た店長はため息をつきながら、指を三本立てる。
「三回。これ、なんの数字か分かりますか?」
「……私が接客に失敗した数でしょうか」
「その通り。今週に入ってから直枝さんがお客様にご購入いただけなかった回数です。それも私の出勤時間が被っている時間帯だけ、という条件ですので、実際はもっとありますよね」
 断言する店長。とっさに口を開きかけたが、今は何を言っても言い訳にしかならない。唇を固く結んで店長をうかがい見る。すると店長は大きなため息をつくだけついてから、突き放すように言う。
「私もあなたばかりに時間をかけていられませんので、今日は何も言いません。ただし、今からの時間、直枝さんは在庫確認をしてください」
「え、でもそれはオープン前に……」
「あなたと違って日野原さんはもうすでに四名のお客様にご購入いただいてます。私もこのあとご来店予定の方がいらっしゃいますし、そろそろお仕事終わりのお客様が増える時間です。それに今日は金曜日。いつもよりご来客が確実に増えます。ですからこれも立派な業務ですよ」
「そ、うですね。承知いたしました。このままこちらに残って在庫確認していきます」
「お願いします」
 そう言うと店長はバックヤードから出ていく。それを追うように私も少しだけバックヤードから顔を出して店内を見る。
 デパートの一画にあるここはブランド化粧品を販売するコスメカウンターだ。美容部員である私は日々お客様のメイクに関するお悩みや相談に向き合い、寄り添っている。――つもりなのだが。
「やっぱ向いてないのかなあ……」
 現実問題、私の売上は最低レベルだ。
 接客業全般に言えることだろうが、時間をかけて相談に乗ったところでご購入いただけないこと自体はよくあることだ。その事態はどんなに経験を積もうが絶対に起こりうる。結局は人と人とのコミュニケーションなので、相性というものがあるからだ。
 だが、私はそういうレベルではない。
 さきほど店長に言われた通り、私がご購入いただけなかった回数は尋常じゃなく多い。新人であればよくあることだが、私は勤め始めてもう半年は経っている。そろそろそういった事態は減ってもいいはずなのに、どうしても減っていかない。原因は一体なんなのか。
「はあ……」
 今考えてもしょうがない。私はひとつため息をつくと、バックヤードに戻って在庫確認をし始めた。
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