99 / 153
第一章
新たな戦場へ-02-
しおりを挟む
クラーク氏は俺の反応をそもそも期待していないのか、そのまま言葉を紡ぐ。
「軍人といっても二種類いるとわたしは思っているのです。戦場を経験している者としていない者……その差はあまりにも大きい。祖父や叔父は前者だが、わたしは幸運なことに……いや不名誉なことなのだが、後者の軍人です。今では我が国においてもわたしのような軍人が増えた。これはある意味で、大変有り難いことなのだが……」
クラーク氏はそこでいったん顔をそらし何かを考え込むような顔をして、
「わたしのような軍人は結局、今でも本当のところでは叔父、祖父のいえ兵士たちの気持ちがわからないのです」
と、顎をさすりながら、上を向く。
クラーク氏の背丈は180センチを軽く超えていて非常に立派な体型をしている。
そして、今の彼は一分のすきもなく完璧に仕立てられた高級感ある上質なタキシードを着こなしている。
そんな堂々としている彼が、何故か今だけは寂しそうな顔を浮かべている。
そのクラーク氏の仕草は俺にはとてもアンバランスで奇妙に思えた。
同時に俺は、その彼の表情を見て、クラーク氏にとっては、叔父や祖父の存在は大きいものだったのだろうということが、なんとなく想像ができた。
クラーク氏は、再び俺の方に向き直り、じっと俺を観察し、しばしの間の後で、
「それにしてもやはりあなたは不思議な人だ。冒険者として異常な力を持っているということにも当然興味は引かれます。だが……それよりも、なぜこの平和な国で戦場を経験した兵士の目をした人間が存在しているのか? 少なくとも貴国ではこの78年間一度も戦争をしていないと認識していたのですがね」
と、独り言のようにつぶやく。
俺はただ黙って話しを聞いていた。
だが、俺の心には小さなさざなみが立っていた。
目の間にいる男に自身の本質が見抜かれていることに、俺はどうしようもなく不安になる。
自分自身が否定したくてしかたがない本質……そう俺が兵士であり、人殺しであること……をこの世界の人間に知られてしまう……。
その事実は、どうにも俺の心をざわつかせる。
俺は自身の心に生じた不安を打ち消すように、何かを返答しようとしたのだが、言葉が出ない。
結局、俺が言えたのは、
「自分は兵士ではありません」
と、口にするのが精一杯だった。
英語で発言したからか、そもそもその言葉自体を俺が確信していないからなのか、自分で言いながらもとても不自然で違和感を覚えてしまう。
クラーク氏はただ黙って、俺の言葉を聞いていた。
俺が英語を理解していたことについては、あまり驚いていないようだった。
もともと彼には見抜かれていたのかもしれない。
そして、おそらく俺の真意すらも……。
クラーク氏は、何かをじっくりと考えている素振りであった。
「少し昔話を聞いてくれませんか。なにせ、なかなか中年の男の話しを聞いてくれる人間はいないのですよ。部下はああいう人間ばかりだし、さりとて家族に聞かせる訳にもいかないのでね。中年の男が寡黙になってしまうのは、万国共通かもしれませんね」
と、どこか冗談めかしたように言う。
だが、その仕草はどこかわざとらしく、彼がまとう雰囲気は先程と同じく重々しいものがあった。
正直なところクラーク氏とはあまり話したくはなかった。
とはいえ、一応政府の高官だ。
あまり失礼なことをして、俺個人が困るだけならまだしも、花蓮さんや他の人たちに迷惑をかけるのは忍びない。
そう思って最低限の礼儀としてこの場にとどまっていただけだ。
だが……今俺はこの男の話しにどうしようもなく惹きつけられてしまっていた。
聞けばろくでもないことになるとわかっていても、この場から離れることができなかった。
俺は自身の反応にいささか当惑しながらも、黙ってうなずく。
「わたしは幼い頃、祖父によく遊んでもらいました。彼は昔の男だったが、子供や孫には優しかった。だから、わたしは祖父のことがとても好きでした。ただ時々、どうにも近寄りがたい雰囲気を醸し出していて、庭に置いてあった古びたカウチに一人で腰かけて遠くを眺めていた。いったんそうなるとしばらくは離れるしかなかった。そうまるで今のあなたのようにね……」
クラーク氏の祖父は異国人で年代も異なる。
それなのに、俺は彼のことを一瞬身近に感じてしまった。
俺には彼が考えていたであろうことが、なんとなくわかってしまったからだ。
俺は無意識にクラーク氏から顔をそらしていた。
「軍人といっても二種類いるとわたしは思っているのです。戦場を経験している者としていない者……その差はあまりにも大きい。祖父や叔父は前者だが、わたしは幸運なことに……いや不名誉なことなのだが、後者の軍人です。今では我が国においてもわたしのような軍人が増えた。これはある意味で、大変有り難いことなのだが……」
クラーク氏はそこでいったん顔をそらし何かを考え込むような顔をして、
「わたしのような軍人は結局、今でも本当のところでは叔父、祖父のいえ兵士たちの気持ちがわからないのです」
と、顎をさすりながら、上を向く。
クラーク氏の背丈は180センチを軽く超えていて非常に立派な体型をしている。
そして、今の彼は一分のすきもなく完璧に仕立てられた高級感ある上質なタキシードを着こなしている。
そんな堂々としている彼が、何故か今だけは寂しそうな顔を浮かべている。
そのクラーク氏の仕草は俺にはとてもアンバランスで奇妙に思えた。
同時に俺は、その彼の表情を見て、クラーク氏にとっては、叔父や祖父の存在は大きいものだったのだろうということが、なんとなく想像ができた。
クラーク氏は、再び俺の方に向き直り、じっと俺を観察し、しばしの間の後で、
「それにしてもやはりあなたは不思議な人だ。冒険者として異常な力を持っているということにも当然興味は引かれます。だが……それよりも、なぜこの平和な国で戦場を経験した兵士の目をした人間が存在しているのか? 少なくとも貴国ではこの78年間一度も戦争をしていないと認識していたのですがね」
と、独り言のようにつぶやく。
俺はただ黙って話しを聞いていた。
だが、俺の心には小さなさざなみが立っていた。
目の間にいる男に自身の本質が見抜かれていることに、俺はどうしようもなく不安になる。
自分自身が否定したくてしかたがない本質……そう俺が兵士であり、人殺しであること……をこの世界の人間に知られてしまう……。
その事実は、どうにも俺の心をざわつかせる。
俺は自身の心に生じた不安を打ち消すように、何かを返答しようとしたのだが、言葉が出ない。
結局、俺が言えたのは、
「自分は兵士ではありません」
と、口にするのが精一杯だった。
英語で発言したからか、そもそもその言葉自体を俺が確信していないからなのか、自分で言いながらもとても不自然で違和感を覚えてしまう。
クラーク氏はただ黙って、俺の言葉を聞いていた。
俺が英語を理解していたことについては、あまり驚いていないようだった。
もともと彼には見抜かれていたのかもしれない。
そして、おそらく俺の真意すらも……。
クラーク氏は、何かをじっくりと考えている素振りであった。
「少し昔話を聞いてくれませんか。なにせ、なかなか中年の男の話しを聞いてくれる人間はいないのですよ。部下はああいう人間ばかりだし、さりとて家族に聞かせる訳にもいかないのでね。中年の男が寡黙になってしまうのは、万国共通かもしれませんね」
と、どこか冗談めかしたように言う。
だが、その仕草はどこかわざとらしく、彼がまとう雰囲気は先程と同じく重々しいものがあった。
正直なところクラーク氏とはあまり話したくはなかった。
とはいえ、一応政府の高官だ。
あまり失礼なことをして、俺個人が困るだけならまだしも、花蓮さんや他の人たちに迷惑をかけるのは忍びない。
そう思って最低限の礼儀としてこの場にとどまっていただけだ。
だが……今俺はこの男の話しにどうしようもなく惹きつけられてしまっていた。
聞けばろくでもないことになるとわかっていても、この場から離れることができなかった。
俺は自身の反応にいささか当惑しながらも、黙ってうなずく。
「わたしは幼い頃、祖父によく遊んでもらいました。彼は昔の男だったが、子供や孫には優しかった。だから、わたしは祖父のことがとても好きでした。ただ時々、どうにも近寄りがたい雰囲気を醸し出していて、庭に置いてあった古びたカウチに一人で腰かけて遠くを眺めていた。いったんそうなるとしばらくは離れるしかなかった。そうまるで今のあなたのようにね……」
クラーク氏の祖父は異国人で年代も異なる。
それなのに、俺は彼のことを一瞬身近に感じてしまった。
俺には彼が考えていたであろうことが、なんとなくわかってしまったからだ。
俺は無意識にクラーク氏から顔をそらしていた。
48
お気に入りに追加
1,149
あなたにおすすめの小説
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。
狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。
街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。
彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)
劣等生のハイランカー
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ダンジョンが当たり前に存在する世界で、貧乏学生である【海斗】は一攫千金を夢見て探索者の仮免許がもらえる周王学園への入学を目指す!
無事内定をもらえたのも束の間。案内されたクラスはどいつもこいつも金欲しさで集まった探索者不適合者たち。通称【Fクラス】。
カーストの最下位を指し示すと同時、そこは生徒からサンドバッグ扱いをされる掃き溜めのようなクラスだった。
唯一生き残れる道は【才能】の覚醒のみ。
学園側に【将来性】を示せねば、一方的に搾取される未来が待ち受けていた。
クラスメイトは全員ライバル!
卒業するまで、一瞬たりとも油断できない生活の幕開けである!
そんな中【海斗】の覚醒した【才能】はダンジョンの中でしか発現せず、ダンジョンの外に出れば一般人になり変わる超絶ピーキーな代物だった。
それでも【海斗】は大金を得るためダンジョンに潜り続ける。
難病で眠り続ける、余命いくばくかの妹の命を救うために。
かくして、人知れず大量のTP(トレジャーポイント)を荒稼ぎする【海斗】の前に不審に思った人物が現れる。
「おかしいですね、一学期でこの成績。学年主席の私よりも高ポイント。この人は一体誰でしょうか?」
学年主席であり【氷姫】の二つ名を冠する御堂凛華から注目を浴びる。
「おいおいおい、このポイントを叩き出した【MNO】って一体誰だ? プロでもここまで出せるやつはいねーぞ?」
時を同じくゲームセンターでハイスコアを叩き出した生徒が現れた。
制服から察するに、近隣の周王学園生であることは割ている。
そんな噂は瞬く間に【学園にヤバい奴がいる】と掲示板に載せられ存在しない生徒【ゴースト】の噂が囁かれた。
(各20話編成)
1章:ダンジョン学園【完結】
2章:ダンジョンチルドレン【完結】
3章:大罪の権能【完結】
4章:暴食の力【完結】
5章:暗躍する嫉妬【完結】
6章:奇妙な共闘【完結】
7章:最弱種族の下剋上【完結】
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
男女貞操逆転世界で、自己肯定感低めのお人好し男が、自分も周りも幸せにするお話
カムラ
ファンタジー
※下の方に感想を送る際の注意事項などがございます!
お気に入り登録は積極的にしていただけると嬉しいです!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あらすじ
学生時代、冤罪によってセクハラの罪を着せられ、肩身の狭い人生を送ってきた30歳の男、大野真人(おおのまさと)。
ある日仕事を終え、1人暮らしのアパートに戻り眠りについた。
そこで不思議な夢を見たと思ったら、目を覚ますと全く知らない場所だった。
混乱していると部屋の扉が開き、そこには目を見張るほどの美女がいて…!?
これは自己肯定感が低いお人好し男が、転生した男女貞操逆転世界で幸せになるお話。
※本番はまぁまぁ先ですが、#6くらいから結構Hな描写が増えます。
割とガッツリ性描写は書いてますので、苦手な方は気をつけて!
♡つきの話は性描写ありです!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
誤字報告、明らかな矛盾点、良かったよ!、続きが気になる! みたいな感想は大歓迎です!
どんどん送ってください!
逆に、否定的な感想は書かないようにお願いします。
受け取り手によって変わりそうな箇所などは報告しなくて大丈夫です!(言い回しとか、言葉の意味の違いとか)
作者のモチベを上げてくれるような感想お待ちしております!
男女比1対99の世界で引き篭もります!
夢探しの旅人
恋愛
家族いない親戚いないというじゃあどうして俺がここに?となるがまぁいいかと思考放棄する主人公!
前世の夢だった引き篭もりが叶うことを知って大歓喜!!
偶に寂しさを和ますために配信をしたり深夜徘徊したり(変装)と主人公が楽しむ物語です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる