淫美な虜囚

ヤミイ

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4 悪魔の交渉②

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「1億2000万、ですか」

 父がぐったりとソファの背もたれに沈み込んだ。

「そんな大金は、とても…」

 母も額を押さえて、じっとうつむいてしまっている。

 くそ・・・、ひとの弱みにつけこみやがって・・・!

 僕は、すべての元凶が自分だということも忘れて、目の前のこの美青年が憎くてたまらなくなった。

 それにしてもー。

 庶民に1億2000万もの大金を請求するなんて、なんて冷酷非道なやつだろう。

 心の底からそう思う。

 そんな大金を払える人間が、この日本に何人いるっていうんだ?

「もう少し、なんとかなりませんか?」

 悲鳴混じりの声を上げたのは、佐代子姉さんだった。

 きりっとした美しい横顔が、涙で濡れている。

「もう少しとは?」

 翔が、その時初めて姉の存在に気づいたとでもいうように、おもむろにこうべをめぐらせた。

「その…2000万くらいなら、なんとか…」

 真正面から見つめられ、目を逸らす姉。

 声が、尻すぼみに小さくなった。

 2000万。

 僕は思わず、姉の青ざめた横顔を見た。

 それを、僕のために?

 結婚資金にでもしようと、貯金していたのだろう。

 2000万でも、僕らには大金だ。

 それでも、相手の提示した請求額との落差に恥ずかしくなったに違いなかった。

「面白い。あなたは、賠償金を1億も値切ろうと?」
 
 天野翔と名乗った美青年が、笑った。

 何かとんでもなく気の利いたギャグでも聞いたかのような、ふざけた笑い方だった。

「値切るだなんて、そんなつもりは…」

 真っ赤になって、姉が絶句した。

「もちろん、弟がすべて悪いのはわかっています。おじいさまには、大変申し訳ないとも思っています。でも、現実問題として…」

 ややあって、気を取り直したように言いかけた姉を、翔が遮った。

「わかりました。そうですね。ここはひとつ、その弟さんとふたりで話をさせていただけませんか。場合によっては、何かお手伝いできることがあるかもしれないし」

「弟と、ですか?」

 姉があっけにとられたように、翔と僕を見比べた。

 両親と、ふたりの弁護士の視線も、いちどきに僕に集中する。

 翔はにこやかに微笑みながら、僕のほうを見ている。

 気のせいか、その切れ長の眼には、何か得体の知れぬ光が宿っているようだ。

 こいつ、何を考えているのだろう?
 
 事故の元凶である僕をなじって、鬱憤を晴らそうとでもいうのだろうか?

 でも、今更そんな子供っぽいことをして、いったい何になる……?

 僕は、ただ呆然と翔の美しい顔を見つめ返した。

 堕天使のように美しい、その顔を…。 
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