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第一章

露国対外情報庁サイド-05-

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 イヴァンは先ほどから、今回の事態をどう処理すれば自分にとって一番得になるのかを頭をフル回転させて、計算していた。



 木を隠すなら森の中……。

 

 いやこの場合は、大事の前の小事か?

 

 まあ…どちらでもいい。



 この男が起こした大騒ぎに乗じて、サーシャの工作を隠してしまえばいい。



 そのためには、騒ぎは大きければ大きいほどいい。



「その動画……Dtubeに配信してしまえ」



「え? 何故わざわざそんなことを……」



「Dtubeに流せば、少なくとも世界はその動画の真偽を巡って大騒ぎになり、この男に注目が集まるだろう。そして、日本政府もその対応に追われるはずだ。そうすれば他のこと……我々のことを調べる余裕もなくなるだろう」



「まあ……確かに。それなら、ほとぼりが冷めるまでわたしはしばらくは消えるわ」



「待て! お前が持っているマジックアイテム……それが本当に言っていたとおりの効果があるなら放置はできない。そのアイテムはこちら側に返してもらわなければ」

 

 これだけ貴重なマジックアイテムならば、何かあった時のわたしの保険にもなるだろうしな。



「まったくあなたもたいがいよね……。さっきまでは酷く薄情だったのにマジックアイテムが使えるとわかったらこの変わりようなのだから」



「なんとでも言えばいい。とにかくお前には無事に戻ってきてもらわなくては困る」



「わたしではなく……アイテムにでしょ。まあいいわ。追加の報酬も貰いたいことだし。なにせわたしは国のために動く愛国者ではなく、金で雇われた『傭兵』ということなのだし」



「……報酬の件は戻ってきてから話そう」



「そう願うわ。じゃあ……わたしは北の船経由で戻るから。さすがに一度捕まった以上、正規ルートじゃ出国できないでしょうし」



「いまあの海域はきな臭いことになっている。くれぐれも気をつけろよ」



「わかっているわ。というより、あなたに心配されるなんて、珍しくてかえって不吉だわ」



 サーシャはそう嫌味をつけ加えて電話を切る。



 まったくいつも一言多い女だ。



 イヴァンは、電話を置いて、あらためて動画を見る。



 それにしても結局のところこの男は何者なのだ。



 アメリカ人どもが背後にいる可能性が高いが、それでも解せない。



 なぜあんな派手な行為をして、あげくに日本の軍隊と対立したのか。



 何かが原因でこの男が暴発したのだろうか。



 異能者という奴らはサーシャもそうだが、結局どこまでいってもコントロールすることは困難だしな。



 アメリカ人どもの犬なのか。それともまた別勢力の人間なのか……。



 まあいい……それもサーシャが動画を公開すればいずれわかる。



 影でコソコソと蠢いている奴らもあぶり出されることだろう。



 イヴァンは、グラスに残っていたウォッカを飲み、舌を潤す。



 しかしそれにしても、今回のことはある意味で不幸中の幸いだった。



 この男が暴れてくれたおかげで、ある意味でサーシャの失態を隠すことができそうだ。



 これならなんとかもみ消せそうだ。



 ウォッカもひと一瓶で済む……か。



 まだ一瓶しか開けてないのに、酔いが回ったのか、イヴァンはやや上機嫌になった。



 ふふ……やはりわたしはついているのかもしれないな。



 そう……だからここまで生き残れたのだ。



 イヴァンは立ち上がり、窓の外を見る。



 曇天の中、遠くにモスクワ川が視界に入った。



 その時、ふと川のほとりに白鳥たちがいたように見えた。



 そして、その中に黒い鳥が——。



 次に見た時、その姿は既になかった。



 たかが一瓶で酔ってしまったのか。



 わたしももう年だな。



 イヴァンは再び椅子に座り、思索をはじめる。



 イヴァンはこの時過去の自身の記憶からあることをすっぽりと失念していた。



 時に世界というものは、予測不可能な極端な事象が起こるということを——。



 そして、人々はそのことに否が応でも巻き込まれてしまうということに……。



 イヴァンは30年前にそのことを骨の髄まで経験したはずだ。



 連邦崩壊という悪夢のような事態もまた一つの予期せぬ事態——ブラック・スワン——から起きた。



 そして、またこの世界に一匹のブラック・スワンが舞い降りようと……いや既に舞い降りていることに……イヴァンは気づいていなかった。
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