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第一章

鈴羽サイド-10-

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「く!? き、貴様——」



 鈴羽はその行動に女としての危険を感じ戦慄するが、それも一瞬のことだった。

 

 すぐに鈴羽は眼前の光景に目を奪われることになる。

 

 二見の腕を中心にして、まばゆいばかりの光が発しはじめられ、それは瞬く間に鈴羽の全身を包んでいく。



「こ、これは……か、回復魔法……」

 

 ヒーラーである花蓮の側にいた鈴羽にとって、この光はあまりにも目に焼き付いた馴染みのある光景であった。

 

 あの動画は……本当に……全てが真実だったというのか……。

 

 それともわたしは既にこの男の幻影の手に落ちているのか……。

 

 やがて光が収縮した時に、鈴羽に訪れる体験。

 

 それは幻影などという彼女の考えを即座に打ち砕いてしまうに十分な圧倒的な生の実感があった。

 

 痛みは嘘のようになくなった。

 

 先ほどから感じていた強烈な痛みだけではなく、火傷の後遺症に伴い、日夜感じていた鈍痛もまたなくなっていた。

 

 痛みがない……というのは鈴羽にとっては実に数年ぶりの出来事であった。

 

 そして、何よりも鈴羽を驚愕させたのは自身の肉体であった。

 

 火傷の痕が一切なくなっているのだ。

 

 両足から両腕までおよそ鈴羽が視界に捉えられる全ての皮膚からはあの忌まわしいケロイドは消え失せていた。

 

 まだ何も知らずにいた無垢な少女時代の鈴羽の肌が再現されていた。

 

 鈴羽は既に忘れかけていた自身の傷ひとつない肌を見て、自身の少女時代の記憶が思わず脳裏をつく。

 

 それは花蓮とすごしたかけがえのない鈴羽にとって一番の幸福な記憶であった。

 

 こんなこと……幻影などのはずがない。

 

 理屈を超えた体感として鈴羽はそう確信した。 



「こ、こんなこと……あなたはいったい……」

 

 鈴羽は、ただ呆然と驚愕の表情を浮かべたまま、この奇跡を顕現させた二見を見上げる。



 が……二見は何故か後ろを向いている。



 鈴羽がその様子に眉根を寄せる。

 

 この方は何をしているのだ。



「えっとさあ……鈴羽さん。すまないが……花蓮さんが戻ってくるまでそのままで勘弁してくれ……」

 

 二見は、そうシドロモドロ気味に言うのであった。

 

 鈴羽は、その段階でようやく気付く。

 

 自分の今の別の状態の件について……。

 

 そう鈴羽の服が一切なくなり、今や生まれたままの姿であることに……。

 

 鈴羽は思わず少女のように叫んだ。



 ちょうど鈴羽のその悲鳴と前後して、部屋に花蓮が飛び込んでくる。



 『炎龍のブレスレット』がもたらした爆炎で部屋は無惨な様相を呈していた。



「いったい何事ですの!? 敬三様! 鈴羽!!」




 花蓮の心配そうな声が鈴羽の耳に木霊する。



「か、花蓮様……い、今は——」



 待ってください!



 鈴羽がそう言うよりはやく、花蓮は鈴羽たちのすぐ側まで駆け寄ってくる。



 ついで鈴羽の視界には、目を大きく開けて驚愕の表情を浮かべている花蓮が映る。



 煤が舞い散る中で、花蓮が目にしたであろう光景……。



 それは、二見が裸の鈴羽をお姫様だっこしている姿であった……。




 1時間後……。



 鈴羽は部屋の中で一人座り込み、虚空を見つめていた。



 あの後……花蓮が来た直後、ホテルの支配人、ついで消防士などが血相を変えて部屋に飛び込んできた。



 幸いといってよいのか、花蓮の気転のおかげで、彼らが来たときには、鈴羽は既にその場にいなかった。



「鈴羽。あなたは下の部屋にいなさい! とりあえずこの場はわたくしがなんとかいたしますわ」



 そう言って花蓮はルームキーを投げ渡した。



 鈴羽は、この状況に対する何らかの釈明を花蓮にしたかった。



 が……その時間は既になかった。



 花蓮の背後から、多くの人々がこちらに向かって走ってくる姿が鈴羽の視界を捉えたのだ。



 鈴羽は、ためらいながらも結局花蓮の言う通りに、その場から離れることにした。



 今自分がこの場に残っても花蓮の手間を増すだけ……そういう現実的な判断が勝った。



 そうして、鈴羽は名残惜しそうに二見を見つめながら、焼け残っていたカーテンを体にくるみ、階下の個室に移動した。



 一人部屋に残された鈴羽は色々な感情がうずまき、落ち着くことがなかった。



 今回のことは明らかな鈴羽の失態であった。



 今ごろ花蓮は二見から事情を聞いているだろう。



 自分が二見に襲いかかったこと、敗北したこと、そして……情けをうけたこと……。



 それに何より……花蓮は二見の洗脳など受けていなかった……。



 花蓮はただ純粋に二見に救われて、その恩に感謝していただけだったのだ。



 つまるところ自分は花蓮の真の恩人に、あらぬ疑惑をかけて、さらには亡き者にまでしようとした大罪人である……。



 鈴羽は、思わず叫びたくなるのを懸命にこらえた。

 

 花蓮から処分されるのはいい。

 

 それは当然のことである。

 

 だが、今鈴羽の心を悩ましているのはそのことではない。

 

 鈴羽は、いまどうしようもなく二見のことを考えてしまっていた。

 

 そして、鈴羽の胸をつくこの高まりは……。

 

 あの方は、こんな無礼を働いたわたしを助けてくれて、しかも傷まで……。

 

 何を考えている……あの方は……花蓮様が既に……。

 

 花蓮がなぜ二見にあれほどまでに恋い焦がれているのか、鈴羽は今ようやく理解できた。



 いや……痛いほど理解できてしまっていた。
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