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序章
序章ー2
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入学式を終えた、翌日。
新入生であるユヅキ達が最初に受けるのは、ランク認定試験だった。各学科に分かれ、学園の敷地内にある実技演習場に向かい、試験を行う事になっている。授業よりも先にランク認定試験を受けるには、理由があった。
最たる理由は、その試験を受けて認定されるランクによって、魔法に関わる実技授業の内容や担当教師が変わって来るからこそ。
保有する魔力が多い者と少ない者。魔法の扱いが上手い者、下手な者。それぞれに差が出て来る為、出来るだけ丁寧に対応する為の措置らしい。生徒のレベルに合わせず中途半端な教え方をすれば、それは本人の命だけでなく、パーティーを組む仲間の命すら危険にさらす場合があるから、と。そう言う理由。
しかし、学科によってランク認定試験の内容は変わって来るのは当然。
あえて疑問点を挙げるなら――なぜか精霊術師学科のランク認定試験の場に、魔法剣士学科所属のナギトが居た事だろうか。
「先生たち、すっごい顔してたわねぇ。わたしたちが全員揃ったら」
「聞こえてたか?『私達この子に何を教える必要が?』なんて言ってたぞ?」
「最初、『ナギト呼んでもいいですか』って訊いた時はヘンな顔だったけど」
「思わず笑っちゃったわぁ」
ユヅキとアルバの言葉に、そりゃそうだとナギトは自分の腹を抱え、声を立てて笑う。
常識的に考えて、精霊術師学科のランク認定試験に魔法剣士学科の生徒が居る事は異例、と言うよりもおかしな話。
精霊術師学科のランク認定試験内容を発表された時、一番にユヅキが発言。しかも内容が魔法剣士学科生徒であるナギトを呼んでも良いかと問うものだったのだから、試験を担当する精霊術師の教師は勿論、同じ新入生の四人を困惑させたのは言うまでもない。
結果的に言えば、ナギトが呼び出された理由は納得のいくものではあった。納得は出来たのだが、困惑と驚愕がその場を支配した。
まあ、原因となったナギトとユヅキは、早々に精霊術師の試験会場である実技演習場を出ているのだけれど。
「今更だけど、ナギトのランク認定試験は?」
「ホント今更訊くねぇ?ま、ソキウスに呼び出されからって、試験の順番後ろに回してもらったからダイジョブ。こっちも変な顔はされたけどな」
今ナギト、ユヅキ、アルバ、セラータの一行が向かっているのは、魔法剣士学科のランク認定試験会場である実技演習場だ。広大な敷地を誇るこのベル・オブ・ウォッキング魔法学園には、実技演習場が五棟もある。一つは、魔法銃士学科専用で。
移動が多少面倒ではあるが、まあそこは仕方ない。
一匹だけ移動に楽をしているのは、黒猫のセラータ。昨日はユヅキの肩の上に居たが、今日はナギトの肩の上に寝そべっていて、眠っているのか目を閉じたまま動かない。
セラータもだが、今二人の頭上を飛んでいるアルバも、実は精霊だと言う事は大半の者が気付いていない。まあ、見た目は他のモンスターに似ている為、すぐに精霊だと気付く事は難しいだろう。
そもそも精霊は、精霊術師と契約した精霊しか人の目には映らず、大きさは異なるものの、みなそれぞれ見目麗しい人の姿をしていると言うのが、専らの噂だから。
実際は、こうしてアルバもセラータも人とは違う姿を取る事も出来るのだから、精霊の見えない世間一般の人達が語る噂は、彼等の願望が多く盛り込まれているのが現実。よくある話だ。
「そう言えば、魔法剣士学科のランク認定試験って、どんな事するの?」
「ん?ん-、最初にそいつが持ってる魔力の量見るのは、他の学科と共有で、後は剣の実力とどんな魔法を使えるか見る為の実戦、らしい?」
ユヅキの問いかけに対して、ナギトの回答は曖昧で。明確な答えでなかったのは、どうやら入学してからの三年間、ランク認定試験すら参加していなかった為、内容を話で聞く程度だったから。
では入学してからユヅキが入学してくるまでの三年間何をしていたのかと訊けば、学園の大図書館に入り浸って研究してた、との答えが。
授業に全く出ていなかったのに退学処分を下されていないのは、自分が研究しているものの報告書を提出し、内容を確認された上で留年で済んでいたらしい。ナギト以外にも留年している生徒は居て、ある者は年三回行われる実力テストの結果が悪く、またある者は単位が取れず、理由は様々。単にサボっているだけではないと証明している結果の、四年目の一年生だ。
研究内容が気になるところだが、残念。魔法剣士学科のランク認定試験の会場である実技演習場Ⅱに到着してしまった。
入るとそこには、四角く区切られた四つの舞台があり、それぞれの舞台では二人ずつ実戦形式で己の実力を見せていた。どうやら、試験で戦う相手は教師ではなく、同じ魔法剣士学科の生徒らしい。
恐らく理由としては、魔法剣士学科の生徒が多く、教師が全員の力量を見る為に戦うのは流石に大変だからと、そんなところだろう。
魔法剣士学科は、攻撃魔法に特化した魔法使いと同じで、生徒数が多い学科らしい。
逆に人数が少ないのは、ユヅキが居る精霊術師や結界術師となる。精霊術師学科はユヅキを含めて五人。結界術師ともなれば、三人しか入学していないのだから、素質のある者がどれだけ少ないかがわかる。
単純に、このベル・オブ・ウォッキング魔法学園に入学した各学科の生徒がそれだけで、他の学園に入学した可能性もあるけれど。
「ナギト・アクオーツ戻りました」
「うん?ああ、さっき試験の順番が変わっていた生徒か。……剣なしが怖くて逃げだしたかと思ったんだがな。三年もサボってたガキが」
一番近くに居た教師に、ナギトが声を掛ける。それだけで終われば良かったのだが、いくらか小さい声で、嘲りの言葉が聞こえたのは――気のせいではない。絶対。
声が聞こえたらしいユヅキは露骨にムッとしているし、ナギトの肩の上で眠っていたセラータは目を覚まし、飛んでいたアルバはバッサバッサと羽音を激しく立てている。教師に食って掛からなかったのは、寸前でナギトが止めたから。
それがなければ、今頃ユヅキはセラータやアルバと共に教師をぶっ飛ばしていたかもしれない。
意外とユヅキは手が出やすい事を、ナギトはよく知っているから。伊達に幼馴染はやっていない。
「相手は魔法剣士学科の教師だぞ。本気でやったらゆづがケガする」
「あらぁ、怪我なら私が治してあげるからだぁいじょうぶよぉ?」
「そう言う事じゃなくってだな、アルバよ。お前はむしろ止めてくれ?セラータも、こっそり呪いかけようとしてんだろ、止めろお前等」
「大丈夫ナギト、セラータなら証拠のこんない。ね、セラータ」
「にゃぅ」
思わずナギトが真顔になってしまったのはご愛敬。
なんと言うか、似た者同士とでも言えば良いのか、術師が術師なら契約している精霊も精霊だ。一瞬にして臨戦態勢に入ってしまったユヅキと精霊二人をなだめるのは至難の業。
しかもセラータなんて、こっそり教師を悪い方向性の精霊の祝福を――端的に言えば呪いを掛けようとしているのだから、始末が悪い。全く困った奴らだ。
「ほっとけ。このランク認定試験すら受けずにずっと留年してたのは事実だからな。俺の番が来た時に本気でやるから、お前等はちょっと待ってろ」
このナギトの言葉に対し、絶対だ、約束しろ、手を抜いたら許さない、とまで言い返されるのだから、思わずナギトは苦笑い。言われた本人は全く気にしていないのに、身内がこれでもかと怒るのだから、変な話。
だがまあ、本気を出す理由にはなったから良いだろう。
三年間大図書館に入り浸って研究していたとユヅキには言ったが、だからと言って剣の訓練をサボった事は一度もないのだから、ナギトは。
ユヅキの頭を撫で、肩の上のセラータの喉を撫で、宥める。アルバは飛んでいる為、撫でる事が出来なかった。そうして回って来たナギトのランク認定試験は、試験の相手になった魔法剣士学科三年の生徒も、ナギトをバカにしていた教師は勿論、ランク認定試験の為に実技演習場に来ていたほぼ全ての教師、生徒の度肝を抜くには十分だった。
◇ ◆ ◇
「へー?去年まではこのランク認定試験も受けずにいたのに、今年はちゃぁんと試験受けるんですね、『先輩』は。それとも、あの子にイイトコ見せようって感じです?聞いてますよ?入学式終わって即ソキウス契約したんですよね?いやー、手が早い。あの子も可哀そうですよね、なーんにもわかってないのにソキウス契約させられて……。あ、それともあの子がカワイイから、他の男に取られたくなくってキープする為にソキウス契約したとか?『先輩』もやりますねー」
「…………よく回る舌だな、『センパイ』」
ナギトの実技試験の相手をするのは、魔法剣士学科三年の生徒だった。武器は、スタンダードなロングソード。
なぜか顔を合わせた途端ナギトを煽りに来るのだから、呆れて物も言えないとはまさにこの事。あえて先輩と言う部分を強調していたのは、入学した年で言えば自分の方が後輩だと、そう印象付けたかったのだろう。今では学年的にナギトの方が後輩だが。
まあそうだとしても、だからと言って開口一番ここまで言われる筋合いはない筈だ。しかも下世話な妄想まで盛り込んで来るのだから、ため息しか出て来ない。
心底呆れながら、まずナギトが向かうのは魔力測定器の前。
魔法剣士としての技量を見る前に、魔力を持っている者は必ず魔力測定を受けるのが決まりだから。
「全く、先生にも困ったものですよ。自分、これでも魔法剣士学科三年の中でも上位成績保持者ですよ?それなのに、貴方みたいなまともに授業も受けていない生徒の実技試験の相手に自分を選ぶなんて、先生も人が悪いですよね。自分相手では先輩も荷が重いでしょう?今からでも誰か代わりを用意しましょうか?先輩相手なら……そうだな、今年やっとBランクになった生徒なんてどうでしょう。きっと良い相手に」
「測定お願いしまーす」
「ちょっと!まだ自分の話は終わって」
「お前のムダ話だらだら聞く為にここに居るわけじゃねぇんだよ。下世話で手前勝手な妄想喋りたいだけなら吟遊詩人にでもなってろ、魔法剣士に必要な技量じゃねぇ」
至極真っ当な意見だった、ナギトの言葉は。とてもじゃないが、三年生の生徒が語る内容は、まともとは言い難く、無駄話だと言えた。
口にこそ出さないものの、比較的近くに居た他の教師や生徒達も、どちらかと言えばナギトに同意しているように思える。不愉快で不適切。そんな評価が、三年の生徒と、彼をナギトの実技試験相手に指名した教師に向けられているのは明白。
それを空気で察したのだろう。顔を真っ赤にして怒るのは、三年の生徒と、あの教師だ。わかりやすい者達だ。
少なくとも教師は、自分ではないと素知らぬ振りをすれば良かったのに、自分がやりましたと宣言しているようなものではないか。
しかし、さっき約束したお陰か、まだユヅキ達が我慢していてくれて良かった。
内心ナギトがホッと胸を撫で下ろすのは、下手をすればこの実技試験場が吹っ飛ぶから。それだけの力をユヅキの契約している精霊であるアルバとセラータは持っているのだ。怒らせないのが得策なのに、どうして彼等は思い切りその地雷原の上で全力で踊ってくれるのだろう。自殺願望でもあるのか。
ひとまず、彼等が静かになったのを良い事に、ナギトは魔力測定器のオーブに手をかざす。
直径二十センチほどの大きさのオーブに大きなメーターが直結したもので、手をかざす事で、保有する魔力を測定。魔力の属性に応じてオーブの色が変わり、量に応じてメーターの針が動く仕掛け。
幼い頃に魔力の有無を確かめる為に同じ装置の前に立った事があるが、魔法学園にある物は、更に精度が高く、潜在的な魔法の素質まで判明すると言う。
「ま、『黒』だけどな」
ぽつり、ナギトが呟く。既に計測しなくてもわかりきっていると、そんな様子で。
そして事実、魔力計測器のオーブはナギトの言う通り、黒一色の漆黒に色を変えた。そして魔力量に応じて動くメーターの針はぐんぐんと動き、中ほどを通り過ぎて。大体メーターの七割近くまで進んだところで、動きを止めた。
黒一色は闇属性のみを、七割近くまで進んだメーターは十八歳にしては平均以上の魔力を保有している事を示していた。
この結果だけ見ればナギトは、少なくともBランクには入る。あくまでも学生としてのランクだけど。だが問題はここからで、後はどれだけ魔法を上手く扱えるか、魔法剣士としてどれだけの技量を持っているかが、最終的なランク付けとなる。
「や、闇属性…?闇属性だけ……?」
「複数属性じゃなくて、闇属性単一って……ヤバくない?」
「ウチ、実技試験担当じゃなくてよかったー……」
あちこちから聞こえて来る、声、声、声。皆揃って怖がっているような、安堵の色が見える声をしているのは、闇属性自体が恐れられているものだから。攻撃系の魔法以外は、デバフ能力を持った魔法、果てには対象に呪いを掛ける事も出来る属性とされている事から、闇属性自体、嫌厭される事が多い。
魔力量が平均より多い上に、そんな闇属性だけを保有するのだから、ナギトに対する見方は一瞬で変わってしまう。
あれほど嫌味を言っていた実技試験担当の生徒も、最初に嫌味を言った教師も、顔色を変え頬を引き攣らせている。
しかし、だが数秒後にはまだなんとか自分を保とうと、キッとナギトを睨み付ける。
向けられる敵意に、ナギトは笑う。楽しそうに、挑発的に。どこか威圧感すら与える笑顔を見せながら、わざとらしくゆっくりと舞台に上がる。
「そーそー。まだ、属性と魔力量計っただけ。俺達は『魔法剣士』だ。魔法と剣の実力がなきゃ、意味ないよなぁ?」
「く……っ!けっ、剣なしのクセに、何が魔法剣士だ!自分が強いと言いたいだけなら、他の学科に」
「誰が『剣なし』だって?」
相手の声を遮って響く、ナギトの声。
勢いは完全にナギトの方にあって、三年の生徒は悔しそうに顔を歪める。既に場の空気は、完全にナギトのものだった。
ナギトが剣を持っていないのは事実なのに。なぜここまで強気でいられるのか、わけがわからなかった。否どう考えても、わかる筈がない。だってこれから彼が見せられるものは、彼等にとって当たり前の、常識の枠から外れた光景だったから。
笑いながらナギトが左手で触れたのは、左耳を飾る赤いイヤーカフ。剣の彫刻が施された、あのイヤーカフだった。
「ヴェルメリオ、いつもので頼む」
≪ツーハンドソードだな、わかってる≫
ヴェルメリオ、と誰かに向けた声に、姿なき誰かの声が返される。三年の生徒だけでなく、ナギト達を見守っていたほぼ全ての教師、生徒が困惑と驚きにきょろきょろと辺りを見回していた。唯一平然としていたのは、ユヅキ、アルバ、セラータだけ。むしろユヅキなんて、わーいと両手を挙げて喜んでいた。
戸惑う一同の前で、大きな変化を見せたのは――ナギトの赤いイヤーカフ。
淡い光を放ったかと思えば、光は大きく、強いものへと変化していって。ナギトの左耳から離れると、赤い光は形を変えていく。イヤーカフから、一本の長い剣、赤く輝くツーハンドソードへと。
両手で赤いツーハンドソードを構えるナギトの姿は間違いなく、魔法剣士と言えた。剣なしではない。
「な……なんだよそれ!イヤーカフが、剣に変わった……?そんなこと……」
「あるんだよなぁ。『魔剣の精霊』なら」
「魔剣の精霊!?冗談だろ!!あんなの伝説で」
「めーのーまーえーに!実際にあるだろ。たった今、自分で、お前はイヤーカフが剣になるトコを見てた、違うか?赤い刀身の」
ただでさえ騒然としていた実技演習場が、ここに来て更に騒がしさを増した。
ランク認定試験すら受けず、三年間留年し続けていた生徒が、単一の闇属性保持者で、魔力量も平均より高い。それだけでも十分騒がれる内容であるにも関わらず、ここに来てまさかの魔剣の精霊と契約しているとなれば、騒然として当然か。
そもそも精霊と契約出来るのは精霊術師のみと言う常識を、真っ向から否定する形になっているのだから。
精霊の中には希少種として、人が生み出した精霊も存在している事が確認されている。
その一つとして確認されているのが、魔剣の精霊だ。
未知数な部分も多く、どうやって生み出されたかも不明な為、精霊や精霊術師を研究する研究者からは、是非とも逢いたいとされている幻の存在と言われている。
現状、噂話の域を越えないが、魔剣の精霊は三体確認されていると言う。中でも、その赤い刀身から、ヴェルメリオと名付けられた魔剣の精霊は、ある程度の長さの剣であれば、任意で姿を変える事が出来る特殊な能力を持つらしい。
あくまでも噂話。本当にそんな精霊が居るなら、剣を持ち運ぶ手間が省けるから良いな、なんて言うのが魔法剣士の間での語り草。
だが早々簡単に出逢えるわけがない。出逢えたとしても、契約するには精霊の姿が見えて声が聞こえて対話出来る精霊術師ではないと不可能。魔法剣士には遭遇する事すら出来ないとされている魔剣の精霊の登場は、実技演習場に居た全ての人間の思考を止め、視線を集めるには十分過ぎた。
「まー、魔法剣士がなーんで精霊と契約してんのかって話は答えてやるよ……俺のソキウスが誰か忘れたか」
瞬間的に、ナギトの瞳から熱が消えていく。冷え切った瞳にあるのは、静かな怒り。
ヴェルメリオが変身したツーハンドソードを、一度下ろす。心底呆れかえった瞳で三年の生徒を睨み付け、わざとらしく大きなため息を吐いて見せる。
「ゆづが可哀そう?可愛いから他の男に取られたくないからキープ?そこまでにしとけ。あんま調子乗ってると、足下すくわれるぞ、せーんぱい?」
ついでに言うと、学園内のランク付けでAやBとっても、学園外に出て働き始めたらまともに戦えなくてDランクからなかなか上がらない、なんてよくある話だけどな。そう続いたナギトの言葉は、彼のプライドを刺激するには十分。
別に彼がそのタイプとは限らないものの、実際学園内で高ランクを取っていた生徒が、卒業後、鳴かず飛ばずの状態でいるのは事実。学園内ではあんなに天狗だったのにと、同じ学園だった人達から言われるようになるのは、ナギトの言う通りよくある話なのだ。
彼がそうとは限らないけれど。
限らないとしても、多少はわきまえた方が良い。恐らくナギトの言いたい事は、そんなところ。
「お…っ、まえ!!自分をバカにしたのか?!この上位成績保持者の自分を!!」
「先にバカにしたのはどっちだ。俺だけなら別にどうでも良かったのに、ゆづまでバカにしたんだ。礼はきっちりさせてもらうぞ。お前が実技試験担当だったことに感謝しないとなぁ?あぁ?」
無遠慮に剣先を三年の生徒に向けナギトは笑う。怒りを隠し切れない笑顔で。
それを笑顔と言って良いのか疑問ではあるが、本人は笑っているのだから笑顔なのだろう。きっと、多分。
面白いくらい単純に煽られ怒る三年の生徒に、こんなやつにゆづをバカにされたのかと、静かに燃えるナギトの怒り。彼が実技試験担当で本当に本当に良かった。徹底的に叩き潰してやる。
新入生であるユヅキ達が最初に受けるのは、ランク認定試験だった。各学科に分かれ、学園の敷地内にある実技演習場に向かい、試験を行う事になっている。授業よりも先にランク認定試験を受けるには、理由があった。
最たる理由は、その試験を受けて認定されるランクによって、魔法に関わる実技授業の内容や担当教師が変わって来るからこそ。
保有する魔力が多い者と少ない者。魔法の扱いが上手い者、下手な者。それぞれに差が出て来る為、出来るだけ丁寧に対応する為の措置らしい。生徒のレベルに合わせず中途半端な教え方をすれば、それは本人の命だけでなく、パーティーを組む仲間の命すら危険にさらす場合があるから、と。そう言う理由。
しかし、学科によってランク認定試験の内容は変わって来るのは当然。
あえて疑問点を挙げるなら――なぜか精霊術師学科のランク認定試験の場に、魔法剣士学科所属のナギトが居た事だろうか。
「先生たち、すっごい顔してたわねぇ。わたしたちが全員揃ったら」
「聞こえてたか?『私達この子に何を教える必要が?』なんて言ってたぞ?」
「最初、『ナギト呼んでもいいですか』って訊いた時はヘンな顔だったけど」
「思わず笑っちゃったわぁ」
ユヅキとアルバの言葉に、そりゃそうだとナギトは自分の腹を抱え、声を立てて笑う。
常識的に考えて、精霊術師学科のランク認定試験に魔法剣士学科の生徒が居る事は異例、と言うよりもおかしな話。
精霊術師学科のランク認定試験内容を発表された時、一番にユヅキが発言。しかも内容が魔法剣士学科生徒であるナギトを呼んでも良いかと問うものだったのだから、試験を担当する精霊術師の教師は勿論、同じ新入生の四人を困惑させたのは言うまでもない。
結果的に言えば、ナギトが呼び出された理由は納得のいくものではあった。納得は出来たのだが、困惑と驚愕がその場を支配した。
まあ、原因となったナギトとユヅキは、早々に精霊術師の試験会場である実技演習場を出ているのだけれど。
「今更だけど、ナギトのランク認定試験は?」
「ホント今更訊くねぇ?ま、ソキウスに呼び出されからって、試験の順番後ろに回してもらったからダイジョブ。こっちも変な顔はされたけどな」
今ナギト、ユヅキ、アルバ、セラータの一行が向かっているのは、魔法剣士学科のランク認定試験会場である実技演習場だ。広大な敷地を誇るこのベル・オブ・ウォッキング魔法学園には、実技演習場が五棟もある。一つは、魔法銃士学科専用で。
移動が多少面倒ではあるが、まあそこは仕方ない。
一匹だけ移動に楽をしているのは、黒猫のセラータ。昨日はユヅキの肩の上に居たが、今日はナギトの肩の上に寝そべっていて、眠っているのか目を閉じたまま動かない。
セラータもだが、今二人の頭上を飛んでいるアルバも、実は精霊だと言う事は大半の者が気付いていない。まあ、見た目は他のモンスターに似ている為、すぐに精霊だと気付く事は難しいだろう。
そもそも精霊は、精霊術師と契約した精霊しか人の目には映らず、大きさは異なるものの、みなそれぞれ見目麗しい人の姿をしていると言うのが、専らの噂だから。
実際は、こうしてアルバもセラータも人とは違う姿を取る事も出来るのだから、精霊の見えない世間一般の人達が語る噂は、彼等の願望が多く盛り込まれているのが現実。よくある話だ。
「そう言えば、魔法剣士学科のランク認定試験って、どんな事するの?」
「ん?ん-、最初にそいつが持ってる魔力の量見るのは、他の学科と共有で、後は剣の実力とどんな魔法を使えるか見る為の実戦、らしい?」
ユヅキの問いかけに対して、ナギトの回答は曖昧で。明確な答えでなかったのは、どうやら入学してからの三年間、ランク認定試験すら参加していなかった為、内容を話で聞く程度だったから。
では入学してからユヅキが入学してくるまでの三年間何をしていたのかと訊けば、学園の大図書館に入り浸って研究してた、との答えが。
授業に全く出ていなかったのに退学処分を下されていないのは、自分が研究しているものの報告書を提出し、内容を確認された上で留年で済んでいたらしい。ナギト以外にも留年している生徒は居て、ある者は年三回行われる実力テストの結果が悪く、またある者は単位が取れず、理由は様々。単にサボっているだけではないと証明している結果の、四年目の一年生だ。
研究内容が気になるところだが、残念。魔法剣士学科のランク認定試験の会場である実技演習場Ⅱに到着してしまった。
入るとそこには、四角く区切られた四つの舞台があり、それぞれの舞台では二人ずつ実戦形式で己の実力を見せていた。どうやら、試験で戦う相手は教師ではなく、同じ魔法剣士学科の生徒らしい。
恐らく理由としては、魔法剣士学科の生徒が多く、教師が全員の力量を見る為に戦うのは流石に大変だからと、そんなところだろう。
魔法剣士学科は、攻撃魔法に特化した魔法使いと同じで、生徒数が多い学科らしい。
逆に人数が少ないのは、ユヅキが居る精霊術師や結界術師となる。精霊術師学科はユヅキを含めて五人。結界術師ともなれば、三人しか入学していないのだから、素質のある者がどれだけ少ないかがわかる。
単純に、このベル・オブ・ウォッキング魔法学園に入学した各学科の生徒がそれだけで、他の学園に入学した可能性もあるけれど。
「ナギト・アクオーツ戻りました」
「うん?ああ、さっき試験の順番が変わっていた生徒か。……剣なしが怖くて逃げだしたかと思ったんだがな。三年もサボってたガキが」
一番近くに居た教師に、ナギトが声を掛ける。それだけで終われば良かったのだが、いくらか小さい声で、嘲りの言葉が聞こえたのは――気のせいではない。絶対。
声が聞こえたらしいユヅキは露骨にムッとしているし、ナギトの肩の上で眠っていたセラータは目を覚まし、飛んでいたアルバはバッサバッサと羽音を激しく立てている。教師に食って掛からなかったのは、寸前でナギトが止めたから。
それがなければ、今頃ユヅキはセラータやアルバと共に教師をぶっ飛ばしていたかもしれない。
意外とユヅキは手が出やすい事を、ナギトはよく知っているから。伊達に幼馴染はやっていない。
「相手は魔法剣士学科の教師だぞ。本気でやったらゆづがケガする」
「あらぁ、怪我なら私が治してあげるからだぁいじょうぶよぉ?」
「そう言う事じゃなくってだな、アルバよ。お前はむしろ止めてくれ?セラータも、こっそり呪いかけようとしてんだろ、止めろお前等」
「大丈夫ナギト、セラータなら証拠のこんない。ね、セラータ」
「にゃぅ」
思わずナギトが真顔になってしまったのはご愛敬。
なんと言うか、似た者同士とでも言えば良いのか、術師が術師なら契約している精霊も精霊だ。一瞬にして臨戦態勢に入ってしまったユヅキと精霊二人をなだめるのは至難の業。
しかもセラータなんて、こっそり教師を悪い方向性の精霊の祝福を――端的に言えば呪いを掛けようとしているのだから、始末が悪い。全く困った奴らだ。
「ほっとけ。このランク認定試験すら受けずにずっと留年してたのは事実だからな。俺の番が来た時に本気でやるから、お前等はちょっと待ってろ」
このナギトの言葉に対し、絶対だ、約束しろ、手を抜いたら許さない、とまで言い返されるのだから、思わずナギトは苦笑い。言われた本人は全く気にしていないのに、身内がこれでもかと怒るのだから、変な話。
だがまあ、本気を出す理由にはなったから良いだろう。
三年間大図書館に入り浸って研究していたとユヅキには言ったが、だからと言って剣の訓練をサボった事は一度もないのだから、ナギトは。
ユヅキの頭を撫で、肩の上のセラータの喉を撫で、宥める。アルバは飛んでいる為、撫でる事が出来なかった。そうして回って来たナギトのランク認定試験は、試験の相手になった魔法剣士学科三年の生徒も、ナギトをバカにしていた教師は勿論、ランク認定試験の為に実技演習場に来ていたほぼ全ての教師、生徒の度肝を抜くには十分だった。
◇ ◆ ◇
「へー?去年まではこのランク認定試験も受けずにいたのに、今年はちゃぁんと試験受けるんですね、『先輩』は。それとも、あの子にイイトコ見せようって感じです?聞いてますよ?入学式終わって即ソキウス契約したんですよね?いやー、手が早い。あの子も可哀そうですよね、なーんにもわかってないのにソキウス契約させられて……。あ、それともあの子がカワイイから、他の男に取られたくなくってキープする為にソキウス契約したとか?『先輩』もやりますねー」
「…………よく回る舌だな、『センパイ』」
ナギトの実技試験の相手をするのは、魔法剣士学科三年の生徒だった。武器は、スタンダードなロングソード。
なぜか顔を合わせた途端ナギトを煽りに来るのだから、呆れて物も言えないとはまさにこの事。あえて先輩と言う部分を強調していたのは、入学した年で言えば自分の方が後輩だと、そう印象付けたかったのだろう。今では学年的にナギトの方が後輩だが。
まあそうだとしても、だからと言って開口一番ここまで言われる筋合いはない筈だ。しかも下世話な妄想まで盛り込んで来るのだから、ため息しか出て来ない。
心底呆れながら、まずナギトが向かうのは魔力測定器の前。
魔法剣士としての技量を見る前に、魔力を持っている者は必ず魔力測定を受けるのが決まりだから。
「全く、先生にも困ったものですよ。自分、これでも魔法剣士学科三年の中でも上位成績保持者ですよ?それなのに、貴方みたいなまともに授業も受けていない生徒の実技試験の相手に自分を選ぶなんて、先生も人が悪いですよね。自分相手では先輩も荷が重いでしょう?今からでも誰か代わりを用意しましょうか?先輩相手なら……そうだな、今年やっとBランクになった生徒なんてどうでしょう。きっと良い相手に」
「測定お願いしまーす」
「ちょっと!まだ自分の話は終わって」
「お前のムダ話だらだら聞く為にここに居るわけじゃねぇんだよ。下世話で手前勝手な妄想喋りたいだけなら吟遊詩人にでもなってろ、魔法剣士に必要な技量じゃねぇ」
至極真っ当な意見だった、ナギトの言葉は。とてもじゃないが、三年生の生徒が語る内容は、まともとは言い難く、無駄話だと言えた。
口にこそ出さないものの、比較的近くに居た他の教師や生徒達も、どちらかと言えばナギトに同意しているように思える。不愉快で不適切。そんな評価が、三年の生徒と、彼をナギトの実技試験相手に指名した教師に向けられているのは明白。
それを空気で察したのだろう。顔を真っ赤にして怒るのは、三年の生徒と、あの教師だ。わかりやすい者達だ。
少なくとも教師は、自分ではないと素知らぬ振りをすれば良かったのに、自分がやりましたと宣言しているようなものではないか。
しかし、さっき約束したお陰か、まだユヅキ達が我慢していてくれて良かった。
内心ナギトがホッと胸を撫で下ろすのは、下手をすればこの実技試験場が吹っ飛ぶから。それだけの力をユヅキの契約している精霊であるアルバとセラータは持っているのだ。怒らせないのが得策なのに、どうして彼等は思い切りその地雷原の上で全力で踊ってくれるのだろう。自殺願望でもあるのか。
ひとまず、彼等が静かになったのを良い事に、ナギトは魔力測定器のオーブに手をかざす。
直径二十センチほどの大きさのオーブに大きなメーターが直結したもので、手をかざす事で、保有する魔力を測定。魔力の属性に応じてオーブの色が変わり、量に応じてメーターの針が動く仕掛け。
幼い頃に魔力の有無を確かめる為に同じ装置の前に立った事があるが、魔法学園にある物は、更に精度が高く、潜在的な魔法の素質まで判明すると言う。
「ま、『黒』だけどな」
ぽつり、ナギトが呟く。既に計測しなくてもわかりきっていると、そんな様子で。
そして事実、魔力計測器のオーブはナギトの言う通り、黒一色の漆黒に色を変えた。そして魔力量に応じて動くメーターの針はぐんぐんと動き、中ほどを通り過ぎて。大体メーターの七割近くまで進んだところで、動きを止めた。
黒一色は闇属性のみを、七割近くまで進んだメーターは十八歳にしては平均以上の魔力を保有している事を示していた。
この結果だけ見ればナギトは、少なくともBランクには入る。あくまでも学生としてのランクだけど。だが問題はここからで、後はどれだけ魔法を上手く扱えるか、魔法剣士としてどれだけの技量を持っているかが、最終的なランク付けとなる。
「や、闇属性…?闇属性だけ……?」
「複数属性じゃなくて、闇属性単一って……ヤバくない?」
「ウチ、実技試験担当じゃなくてよかったー……」
あちこちから聞こえて来る、声、声、声。皆揃って怖がっているような、安堵の色が見える声をしているのは、闇属性自体が恐れられているものだから。攻撃系の魔法以外は、デバフ能力を持った魔法、果てには対象に呪いを掛ける事も出来る属性とされている事から、闇属性自体、嫌厭される事が多い。
魔力量が平均より多い上に、そんな闇属性だけを保有するのだから、ナギトに対する見方は一瞬で変わってしまう。
あれほど嫌味を言っていた実技試験担当の生徒も、最初に嫌味を言った教師も、顔色を変え頬を引き攣らせている。
しかし、だが数秒後にはまだなんとか自分を保とうと、キッとナギトを睨み付ける。
向けられる敵意に、ナギトは笑う。楽しそうに、挑発的に。どこか威圧感すら与える笑顔を見せながら、わざとらしくゆっくりと舞台に上がる。
「そーそー。まだ、属性と魔力量計っただけ。俺達は『魔法剣士』だ。魔法と剣の実力がなきゃ、意味ないよなぁ?」
「く……っ!けっ、剣なしのクセに、何が魔法剣士だ!自分が強いと言いたいだけなら、他の学科に」
「誰が『剣なし』だって?」
相手の声を遮って響く、ナギトの声。
勢いは完全にナギトの方にあって、三年の生徒は悔しそうに顔を歪める。既に場の空気は、完全にナギトのものだった。
ナギトが剣を持っていないのは事実なのに。なぜここまで強気でいられるのか、わけがわからなかった。否どう考えても、わかる筈がない。だってこれから彼が見せられるものは、彼等にとって当たり前の、常識の枠から外れた光景だったから。
笑いながらナギトが左手で触れたのは、左耳を飾る赤いイヤーカフ。剣の彫刻が施された、あのイヤーカフだった。
「ヴェルメリオ、いつもので頼む」
≪ツーハンドソードだな、わかってる≫
ヴェルメリオ、と誰かに向けた声に、姿なき誰かの声が返される。三年の生徒だけでなく、ナギト達を見守っていたほぼ全ての教師、生徒が困惑と驚きにきょろきょろと辺りを見回していた。唯一平然としていたのは、ユヅキ、アルバ、セラータだけ。むしろユヅキなんて、わーいと両手を挙げて喜んでいた。
戸惑う一同の前で、大きな変化を見せたのは――ナギトの赤いイヤーカフ。
淡い光を放ったかと思えば、光は大きく、強いものへと変化していって。ナギトの左耳から離れると、赤い光は形を変えていく。イヤーカフから、一本の長い剣、赤く輝くツーハンドソードへと。
両手で赤いツーハンドソードを構えるナギトの姿は間違いなく、魔法剣士と言えた。剣なしではない。
「な……なんだよそれ!イヤーカフが、剣に変わった……?そんなこと……」
「あるんだよなぁ。『魔剣の精霊』なら」
「魔剣の精霊!?冗談だろ!!あんなの伝説で」
「めーのーまーえーに!実際にあるだろ。たった今、自分で、お前はイヤーカフが剣になるトコを見てた、違うか?赤い刀身の」
ただでさえ騒然としていた実技演習場が、ここに来て更に騒がしさを増した。
ランク認定試験すら受けず、三年間留年し続けていた生徒が、単一の闇属性保持者で、魔力量も平均より高い。それだけでも十分騒がれる内容であるにも関わらず、ここに来てまさかの魔剣の精霊と契約しているとなれば、騒然として当然か。
そもそも精霊と契約出来るのは精霊術師のみと言う常識を、真っ向から否定する形になっているのだから。
精霊の中には希少種として、人が生み出した精霊も存在している事が確認されている。
その一つとして確認されているのが、魔剣の精霊だ。
未知数な部分も多く、どうやって生み出されたかも不明な為、精霊や精霊術師を研究する研究者からは、是非とも逢いたいとされている幻の存在と言われている。
現状、噂話の域を越えないが、魔剣の精霊は三体確認されていると言う。中でも、その赤い刀身から、ヴェルメリオと名付けられた魔剣の精霊は、ある程度の長さの剣であれば、任意で姿を変える事が出来る特殊な能力を持つらしい。
あくまでも噂話。本当にそんな精霊が居るなら、剣を持ち運ぶ手間が省けるから良いな、なんて言うのが魔法剣士の間での語り草。
だが早々簡単に出逢えるわけがない。出逢えたとしても、契約するには精霊の姿が見えて声が聞こえて対話出来る精霊術師ではないと不可能。魔法剣士には遭遇する事すら出来ないとされている魔剣の精霊の登場は、実技演習場に居た全ての人間の思考を止め、視線を集めるには十分過ぎた。
「まー、魔法剣士がなーんで精霊と契約してんのかって話は答えてやるよ……俺のソキウスが誰か忘れたか」
瞬間的に、ナギトの瞳から熱が消えていく。冷え切った瞳にあるのは、静かな怒り。
ヴェルメリオが変身したツーハンドソードを、一度下ろす。心底呆れかえった瞳で三年の生徒を睨み付け、わざとらしく大きなため息を吐いて見せる。
「ゆづが可哀そう?可愛いから他の男に取られたくないからキープ?そこまでにしとけ。あんま調子乗ってると、足下すくわれるぞ、せーんぱい?」
ついでに言うと、学園内のランク付けでAやBとっても、学園外に出て働き始めたらまともに戦えなくてDランクからなかなか上がらない、なんてよくある話だけどな。そう続いたナギトの言葉は、彼のプライドを刺激するには十分。
別に彼がそのタイプとは限らないものの、実際学園内で高ランクを取っていた生徒が、卒業後、鳴かず飛ばずの状態でいるのは事実。学園内ではあんなに天狗だったのにと、同じ学園だった人達から言われるようになるのは、ナギトの言う通りよくある話なのだ。
彼がそうとは限らないけれど。
限らないとしても、多少はわきまえた方が良い。恐らくナギトの言いたい事は、そんなところ。
「お…っ、まえ!!自分をバカにしたのか?!この上位成績保持者の自分を!!」
「先にバカにしたのはどっちだ。俺だけなら別にどうでも良かったのに、ゆづまでバカにしたんだ。礼はきっちりさせてもらうぞ。お前が実技試験担当だったことに感謝しないとなぁ?あぁ?」
無遠慮に剣先を三年の生徒に向けナギトは笑う。怒りを隠し切れない笑顔で。
それを笑顔と言って良いのか疑問ではあるが、本人は笑っているのだから笑顔なのだろう。きっと、多分。
面白いくらい単純に煽られ怒る三年の生徒に、こんなやつにゆづをバカにされたのかと、静かに燃えるナギトの怒り。彼が実技試験担当で本当に本当に良かった。徹底的に叩き潰してやる。
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