上 下
12 / 25

十一話『偽彼氏でもいい』

しおりを挟む
「やめて……」

 私は喉の奥から声を絞り出す。ナンパ師のようなものに目をつけられてしまった。金髪鋭い三白眼の男は、腕を強引に引っ張ってくる。

「いいから、付いてこいよ! 早くしろよ!」

 人通りの多い場所で怒号を出され、恐怖で足がすくむ。嫌だ。行きたくない。でも、足元がふらつきガクッと脚の力が抜けてアスファルトに倒れる。

「は? オイッ。おまえ何してんだよ」

 そいつは私の腕をさらに力いっぱいひっぱってくる。

 ――誰かっ、助けてっ! 

 こんなにも人が大勢行き交うのに誰も止めに入ってくれない。ちらっとこっちを見ても誰も彼もが、関わりたくないと思っている。恐らく痴話喧嘩のように映っているのだろうか。

「やめてっ……」

「早くしろよ!」

 逃げないといけないのに、怖くて立ち上がれそうにない。

 張り詰めた空気の中、背後から懐かしくもある鋭い声がかけられた。

「あの、やめてもらってもいいですか? 彼女嫌がってるみたいですし」

「お前には関係ねーだろ、口を挟むんじゃねえ。だいたいお前誰なんだよ!」

「それが関係あるんですよ。ここまで言えば分かりますよね。あなたいつもここでナンパしてますけど、いっその事、そこの警察に突き出しましょうか?」

「あー、めんどくさ。お前どっかで会ったらぶっ殺してやるからな」

 奴は彼に向かって中指を立てた。

「脅迫ですか? どうやら通報した方が良さそうですね」

「こんな低ランクの女なんていらねーわ。じゃあな」

 奴は大股歩きで去っていく。私は助けてくれた男性に手を差し出され、身体を起こしてもらった。

「大丈夫ですか?」

「あ、はい。おかげさまで。名古屋ってこんなに危険なところでした?」

「いや、普段は平和な場所なんです。たまにこれだけ人が多いとおかしな人も現れるけど」

「まあ、秋だからじゃないですか? 秋には気圧の関係でおかしな人も出没するとか。少し向こうのベンチで休みませんか? 丁度あそこの警察署の裏に小さな噴水があって階段のところで、座って休憩できるんです」

 この人。こないだイルカ公園のベンチに座っていた人に似ている。

 彼の顔をまじまじと覗き込む。向こうも一瞬不思議そうな目をしていたが、「あっ」とお互いに声が被った。

「もしかしてイルカ公園で……」

「まさか、とは思いましたけど、やっぱり、そうですよね」

「あの時は僕も色々あって、しかも天気良くなかったですね」

 この人と話しているとなんだか落ち着く。まるで初めてあったような気がしない。

「ありがとうございます。助けて頂いてすみません。今日はお休みですか?」

 彼は俯くと

「いえ……」

とだけ答えた。何か聞いたらまずい事でもあるのかな?

「僕もこんな事するの初めてで正直怖かったです。誘拐されそうになってたので間に合って良かった」

「大人ですよ。身長は低いですけど、子供じゃありません」

 彼は私の瞳を見て微笑んだ。

「少しここで時間を潰してから行くと良いですよ。あっ、鳩が寄ってきた」

 この噴水の場所は人目が少ないから、休憩所になり、お菓子や弁当を食べたりする人がいたり、鳩の遊び場にもなっているようだった。

 ここで、鳩を眺めながら、彼とお喋りしていた。

 気さくに話してくれる彼は、時折、寂しげな表情を浮かべる。少し顔が青白くて体調が良くなさそうだ。このまま迷惑をかける訳にもいかない。

「そろそろ行きますね」

「あ、うん」

 彼が名残惜しそうな表情を浮かべたけど私はお辞儀して駅へと向かう。ふと、さっきのやばい男が待ち構えているかもしれないと、嫌な予感がする。

 そこの交番の裏の階段を降りれば、さっきおかしな人に絡まれた場所だ。うつむき加減にゆっくりと歩いていると「ちょっと待って」と、彼が慌てて追いかけてきた。

「あのっ、もし良かったらせっかくなのでどこか行きませんか? ちなみにナンパじゃないです」

 体調悪そうなのに、気を使ってくれている。

「えっ?」

「さっきの変なやつが近くにいるとも限らないし、行きたいとこがあれば少し、付き合いますよ。僕今日は暇なんで。あと、僕は変なやつじゃないんで安心してください」

「ふふっ」

 なんかこの人。おかしな人。一人だと色々考えてしまうし、何よりさっきの男がその辺に潜んでいたら怖いからついつい甘えてしまう。

「いいんですか? でもどこにいきます?」

 私は軽い女じゃない。助けられたからと言って完全に心を許している訳でもない。もしかしたらさっきの男の仲間でこの人が諸悪の根源ということもある。気をつけないと……。

「特にないですけど、映画館とかどうです? 歩道橋を渡った先にある黒い建物がそうなんですけど。アニメで面白いのがやってるみたいですよ」

「映画館もいいですね。アニメは見ないんですけど」

「意外と大人でも楽しめるものがやっているみたいです。良かったら行きませんか?」

 アニメなんて子供の時に見たきりで、迷ってしまう。映画なら話さなくてもいいし。

 別になんぱの誘いを受けているわけじゃないんだから。たまたま目的がお互いに映画鑑賞なだけ。

「どうしよっかな」

「でも僕もそれまだ見た事ないから面白いかどうか分かりませんよ。何年か前にシリーズの一話が上映されて、二作目が始まったらしいんです。水色の猫みたいなのが主人公なのかな」

 それってあれだ。子供向けのやつじゃん。うーん。他のが見てみたい。けど、知らない人と恋愛ものとかないか……。子供向けならこの男性と仲良くなることもないでしょ。

「いってみます」

 こうして私達は映画館に来たのだが、肝心のその映画は二時間後らしい。三時から始まる。二時間映画があるとして帰りは五時くらいになりそう。

 まあ大丈夫かな。

「とりあえずチケットだけ買ってどこか行きます?」

 映画は久しぶりかも。翔くんは眠くなるからと映画に出かけたことは一度もなかった。あー、やめよう。あいつの話はなし、なしっ。

「そうですね。席はだいたい空いてますね。どうします?」

「うーん。さすがに隣はね? 初対面ですし、一個席を飛ばして隣にしときましょう」

 ん? 紳士的な人だ。そう言われると、私は隣でも良いとか思ってしまう。彼はタッチパネルを慣れた手つきで操作してチケットを買い始めた。

「はい、どうぞ」

「えっ、そんな……初対面の人に悪いので……」

 そう言って私は肩がけのカバンから財布を出そうとするけど彼は手を振り。

「気にしないでください。僕が観たい映画なんだし、勝手に付き合ってもらってるだけだから」

「そんな……」

「楽しみましょ。あ、違うか。僕が楽しいだけで」

 笑う彼の頬にえくぼが出来て、結構可愛い男性なのかもしれないとか思ってしまう。私はその屈託のない笑顔に惹かれてチケットを受け取った。

「ありがと」

「まだ時間ありますし、どうします? ここで待っててもいいし」

「せっかく久しぶりの名古屋なので、その辺を探索したいです」

「それならついて行ってもいいですか?」

「えーっ、一人で回りたかったのに!」

 冗談が言えた。私、こんな意地悪なこと言えたのいつぶりだろう。前の男には、言いなりというか可愛い自分を無理に演じてたような気もする。

「そんなこと言わずにお願いしますよ」

「しょうがない人ですね」

 映画館を出て駅から離れるように歩く。パチンコ屋の旗が目に留まる。ここって、扉が開くとかなりうるさいんだよね。中で何が行われているんだろう。一度も入ったことないけど、少し怖い気がする。

 私がチラチラ見てると、彼は、

「たまに行くんですよ。良かったら行きます? 四円パチンコとか一円パチンコとか色々ありますよ」

「ゲームセンターみたいなものです?」

「ちょっと違いますけど、ここには5円スロットとかもあるので二時間ぐらいならそんなにお金使わなくても遊べるかもしれない。君、初めて?」

「ううん。こないだ行ったかも」

 なんとなく私だけ知らないのも嫌だったのでついつい嘘をついてしまった。

「まー、いいや。教えますよ」

 私の心を見透かしたように彼は微笑んで、パチンコ屋の中へと入っていく。そのあとを私は慌てて追いかける。

 彼は痩せて、ひょろりとしている。とても強そうには見えない。むしろ軟弱者って感じで頼りない。もし襲われても逃げれそう。いや多分この人はそんなことしないんじゃないのかな。

 それは私が絡まれた時、助けに入った彼の脚が震えていたから。この人は奴の仲間では無い。その辺を歩いている人よりもよっぽど真面目で度胸があると思う。

 パチンコかあ。扉を空けると爆音が鼓膜を叩いて頭が痛くなる。みんなよくこんな場所にいられるわよね。

 お父さんがパチスロ好きで、よくわかんない話をしてたけど、面白そうな気がしてた。

「ごめん、いったんおにぎり買ってきてもいい?」

 店に入った彼が耳元で話す。パチンコ屋に三歩入ってすぐに引き返すことになってしまった。優柔不断で、やっぱり頼りない。この人に彼女とかいるなら、大変そう。彼女なんていなさそうと失礼にも勝手な想像をしてしまう。

「すいません。お腹が減って駅の売店寄っていいです? パチの本も欲しいし」

 パチの本? パチパチお口の中で弾ける飴のこと? そんなわけないし。なんだろう。この人ギャンブラーなのかな? 

 彼は売店でコロッケパンを買っていた。あとはお茶。そして再び、駅前から横断歩道を渡り、右へと歩き、専門学校を通り越してさっきのパチンコ屋に着いた。
さっきの金髪男が来てないか不安だったけど、ここにはいないようで少し安心した。

「もしさっきのがいたら、俺のこと、彼氏と言うことで、もちろん偽彼氏ね!」

「偽彼氏? 何なのよ!」

 顔は普通でイケメンというほどでも無いけど。なんだろう。眉毛、髪型を整えたら少しは……。ナイナイ! そうなったらいけないし。

 私たちはパチ屋の自動扉を開けて中に入った。

 しばらくスロットをやっていると、私の表示板にピカッとハイビスカスが光る。

「当たってるよ!」

「え?」

「揃えるから」

「うん」

 彼は座る私の後ろからトントントンと手際よく7を揃えていく。なんか恥ずかしかった。近すぎる。

 二時間はあっという間で、換金したら3000円ぐらいになった。
 
「はいどうぞ」

 小さな窓からトレイに載せられた3000円がでてきたので財布を出そうとカバンを開けると。

「あっ」

 後ろからセーラー服の中学生が私の3000円を掴んで駐車場の方へ逃げていった。

「えっ? そんなことあるの?」

「追いかけて!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

愛されなかった公爵令嬢のやり直し

ましゅぺちーの
恋愛
オルレリアン王国の公爵令嬢セシリアは、誰からも愛されていなかった。 母は幼い頃に亡くなり、父である公爵には無視され、王宮の使用人達には憐れみの眼差しを向けられる。 婚約者であった王太子と結婚するが夫となった王太子には冷遇されていた。 そんなある日、セシリアは王太子が寵愛する愛妾を害したと疑われてしまう。 どうせ処刑されるならと、セシリアは王宮のバルコニーから身を投げる。 死ぬ寸前のセシリアは思う。 「一度でいいから誰かに愛されたかった。」と。 目が覚めた時、セシリアは12歳の頃に時間が巻き戻っていた。 セシリアは決意する。 「自分の幸せは自分でつかみ取る!」 幸せになるために奔走するセシリア。 だがそれと同時に父である公爵の、婚約者である王太子の、王太子の愛妾であった男爵令嬢の、驚くべき真実が次々と明らかになっていく。 小説家になろう様にも投稿しています。 タイトル変更しました!大幅改稿のため、一部非公開にしております。

声を届けたい

Yayoi
恋愛
この世に夢を叶えた人は数少ない。頑張っても努力しても夢で終わる人は、才能と運に愛された人には適わないのかも知れない。そんな夢と切ない恋に真っ直ぐな1人の女性の物語

ランプの令嬢は妹の婚約者に溺愛され過ぎている

ユウ
恋愛
銀髪に紫の瞳を持つ伯爵令嬢のフローレンスには社交界の華と呼ばれる絶世の美女の妹がいた。 ジェネットは幼少期の頃に病弱だったので両親から溺愛され甘やかされ育つ。 婚約者ですらジェネットを愛し、婚約破棄を突きつけられてしまう。 そして何もかも奪われ社交界でも醜聞を流され両親に罵倒され没落令嬢として捨てられたフローレンスはジェネットの身代わりとして東南を統べる公爵家の子息、アリシェの婚約者となる。 褐色の肌と黒髪を持つ風貌で口数の少ないアリシェは令嬢からも嫌われていたが、伯爵家の侮辱にも顔色を変えず婚約者の交換を受け入れるのだが…。 大富豪侯爵家に迎えられ、これまでの生活が一変する。 対する伯爵家でフローレンスがいなくなった所為で領地経営が上手くいかず借金まみれとなり、再び婚約者の交換を要求するが… 「お断りいたします」 裏切った婚約者も自分を捨てた家族も拒絶するのだった。

あなたが居なくなった後

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの専業主婦。 まだ生後1か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。 朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。 乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。 会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願う宏樹。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……。

氷の女王ラネージュの甘く冷たい逆転劇 〜スイーツでつかむ成功と復讐〜

 (笑)
恋愛
伯爵令嬢ラネージュ・ブランシュは、華やかな社交界で一目置かれる存在だったが、婚約者から突然婚約破棄を告げられるという屈辱を味わう。しかし、その瞬間に彼女の中で眠っていた「雪女」の力が目覚める。ラネージュは、その冷たい力を使ってスイーツビジネスを展開し、成功への道を歩み始める。 彼女が作り出す美しく冷たいスイーツは、瞬く間に貴族たちの間で評判となり、ついには王宮御用達となるまでに至る。さらに、隣国ヴァルトリアにも進出し、彼女のスイーツは国境を越えて広まっていく。ラネージュの冷たいスイーツが巻き起こす逆転劇と、次なる挑戦が描かれる物語。

プラグマ2 〜永続的な愛〜【完結】

真凛 桃
恋愛
2024年4月29日に完結した『プラグマ』の続編です。波乱に満ちた登場人物のその後を描いた作品ですので是非『プラグマ』もご覧になってみて下さい。 《プラグマとは、困難を耐え抜き時間をかけて成熟した愛のこと》 罪に問われた裕二が刑務所に入りスミとの離婚は成立した。 シュンと結婚の約束をし、お互いの家族との交流が始まったが、シュンの継母とスミの母親との間には意外な関係があった。 過去にこの2人には一体何があったのか…? 平穏な生活を待ち望んでいるシュンとスミに更なる試練が…。

今世ではあなたと結婚なんてお断りです!

水川サキ
恋愛
私は夫に殺された。 正確には、夫とその愛人である私の親友に。 夫である王太子殿下に剣で身体を貫かれ、死んだと思ったら1年前に戻っていた。 もう二度とあんな目に遭いたくない。 今度はあなたと結婚なんて、絶対にしませんから。 あなたの人生なんて知ったことではないけれど、 破滅するまで見守ってさしあげますわ!

処理中です...