98 / 153
第一章
新たな戦場へ-01-
しおりを挟む
花蓮さんが心配そうな顔をして、
「敬三様……大丈夫ですか? どこか体調でも——」
と、覗き込んでくる。
しかし、俺の視界には花蓮さんの顔は映っていなかった。
そこに映っていたのは『彼女』の姿であった……。
気づいたときには、俺は頭にこびりつく言葉を打ち消すように、思わず立ち上がり、
「俺はもう兵士ではないんだ」
消えるような声でそう言っていた。
場が静まり返ると同時に俺も我に返る。
全員の当惑気味の視線が俺に注がれる。
唯一、クラーク氏のみが先程と同じ冷静な視線で俺をただじっと観察していた。
俺は何か適当な言葉をいくつか並べ立てて、その場から逃れるように、席を立つ。
広間から繋がっている廊下を通り中庭に出て、あたりをふらつく。
とにかく外の空気を吸いたかった。
あいかわらず周りは静かで、ただ虫の音だけがあたりにこだましている。
明かりも屋敷から出ている光を除けばほとんどない。
静かで暗いこの空間は、俺の心を落ち着けるのには好都合であったが、同時に過去
の記憶を呼び起こす作用もあった。
俺は大きく深呼吸をして、空を見上げる。
空には曇はなかったが、星はほとんど見当たらず、真っ黒な空には月だけが光っていた。
この屋敷が日本のどこに位置しているか定かではないが、郊外といってもまだ都市部なのだろう。
星空が見えるほど、空はすんではいない。
異世界では、どんな場所からでも大抵は星空が見えた。
だが、その夜空にはこの世界でいう月は存在していなかった。
やはりここは異世界ではない。
この夜空は俺が元の世界に戻ってきたことを実感するのには十分過ぎるほどの圧倒的なリアリティがある。
そのことは俺を安心させると同時にまた不安も生じさせる。
俺はこの場に確かに存在して、この世界をこんなにも実感しているはずなのに、どうにもこの世界が嘘っぱちのように感じてしまう。
まだこの世界に帰還して数カ月だ。
いずれこの感覚もなくなる。
そうなれば、逆に俺は異世界の出来事のことをまるで物語の世界のことのように感じることができるようになるのだろうか。
ならば……きっと、あの感覚も忘れることができるはずだ。
俺はしばらくただその場に佇んでいた。
どれくらいの時間が過ぎたかわからないが、さすがにあまり中座をすると、花蓮さんたちに迷惑をかけてしまうかもしれない。
俺が踵を返して、広間の方に戻ろうとすると、目の前に人影があった。
薄暗い中、目を凝らすと、その人物はクラーク氏であった。
俺は少し驚いたが、トイレにでもいった帰りだろうと思い、ただ無言で会釈する。
クラーク氏も俺に気付き、それに返すように黙礼する。
俺はそのまま横を通り抜けた。
と、後ろからクラーク氏に声をかけられる。
「ここは本当に静かですな。ここに来る前に大使館がある場所に寄りましたが、同じ日本とは思えませんな」
俺はクラーク氏の言葉を理解できていたが、首を傾げて何を言っているのかわからないという困り顔を作る。
彼には申し訳ないが、今は見知らぬ他人と話す気分ではなかった。
クラーク氏がなぜ言葉がわからないと思っている異国人に話しかけてきたのかは不明だが、これで話しは終わるだろう。
が……俺の予想とは裏腹にクラーク氏はなおも話しを続ける。
「あなたを見て、わたしは久しぶりに自分の家族のことを思い出しました。わたしの家は軍人家系という訳ではないのですが、祖父と叔父はともに軍人……いや兵士だった。あなたの目は彼らにそっくりだ」
クラーク氏はそういうと、暗闇の中で俺を見据えてくる。
奇異や敵意といった感情をその表情から覚えることはなかった。
ただ単純に何かを懐かしむ……クラーク氏の眼差しからはそんな印象を受けた。
だが、俺はクラーク氏の唐突な話しにただ戸惑い、なんと返答してよいかわからずに無言のまま彼を見るしかできなかった。
酒に酔って、しかも馴染みのない異国の地で、過去を思い出して少しばかり情緒的になっているのだろか。
しかしそれにしてはとても冷静な物言いで、とても酔いが回っているようには見えない。
「敬三様……大丈夫ですか? どこか体調でも——」
と、覗き込んでくる。
しかし、俺の視界には花蓮さんの顔は映っていなかった。
そこに映っていたのは『彼女』の姿であった……。
気づいたときには、俺は頭にこびりつく言葉を打ち消すように、思わず立ち上がり、
「俺はもう兵士ではないんだ」
消えるような声でそう言っていた。
場が静まり返ると同時に俺も我に返る。
全員の当惑気味の視線が俺に注がれる。
唯一、クラーク氏のみが先程と同じ冷静な視線で俺をただじっと観察していた。
俺は何か適当な言葉をいくつか並べ立てて、その場から逃れるように、席を立つ。
広間から繋がっている廊下を通り中庭に出て、あたりをふらつく。
とにかく外の空気を吸いたかった。
あいかわらず周りは静かで、ただ虫の音だけがあたりにこだましている。
明かりも屋敷から出ている光を除けばほとんどない。
静かで暗いこの空間は、俺の心を落ち着けるのには好都合であったが、同時に過去
の記憶を呼び起こす作用もあった。
俺は大きく深呼吸をして、空を見上げる。
空には曇はなかったが、星はほとんど見当たらず、真っ黒な空には月だけが光っていた。
この屋敷が日本のどこに位置しているか定かではないが、郊外といってもまだ都市部なのだろう。
星空が見えるほど、空はすんではいない。
異世界では、どんな場所からでも大抵は星空が見えた。
だが、その夜空にはこの世界でいう月は存在していなかった。
やはりここは異世界ではない。
この夜空は俺が元の世界に戻ってきたことを実感するのには十分過ぎるほどの圧倒的なリアリティがある。
そのことは俺を安心させると同時にまた不安も生じさせる。
俺はこの場に確かに存在して、この世界をこんなにも実感しているはずなのに、どうにもこの世界が嘘っぱちのように感じてしまう。
まだこの世界に帰還して数カ月だ。
いずれこの感覚もなくなる。
そうなれば、逆に俺は異世界の出来事のことをまるで物語の世界のことのように感じることができるようになるのだろうか。
ならば……きっと、あの感覚も忘れることができるはずだ。
俺はしばらくただその場に佇んでいた。
どれくらいの時間が過ぎたかわからないが、さすがにあまり中座をすると、花蓮さんたちに迷惑をかけてしまうかもしれない。
俺が踵を返して、広間の方に戻ろうとすると、目の前に人影があった。
薄暗い中、目を凝らすと、その人物はクラーク氏であった。
俺は少し驚いたが、トイレにでもいった帰りだろうと思い、ただ無言で会釈する。
クラーク氏も俺に気付き、それに返すように黙礼する。
俺はそのまま横を通り抜けた。
と、後ろからクラーク氏に声をかけられる。
「ここは本当に静かですな。ここに来る前に大使館がある場所に寄りましたが、同じ日本とは思えませんな」
俺はクラーク氏の言葉を理解できていたが、首を傾げて何を言っているのかわからないという困り顔を作る。
彼には申し訳ないが、今は見知らぬ他人と話す気分ではなかった。
クラーク氏がなぜ言葉がわからないと思っている異国人に話しかけてきたのかは不明だが、これで話しは終わるだろう。
が……俺の予想とは裏腹にクラーク氏はなおも話しを続ける。
「あなたを見て、わたしは久しぶりに自分の家族のことを思い出しました。わたしの家は軍人家系という訳ではないのですが、祖父と叔父はともに軍人……いや兵士だった。あなたの目は彼らにそっくりだ」
クラーク氏はそういうと、暗闇の中で俺を見据えてくる。
奇異や敵意といった感情をその表情から覚えることはなかった。
ただ単純に何かを懐かしむ……クラーク氏の眼差しからはそんな印象を受けた。
だが、俺はクラーク氏の唐突な話しにただ戸惑い、なんと返答してよいかわからずに無言のまま彼を見るしかできなかった。
酒に酔って、しかも馴染みのない異国の地で、過去を思い出して少しばかり情緒的になっているのだろか。
しかしそれにしてはとても冷静な物言いで、とても酔いが回っているようには見えない。
42
お気に入りに追加
1,028
あなたにおすすめの小説
性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。
狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。
街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。
彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)
目立つのが嫌でダンジョンのソロ攻略をしていた俺、アイドル配信者のいる前で、うっかり最凶モンスターをブッ飛ばしてしまう
果 一
ファンタジー
目立つことが大嫌いな男子高校生、篠村暁斗の通う学校には、アイドルがいる。
名前は芹なずな。学校一美人で現役アイドル、さらに有名ダンジョン配信者という勝ち組人生を送っている女の子だ。
日夜、ぼんやりと空を眺めるだけの暁斗とは縁のない存在。
ところが、ある日暁斗がダンジョンの下層でひっそりとモンスター狩りをしていると、SSクラスモンスターのワイバーンに襲われている小規模パーティに遭遇する。
この期に及んで「目立ちたくないから」と見捨てるわけにもいかず、暁斗は隠していた実力を解放して、ワイバーンを一撃粉砕してしまう。
しかし、近くに倒れていたアイドル配信者の芹なずなに目撃されていて――
しかも、その一部始終は生放送されていて――!?
《ワイバーン一撃で倒すとか異次元過ぎw》
《さっき見たらツイットーのトレンドに上がってた。これ、明日のネットニュースにも載るっしょ絶対》
SNSでバズりにバズり、さらには芹なずなにも正体がバレて!?
暁斗の陰キャ自由ライフは、瞬く間に崩壊する!
※本作は小説家になろう・カクヨムでも公開しています。両サイトでのタイトルは『目立つのが嫌でダンジョンのソロ攻略をしていた俺、アイドル配信者のいる前で、うっかり最凶モンスターをブッ飛ばしてしまう~バズりまくって陰キャ生活が無事終了したんだが~』となります。
※この作品はフィクションです。実在の人物•団体•事件•法律などとは一切関係ありません。あらかじめご了承ください。
最強のコミュ障探索者、Sランクモンスターから美少女配信者を助けてバズりたおす~でも人前で喋るとか無理なのでコラボ配信は断固お断りします!~
尾藤みそぎ
ファンタジー
陰キャのコミュ障女子高生、灰戸亜紀は人見知りが過ぎるあまりソロでのダンジョン探索をライフワークにしている変わり者。そんな彼女は、ダンジョンの出現に呼応して「プライムアビリティ」に覚醒した希少な特級探索者の1人でもあった。
ある日、亜紀はダンジョンの中層に突如現れたSランクモンスターのサラマンドラに襲われている探索者と遭遇する。
亜紀は人助けと思って、サラマンドラを一撃で撃破し探索者を救出。
ところが、襲われていたのは探索者兼インフルエンサーとして知られる水無瀬しずくで。しかも、救出の様子はすべて生配信されてしまっていた!?
そして配信された動画がバズりまくる中、偶然にも同じ学校の生徒だった水無瀬しずくがお礼に現れたことで、亜紀は瞬く間に身バレしてしまう。
さらには、ダンジョン管理局に目をつけられて依頼が舞い込んだり、水無瀬しずくからコラボ配信を持ちかけられたり。
コミュ障を極めてひっそりと生活していた亜紀の日常はガラリと様相を変えて行く!
はたして表舞台に立たされてしまった亜紀は安らぎのぼっちライフを守り抜くことができるのか!?
劣等生のハイランカー
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ダンジョンが当たり前に存在する世界で、貧乏学生である【海斗】は一攫千金を夢見て探索者の仮免許がもらえる周王学園への入学を目指す!
無事内定をもらえたのも束の間。案内されたクラスはどいつもこいつも金欲しさで集まった探索者不適合者たち。通称【Fクラス】。
カーストの最下位を指し示すと同時、そこは生徒からサンドバッグ扱いをされる掃き溜めのようなクラスだった。
唯一生き残れる道は【才能】の覚醒のみ。
学園側に【将来性】を示せねば、一方的に搾取される未来が待ち受けていた。
クラスメイトは全員ライバル!
卒業するまで、一瞬たりとも油断できない生活の幕開けである!
そんな中【海斗】の覚醒した【才能】はダンジョンの中でしか発現せず、ダンジョンの外に出れば一般人になり変わる超絶ピーキーな代物だった。
それでも【海斗】は大金を得るためダンジョンに潜り続ける。
難病で眠り続ける、余命いくばくかの妹の命を救うために。
かくして、人知れず大量のTP(トレジャーポイント)を荒稼ぎする【海斗】の前に不審に思った人物が現れる。
「おかしいですね、一学期でこの成績。学年主席の私よりも高ポイント。この人は一体誰でしょうか?」
学年主席であり【氷姫】の二つ名を冠する御堂凛華から注目を浴びる。
「おいおいおい、このポイントを叩き出した【MNO】って一体誰だ? プロでもここまで出せるやつはいねーぞ?」
時を同じくゲームセンターでハイスコアを叩き出した生徒が現れた。
制服から察するに、近隣の周王学園生であることは割ている。
そんな噂は瞬く間に【学園にヤバい奴がいる】と掲示板に載せられ存在しない生徒【ゴースト】の噂が囁かれた。
(各20話編成)
1章:ダンジョン学園【完結】
2章:ダンジョンチルドレン【完結】
3章:大罪の権能【完結】
4章:暴食の力【完結】
5章:暗躍する嫉妬【完結】
6章:奇妙な共闘【完結】
7章:最弱種族の下剋上【完結】
神速の成長チート! ~無能だと追い出されましたが、逆転レベルアップで最強異世界ライフ始めました~
雪華慧太
ファンタジー
高校生の裕樹はある日、意地の悪いクラスメートたちと異世界に勇者として召喚された。勇者に相応しい力を与えられたクラスメートとは違い、裕樹が持っていたのは自分のレベルを一つ下げるという使えないにも程があるスキル。皆に嘲笑われ、さらには国王の命令で命を狙われる。絶体絶命の状況の中、唯一のスキルを使った裕樹はなんとレベル1からレベル0に。絶望する裕樹だったが、実はそれがあり得ない程の神速成長チートの始まりだった! その力を使って裕樹は様々な職業を極め、異世界最強に上り詰めると共に、極めた生産職で快適な異世界ライフを目指していく。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
『付与』して『リセット』!ハズレスキルを駆使し、理不尽な世界で成り上がる!
びーぜろ@転移世界のアウトサイダー発売中
ファンタジー
ハズレスキルも組み合わせ次第!?付与とリセットで成り上がる!
孤児として教会に引き取られたサクシュ村の青年・ノアは10歳と15歳を迎える年に2つのスキルを授かった。
授かったスキルの名は『リセット』と『付与』。
どちらもハズレスキルな上、その日の内にステータスを奪われてしまう。
途方に暮れるノア……しかし、二つのハズレスキルには桁外れの可能性が眠っていた!
ハズレスキルを授かった青年・ノアの成り上がりスローライフファンタジー! ここに開幕!
※本作はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる