69 / 153
第一章
英雄、目覚める-17-
しおりを挟む
精神高揚のために、味方兵士の士気を高めたり、敵兵への怒りを煽ったり、はたまた新兵の恐怖を和らげたり……といった程度のものはある。
異世界での『精神操作魔法』はこうした類をさす。
確かに、『精神を操作している』のだが、いずれも短期的な作用しかなく、その効果も限定的である。
ある程度の効果を及ぼすものとなると、専ら同意を得た味方へ使うことを前提としている。
とはいえ、相手と場面次第では、同意がなくとも精神操作魔法を使える場合も一応はある。
大抵それらは、魔法の素養がない商人との交渉事などだ。
交渉や話し合いといった場面で、元々あった感情——恐怖や怒りなど——を増幅したり、されることにより、状況が一変することはありうる。
だから、そうした「精神操作魔法」を防ぐマジックアイテムも一応は存在する。
だがそうしたものは魔法の素養が全くない商人のお守り代わりくらいの価値しかなく、需要はあまりなかった。
相当の実力差がない限り、『精神操作魔法』は発動しないし、条件をクリアしてもせいぜい相手の恐怖や怒りを増幅させる程度のものなのだから当然である。
それに、『精神操作魔法』それ自体は、意識を奪うことならまだしも、相手の感情を操作する場合には多大な時間がかかる。
いくら魔法の素養がない相手とはいえ、魔法の発動それ自体を長期にわたって隠蔽するのは困難だ。
まあ……そういう訳で、異世界では『精神操作魔法』はあまり需要がなかった。
当然、そうした魔法をわざわざ習得するものも少なかった。
それでも、異世界においても、相手の意思を操作したいという欲望はいつまでも消えることはなかった。
だから、別の手段が常に異世界では模索されていた。
そのひとつが、奴隷紋を使用した従属魔法である。
魔力を込めた紋章を体に施して、相手に絶対服従を誓わせる。
これ自体の術式は非常に簡単で魔法の素養があるものであれば、初級者でも使うことができる。
だが、従属魔法は、ほとんど使われていない。
当然、倫理的な側面から使用されない訳ではない。
異世界には基本的に俺が知る限りどの王国においても奴隷は多く存在していた。
借金のカタに売られた者や戦乱の敗者となった者……。
街を歩けばそうした奴隷たちがそこかしこにいた。
だが、これらの奴隷に従属魔法は施されてはいなかった。
というのも、従属魔法は、あまりにも、発動時の条件が厳しく、マトモに機能しなかったからだ。
相手の真の同意がなければ奴隷紋は発動しない。
単に奴隷にすることはできても、結局のところ人の意思を縛るというのは、魔法を用いても極めて困難という訳だ。
それに、内心では反抗していても、暴力で強制すれば、人はたいがいのことを行う。
そういう訳で、従属魔法は、異世界ではその研究も廃れて久しかった。
だが……俺はある時期から従属魔法には使い道があると考えるように至った。
忠誠心のかけらもなく、力で従う奴隷たち。
口では忠誠を誓っていたり、あるいは今現在では俺に心の底から忠誠を誓っている配下たち。
そんな奴らが何人いようとも、真に自身が窮地に陥ったときには役に立たない。
たいていの人間は勝ち馬に乗る。
そして、窮地のときというのは誰の目にも自分の敗北が明らかな時なのだから……。
そういう場合においては、真に忠誠を誓っていたはずの奴らも驚くほどあっけなく離反する。
現に異世界において敗北した王国の王や指導者の最後の大半は身内や配下に寝首をかかれていた。
そして、この俺も……。
まったく……俺はもう少し歴史を学んでおくべきであったな。
ともあれ、俺は愚者らしく自身の手痛い経験からようやくその真理を学んだ。
つまるところ、自身の感情から永遠の忠誠を誓った人間よりも、奴隷紋に縛られた人間の方がはるかに信頼できるということだ。
前者は感情が変わればいつでも俺を裏切れる。
だが、後者は感情が変わっても決して俺を裏切ることはできない。
奴隷紋という制約で、絶対に俺に歯向かうことができない奴隷が数人いた方がはるかにましだ。
奴隷紋は『自身が術者に従属するという』意思がなければ発動しない。
そして、その自らの一時の意思を感情を……永続的に担保し、拘束してくれる。
風見鶏のように変わる人の一時の感情を保証してくれる魔法など他には存在しない。
麻耶は、自らの意思で、俺の奴隷になることを一時誓った。
異世界での『精神操作魔法』はこうした類をさす。
確かに、『精神を操作している』のだが、いずれも短期的な作用しかなく、その効果も限定的である。
ある程度の効果を及ぼすものとなると、専ら同意を得た味方へ使うことを前提としている。
とはいえ、相手と場面次第では、同意がなくとも精神操作魔法を使える場合も一応はある。
大抵それらは、魔法の素養がない商人との交渉事などだ。
交渉や話し合いといった場面で、元々あった感情——恐怖や怒りなど——を増幅したり、されることにより、状況が一変することはありうる。
だから、そうした「精神操作魔法」を防ぐマジックアイテムも一応は存在する。
だがそうしたものは魔法の素養が全くない商人のお守り代わりくらいの価値しかなく、需要はあまりなかった。
相当の実力差がない限り、『精神操作魔法』は発動しないし、条件をクリアしてもせいぜい相手の恐怖や怒りを増幅させる程度のものなのだから当然である。
それに、『精神操作魔法』それ自体は、意識を奪うことならまだしも、相手の感情を操作する場合には多大な時間がかかる。
いくら魔法の素養がない相手とはいえ、魔法の発動それ自体を長期にわたって隠蔽するのは困難だ。
まあ……そういう訳で、異世界では『精神操作魔法』はあまり需要がなかった。
当然、そうした魔法をわざわざ習得するものも少なかった。
それでも、異世界においても、相手の意思を操作したいという欲望はいつまでも消えることはなかった。
だから、別の手段が常に異世界では模索されていた。
そのひとつが、奴隷紋を使用した従属魔法である。
魔力を込めた紋章を体に施して、相手に絶対服従を誓わせる。
これ自体の術式は非常に簡単で魔法の素養があるものであれば、初級者でも使うことができる。
だが、従属魔法は、ほとんど使われていない。
当然、倫理的な側面から使用されない訳ではない。
異世界には基本的に俺が知る限りどの王国においても奴隷は多く存在していた。
借金のカタに売られた者や戦乱の敗者となった者……。
街を歩けばそうした奴隷たちがそこかしこにいた。
だが、これらの奴隷に従属魔法は施されてはいなかった。
というのも、従属魔法は、あまりにも、発動時の条件が厳しく、マトモに機能しなかったからだ。
相手の真の同意がなければ奴隷紋は発動しない。
単に奴隷にすることはできても、結局のところ人の意思を縛るというのは、魔法を用いても極めて困難という訳だ。
それに、内心では反抗していても、暴力で強制すれば、人はたいがいのことを行う。
そういう訳で、従属魔法は、異世界ではその研究も廃れて久しかった。
だが……俺はある時期から従属魔法には使い道があると考えるように至った。
忠誠心のかけらもなく、力で従う奴隷たち。
口では忠誠を誓っていたり、あるいは今現在では俺に心の底から忠誠を誓っている配下たち。
そんな奴らが何人いようとも、真に自身が窮地に陥ったときには役に立たない。
たいていの人間は勝ち馬に乗る。
そして、窮地のときというのは誰の目にも自分の敗北が明らかな時なのだから……。
そういう場合においては、真に忠誠を誓っていたはずの奴らも驚くほどあっけなく離反する。
現に異世界において敗北した王国の王や指導者の最後の大半は身内や配下に寝首をかかれていた。
そして、この俺も……。
まったく……俺はもう少し歴史を学んでおくべきであったな。
ともあれ、俺は愚者らしく自身の手痛い経験からようやくその真理を学んだ。
つまるところ、自身の感情から永遠の忠誠を誓った人間よりも、奴隷紋に縛られた人間の方がはるかに信頼できるということだ。
前者は感情が変わればいつでも俺を裏切れる。
だが、後者は感情が変わっても決して俺を裏切ることはできない。
奴隷紋という制約で、絶対に俺に歯向かうことができない奴隷が数人いた方がはるかにましだ。
奴隷紋は『自身が術者に従属するという』意思がなければ発動しない。
そして、その自らの一時の意思を感情を……永続的に担保し、拘束してくれる。
風見鶏のように変わる人の一時の感情を保証してくれる魔法など他には存在しない。
麻耶は、自らの意思で、俺の奴隷になることを一時誓った。
74
お気に入りに追加
1,347
あなたにおすすめの小説
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。
狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。
街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。
彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)

成長率マシマシスキルを選んだら無職判定されて追放されました。~スキルマニアに助けられましたが染まらないようにしたいと思います~
m-kawa
ファンタジー
第5回集英社Web小説大賞、奨励賞受賞。書籍化します。
書籍化に伴い、この作品はアルファポリスから削除予定となりますので、あしからずご承知おきください。
【第七部開始】
召喚魔法陣から逃げようとした主人公は、逃げ遅れたせいで召喚に遅刻してしまう。だが他のクラスメイトと違って任意のスキルを選べるようになっていた。しかし選んだ成長率マシマシスキルは自分の得意なものが現れないスキルだったのか、召喚先の国で無職判定をされて追い出されてしまう。
一方で微妙な職業が出てしまい、肩身の狭い思いをしていたヒロインも追い出される主人公の後を追って飛び出してしまった。
だがしかし、追い出された先は平民が住まう街などではなく、危険な魔物が住まう森の中だった!
突如始まったサバイバルに、成長率マシマシスキルは果たして役に立つのか!
魔物に襲われた主人公の運命やいかに!
※小説家になろう様とカクヨム様にも投稿しています。
※カクヨムにて先行公開中

(完結)魔王討伐後にパーティー追放されたFランク魔法剣士は、超レア能力【全スキル】を覚えてゲスすぎる勇者達をザマアしつつ世界を救います
しまうま弁当
ファンタジー
魔王討伐直後にクリードは勇者ライオスからパーティーから出て行けといわれるのだった。クリードはパーティー内ではつねにFランクと呼ばれ戦闘にも参加させてもらえず場美雑言は当たり前でクリードはもう勇者パーティーから出て行きたいと常々考えていたので、いい機会だと思って出て行く事にした。だがラストダンジョンから脱出に必要なリアーの羽はライオス達は分けてくれなかったので、仕方なく一階層づつ上っていく事を決めたのだった。だがなぜか後ろから勇者パーティー内で唯一のヒロインであるミリーが追いかけてきて一緒に脱出しようと言ってくれたのだった。切羽詰まっていると感じたクリードはミリーと一緒に脱出を図ろうとするが、後ろから追いかけてきたメンバーに石にされてしまったのだった。

貞操逆転世界に無職20歳男で転生したので自由に生きます!
やまいし
ファンタジー
自分が書きたいことを詰めこみました。掲示板あり
目覚めると20歳無職だった主人公。
転生したのは男女の貞操観念が逆転&男女比が1:100の可笑しな世界だった。
”好きなことをしよう”と思ったは良いものの無一文。
これではまともな生活ができない。
――そうだ!えちえち自撮りでお金を稼ごう!
こうして彼の転生生活が幕を開けた。
異世界召喚されたら無能と言われ追い出されました。~この世界は俺にとってイージーモードでした~
WING/空埼 裕@書籍発売中
ファンタジー
1~8巻好評発売中です!
※2022年7月12日に本編は完結しました。
◇ ◇ ◇
ある日突然、クラスまるごと異世界に勇者召喚された高校生、結城晴人。
ステータスを確認したところ、勇者に与えられる特典のギフトどころか、勇者の称号すらも無いことが判明する。
晴人たちを召喚した王女は「無能がいては足手纏いになる」と、彼のことを追い出してしまった。
しかも街を出て早々、王女が差し向けた騎士によって、晴人は殺されかける。
胸を刺され意識を失った彼は、気がつくと神様の前にいた。
そしてギフトを与え忘れたお詫びとして、望むスキルを作れるスキルをはじめとしたチート能力を手に入れるのであった──
ハードモードな異世界生活も、やりすぎなくらいスキルを作って一発逆転イージーモード!?
前代未聞の難易度激甘ファンタジー、開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる