第3トンネル

にゃあ

文字の大きさ
上 下
9 / 14

第3トンネル

しおりを挟む
 俺は煙草を灰皿に押し付けて揉み消すと、懐中電灯を持って車の外に出た。
 風が回りの枝をザワザワと揺らす。辺りは暗い。
 
 懐中電灯を点けて前を照らした。
 すぐ目の前にそれはあった。
 
 真っ黒く、ポッカリと半円の口を開けたトンネルの入口が、近づくものを冥界に引きずり込むかのようにそこにあった。
 懐中電灯の光でそこいらを照らしてみる。
 小さな光芒が古ぼけた煉瓦の壁を照らした。蔦を這わせた赤茶色の壁は、所々に地下水を染み出させているのか黒い染みが不気味にすじを作っている。
 入口の上の辺りは深く木々が生い茂り、こんな小さな懐中電灯の光だけではその上がどうなっているのかは全く分からない。
 
 腕時計を見る。暗い液晶画面に浮かび上がる時刻は、午前一時過ぎだった。
 風がなおも強くなってきたのか、入り口の上に掛かった枝を大きな音をさせて揺らせている。

 俺は暫くトンネルを前にしたまま、決心が付きかねてそこに立っていた。
 恐怖が背筋を凍らせ、喉をひりつかせ、掌に汗を滲ませる。
 このまま車に飛び乗ってUターンをして逃げ出したい。
 簡単なことだ。ただエンジンを掛けてハンドルを回せば良い。

 しかしトンネルの暗い入口は、俺を捉えて離さない。
 恐怖という禁断の快感を餌に、俺をその空間へと誘うのだ。
 何かに、背中を押される。

 噂を確かめろと。

 俺は地面を踏み締めるようにして足を前に運んだ。
 舗装されていない砂利道が靴の下で鳴った。
 懐中電灯の光を入口の上の壁に向けてみる。淡い光芒に照らし出されたそれは、風雨に晒されて判別が難しくなっているが、何故かハッキリと読み取れた。

 第3トンネル。

 そう石には刻まれていた。

 光をトンネルの下に向けた。
 何か白いものが壁に立て掛けてある。近づいてみると、それは朽ちた花束の残骸だった。
 いつ頃、誰の為に置かれた物なのかはもちろん分からない。
 あるいはあの夫婦が少女の霊に手向けた物なのか。

 トンネルの入口に立つと懐中電灯の光を中に向けてみた。何も照らし出されない。
 俺は覚悟を決めると中に入って行った。

 トンネルの中は文字通り漆黒の闇だ。天井に電灯も無い。
 ひんやりと空気が冷たい。中は何とか車二台がすれ違えるほどの幅だった。
 光に照らし出された壁には、ここにも地下水の黒い染みがベッタリと張り付いている。
 どれも見様によっては人の顔に見える。断末魔の表情を張り付かせた、死者の顔だ。

 砂利を踏み締める音が内部に反響して響く。少し歩いて行くと、俺の背中の後ろの空間が異様に蠢いているような気がし始めた。ザワザワと何かの気配がする。
 しかし、とてもでは無いが怖くて後ろを振り向けない。

 後ろを振り向くと、中学生の女の子が恨めしそうに立っていたら……。そう想像すると、背筋にまた悪寒が走った。
 俺はそれが自分に課せられた義務ででもあるかのように、ギクシャクとした足を前に進めた。
 トンネルは左に弧を描いたように結構きついカーブになっていて、光を当てても出口らしきものは、側壁に阻まれてまだ見えなかった。回りの物を懐中電灯で照らしてゆっくり観察する余裕なんて全く無い。染み出した地下水が一滴、頭に落ちた。俺は文字通り飛び上がった。声は出ない。引きつったような呻き声が口から低く漏れただけだ。心臓が張り裂けそうなくらい、鼓動を強める。

 地面をしっかりと踏み締めようとするのだが、両足はガクガクと震え、足の裏は真綿の上を歩いているかのように心許無い。よく夢でこんな場面を見たように感じる。何かに逃げるように足を速く動かすのだが、足は萎えたように動かない……。

 何かが俺に纏わり付いてくるような気がする。俺が前に進むたびに、それがフラフラと後ろに付いて来るのだ。
 霊がいる。
 俺のすぐ後ろに、寂しげな表情で、恨めしげな顔で、立っている。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【怖い絵本】かくれんぼ

るいのいろ
絵本
公園に集まった、5人の子供たち。 もういいかい? もういいよ。 元気に答えるその声の中に、知らない声が混じります。 その子を見つけたら、だめだよ。 その子は公園に置いて帰ろうね。 もし見つけたら、着いてきちゃうから。

ある未来人のつぶやき

夏野菜
SF
とある街の喫茶店で、ブツブツと独り言を繰り返すスーツ姿の男がいた。聞き耳をたてると気持ち悪いことを言っていた。

怖い話

もふ輝
ホラー
シュールな怖い話です。

意味がわかると怖い話(短編)

意味怖大好き!
ホラー
僕は意味がわかると怖い話が大好きですあなたと仲良くできたら嬉しいです

14日後に死ぬ呪いのアプリ

響ぴあの
ホラー
呪いのアプリがインストールされた者は呪い主を特定しないと14日後に死ぬ。 気づくと、スマホには死へのカウントダウンが表示される。 呪いの条件はお互いのスマホに連絡先が入っている事。 死なない方法は、スマホに表示される呪いの子と呼ばれる男の子に呪い主を言い当てること。 3人目まで言い当てることができる。言い当てられると、呪い主が死ぬ。3人目が外れた場合は、死あるのみ。 決して逃れられない。 呪いのアプリをアンインストールはできない。 スマホを解約しても、壊しても意味はない。 名前や連絡先を削除することはできない。 誰に呪われているのか、わからないことが一番の恐怖だ。 呪いはウイルスのごとく拡散する。 自殺を望む者は楽に死ぬことができる呪いのアプリに群がる。 『呪いのアプリ譲ってください』 『呪いのアプリ譲ります。料金は〇万円です』 『呪いのアプリで一緒に死にませんか?』 『一番楽に死ぬ方法あります』 『呪われて死ぬには連絡先の交換が必要です。交換してください』 アプリによってどんどん死の連鎖が生まれていく。 裏切り系、後味の悪い人間が生むホラーストーリー。 岡野カルト……日本一の偏差値である東王大学卒のエリート刑事。警視庁の呪いのアプリ捜査本部で捜査する。婚約者が呪いのアプリの被害者になり助ける手段を探す。25歳。 立花結……カルトの婚約者。高校時代の同級生で高校時代からずっと交際を続けていた。会社員。25歳。 秋沢葉次……通称ヨージ。東王大学4年生。天才。頭脳明晰。呪いのアプリの被害者になり捜査の協力者となる。茶髪で軽そうな雰囲気。シルバーリングのピアスが特徴。霊感があるイケメンな22歳。 真崎壮人……カルト、芳賀瀬、結と高校の同級生。結とは幼稚園時代からの知り合い。一番優秀にもかかわらず東王大学を留年し続けている。見た目はチャラい。金髪でメッシュの入った少し長めの髪。金持ちの息子で呪術師家系。イケメンな25歳。 芳賀瀬まりか……芳賀瀬志郎の妹。高校3年生。気は強く、しっかり者で才色兼備。呪いのアプリを入れられて、アプリの捜査協力をする。頭脳明晰故、真相に近づくきっかけになる。

子供を差し出せ!貴族の血を途絶えさせたくない貴族を狙う悪戯な魔女

白崎アイド
ファンタジー
一族の血を途絶えさせたくない貴族の娘は魔女に懇願した。 すると、子供を差し出せと言う。 恐ろしい注文に、一度は逃げようと思ったが、やらねばならない。 娘は誰を差し出したのか。 そして、魔女と子供の行方やいかに。

怖い話

三五八11
ホラー
私が考えてた怖い話 あくまで創作です。 イメージ先行で書いてるので 矛盾があっても優しい気持ちで ご指摘下さい

意味がわかると怖い話

かなた
ホラー
美奈子は毎日、日記を書くのが日課でした。彼女は日記に自分の日々の出来事や感じたことを詳細に書き留めていました。ある日、美奈子が日記を読み返していると、自分が書いた覚えのない記述を見つけます…

処理中です...