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第32話 母子 3

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 悩ましい問題だ。
 
『未玖が頼んだら、間違いなく、光樹は行くって言っちゃうものね。あぁ、あの子って、すごい子なのよ、実際』

 けっして引け目など感じないように、注意深く育ててきたつもりだったし、二人ともとして接してきたつもりだった。

 しかし、お兄ちゃんは、いい子すぎた。

『今回の学校のことだって、私には一言も言わなかったわ。きっと私に心配を掛けまいとしたのよね。先生からいっぱい謝られちゃったけど、むしろ、何も知らなくて恥ずかしかったくらいよ』

 光樹がイジメに遭っていた。

 ちっとも気付かなかったのは母親として恥ずかしい。光樹に、心の底から謝った。しかし「ボクが言わなかったからだもん。お母さんは全然悪くないからね。ビックリさせてごめん」と、むしろ慰められてしまった。
 
 光樹の実の両親は、人類学者であった。

 ダムで喪われることが決定したアマゾンの奥地の村へのフィールドワークとして、幼い子どもを親友夫妻に預けて向かい、そこで飛行機事故に遭って亡くなった。日本の数倍の広さを持った密林のどこに墜落したのかもわからず、遺体は十年経っても発見できないでいるほどに広い。

 そんな苦しい事態に見舞われた以上、預かっていた親友夫妻の一人息子を、そのまま引き取るのは、とても自然なことでもあった。

 年子のような我が子と一緒に、実の兄妹として育ててきたつもりだ。

 しかし、我が娘が「兄」を見る目は、どんどん「恋する乙女」になっている。

 母親として、娘の気持ちを応援したいような、けれども困ってしまうという、複雑な気持ちがあるのも事実だ。

『二人がお付き合いするのも、なんだったら、結婚してくれちゃっても、ぜーんぜんいいし、その前に体の関係になるとかならないとか、そんなことは二人が決めることよ。何の問題もないわ。ただ、問題があるとしたら光樹が未玖を妹としてしか見ないことなのよね』

 それは、我が子として育ててきたとしては嬉しいこと。けれども同じとして未玖の気持ちが痛いほどにわかってしまうのも事実なのだ。

「お母さん、お願い! ね? おねがい」

 娘のおねだりに心を揺さぶられながら『あぁ、また光樹に甘えることになっちゃうのかしら』と申し訳ない気持ちになってしまう母であった。
  
  
 
 
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
 アマゾンのジャングルの広さは日本の国土面積の18倍以上ですが
飛行機の飛べる範囲で考えると「日本の数倍の広さ」になります。

 お母さんは、正月も取材で家に戻れません。農業系の新聞にとって、田舎の年末とお正月を取材するのは必須なんです。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


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