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第3トンネル
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俺は煙草を灰皿に押し付けて揉み消すと、懐中電灯を持って車の外に出た。
風が回りの枝をザワザワと揺らす。辺りは暗い。
懐中電灯を点けて前を照らした。
すぐ目の前にそれはあった。
真っ黒く、ポッカリと半円の口を開けたトンネルの入口が、近づくものを冥界に引きずり込むかのようにそこにあった。
懐中電灯の光でそこいらを照らしてみる。
小さな光芒が古ぼけた煉瓦の壁を照らした。蔦を這わせた赤茶色の壁は、所々に地下水を染み出させているのか黒い染みが不気味にすじを作っている。
入口の上の辺りは深く木々が生い茂り、こんな小さな懐中電灯の光だけではその上がどうなっているのかは全く分からない。
腕時計を見る。暗い液晶画面に浮かび上がる時刻は、午前一時過ぎだった。
風がなおも強くなってきたのか、入り口の上に掛かった枝を大きな音をさせて揺らせている。
俺は暫くトンネルを前にしたまま、決心が付きかねてそこに立っていた。
恐怖が背筋を凍らせ、喉をひりつかせ、掌に汗を滲ませる。
このまま車に飛び乗ってUターンをして逃げ出したい。
簡単なことだ。ただエンジンを掛けてハンドルを回せば良い。
しかしトンネルの暗い入口は、俺を捉えて離さない。
恐怖という禁断の快感を餌に、俺をその空間へと誘うのだ。
何かに、背中を押される。
噂を確かめろと。
俺は地面を踏み締めるようにして足を前に運んだ。
舗装されていない砂利道が靴の下で鳴った。
懐中電灯の光を入口の上の壁に向けてみる。淡い光芒に照らし出されたそれは、風雨に晒されて判別が難しくなっているが、何故かハッキリと読み取れた。
第3トンネル。
そう石には刻まれていた。
光をトンネルの下に向けた。
何か白いものが壁に立て掛けてある。近づいてみると、それは朽ちた花束の残骸だった。
いつ頃、誰の為に置かれた物なのかはもちろん分からない。
あるいはあの夫婦が少女の霊に手向けた物なのか。
トンネルの入口に立つと懐中電灯の光を中に向けてみた。何も照らし出されない。
俺は覚悟を決めると中に入って行った。
トンネルの中は文字通り漆黒の闇だ。天井に電灯も無い。
ひんやりと空気が冷たい。中は何とか車二台がすれ違えるほどの幅だった。
光に照らし出された壁には、ここにも地下水の黒い染みがベッタリと張り付いている。
どれも見様によっては人の顔に見える。断末魔の表情を張り付かせた、死者の顔だ。
砂利を踏み締める音が内部に反響して響く。少し歩いて行くと、俺の背中の後ろの空間が異様に蠢いているような気がし始めた。ザワザワと何かの気配がする。
しかし、とてもでは無いが怖くて後ろを振り向けない。
後ろを振り向くと、中学生の女の子が恨めしそうに立っていたら……。そう想像すると、背筋にまた悪寒が走った。
俺はそれが自分に課せられた義務ででもあるかのように、ギクシャクとした足を前に進めた。
トンネルは左に弧を描いたように結構きついカーブになっていて、光を当てても出口らしきものは、側壁に阻まれてまだ見えなかった。回りの物を懐中電灯で照らしてゆっくり観察する余裕なんて全く無い。染み出した地下水が一滴、頭に落ちた。俺は文字通り飛び上がった。声は出ない。引きつったような呻き声が口から低く漏れただけだ。心臓が張り裂けそうなくらい、鼓動を強める。
地面をしっかりと踏み締めようとするのだが、両足はガクガクと震え、足の裏は真綿の上を歩いているかのように心許無い。よく夢でこんな場面を見たように感じる。何かに逃げるように足を速く動かすのだが、足は萎えたように動かない……。
何かが俺に纏わり付いてくるような気がする。俺が前に進むたびに、それがフラフラと後ろに付いて来るのだ。
霊がいる。
俺のすぐ後ろに、寂しげな表情で、恨めしげな顔で、立っている。
風が回りの枝をザワザワと揺らす。辺りは暗い。
懐中電灯を点けて前を照らした。
すぐ目の前にそれはあった。
真っ黒く、ポッカリと半円の口を開けたトンネルの入口が、近づくものを冥界に引きずり込むかのようにそこにあった。
懐中電灯の光でそこいらを照らしてみる。
小さな光芒が古ぼけた煉瓦の壁を照らした。蔦を這わせた赤茶色の壁は、所々に地下水を染み出させているのか黒い染みが不気味にすじを作っている。
入口の上の辺りは深く木々が生い茂り、こんな小さな懐中電灯の光だけではその上がどうなっているのかは全く分からない。
腕時計を見る。暗い液晶画面に浮かび上がる時刻は、午前一時過ぎだった。
風がなおも強くなってきたのか、入り口の上に掛かった枝を大きな音をさせて揺らせている。
俺は暫くトンネルを前にしたまま、決心が付きかねてそこに立っていた。
恐怖が背筋を凍らせ、喉をひりつかせ、掌に汗を滲ませる。
このまま車に飛び乗ってUターンをして逃げ出したい。
簡単なことだ。ただエンジンを掛けてハンドルを回せば良い。
しかしトンネルの暗い入口は、俺を捉えて離さない。
恐怖という禁断の快感を餌に、俺をその空間へと誘うのだ。
何かに、背中を押される。
噂を確かめろと。
俺は地面を踏み締めるようにして足を前に運んだ。
舗装されていない砂利道が靴の下で鳴った。
懐中電灯の光を入口の上の壁に向けてみる。淡い光芒に照らし出されたそれは、風雨に晒されて判別が難しくなっているが、何故かハッキリと読み取れた。
第3トンネル。
そう石には刻まれていた。
光をトンネルの下に向けた。
何か白いものが壁に立て掛けてある。近づいてみると、それは朽ちた花束の残骸だった。
いつ頃、誰の為に置かれた物なのかはもちろん分からない。
あるいはあの夫婦が少女の霊に手向けた物なのか。
トンネルの入口に立つと懐中電灯の光を中に向けてみた。何も照らし出されない。
俺は覚悟を決めると中に入って行った。
トンネルの中は文字通り漆黒の闇だ。天井に電灯も無い。
ひんやりと空気が冷たい。中は何とか車二台がすれ違えるほどの幅だった。
光に照らし出された壁には、ここにも地下水の黒い染みがベッタリと張り付いている。
どれも見様によっては人の顔に見える。断末魔の表情を張り付かせた、死者の顔だ。
砂利を踏み締める音が内部に反響して響く。少し歩いて行くと、俺の背中の後ろの空間が異様に蠢いているような気がし始めた。ザワザワと何かの気配がする。
しかし、とてもでは無いが怖くて後ろを振り向けない。
後ろを振り向くと、中学生の女の子が恨めしそうに立っていたら……。そう想像すると、背筋にまた悪寒が走った。
俺はそれが自分に課せられた義務ででもあるかのように、ギクシャクとした足を前に進めた。
トンネルは左に弧を描いたように結構きついカーブになっていて、光を当てても出口らしきものは、側壁に阻まれてまだ見えなかった。回りの物を懐中電灯で照らしてゆっくり観察する余裕なんて全く無い。染み出した地下水が一滴、頭に落ちた。俺は文字通り飛び上がった。声は出ない。引きつったような呻き声が口から低く漏れただけだ。心臓が張り裂けそうなくらい、鼓動を強める。
地面をしっかりと踏み締めようとするのだが、両足はガクガクと震え、足の裏は真綿の上を歩いているかのように心許無い。よく夢でこんな場面を見たように感じる。何かに逃げるように足を速く動かすのだが、足は萎えたように動かない……。
何かが俺に纏わり付いてくるような気がする。俺が前に進むたびに、それがフラフラと後ろに付いて来るのだ。
霊がいる。
俺のすぐ後ろに、寂しげな表情で、恨めしげな顔で、立っている。
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