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第一章
西条花蓮邸——強行突入5分前——
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居間は、50畳はあろうかという広大かつ開放的な空間であり、広さで言えば居間というより小ホールに近い。
壁には障子が、床には畳が敷き詰められていて、一見すれば由緒ある日本屋敷という面持ちなのだが、置かれている家具——大きなダイニングテーブルや壁に取り付けられた本棚——は西洋テイストの家具であり、和と洋が融合している見事なつくりになっている。
部屋の中央ほどには花蓮さんがいて、俺に気づいて、こちらを見る。
「け、敬三様。その……先ほどは本当に申し訳ありませんでしたわ……」
と、顔を赤らめてうつむきながらも、俺の方をチラチラと見ている。
「い、いえ……こちらこそ大分長湯をしてしまって……その服までお借りしてしまってすみません」
「……その着物を身に着けて頂いたのですね……。とても……とても……お似合いですわ。敬三様……」
と、花蓮さんは顔を上げて、俺の着物をじっと見つめている。
その目はどうにも熱を帯びているように見えた。
何か……既視感が……そうまるで鈴羽さんのような……。
は!? まさか……花蓮さんにまで……。
いやいやそんな訳は……いくら俺が回復魔法が不得手だからとはいえ、そんな副作用が何度も起きてたまるものか……。
俺が嫌な予感に震えていると、後ろから気配を感じる。
「ご主……いえ……ふ、二見様。こちらにいらっしゃったのですね」
鈴羽さんがいつものスーツ姿で立っていた。
先ほどの浴場では鈴羽さんは髪までは濡らしていなかったのか、乾いていて、服装の乱れもなく、一見すれば不自然な点はないように思える。
この短時間でよくぞここまでの装いをすることができたな……と思わず感心するほどであった。
が……よくよく見ると、いつも完璧に整えられていた鈴羽さんの髪は湿気でややクシャッとなっていたし、首筋には小さな水滴がいくつかついてもいた。
なによりも、鈴羽さんの頬は湯船の温かさでほんのりと赤く染まっていて、見る者が見ればお風呂上がりと見えなくもない……。
「あら鈴羽? どこに行っていたんですの。探しましたわよ。お風呂場にあなたの服が置いてありましたので、てっきりお湯にでも入っていたのかと——」
「い、いえ……そ、その……実は……す、少し気分がすぐれなくて……夜風にあたっていました」
「そうでしたの。大丈夫ですか? 鈴羽。無理はせずに休んでいてもよろしいのですよ。麻耶さんの対応はわたくしがしますので。先ほどの件もありますし……。敬三様の回復魔法で全快したと思っていましたがやはりまだ本調子ではないようですわね……」
と花蓮さんは心配そうに鈴羽さんを見つめる。
「そんなことはありえません! ご主人様の回復魔法は完璧でした! これは単にわたしの不手際です!」
鈴羽さんはそこで何故かひときわ大きな声で反論する……。
いやいや鈴羽さん……せっかく上手くごまかせていたのに……ご主人様って……。
俺は心の中でツッコミを入れながら、花蓮さんの反応を恐る恐る見る。
花蓮さんはあっけにとらわれた顔を浮かべた後で、
「ご主人様?」
と小首をかしげている。
「い、いえ……そ、それより……花蓮様。二見様がいま身に着けていらっしゃるのは……西条家の当主たる着物——」
「す、鈴羽! そ、そこから先はわたくしが敬三様に後ほど説明いたしますので……」
何故か花蓮さんは顔を紅潮させながら、慌てて鈴羽さんの言葉を遮る。
と、その時、庭の方から……いや外から音がした。
どうやら誰かが屋敷の前に車を止めたらしい。
花蓮さんもその音に気づいたようで、
「麻耶さんが到着したようですわね」
と、音がする方へと顔を向けている。
俺は、良いタイミングで話がそれてくれたことに心の中で感謝する。
鈴羽さんも、これ幸いとばかりに、
「……花蓮様。ではわたしは麻耶様の出迎えに参りますので……」
と、その場からすっと立ち去る。
先ほど花蓮さんが話していた客がきたのか。
それなら俺もやはりすぐにこの場からおいとました方がよさそうだな……。
この着物は……後で洗濯……いやクリーニングをして返すか。
いや……着物ってそもそもクリーニングできるのか……。
と、俺はそんなことに頭を悩ましつつ
「あの花蓮さん。色々とお気づかい頂いてありがとうございました。お客さんもきたようですし、自分はここで……」
「え? いえ、敬三様。この場にいてくださって大丈夫ですので。むしろ麻耶さんは敬三様と——」
優しい花蓮さんはそう気を使ってくれているが、俺もこう見えていい年した大人である。
さすがに常識……いや社交辞令というものはわきまえている。
こんな見ず知らずのオッサンが花蓮さんの友人……ましてや女性との会合に同席していたら、お互いに気まずい思いをするだけだろう。
花蓮さんの評判にも傷がついてしまうかもしれない。
「花蓮さん……大丈夫です。これ以上のお気づかいは無用ですので」
と、俺は全てわかっていますよという訳知り顔をして微笑みながら言う。
花蓮さんも一応俺を招いた立場もあるから、面と向かって、「邪魔なので帰ってください」とはさすがに言えないのだろう。
女性の本音と建前をしっかりと把握しつつ、あえて何も言わずにスマートに立ち去る……これぞ大人の男ではないだろうか。
「それでは花蓮さん、自分はここで失礼いたします。お貸しいただいた着物はクリーニングした後で、近日中にお返しますので」
と、俺はさっとお辞儀をして、その場から立ち去る。
うむ……我ながらかなりスマートな対応だったな……。
俺は自分の行動を脳内で想像し、満足感を得ながら、先ほどの長い廊下を歩いて、玄関へと向かっていた。
と……何やら言い争う声が聞こえてくる。
あれは……鈴羽さんと……女性。
あの人が花蓮さんのお客さんだろうか……。
壁には障子が、床には畳が敷き詰められていて、一見すれば由緒ある日本屋敷という面持ちなのだが、置かれている家具——大きなダイニングテーブルや壁に取り付けられた本棚——は西洋テイストの家具であり、和と洋が融合している見事なつくりになっている。
部屋の中央ほどには花蓮さんがいて、俺に気づいて、こちらを見る。
「け、敬三様。その……先ほどは本当に申し訳ありませんでしたわ……」
と、顔を赤らめてうつむきながらも、俺の方をチラチラと見ている。
「い、いえ……こちらこそ大分長湯をしてしまって……その服までお借りしてしまってすみません」
「……その着物を身に着けて頂いたのですね……。とても……とても……お似合いですわ。敬三様……」
と、花蓮さんは顔を上げて、俺の着物をじっと見つめている。
その目はどうにも熱を帯びているように見えた。
何か……既視感が……そうまるで鈴羽さんのような……。
は!? まさか……花蓮さんにまで……。
いやいやそんな訳は……いくら俺が回復魔法が不得手だからとはいえ、そんな副作用が何度も起きてたまるものか……。
俺が嫌な予感に震えていると、後ろから気配を感じる。
「ご主……いえ……ふ、二見様。こちらにいらっしゃったのですね」
鈴羽さんがいつものスーツ姿で立っていた。
先ほどの浴場では鈴羽さんは髪までは濡らしていなかったのか、乾いていて、服装の乱れもなく、一見すれば不自然な点はないように思える。
この短時間でよくぞここまでの装いをすることができたな……と思わず感心するほどであった。
が……よくよく見ると、いつも完璧に整えられていた鈴羽さんの髪は湿気でややクシャッとなっていたし、首筋には小さな水滴がいくつかついてもいた。
なによりも、鈴羽さんの頬は湯船の温かさでほんのりと赤く染まっていて、見る者が見ればお風呂上がりと見えなくもない……。
「あら鈴羽? どこに行っていたんですの。探しましたわよ。お風呂場にあなたの服が置いてありましたので、てっきりお湯にでも入っていたのかと——」
「い、いえ……そ、その……実は……す、少し気分がすぐれなくて……夜風にあたっていました」
「そうでしたの。大丈夫ですか? 鈴羽。無理はせずに休んでいてもよろしいのですよ。麻耶さんの対応はわたくしがしますので。先ほどの件もありますし……。敬三様の回復魔法で全快したと思っていましたがやはりまだ本調子ではないようですわね……」
と花蓮さんは心配そうに鈴羽さんを見つめる。
「そんなことはありえません! ご主人様の回復魔法は完璧でした! これは単にわたしの不手際です!」
鈴羽さんはそこで何故かひときわ大きな声で反論する……。
いやいや鈴羽さん……せっかく上手くごまかせていたのに……ご主人様って……。
俺は心の中でツッコミを入れながら、花蓮さんの反応を恐る恐る見る。
花蓮さんはあっけにとらわれた顔を浮かべた後で、
「ご主人様?」
と小首をかしげている。
「い、いえ……そ、それより……花蓮様。二見様がいま身に着けていらっしゃるのは……西条家の当主たる着物——」
「す、鈴羽! そ、そこから先はわたくしが敬三様に後ほど説明いたしますので……」
何故か花蓮さんは顔を紅潮させながら、慌てて鈴羽さんの言葉を遮る。
と、その時、庭の方から……いや外から音がした。
どうやら誰かが屋敷の前に車を止めたらしい。
花蓮さんもその音に気づいたようで、
「麻耶さんが到着したようですわね」
と、音がする方へと顔を向けている。
俺は、良いタイミングで話がそれてくれたことに心の中で感謝する。
鈴羽さんも、これ幸いとばかりに、
「……花蓮様。ではわたしは麻耶様の出迎えに参りますので……」
と、その場からすっと立ち去る。
先ほど花蓮さんが話していた客がきたのか。
それなら俺もやはりすぐにこの場からおいとました方がよさそうだな……。
この着物は……後で洗濯……いやクリーニングをして返すか。
いや……着物ってそもそもクリーニングできるのか……。
と、俺はそんなことに頭を悩ましつつ
「あの花蓮さん。色々とお気づかい頂いてありがとうございました。お客さんもきたようですし、自分はここで……」
「え? いえ、敬三様。この場にいてくださって大丈夫ですので。むしろ麻耶さんは敬三様と——」
優しい花蓮さんはそう気を使ってくれているが、俺もこう見えていい年した大人である。
さすがに常識……いや社交辞令というものはわきまえている。
こんな見ず知らずのオッサンが花蓮さんの友人……ましてや女性との会合に同席していたら、お互いに気まずい思いをするだけだろう。
花蓮さんの評判にも傷がついてしまうかもしれない。
「花蓮さん……大丈夫です。これ以上のお気づかいは無用ですので」
と、俺は全てわかっていますよという訳知り顔をして微笑みながら言う。
花蓮さんも一応俺を招いた立場もあるから、面と向かって、「邪魔なので帰ってください」とはさすがに言えないのだろう。
女性の本音と建前をしっかりと把握しつつ、あえて何も言わずにスマートに立ち去る……これぞ大人の男ではないだろうか。
「それでは花蓮さん、自分はここで失礼いたします。お貸しいただいた着物はクリーニングした後で、近日中にお返しますので」
と、俺はさっとお辞儀をして、その場から立ち去る。
うむ……我ながらかなりスマートな対応だったな……。
俺は自分の行動を脳内で想像し、満足感を得ながら、先ほどの長い廊下を歩いて、玄関へと向かっていた。
と……何やら言い争う声が聞こえてくる。
あれは……鈴羽さんと……女性。
あの人が花蓮さんのお客さんだろうか……。
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