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第32話 心、凍らせて 3
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陽菜の方が悲痛な顔をしていた。
本来は、こんなことを聞かせて良いはずがない。
しかし、中途半端に話せば陽菜の正義感が二人を許さないのは明白だった。だから、何よりも怖いのは、それを放置する陽菜自身を彼女が許さないであろうことが目に見えることだ。
そうなれば、陽菜は二人を非難する行動に出るだろう。だが、それで何かが変わるとは思えない。むしろ、部活が崩壊しかねないのだ。
ここで部活がガタガタになることを瞬は認めたくなかったのだ。
せっかくここまてガマンしたのだ。瞬にとっても、部にとっても、そして陽菜にとっても良くない結果を生む行動は取らせたくなかった。
「そんな! ひどいです!」
やっと吐き出した言葉は予想通り。
「ありがとう。怒ってくれて」
瞬は素直に頭を下げる。
「先輩がお礼を言うことじゃないと思います!」
「いや、怒ってくれてオレの心は救われた…… と思う。だからこそ、ありがとうって言いたいんだ」
あくまでも陽菜の暴走を防ぐためのネタばらしのつもりだった。
しかし、一度言葉にしてしまったら瞬の心に予想以上のダメージとなってしまった。それは、目一杯水を湛えた堤防に穴を開けてしまったのと同じ。
怒濤の勢いで冷たい水が流れ出そうとしているのを自分でも止められそうにない。
何もかもぶちまけてしまいたい衝動にギリギリで耐えられるのか不安がよぎる。
『抑えろ、抑えるんだ、自分の心なんて凍り付かせてしまえば良いだけなんだから』
少なくとも、ここから先は、大会前の後輩に聞かせていい話ではない。だが言葉が勝手に出てきてしまう。自分が情けなかった。
「先輩。でも、それって!」
ああ、ダメだ。そんな優しい顔をしてくれたら、オレ、喋っちゃうよ、ごめん、陽菜ちゃん。止められない。
「君は見ちゃったんだろ? キスでもしてた?」
軽い調子の声。だからこそ、陽菜は釣られてしまう。
「そう、それです! え? って言うことは、先輩は知っていたんですか?」
「今年の2月さ。偶然、見ちまってね」
あ、ヤバい止められない。
「見た?」
「オレ、さ、松永さんの家、知っているんだよ。そしてベランダ越しに二階堂の部屋とつながってるのも知ってる。ある晩、ついつい、彼女の家の前まで行ったことがあるんだ。ストーカーだよね、これ」
自嘲の笑いを浮かべても、陽菜の目は真っ直ぐに自分を見ているだけだ。その黒い瞳の中に、自分の黒い記憶を重ねていたのは失敗だったと、瞬は思った。
頭の中に、あの日の影絵が明瞭にあふれ出してしまったのである。
本来は、こんなことを聞かせて良いはずがない。
しかし、中途半端に話せば陽菜の正義感が二人を許さないのは明白だった。だから、何よりも怖いのは、それを放置する陽菜自身を彼女が許さないであろうことが目に見えることだ。
そうなれば、陽菜は二人を非難する行動に出るだろう。だが、それで何かが変わるとは思えない。むしろ、部活が崩壊しかねないのだ。
ここで部活がガタガタになることを瞬は認めたくなかったのだ。
せっかくここまてガマンしたのだ。瞬にとっても、部にとっても、そして陽菜にとっても良くない結果を生む行動は取らせたくなかった。
「そんな! ひどいです!」
やっと吐き出した言葉は予想通り。
「ありがとう。怒ってくれて」
瞬は素直に頭を下げる。
「先輩がお礼を言うことじゃないと思います!」
「いや、怒ってくれてオレの心は救われた…… と思う。だからこそ、ありがとうって言いたいんだ」
あくまでも陽菜の暴走を防ぐためのネタばらしのつもりだった。
しかし、一度言葉にしてしまったら瞬の心に予想以上のダメージとなってしまった。それは、目一杯水を湛えた堤防に穴を開けてしまったのと同じ。
怒濤の勢いで冷たい水が流れ出そうとしているのを自分でも止められそうにない。
何もかもぶちまけてしまいたい衝動にギリギリで耐えられるのか不安がよぎる。
『抑えろ、抑えるんだ、自分の心なんて凍り付かせてしまえば良いだけなんだから』
少なくとも、ここから先は、大会前の後輩に聞かせていい話ではない。だが言葉が勝手に出てきてしまう。自分が情けなかった。
「先輩。でも、それって!」
ああ、ダメだ。そんな優しい顔をしてくれたら、オレ、喋っちゃうよ、ごめん、陽菜ちゃん。止められない。
「君は見ちゃったんだろ? キスでもしてた?」
軽い調子の声。だからこそ、陽菜は釣られてしまう。
「そう、それです! え? って言うことは、先輩は知っていたんですか?」
「今年の2月さ。偶然、見ちまってね」
あ、ヤバい止められない。
「見た?」
「オレ、さ、松永さんの家、知っているんだよ。そしてベランダ越しに二階堂の部屋とつながってるのも知ってる。ある晩、ついつい、彼女の家の前まで行ったことがあるんだ。ストーカーだよね、これ」
自嘲の笑いを浮かべても、陽菜の目は真っ直ぐに自分を見ているだけだ。その黒い瞳の中に、自分の黒い記憶を重ねていたのは失敗だったと、瞬は思った。
頭の中に、あの日の影絵が明瞭にあふれ出してしまったのである。
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